6-8-1、生誕250周年記念ドキュメンタリ「モーツアルトを探して(In search of MOZART)」グラブスキー監督、DVD-Video、Seventh Art Production(2006)、

−大勢の音楽家や知識人を動員して彼らの意見を上手に集約した、史実に忠実な例のない優れたドキュメンタリー映画−


6-8-1、生誕250周年記念ドキュメンタリ「モーツアルトを探して(In search of MOZART)」グラブスキー監督、DVD-Video、Seventh Art Production(2006)、

−大勢の音楽家や知識人を動員して彼らの意見を上手に集約した、史実に忠実な例のない優れたドキュメンタリー映画−


(06年06月10日、石丸電気にて輸入盤DVD-Videoを購入した。)


 8月分の第一曲は、去る06月10日、石丸電気本店のソフト売場にて、面白そうな英国製の輸入盤DVD-Videoを発見し、日本語も内蔵されていることを確認して購入したソフトである。生誕250周年を記念したドキュメンタリで、標題は「モーツアルトを探して(In search of MOZART)」とされ、フイル・グラブスキー監督が監修し、フイル・レイノルズが編集したDVD-Videoであり、制作元はSeventh Art Production(2006年)となっていた。この監督は、映画「モハメット・アリ」(2001)の作者であり、アフガニスタンの「バミヤンの仏陀を愚弄する少年(仮訳)」(2003)でドキュメンタリー映画賞を受賞した方である。
 このソフトは、かってクラシカジャパンで放送された イギリスのBBC放送が制作したポートレート「W.A.モーツアルト」(5-5-3)と同様に、モーツアルトの生い立ちから成長して音楽家として活躍する生涯を時間軸にそって、その時々の有名曲の演奏をバックにして、およそ40人の音楽家(指揮者、歌手、ソリストなど多数)、演出家、歴史家、作詞家などの専門家に語らせる方式のドキュメンタリーであった。前者は1時間の番組であったが、この映像は128分であり、手法は似ており同じ解説者も登場しているが、内容的にも音楽的にもはるかに充実していると思われた。

   著名人がいろいろ語っているが、余りに多くの方々が出てくるので、1回や2回見ても記憶に留めることが難しいが、良く編集され上手に纏められている。しかし、内容的にかなり高度なものを追求しており、モーツアルト全般によほど堪能な人でなければ、内容を理解しながら楽しむことが難しいのではないかと考えさせられた。 このDVD作品には、インターネット・サイト(www.insearchofmozart.com)が付属しており、早速訪問してみると、42名の解説者名と、70曲にわたる演奏曲名と演奏者(団体)名などが、掲載順に紹介されており、とても有用であった。またこの映像作成に重要な役割を果たしたソプラノのルネ・フレミングとグラブスキー監督のインタヴユー記事のほか、このフイルムに関する評価記事抜粋なども載せられており、参考になった。



 このDVDのケースには、指揮者サー・ロジャー・ノリントンの「このフィルムは、私がかって見たものの中では最も総合的な映像である。」と言う言葉があったり、指揮者バリー・ワードワースは「ここ数十年に作られたモーツアルトに関する映像の中では最も重要な作品である。」と述べている。また、Opera Now誌は、「作曲者を知らない人を魅了し、既に知っている人にも興味を抱かせる作品」と述べている。正直に言って、私は初めに通して見た時には、内容が膨大である割には語りと音楽のバランスが良く、モーツアルトの全体像が良く捉えられているとしか理解できなかった。普通、映画の評価は一回見ただけの印象で語られる。しかし、私は繰り返しこの映像を見て、しかも細かなところ迄もつぶさに見て、やはり大勢の方々を動員し彼らの意見を上手に集約した、史実に忠実な例のない力作であると考えている。ここでは、私が面白いと感じた部分などの特徴を、言葉足らずであろうが断片的に紹介しておこう。

