6-7-2、アンドレ・プレヴィン指揮とピアノの協奏曲第24番ハ短調K.491および第27番変ロ長調K.595、ピアノ:マドザー、1990年11月、シェーンブルン宮殿大ギャラリー、

−ハ短調ピアノ協奏曲を得意とするプレヴィンの上品で優雅な弾き振り、および同じプレヴィンの明るく伸びやかな指揮にピタリと合ったマドザーのきめ細かなピアノによる「白鳥の歌」のような変ロ長調協奏曲−


6-7-2、アンドレ・プレヴィン指揮とピアノの協奏曲第24番ハ短調K.491および第27番変ロ長調K.595、ピアノ:マドザー、1990年11月シェーンブルン宮殿大ギャラリー、


−ハ短調ピアノ協奏曲を得意とするプレヴィンの上品で優雅な弾き振り、および同じプレヴィンの明るく伸びやかな指揮にピタリと合ったマドザーのきめ細かなピアノによる「白鳥の歌」のような変ロ長調協奏曲−


(06年05月08日、クラシカジャパンの放送を、D-VHSレコーダーのLS-3モードで、S-VHSテープにデジタル録画。)


 7月分の第二曲目は、アンドレ・プレヴィンの指揮とピアノでピアノ協奏曲第24番ハ短調K.491および同じくプレヴィンの指揮とアレクサンダー・マドザーのピアノで最後のピアノ協奏曲第27番変ロ長調K.595である。いずれも1990年11月のシェーンブルン宮殿におけるライブ映像であり、プレヴィンが監修した「モーツアルト・オン・ツアー」の中の映像であった。始めの第24番のハ短調協奏曲は、プレヴィンの弾き振りであるが、データベースでチェックするとこのロイヤルフイルとの演奏、ウイーン交響楽団との演奏、来日してNHK交響楽団との演奏と3種類もあることが分かった。90年のシェーンブルン宮殿のライブのプレヴィンの演奏は、一番古いものであったが、丁寧なピアノ独奏で良く歌う上品な優雅な演奏であった。もう一曲の若いマドサーのピアノによる第27番の変ロ長調協奏曲は、プレヴィンの指揮により明るく伸びやかな演奏スタイルであり、それにぴたりと合ったマドサーのきめの細かなピアノの美しさに好感が持てた。




 第一曲目のピアノの協奏曲第24番ハ短調K.491は、このホームページでは相当以前にアップした内田光子とテイトによるものに次いでの登場である。プレヴィンはトレードマークの太いメガネをかけ、暗い出だしのユニゾンの部分は立って指揮をしていた。第一主題が提示され、いくつもの部分動機が繰り返されてプレヴィンの指揮でオーケストラが盛り上がってから、独奏ピアノのアインガングが始まる。プレヴィンのピアノは柔らかい音でゆっくりと丁寧に弾かれ、やがて独奏ピアノが第二主題を弾きだしオーケストラに引き継がれる。独奏ピアノの早いパッセージが煌めくように美しく、オーボエ、クラリネット、ファゴットの順に現れる新しい主題が滑らかで、ピアノとの競い合いが美しい。展開部はアインガングの主題が繰り返されて始まり、冒頭主題も加わってピアノが走り回るように技巧を発揮し、プレヴィンは休まる暇がない。カデンツアは聴き慣れないプレヴィン独自の長くて余り技巧的でないものであった。



 第二楽章は独奏ピアノでゆっくり始まるラルゲットであり、プレヴィンは優しさを含んだ静かな主題を丁寧に弾いていた。この楽章はロンド形式のようであり、オーボエとファゴットによる新しい主題が現れてピアノやオーケストラで繰り返された後に、再び冒頭のロンド主題に戻る。しばらくラルゲットが続いた後に、今度はクラリネットが新しい主題を吹き始め、ピアノや弦に引き継がれてゆく。プレヴィンは左右の手を休ませずに、少しでも左手が空けば手を振って指揮のそぶりを見せながら、鍵盤を見据えてパッセージを繰り返していた。

  フィナーレは変奏曲形式。管弦楽で主題が提示されるが、第一変奏はピアノが主題を繰り返す。この変奏は八つの変奏からなり、どの変奏にもピアノが絡んで賑やかである。クラリネットが新しい主題を提示する第四変奏、オーボエが新しい旋律を示す第六変奏などが明るい表情を見せ、いずれもピアノが反復してプレヴィンのピアノが技巧的な冴えを見せる。第七変奏には短いカデンツアがあり、拍子の変わる第八変奏でそのままコーダに入って終結する。プレヴィンには大忙しそうに見えた終楽章であった。

