6-6-3、トン・コープマン指揮アムステルダム・バロック・オーケストラ、交響曲第40番ト短調及び第41番ハ長調「ジュピター」、91年11月及び6月東京芸術劇場ホール、

−コープマンの最小規模の古楽器による40番と41番の交響曲−生真面目に取り組んだ熱演ではあるが、もっとまろやかな豊かな響きが欲しい−

6-6-3、トン・コープマン指揮アムステルダム・バロック・オーケストラ、交響曲第40番ト短調及び第41番ハ長調「ジュピター」、91年11月及び6月東京芸術劇場ホール
−コープマンの最小規模の古楽器による40番と41番の交響曲−生真面目に取り組んだ熱演ではあるが、もっとまろやかな豊かな響きが欲しい−

(06年04月02日、NHKハイビジョン放送を、D-VHSレコーダーのLS-3モードで、S-VHSテープにデジタル録画。)


 6月分の第三曲は、トン・コープマン指揮のアムステルダム・バロック・オーケストラによる交響曲第40番ト短調及び第41番ハ長調「ジュピター」であり、91年11月及び6月のモーツアルトイヤーに来日し、東京芸術劇場ホールNHKのハイビジョンに交響曲の全曲演奏を行ったものの一部である。私はその当時S-VHSに3倍速で全集録画をしてあるが、今回のものは4月1日に放送されたNHKのハイビジョンクラシック館でフランスのモネ劇場の「アイーダ」に続き放送された横長の優れた映像であった。91年ころにおいては古楽器演奏は未だ珍しく、アムステルダム・バロック・オーケストラは全員で二十数名という小規模団体だったので、ホグウッドの演奏よりも強弱や緩急がより厳しく、痩せすぎのぎすぎすした演奏で、当時は私は余り好きになれなかった。それから15年経ち、モーツアルト週間などでコープマンを何回も聴いており、古楽器演奏にも習熟してきているので、どのように聞こえるか非常に楽しみにしていた。



 初めの交響曲第40番ト短調の古楽器による演奏は、ホグウッドの来日演奏に次ぐ暫くぶりの登場である。第一楽章の出だしは、第一主題の軽やかな弦の合奏で始まるが、コープマンの早いテンポと古楽器特有の引きずるような弦の音に驚きを覚える。やがて第二主題に入ってクラリネットが響き出し、第二版で演奏しているのに気づき映像の有難味を感ずる。コープマンは両手を一杯に広げたり、両手を絶えずせわしなく動かして、体全体を使って指揮をしている。小音量であるが木管と弦のバランスが良く、透明感の溢れた演奏とでも言えるのであろうか。この楽章の展開部では冒頭の主題のしつこいくらいの対位法的展開が行われ、暗さと闘い苦しみもがくところなのであろうが、古楽器では軽やかに屈託なくさらっと通過してしまい、暗さを引きずらない素直なモーツアルトが見え隠れする。



 第二楽章は弦の主題で始まるアンダンテであるが、コープマンは薄い弦楽合奏でさらりと進行していく。やがて、第二主題に入り、弦から管へ、管から弦へ、上昇したり下降したりするパッセージが続くが、軽やかに流れて実に美しく響く。CDで普通に聴くと、当たり前のように聞き過ごしてしまうところであるが、画像では弦から管へ、管から弦への移り変わりが目で確認出来るところが面白い。このような部分に古楽器演奏の良さがあると思われる。
 第三楽章は、出だしの三小節のフレーズが弦で何回も繰り返される重い主題のメヌエットであるが、このフレーズがいつもカノン風にどれかの楽器で歌われ展開されている不思議な曲である。トリオも改めて良く聴くと、弦とクラリネットやフルートが良く掛け合い繰り返されて、最後にホルンが全体を仕上げるように大きな響きを見せる。フイナーレ楽章は、軽快な早いテンポで始まり颯爽と進むが、コープマンは疾風のような勢いで推移する。この楽章の展開部でも冒頭の主題が弦でも管でも何回も執拗に繰り返されるが、重々しく暗く聞こないところが小編成の古楽器の良さであろうか。  全体を通じて綺麗にまとまった新鮮味が溢れるト短調交響曲であったが、曲がこじんまりと小さくなったように聞こえ、緊張感はあるがやはり忙しなく落ち着かない演奏という印象であった。



