6-2-3、ジェフェリー・テイトとモーツアルテウム管弦楽団によるパリ交響曲ニ長調K.297と内田光子の「ジュノム」協奏曲K.271、1989年7月29日、モーツアルテウム大ホール、


−古い映像であるがテイトの穏やかな悠々たる指揮ぶりと、若い内田光子の情熱的できめ細かなピアノが楽しめる演奏−


6-2-3、ジェフェリー・テイトとモーツアルテウム管弦楽団によるパリ交響曲ニ長調K.297と内田光子の「ジュノム」協奏曲K.271、1989年7月29日、モーツアルテウム大ホール、

−古い映像であるがテイトの穏やかな悠々たる指揮ぶりと、若い内田光子の情熱的できめ細かなピアノが楽しめる演奏−

(06年01月01日、クラシカジャパンの放送を、D-VHSレコーダーのLS-3モードで、S-VHSテープにデジタル録画。)


 2月分の3曲目はジェフェリー・テイトとモーツアルテウム管弦楽団による演奏で、第一曲目はパリ交響曲(第31番)ニ長調K.297(300a)と内田光子のピアノによる「ジュノム」協奏曲変ホ長調K.271であり、1989年7月29日に収録されたザルツブルグ音楽祭の時の演奏で、いずれもモーツアルテウム大ホールにおける演奏である。いずれも06年1月1日のオールモーツアルト特集において番組のトップで放送されたものである。再放送であるが、このホームページでは初めてで特にパリ交響曲は珍しいので取り上げてみた。なお、内田光子の「ジュノム」は、かってピアノ協奏曲シリーズのLDで発売されていた定評ある演奏であったが、最近になってこれがDVDの新シリーズで復活したようである。



 交響曲第31番ニ長調「パリ」と言えば、モーツアルトがパリのコンセール・スピリチュエルの総支配人ジャン・ル・グロから聖体祭用の交響曲作曲を依頼されて作られたものである。従って当地の大編成のオーケストラ用に作曲されており、クイズではないが、モーツアルトの交響曲の中では最もオーケストラの規模が大きく、初めてクラリネットも加わった完全な二管編成となっている。そしてモーツアルトはパリの聴衆の好みに合わせるようフランス趣味を取り入れて意欲的に創作に取り組んだことが彼の手紙でよく知らされている。大編成の割には簡潔な曲調であり、三楽章で構成されていることにも特徴がある。



   映像は懐かしいモーツアルテウム大ホールであり、ジェフェリー・テイトが杖をつきながら入場した。暗い画面で古い映像であり、音声も残念ながら古いようだ。狭い舞台に3本のベースを右端にして二管編成の部隊が勢揃いしていた。いきなりフルオーケストラの強奏で力強く始まり、第一ヴァイオリンが明るく一オクターブ急上昇し、引き続いて弱音でヴァイオリンが対照的な旋律を奏でる第一主題が提示されて、パリ交響曲が始まる。テイトのテンポは標準で、音の響きは厚く、良く楽器を鳴らしている感じである。やがて弦楽器で第二主題が優しく現れ、クラリネットとファゴットが引き継ぎ、静かなピッチカートに乗ってヴァイオリンが軽快に繊細な音を響かせる。第一楽章は、これらの主題を巧みに織り交ぜ、展開され、再現されて、実に快調なペースで堂々と進行した。



 第二楽章は八分の六拍子で第一ヴァイオリンが第一主題を奏で始めると直ぐにフルートがそしてヴァイオリンが交互に歌い出す叙情豊かな楽章である。テイトは急がずにゆっくりと歌わせている。この楽章には、初演後にル・グロの注文によって新たに創作されたアンダンテ楽章で四分の三拍子のものがあるが、テートも既に報告済みのベームも八分の六拍子のものを演奏している。  フィナーレは、一・二楽章の荘重さに比べて奔放な感じのするプレストであり、二つのヴァイオリンで始まる弱奏の数小節後にフォルテのユニゾンで早い主題が開始され、意表をついた始まりでとなるが、1778年7月3日の書簡によるとこれがパリの人たちには大いに受けたという。いずれも特徴のある三つの楽章がいずれもソナタ形式で、反復記号が一切ないので約20分で華やかに終わっている。テイトの指揮ぶりは穏やかに悠々と進めるタイプであるが、時には興に乗ると身を起こして背伸びするような仕草をしたりしていた。トランペットもホルンも活躍して、二管編成の厚みが生かされており、演奏スタイルと言い場所と言い、何よりも安心して落ち着いて聴けるモーツアルトであると感じた。




