6-5-3、ジェルメッテイ指揮シュトウットガルト放送響とツアハリアスのピアノ協奏曲第8番ハ長調K.246(1989)、およびアシュケナージ指揮とピアノ、ロイヤルフイルのピアノ協奏曲第12番イ長調K.414(1990)、

−ツハリアスのロココ劇場におけるロココ風のピアノ協奏曲第8番ハ長調およびアシュケナージの弾き振りによる華麗な第12番イ長調−

6-5-3、ジェルメッテイ指揮シュトウットガルト放送響とツアハリアスのピアノ協奏曲第8番ハ長調K.246(1989)、およびアシュケナージ指揮とピアノ、ロイヤルフイルのピアノ協奏曲第12番イ長調K.414(1990)、

−ツハリアスのロココ劇場におけるロココ風のピアノ協奏曲第8番ハ長調およびアシュケナージの弾き振りによる華麗な第12番イ長調−

(06年03月20日、クラシカジャパンの放送を、D-VHSレコーダーのLS-3モードで、S-VHSテープにデジタル録画後に、DVD-Rにコピー)


 6月分の第三曲目は、いずれもクラシカジャパンのピアノ協奏曲特集として放送されたものであり、この2曲の映像は91年のモーツアルトイヤーの際に発売された「モーツアルト・オンツアー」と題したレーザーデイスクのピアノ協奏曲シリーズに含まれていたものである。初めのジェルメッテイ指揮シュトウットガルト放送響とツアハリアスのピアノ協奏曲第8番ハ長調K.246(1989)は、6-5-2のト短調交響曲と同じコンサートで演奏されたものであり、会場はシュヴェツインゲンのロココ劇場である。もう一曲のアシュケナージがロイヤルフイルを弾き振りしたピアノ協奏曲第12番イ長調K.414(1990)は、ロンドンのハンプトン・コート・パレスで収録されたものである。



 ピアノ協奏曲第8番ハ長調K.246は、ザルツブルグのリュッツオウ伯夫人のために書かれたとされ、第6番変ロ長調K.238と感触が似たところがあるが、いずれもツアハリアスが独奏ピアノを弾いていた。ジェルメッテイ指揮シュトウットガルト放送管の演奏で安心して聴けるが、会場の有名なロココ劇場の照明が非常に暗く、映像としては暗すぎて見づらいものであった。恐らくシャンデリアだけの明かりなのであろうが、まるでロココ時代のローソクの明かりの中で演奏しているような雰囲気に思われた。  第一楽章は、早めのテンポで全奏で第一主題が提示されてから、独奏ピアノで主題が繰り返され、モーツアルトらしい第二主題が弦とピアノのにより交互に現れる。展開部では新しいテーマがピアノにより提示されピアノが技巧を発揮しながら活躍する。ツアハリアスはかなり体を動かしながら感情を込めてピアノに向かっていた。カデンツアは、モーツアルトの長いものを弾いていた。



 第二楽章は、オーケストラでゆっくりと開始されるアンダンテで主題提示され、独奏ピアノがこれを受けて変奏を加えながら再び提示していく。展開部では独奏ピアノで新しい踊るような主題が現れ、ピアノが変化を加えながら活躍し、ツアハリアスの見事なピアノが展開される。フィナーレでは、メヌエット風のロンド主題が独奏ピアノによって開始され、この馴染みやすい優雅な主題が全楽章を支配する。オーケストラとピアノが交互に主題を提示しながらA-B-Aと進行し、中間部の部分ではピアノで技巧的な主題が提示され短いカデンツアの後、再びロンド主題に戻っていく。  ツアハリアスが独奏ピアノを演ずるのは、このホームページではこれで2曲のピアノ四重奏曲と2曲の協奏曲となり、いずれも破綻のない見事な演奏を見せていた。いずれも10年以上の昔の録音なので、最近はどのような活躍をしているのか気になるピアニストである。



 ウラデイミール・アシュケナージの指揮とピアノによるイギリスのロイヤルフイルとのピアノ協奏曲第12番イ長調K.414は、ハンプトンコート・パレスという壁が壁画で埋め尽くされたような宮殿風のホールで演奏されていた。この曲はウイーン時代の1782年に最初に書かれた3曲のピアノ協奏曲の1曲であり、イ長調で室内楽風に書かれた愛らしい作品である。他の曲と同様に、第一楽章は協奏風のソナタ形式で書かれている。



 第一楽章の親しみやすい第一主題が弦楽器で始められ、アシュケナージはピアノの前で中腰の姿勢で両手を大きく広げて指揮をしていた。やがてピッチカートの伴奏で第二主題が優雅に提示され、二部のヴァイオリンによりカノン風に明るく進行して盛り上がり、歯切れ良い和音で管弦楽の提示部が終わる。独奏ピアノは静かに第一主題をそのまま弾き始め淡々と進み、アシュケナージの表情も淡々として無表情であるが、ピアノの音は確実で美しい。ピアノによる表情の豊かな副主題の後の第二主題でもピアノが変奏を加え華やかに技巧的なパッセージが連続していた。展開部は新しい主題でピアノにより開始され技巧的なピアノが続きアシュケナージは専らピアノに専念していた。再現部の終わりのカデンツアは長いものを使っていた。



 第二楽章では、クリスチアン・バッハの交響曲から引用されたとされる主題が提示され、瞑想的に弦楽器で美しく流される。1782年の1月に亡くなったバッハの追悼の意味が込められているように思われ、アシュケナージの指揮には祈るような気持ちが滲み出ているような感じがした。独奏ピアノは静かにつぶやくように始まり、ソロが主題を受け持って淡々と進むさまは実に美しい。この静かで華やかなピアノとオーケストラとの対話は暫く続き、室内楽的な初期のピアノ協奏曲の素晴らしい特徴であると感じた。最後に独奏ピアノで弾かれた冒頭主題の美しさはたとえようがないアシュケナージ独自のものであろう。終わりのカデンツアも静かに弾かれていた。
フィナーレは軽快に踊るように管弦楽で開始されるロンド主題を中心に、序奏のようにオーケストラで二つ主題が提示されてから、独奏ピアノが新しい主題で登場する複雑なロンド形式である。しかし、曲全体は軽快そのもので、ピアノとオーケストラが交互に楽しく飛び出して転げ回るモーツアルトらしいアレグレットであった。



 アシュケナージは、指揮とピアノで大忙しであったが、表情はいつも冷静で、ピアノの弱音の扱いなどにも神経が行き届き、指揮振りは手慣れた感じがしており、さすがと思わせていた。
 クラシカジャパンのピアノ協奏曲シリーズは、これで初期シリーズが終わるが、暫く続き次回からは後期シリーズになる。今後の予定は、指揮者とピアニストは、様々であるが、第20番と第23番の組み合わせ、第27番と第24番の組み合わせ、および、第19番と第26番の組み合わせなどが予定されている。

(以上)(06/05/26)


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