6-12-3、クラシカジャパン「モーツアルトのある毎日」第2回、 (曲目)ピアノ協奏曲第5番ニ長調K.175、フォルテピアノ;ロバート・レヴィン、ホグウッド指揮エンシェント室内管弦楽団、セレナード第3番ニ長調K.185(167a)、行進曲ニ長調K.189(167b)、ヤニチェック指揮ザルツブルグ・カメラータ・アカデミカ(9801)、

−10年前の現地での興奮状態を再現してくれるレヴィンとホグウッドの演奏と、演奏機会の乏しい初期セレナードのヤニチェク・カメラータ・ザルツブルグの楽しい演奏−

6-12-3、クラシカジャパン「モーツアルトのある毎日」第2回、 (曲目)ピアノ協奏曲第5番ニ長調K.175、フォルテピアノ;ロバート・レヴィン、ホグウッド指揮エンシェント室内管弦楽団、セレナード第3番ニ長調K.185(167a)、行進曲ニ長調K.189(167b)、ヤニチェック指揮ザルツブルグ・カメラータ・アカデミカ(9801)
、 (06年07月11日、クラシカジャパンCS336の放送を、D-VHSレコーダーのLS-3モードで、S-VHSテープにデジタル録画。)


 このホグウッドとレヴィンのピアノ協奏曲第5番ニ長調K.175は、1997年2月のザルツブルグのモーツアルト週間の演奏であり、私は奇しくもこの音楽祭に初めて参加し、このホールでこの演奏を楽しんでいた。この日の演奏は、この曲の他、交響曲第30番K.202とコンサートロンドK.382であったが、K.382が2000年にCS736CHで一度放送されたことがあったので、実はこの曲も放送されるのではないかと期待していた。このコンビの映像では、「戴冠式」協奏曲K.537が(1-5-2)としてアップされているが、この演奏は、私が見た翌日に演奏されたもので、われわれは次の行程であるミュンヘンへと向かっていた。
 エンシェント室内管弦楽団は、コープマンの率いるアムステルダム・バロック楽団よりも2倍ほどの規模でグロッサーザールの舞台が狭いくらいであった。オーケストラの中央に置かれたレヴィンのフォルテピアノの音が非常に小さかったことと、ホグウッドが率いた交響曲全集で頭に刻まれていた古楽器群の澄んだ音とフォルテピアノのくすんだ音との微妙なブレンドとを、いまでも強烈な印象としてまざまざと記憶に残されている。この映像は、こうした忘れかけている記憶を取り戻すのには最適であり、私にとっては極めて懐かしく、およそ10年前の現地での興奮状態を再現してくれる演奏であり、懐かしの映像であると考えている。




 曲の開始に先立って、入場してきたレヴィンが聴衆に対し簡単に挨拶をしていたが、ドイツ語なので、残念ながらよく分からなかった。第一楽章は、弦中心に威勢良く速いテンポで開始された。古楽器演奏の弦の歯切れ良さの特徴が良く出ており、細かく見るとレヴィンもトウッテイに参加していた。それにしてもホッグウッドのテンポは速すぎると思ううちにレヴィンのフォルテピアノが軽快に速いテンポで開始され、第一・第二主題と進んでいく。フォルテピアノの音はオーケストラに比べて小さいが、録音では会場よりも粒だったようなはっきりした音が良く聞こえ、技巧的には学者先生と思えぬプロフェッショナルな敏捷さを持っていた。レヴィンのトレモロで始まる展開部でもフォルテピアノが活躍し、美しいパッセージで存在感を見せながら再現部に移行して行ったが、再現部でもフォルテピアノが絶えず主導権をとっていた。カデンツアは前半が第一主題、後半が第二主題中心のオリジナルと思われ、技巧的で速いテンポのものであった。




