6-3-3、ジェフェリー・テイトとイギリス室内管弦楽団のシェンブルン宮殿コンサート−交響曲ハ長調(第36番)「リンツ」とラーンキのピアノ協奏曲第17番K.453−

−テイトの暖かみのある穏やかな「リンツ」と、ラーンキのピアノと木管のやり取りが素晴らしいト長調(第17番)ピアノ協奏曲−

6-3-3、ジェフェリー・テイトとイギリス室内管弦楽団のシェンブルン宮殿コンサート−交響曲ハ長調(第36番)「リンツ」とラーンキのピアノ協奏曲第17番K.453−1990年11月16日、シェンブルン宮殿大ギャラリー、
−テイトの暖かみのある穏やかな「リンツ」と、ラーンキのピアノと木管のやり取りが素晴らしいト長調(第17番)ピアノ協奏曲−
(06年01月01日、クラシカジャパンの放送を、D-VHSレコーダーのLS-3モードで、S-VHSテープにデジタル録画。)

三月分の第3曲は、ジェフェリー・テイトとイギリス室内楽団のシェンブルン宮殿コンサートであり、交響曲ハ長調(第36番)「リンツ」とラーンキのピアノ協奏曲第17番K.453および交響曲ハ長調(第41番)「ジュピター」の三曲が放送されていたが、今回はジュピター交響曲を次回に移して2曲だけアップすることにした。いずれも1990年11月16日、シェンブルン宮殿の大ギャラリーで収録されている。大ギャラリーは、巨大な天井画とシャンデリアで飾られた金飾りと白の壁面の一番大きなホールであるが、コンサート用にはどのように使われているのか、見るのが楽しみであった。 

 第一曲目は「リンツ」交響曲であり、画像は指揮台についたテイトの姿から始まる。オーケストラは2本のコントラバスを用いた総勢で30人位の小規模な室内楽団の構成であり、会場がやや狭く感じ、お客さんは隅の方に並んでいるように見えた。私はテイトが1985年に同じイギリス室内楽団と録音したハフナーとリンツのEMIのCDを持っているが、 このレコードはテートの真面目な取り組みを反映した暖かみのある穏やかな演奏であり、やや小ぶりでパンチ力に欠けると感じる人も多いに違いない。しかし、私には好感の持てるタイプの演奏であった。


   ゆっくりしたテンポで序奏が荘重に開始され、弦の合奏が実に丁寧に静かに進められて重い響きで終結する。一転して軽快な第一主題が明るく進行し、さらに行進曲のような経過部を経て弦により第二主題が軽やかに提示され、これがオーボエやファゴットに引き継がれていく。テイトの指揮ぶりは終始穏やかでまろやかであり、クライバーのように小刻みな変化はつけず、じっくりと落ち着いた演奏であった。
この曲の第二楽章はソナタ形式の堂々たるアンダンテである。荘重感の溢れる優美な旋律が始まり、後半にはピッチカートを伴った弦の分厚い響きが美しい。第二主題も荘重に流れトランペットやテインパニーも音を響かせる。展開部では新しい動機が低減やファゴットに現れ、繰り返されて次第に高まりを見せ、堂々と展開されていく。この楽章は珍しく大規模な充実したアンダンテ楽章であり、テイトのじっくりした取り組みが好ましく思われた。


 メヌエット楽章も堂々とリズムを刻む明るい舞曲であり、テイトは少し早めのテンポを取る。トリオではオーボエとファゴットが悲しげな旋律を歌い、弦に引き継がれ繰り返されて、再びがっちりしたメヌエットに戻っていく。フィナーレでも快活な第一主題が整然と現れ、速いテンポで次々に新しい主題を出しながら堂々と進行していき、テイトの指揮棒により躍動するように盛り上がりを見せていた。実に明快で整然としたフィナーレであると感じさせた。
 全体としてテイトの指揮は正面から取り組んだ堂々とした演奏であり、終始暖かみのある演奏であって、CDとほぼ同様な展開を見せていた。映像ではカメラの位置が変化に乏しくアングルが固定化して単純であったが、時折映し出す沢山あるシャンデリアが小さなローソク風の明かりで形作られて、昔風に豪華に輝いて見えた。

 第2曲目はデジュー・ラーンキのピアノによるピアノ協奏曲第17番K.453である。映像としては独立しているが、前曲の次に同じホールで演奏されたものであろう。映像は拍手とともにラーンキとテイトが入場するところから始まる。一息おいてオーケストラにより第一楽章が開始され、流れるように 第一・第二主題がオーケストラで提示されて、やがて独奏ピアノが登場する。ラーンキのピアノは滑らかで粒だっており、第二主題でのピアノとフルートやオーボエとの対話が実に美しく聞こえる。展開部においては新しいテーマがピアノで現れて、変化しながらさざ波のように繰り返され、ピアノが技巧を発揮していた。



 第二楽章は静かな弦によりもの憂い感じの主題で始められるが、突然にオーボエが、そしてフルートが美しい歌を奏で出す。ひとしきり歌った後に独奏ピアノが主題を呟くように弾き出すが、こんなに淡々と透明に弾かれるピアノは珍しい。そしてそれに続くピアノと木管のやりとりの美しさには呆然とさせられる。これはまるで形のない幻想曲を聴いているような雰囲気ではないだろうか。何度聞いても形式にとらわれない不思議な感じのする曲だ。テイトとラーンキはこの幻想的なムードを高めるように一体となって、ひたすら努力しているように感じた。
 フィナーレでは一転して明るく鳥のようはね回る軽やかな主題がオーケストラで提示される。何とこの主題は変奏曲のテーマであり、最初の変奏は独奏ピアノが、次の変奏がフルートとピアノで軽快に進行する。第三変奏ではフルートが、オーボエが、そしてファゴットが歌い出し、ピアノが締めくくるように変奏を重ねる。良く聴くとこの部分にモーツアルトが書き留めたムクドリの囀る声が聞こえてくる。曲は続いて短調の変奏となり、第五変奏まで行って突然速いテンポのフィナーレになり、急速に盛り上がって目まぐるしく終結する。この楽章も気まぐれではあるが、風変わりな面白い曲であった。



 ラーンキはテイトの穏やかな指揮ぶりに浸るようにしてピアノに向かっていた。シフ・コチシュの三人の中では一番若いのであろうが、ピアノの音が粒だって綺麗に聞こえ、特にこの曲に合っているように思われた。内田光子はテイトと組んでいるが、この指揮者はソリストの注文を良く受け止めてくれるのであろう。映像では殆どの視線が演奏者に当てられており、また画像が暗いので、折角のシェンブルン宮殿の大ギャラリーの天井画や壁画は写されず、あの広い部屋をどう使っているかすらさっぱり分からなかった。室内管弦楽団であったので音の響きはまずまずの出来映えであり、平土間でお客さんは見ずらいかも知れないが、室内コンサートには十分使えるものと思われた。

(以上)(06/03/27)


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