6-4-1、クラウデオ・アバドの「コシ・ファン・トッテ」K.588、 2000年フェラーラ・テアトロ・コムナーレ、マリオ・マルトーネ演出、マーラー室内管弦楽団、

−小編成オーケストラを囲んだ三面舞台で、最高のアンサンブル効果を狙ったアバドの健在ぶりを示した会心の「コシ」−

6-4-1、クラウデオ・アバドの「コシ・ファン・トッテ」K.588、 2000年フェラーラ・テアトロ・コムナーレ、マリオ・マルトーネ演出、マーラー室内管弦楽団、
(配役)フィオルデリージ;メラニー・デイーナー、ドラベッラ;アンナ・カテリーナ・アントナッチ、グリエルモ;ニコラ・ウリヴィエリ、フェランド;チャールズ・ワークマン、デスピーナ;ダニエラ・マッツカート、アルフォンゾ;アンドレア・コンチェッテイ、
(06年02月04日、クラシカジャパンのCS放送を、D-VHSレコーダーのLS-3モードでS-VHSテープにデジタル録画) 

−小編成オーケストラを囲んだ三面舞台で、最高のアンサンブル効果を狙ったアバドの健在ぶりを示した会心の「コシ」−

 四月の第一曲目は、2000年フェラーラで行われたアバド指揮による「コシ・ファン・トッテ」であり、このホームページでは同じ組み合わせの96年の「ドン・ジョバンニ」を一度紹介している。このオペラも先の「ドン・ジョバンニ」同様に、この劇場特有のオーケストラを囲むように舞台の花道が設けられており、舞台とオーケストラの一体化が図られていた。演出はイタリアの映画監督のマリオ・マルトーネで、舞台中央の窓を開けると海が見える伝統的な構図であり、花道をフルに使った行動的な舞台作りをしている。
 オーケストラはアバドが組織したマーラー・チェンバーOであり、にこやかに指揮をするアバドの姿がふんだんに取り入れられていた。出演はドイツのソプラノのデイーナーとミラノスカラ座常連のメゾのアントナッチが姉妹を演じ、歌唱・演技・容姿と三拍子揃った歌手達の絶妙なアンサンブルが見ものであるとPRされていたので楽しみであった。

 最初にこの映像を見たときは、序曲冒頭の和音やオーボエのテンポの速い古楽器的響きに、「アバドもか」と驚かされ、花道のある舞台が何となく落ち着かなく、画面全体が暗い感じで、余りよい印象ではなかった。これは前回の「ドン・ジョバンニ」でも同様であった。しかし、アバドがこれまでの伝統的な「コシ」を、意識的に変えようとしてきた部分を繰り返し見て、聴いて味わうと、古楽風の音にも慣れてこの映像の良さが次第に分かってくる。それは小劇場の花道のある舞台による声と室内オーケストラとの一体化であり、このオペラのもつアンサンブルの美しさ・素晴らしさを浮き出させるための知恵であるような気がする。この映像をやや大きめの音声で再生すると、声とオーケストラのバランスの良さ、木管やピッチカートの素晴らしさ、生き生きしたチェンバロやチェロの音などがよく分かり、このオペラの持つ音楽の美しさを実に良く楽しむことが出来る。これが恐らくアバドがこの映像の録音で、最重点をおいたことであろうと思う。



 舞台は、中央とオーケストラの左右の二つの花道を使い、小道具らしいのは中央の二つのベッドと右袖先端の椅子だけであろうか。序曲が軽快に進められ、歯切れ良く終わると、右袖の花道で男三人の第一曲の口論が始まって、刀を抜いたりしているが、中央ではデスピーナの案内で女二人がベッドで着替えを始め、いつの間にかベッドで休んでいる。第二・三曲の三重唱も右花道の先端の椅子に腰掛けたアルフォンゾを中心に軽快なテンポで進められ、やがて賭をすることになってその乾杯は左袖で行われ、行動的に広く三面の舞台を使い分けていた。

   女二人がベッドから起きあがりペンダントの写真をお互いに見ながら歌い出し、やがてアモーレの綺麗な二重唱になる。窓を開けると明るい海が見え、二人は緑の姉と黄色の妹とスーツを色分けしている。そこへ大変だとアルフォンゾが登場して事情を二人に話し、アミーチと軍服姿の男二人を呼び、6番の悲しみの五重唱となる。オーケストラが声に細かく伴奏し、声とオケとが良く合った素晴らしい五重唱であった。そして通常は省略される第7番のフェランドとグリエルモの泣かないでくれと慰める二重唱が歌われていた。歌は珍しいが、舞台ではこの曲があった方が突然の別れにならずに自然な感じがするようだ。