 冒頭の雪が降るマルクス墓地からの始まりとモーツアルトへの賛辞の言葉は、BBCのポートレートとよく似ていたし、続く神童の発見から旅行へとの筋書きの流れもよく似ていた。幼年時代の大旅行でのロンドンで、8歳の頃の作品、交響曲第1番をブリュッヘンと18世紀オーケストラのやや早めのテンポの演奏を映像で聴きながら、各国の旅行で多くの人に会い、異なったことを体験できたことが吸収力の豊富な天才を育てることになったとしている。この旅行では、クリステイアン・バッハ、ゲオルグ・ベンダ、カンナビヒ、ヘンデルの作品に触れたり、ロンドンではバッハには直接指導を受けたりしたことが大きいとされた。ロンドンの楽譜帖K.15の曲には、ごく普通の曲を宝石のように変えてしまうコツを見せ始めており、ハイドンが60歳を超えて得たものを8歳の子が示しているという。



 一連のイタリア旅行で、3本のオペラの成功はあったものの若すぎて就職には不成功だった話のあと、イタリアでの収入のお陰で一家がマカルト広場に面した当時としては最高級という広いアパートに引っ越しが出来て、成人した4人の音楽一家が過ごすに相応しい環境になったことがノリントンにより指摘されていた。  マンハイム旅行中の手紙の中から、一家のトイレのジョークに関する話を書簡の中の言葉通りに忠実に紹介し、当時はどの家庭の中でも日常的であったこととして、どこの子供も同じように育っており、ベーズレ書簡だけが突出していた訳ではないと言う解説がなされていたが、適切な説明であったと思う。



   ザルツブルグでの宮廷オルガン奏者としての仕事に飽き飽きしていたモーツアルトにとって、1780年の秋からの「イドメネオ」K.366のオペラの仕事は最高の情熱を持って書かれた作品になった。内容的にも父との厳しい相剋の話であり、自分のことのような気持ちで作曲されたに違いない。ウイーンで最初に書いたオペラ「後宮からの逃走」K.384も、主人公の「コンスタンツエ」が同じ名の恋人と重なり、デルモンテは我が身であって、これを歌っている歌手たちが口を揃えて、直感的に自分たちのことを歌っていると発言するのには説得力があった。成功したオペラの初演の直後におけるシュテファン寺院での結婚式で二人が嬉し泣きをし、皆がもらい泣きしたという話にも上手く繋がっていた。


 ウイーンの新居フィガロハウスへの初めての父の訪問があり、ハイドンとの四重奏曲の演奏、有名なハイドンの父への言葉などが紹介されたが、一方では「不協和音」四重奏曲K.465の序奏の複雑さや、短調のピアノ協奏曲K.466の不安な表情なども紹介された。このような不安と恐怖に満ちた落ち着かない曲が書かれたのは歴史上初めてだと、ピアニストのアンスネスが語り、指揮をしながらピアノを弾いていた。


 もう一つのハ短調ピアノ協奏曲については、ピアニストのランランがこの曲を弾きながら、「モーツアルトはドラマだ。多くのキャラクターが現れる。」と、まるでオペラを見ているようだと、目を輝かしながら説明していたのが印象的だった。


 既にこのHPで紹介済みの ヤーコプスのオペラ「フィガロの結婚」K.492の映像(5-4-1)を背景にして、ソプラノのルネ・フレミングがこんなに複雑で声の美しさに満ちたオペラをどうして書けたのかしらと問いを発し、指揮者マッケラスが大司教に召使いとして仕えたから、召使いの心情がよく分かり、人間関係が上手く描かれているという。伯爵夫人の二つのアリア、キルヒシュラーガーの歌うケルビーノのアリア(伯爵夫人がチェンバロで伴奏する台本と異なった演出)などが写され、最後に伯爵の「ペルドーノ」と伯爵夫人の「あなたを許しましょう」の場面が実にゆっくりと現れて、ヤーコプスの「フィガロ」の良いところ取りをして真に印象的であった。