 第二曲目の第41番ハ長調「ジュピター」では、40番を聴いた直後の耳にはテインパニーと二つのトランペットの響きが強く聞こえた。改めてオーケストラの人数を確認すると、第一と第二ヴァイオリンが5人と4人、ヴィオラとチェロが2人、バス1人で弦が14人。木管がオーボエ、ホルン、ファゴットが2人づつでフルートが1人で計7人であり、全体で24人であった。40番の場合はテインパニーとトランペットが抜ける替わりにクラリネットが2人入るので総計23人であった。女性の服装が収録日により異なるので、写真では華やかな服装の方が「ジュピター」交響曲である。



 ジュピターの第一楽章は、フルオーケストラによる堂々たる和音で開始されるが、テインパニーとトランペットが響きすぎて、これまでの伝統的な厚いピラミッド型の響きの演奏とはかなり異なって聞こえる。速いテンポでぎすぎすした感じで進み、音に慣れるまで何となく落ち着かない。続いて第二主題が弦で示され壮大に展開されるようになってやっと耳が慣れてきて、ピッチカートに導かれるオペラのアリアのような軽快な副主題などが楽しめるようになった。再現部に入ると、やっとオーボエとフルートが美しく存在感を示し、弦と木管の対話の美しさで、落ち着いて聴けるようになった。コープマンは体全体を動かしながら、精力的にオーケストラを指揮していた。

 第二楽章は静かに弦楽器で始められるが、アンダンテ・カンタービレの歌うような楽章であるのに、コープマンは、余り歌わせずにむしろ冷静に淡々と進め、弦楽器の引きずるような音を目立たせて、オーケストラの流れを意識しているようであった。時々現れるオーボエとフルートの対話が美しく、これを支えるうねるような弦の動きもバランス良く、古楽器の良さを感じさせた。
 第三楽章は華やかで壮大な感じのメヌエットであるが、ここでも早めのテンポで初めから弦楽器がぐいぐいと引っ張るように進行し、テインパニーやトランペットが良く響く。後半の二つのオーボエの二重唱など細かなところも美しく聞こえ楽しい。トリオでもフルートと弦が掛け合うように始まり、後半では弦が全体を引っ張り力強さを感じさせるが、やはり痩せぎすなメヌエットであった。
 フィナーレはこの壮大な交響曲の総仕上げの楽章であるが、コープマンはここでも幾分早めのテンポで全体を引き廻すように堂々と進行させ、ややぎすぎすした感じで終始する。この楽章ではオーケストラの各パーツが互いに競い合うように賑やかに絡みあって進行するが、その全体としての音の響きは古楽器的なこじんまりした姿であり、細かな部分の響きが良く聞こえてくる賑やかなジュピターという感じであった。



 コープマンの二つのシンフォニーを改めて聴き直してみたが、コープマンはやはり古楽器によりこれまでと異なった響きの世界を目指していると思わざるを得なかった。確かに弦楽器と木管楽器の絶妙なバランスの響きなど細かな所で敬服せざるを得ない部分も多いが、全体的にとにかくテンポの早さと弦楽器の鋭いぎすぎすした感じが耳にまとわりついて、自分の耳には心地よさや楽しさを伝える部分が少ないような気がした。この演奏がモーツアルトの交響曲を演奏する最小の規模であろうが、伝統的な交響曲演奏を聴くスタンスではなく、モーツアルトの弦楽セレナードやデイヴェルテイメントなどの軽い曲種を聴いているような気楽な気分で楽しんで聴くという姿勢が必要なのかもしれない。生真面目に取り組んだ熱演ではあるが、もっとまろやかな豊かな響きが欲しいと感じた。

(以上)(06/06/25)


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