 太鼓が鳴って遠くから行進曲が聞こえ近づくにつれ次第に大きくなる。兵士と群衆の合唱が終わると、第9番のお手紙のアンダンテの四重唱が始まり、ピッチカートの調べとアデイーオの別れの歌がとてもしっとりと歌われ心を打つ。合唱の声が遠ざかり、右袖にいたフィオルデリージと左袖のドラベッラが中央に来て、窓から海を見ながら「風よ、穏やかに」の二重唱と三重唱が歌われる。音楽は極上であり、真面目であればあるほど可笑しさがこみ上げて来る。
 続くドラベッラの悲しみに溢れた狂乱のアリアは、さすがスカラ座の歌姫を思わせ、12番のデスピーナのアリアも若くて立派過ぎるソプラノで、明るすぎる位の調子。また14番のフィオルデリージの「岩のように」はドラマチックに決まり、大柄な体格で歌うコロラチューラのアリアが素晴らしい出来であった。それを見ていた男達はその激しさに驚いていた。その後に歌うフェランドの17番のウラウラのアリアは、彼の美声がひときわ目立っていた。

 フィナーレの始めの女二人の二重唱はオケの伴奏も良く軽やかで秀逸。男二人が毒を飲んでのドタバタは、画像で繰り返し見るにはやや大袈裟すぎるが、ライブのお客さんは楽しかったであろう。男二人の求愛のしつこさに呆れて、平手打ちを食らわして女二人が退散して第一幕のフィナーレが終わるが、スピード感のある楽しい舞台であった。



 第二幕では冒頭のデスピーナの教えを歌うアリアが軽快で実に楽しい。ちゃっかりと「私は褐色の方がいいわ」とドラベッラが歌い出す20番の二重唱も面白い。やがてオケの木管の楽団員が舞台に上がり木管六重奏が始まる。それに着飾った合唱団による合唱が加わって、素晴らしい効果満点のセレナードとなり、アバドも満足そうな様子であった。そのせいもあってか23番の二重唱でグリエルモが、ドラベッラをしつこく口説いて、遂にロケットを交換してしまう。

   続く24番のフェランドの愛を求めるアリアは省略されることが殆どであるが、アバドはこのアリアを取り上げ、この歌によりフィオルデリージもぐらついてきていることが示される。続く25番のフィオルデリージのアリアはアダージョで始まり、ホルンの伴奏もあってアレグロへと進むが、女心の機微に触れる見事なアリアであった。グリエルモから自分のロケットを見せられて半狂乱のフェランドの27番のアリアは苦しみに満ちていた。フィオルデリージが軍服姿で歌う29番のアリアでは、アダージョで彼女が歌い出すが、フェランドが現れて「剣で突き刺して」という二重唱になり、やがて「もう駄目だわ」とアンダンテになり、オーボエの悲しげな伴奏とともに「ああ神様」で陥落してしまう。二人の歌が真に迫っており、素晴らしい効果を上げていた。



   フィナーレの結婚式のカノン風に歌われる四重奏は実に美しい。ここではグリエルモだけが右袖の舞台で一人離れて歌っていた。この演出の最後の幕切れは、最近はけんか別れが多いようであるが、ここではこの後のドタバタ劇のあと、一番最後に4人で握手を繰り返したので、元の鞘に収まるハッピーエンドの様子であった。
 大変な歓声と拍手で、賑やかなカーテンコールが繰り返されたが、アバドが全く疲れを見せずに、精気を取り戻したような健在ぶりを示しており、その姿を見て安心をした。

 アバドは古楽器的な指揮法を取り入れたり、室内楽団での小編成のオケを好んだり、歌とオーケストラ、特に、チェンバロと声、弦楽器と歌、木管楽器と歌などのアンサンブルを重視する舞台を取り入れたり、省略のない全曲演奏を行ったり、確信を持って舞台とオーケストラを睨みながら指揮をしていた。先の「ドン・ジョバンニ」に続く素晴らしい映像であると思っている。

(以上)(06/04/12) 


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