「ドン・ジョバンニ」K.527ではトーマス・アレンとキーンリサイドの二人が雄弁で、「天才は真実を暴く明かりを持っている。この男には良心の呵責がない。こういう人間がいくらでもいるんだ。」とキーンリサイドが述べていた。



 グルックの死後、後任として宮廷室内楽作曲家のポストを得たが、給料は遙かに低かった。当時、トルコとの戦争で不景気となり、ウイーンでは演奏家の仕事が激減したにも拘わらず、出費がちな癖は変わらず、家賃を減らす程度の節約しか出来ず、コンスタンツエは相変わらず病気がちであった。メーソンの友人を頼るようになり、プフベルグへの借金の手紙が多くなる。急激な借金地獄に落ち込んだ説明が物足りなかった。



 「コシファントッテ」K.588では、アルフォンゾになったト−マス・アレンが出ており、05年にザルツブルグ音楽祭で見た背広姿の現代風演出で「波よ穏やかに」の三重唱の場面とハッピーエンドに終わらなかったこのオペラの面白い終わり方を再現していたが、この終わり方の説明が欲しいと思った。



 1791年より健康を害し始めるという説明があってから、二つのオペラの注文を引き受け、さらに「レクイエム」の名を明かさぬ不思議な注文を受けた。ピアノ協奏曲第27番の第三楽章や魔笛の有名なアリアが続けられたが、夜の女王のアリアが際立っていた。体調が良くないにも拘わらず大変な忙しさに明け暮れていたが、11月に入って病に倒れてしまう。その間にクラリネット協奏曲の第二楽章が静かに流されていたが、最近発見された当時のバセットホルンがクローズアップされ、この楽器で演奏する姿が写されていた。この映像の冒頭のマルクス墓地の場面でも流れていたクラリネット協奏曲の演奏する姿と重なって見えたが、この映画の最後の記述に、「亡き友人のクラリネット奏者レイナー・メッツガー(Reiner Metzger)に捧げる」とあったので、初めてその意味が理解できた。

 モーツアルトの臨終の様子は、レクイエムの冒頭の音楽の伴奏で、ゾフィーの残した言葉が淡々と語られ、映像の最後にはラクリモサのメロデイを伴奏にモーツアルト一家のその後の史実が簡潔に述べられていた。終わりに「王の骨が朽ち果てても、この芸術家は、未来の世代を魅了し続けるだろう」という1792年ドレスデンでのフランツ・アレクサンダー・フォン・クライストと言う当時の人の言葉が引用されていたが、まさに今日の姿を予見した名言であった。

 この映像では、識者のノリントンやマッケラス、歌手のトーマス・アレンやルネ・フレミング、ピアニストのイモージェン・クーパー、ラーダ・ヴァレソヴァ、ヴァイオリニストのジャニー・ヤンスンやジュリアン・ラクリン、演出家のジョナサン・ミラー、歴史家のクリフ・アイゼンやスタンリー・サデイなど極めて多数の著名人が適切な場所で発言することが中心になっている。また、状況の説明の文言は、語りでも字幕でも、書簡全集にあるモーツアルトの言葉で語らせることを徹底して、正確性を重視していた。実際、映画「アマデウス」については人間性を良く描いているが、事実を正確に伝えていないところが多いと批判する部分があった。恐らく、これほどモーツアルトの手紙を引用した映像は初めてであろう。そして、特筆すべきは、間をつなぐべく採用された70曲に及ぶ映像中心の音楽が実に魅力的であったことである。オペラ、シンフォニー、協奏曲など多くのいろいろな作品が使われており、演奏者の自身の言葉も加えられて、説得力を増していた。2時間を超える大作でありながら、興味の尽きないこの映像は、冒頭で述べたノリントンやオペラ・ナウ誌の言葉が、良く当たっていたと私には思われるが、いかがなものであろうか。推薦に値するモーツアルト映画であると思う。

(以上)(06/08/09)


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