 シェーンブルン宮殿のシャンデリアが賑やかな平戸間の大ギャラリーでのオーケストラ演奏はコンサートホールと異なって落ち着かないが、プレヴィンとロイヤルフイルの皆さんは堂々と演奏していた。プレヴィンはこの曲がよほど得意にしているのであろう。彼の落ち着いた手慣れた指揮ぶりと弾きぶりが、実に格好良く収まった演奏であった。





   第二曲目はピアノの協奏曲第27番変ロ長調K.595であり、プレヴィンが指揮をし、若い大柄なピアニストのアレクサンダー・マドザーがソリストである。この曲の第一楽章はオーケストラで提示され、ゆっくりと呟くように始まる第一主題や、軽やかで弦と木管で対話するような第二主題が全て提示されてからピアノが始まる。プレヴィンは実に滑らかにゆっくりしたテンポを取って悠然と進め、弦もフルートも良く歌いとても華やかである。やがてマドザーのピアノが登場するが、この人のパッセージは粒だつようで、ゆっくりと大きな手できめ細かく弾いている。鍵盤を殆ど見ずに背筋を伸ばして体を左右に揺すりながら、プレヴィンのオーケストラに合わせてウットリした表情で弾いている。心地よくピアノのパッセージが弾かれ、それにオーケストラが答えたり伴奏をしたり、独奏ピアノに弾んだピッチカートが入ったりして、対話を重ねるように穏やかに進む。展開部でも冒頭の主題をソロピアノが変奏し、オーケストラが答える形で繰り返されていくが、この穏やかで諦めきったような静かな美しい展開部はこの曲独自のものであろう。マドザーは若いながら技量はしっかりした人で、プレヴィンのオーケストラに力を借りながらも終始存在感を見せていた。カデンツアは良く聴くモーツアルトのものであった。

 第二楽章のラルゲットは、ソロピアノで始まるが、マドザーがオーケストラの伴奏で弾くピアノのもの寂しい歌は透明で美しく、素晴らしい。音の出し方、音のつぶだち、装飾音、ちょっとした間の取り方や変化の付け方が巧みで美しい。中間部の主題もピアノのソロが主体でリズミカルに進み、プレヴィンのオーケストラと解け合って、悲しげで美しい雰囲気を醸し出す。このあたりのプレヴィンの伴奏が実に良く、最後のピアノ協奏曲らしい独特の美しさを感じさせる。



 第三楽章は踊りだしたくなるような軽快なロンド主題で始まるが、この主題が後日のリート「春への憧れ」K.596に現れるのは有名な話である。早すぎないテンポで始めにピアノソロで現れて、オーケストラが引き継いだ後に再びピアノソロで現れる。マドザーはプレヴィンと一体になって、軽やかなテンポで無心に弾いていた。やがて陽気で戯けたような第二主題に入り、独奏ピアノとオーケストラが掛け合いながら急速に進行していく。再び冒頭のロンド主題に戻り、新しい少し技巧的なエピソードがピアノ主体で出てくるが、このような軽やかな音色の変化も、最後のピアノ協奏曲らしく悲しげに聞こえてしまう。 終わりに再びロンド主題に戻ってひとしきり再現された後に、カデンツアが始まるが、マドザーは聞き慣れたものを淡々と丁寧に弾いていた。物静かな後味の良い終わり方であるが、プレヴィンの指揮ぶりは澄みきった透明な曲調をかもし出すように、独奏ピアノにオーケストラを終始融合させるように意識的に進められていた。曲が終わるとマドザーには大変な拍手が寄せられ、良い雰囲気で終わるコンサートであった。



 二つの独立した2曲の放送を、一緒に並べてご報告しているが、プレヴィンとオーケストラと会場は共通なので、ほぼ同じ時期のコンサートであると思われる。この2曲のプレヴィンの指揮ぶりを見て、彼はやはりモーツアルト指揮者としてシンフォニーなどをもっと指揮して欲しいと思ったし、24番のハ短調の協奏曲を室内楽的に弾く柔らかいピアノの弾きぶりを見て、初期の室内楽的なピアノ協奏曲を弾き振りして欲しいと感じた。

(以上)(06/07/23)


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