 二曲目は内田光子のピアノ協奏曲変ホ長調K.271「ジュノム」である。演奏日付は同じであるがどちらの曲が先に演奏されたかは分からない。映像としてはそれぞれ二つに独立したものとして扱われている。この映像はピアノ協奏曲シリーズとしてLDで発売され、当時、直ぐにテープにコピーして繰り返し見たものであるが、内田光子の最初の画像であると記憶している。当時彼女はピアノソナタ全集は出していたが、まだピアノ協奏曲全集は完成されていなかった。この映像を見るにつけ、彼女の鍵盤上を走る技巧の確かさと、演奏中の集中力の凄さに圧倒されたものである。テートの穏やかで木目の細かい指揮ぶりと彼女の神経質とも言える細やかさとが互いによく働き、見事な協奏曲シリーズを完成させていると思っている。生誕250年の記念コンサートで、彼女のライブのピアノ協奏曲ハ長調K.503やピアノソナタのコンサートライブを聴いて、映像で見るのと同じ凄さを感じてきたが、彼女はザルツブルグの聴衆には十分お馴染みで、あたかも同郷のソリストであるかのように受け入れられていた。




 コントラバスは2台でオーケストラはかなり縮小されていた。内田光子がテイトとともに入場し、ピアノの前に着席し一瞬の緊張を置いて、オーケストラのトッテイが始まり直ちにピアノが回答するように弾かれる。これが繰り返されて自然に厚い弦によるオーケストラのる主題提示に移行する。やがてアインガングとともにピアノが歯切れ良く登場し、冒頭のトッテイと独奏ピアノの対話が繰り返され、それからはピアノの独壇場となる。内田光子のピアノの音は、粒ぞろいでとてもキリリとして目立っていた。彼女は体を動かしながら、顔の表情も音の強弱などのピアノの表情とともに変化させており、その演奏に集中しているさまには驚かされる。展開部では再び冒頭の対話主題が復活し、ピアノの主題が様々な形に繰り返し展開され、ピアノの技巧が発揮されていた。

 第二楽章は、モーツアルトのピアノ協奏曲に現れた最初の短調楽章であるとされ、そのせいか弦のもの憂い感じのハ短調の序奏で始まり、第一主題が独奏ピアノで装飾をつけながら進行する。内田光子のピアノはここでも華やかな音色であり、第二主題に進んで第一ヴァイオリンとピアノが交互に対話する部分はとりわけ楽しげでピアノが絶妙な響きを見せながら進行していた。
フィナーレでは独奏ピアノが最初に明るくロンド主題を提示し、オーケストラに引き継がれ、次いでピアノが主題を提示しオーケストラと絡み合いながら急速にロンド楽章が進行する。このロンドの中間部にはピアノ協奏曲ではこの曲にしかない美しいメヌエットが置かれているが、内田光子はこの部分を独奏ピアノで実に丁寧に弾いて見せ、テイトのオーケストラとともに夢を見ているような豊かな音の世界を作り出す。ほんの一瞬の出来事であるが、束の間のロンド楽章の遊びとでも言えようか。



 この映像は1989年の映像であるから15年以上も経っており、ついこの間ザルツブルグで見た内田光子は遙かに風格がついてきたという感じがした。この映像はまだ若さとエネルギーに満ちた情熱的とも言えるような弾きぶりであったと思われる。
 最近、ジェフェリー・テイトの活躍する姿を見かけていないが、このモーツアルト・イヤーにはどうしているだろうか。1月1日には、このコンサートの他に、テイトがイギリス室内楽団を振ったシェンブルン宮殿のコンサートが放送されており、とても心温まる演奏であったので、次回にでもご紹介したいと考えている。

(以上)(06/02/25)


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