 第二楽章では、オーケストラが歌うようにアンダンテで開始され、ホルンが相づちを打つように応えながら、第一・第二主題が進行する。やがてホルンの伴奏で独奏ピアノが主題を繰り返していくが、特に第二主題を変奏しながら現れる呟くようなフォルテピアノのパッセージが実に美しく、レヴィンは十分に歌っていた。この主題を使ったカデンツアでは、映像ではクローズアップされるので、技巧的にも素晴らしく見応えがあった。
 フィナーレでは元気の良い弦楽器が活きの良い主題を提示し、軽快なアレグロで流れ出し、続いて独奏のフォルテピアノも負けじとばかり速いテンポで主題をカノン風に変形して進んでゆく。この明るさと軽快さはモーツアルトの独壇場である。展開部では冒頭主題がフォルテピアノにより繰り返し反復され、フォルテピアノの明快さを技巧的なパッセージが示しており、古楽器の魅力を発揮していた。ここでも終わりに短いがテンポの速いカデンツアが用意されていた。




 大変な拍手で迎えられ、レヴィンとホグウッドは抱き合ってお互いに讃え合っていた。この組み合わせが現時点の最高のピリオド演奏なのであろう。私は会場の何処にいたか記憶がないのであるが、この後、ウイーンで作曲された第二の終楽章(コンサート・ロンドニ長調K.382)が演奏された筈である。これはこの楽章をウイーンの聴衆好みに新しく作り直したものであるが、この原曲のフィナーレも素晴らしい曲であり、新しいフィナーレのロンド楽章K.382は、やはり独立したアンコール用の曲のような感じがする。





 2曲目のザルツブルグ・カメラータ・アカデミカの演奏するセレナード第3番ニ長調K.185(167a)もグロッサーザールの収録であり、この演奏はコンサートマスターの一人であるアレクサンダー・ヤニチェックが指揮をしていた。11月にアップしたセレナード第1番K.100(6-11-3)のヤニチェックは鬚を生やしていたが、今回は鬚がなく1年前のモーツアルト週間の映像(9801)の映像であった。この曲は1773年7月か8月にザルツブルグで作曲され、別名を「アントレッター・セレナード」と呼ばれている。ザルツブルグのアントラッター家の祝い事に関連して作曲された「フィナールムジーク」であり、2楽章のヴァイオリンコンチェルタント部分を含む7楽章の大作である。
 この曲には、行進曲ニ長調K.189(167b)が作られており、演奏はこの行進曲でいきなり開始される。フルオーケストラでゆっくりと堂々と開始されるが、直ぐにフルートが活躍し、トランペットも良く聞こえ、右側にコントラバスが2台並び、映像で見ると全ての楽器に出番があり、堂々たる行進曲であった。




 第一楽章が始まると、ああこの曲かと思い出す何度も聞いたモーツアルトらしい曲。元気の良いアレグロの弦楽器をを支えるようにトランペットやホルンが活躍し、シンフォニックに聞こえる曲である。新しいテーマによる展開部も短いながらあって、この頃の交響曲の出だしと変わらない雰囲気を持っていた。第二楽章ではヤニチェックは立ち上がり、第一主題は全員合奏であるが、独奏ヴァイオリンは第二主題からで、穏やかに美しい旋律を歌い上げる。それ以降は独奏ヴァイオリンとして最後までリーダシップをとりながら活躍し、終わりにはカデンツアすら演奏されていた。第三楽章はオーケストラによるロンド主題がいきなり飛び出すアレグロで、次いで独奏ヴァイオリンにより副主題が弾かれ、これ以降はロンド主題と独奏ヴァイオリンによるクプレーとが交互に弾かれる。ヤニチェックは若いながらも独奏者として十分な技量を見せ、堂々とこの協奏曲楽章をこなしていた。




 第四楽章は、この曲初めてのメヌエット楽章で、弦楽器の主題提示と二つのフルートが導く主題提示が交互に進行する穏やかなメヌエット。トリオは低弦の伴奏でフルートが独奏する美しい綺麗なトリオで、風変わりでとても面白かった。第五楽章は静かなヴァイオリンによる旋律をホルンとフルートの合奏が繰り返していくアンダンテのゆっくりした第一主題と弦の合奏の第二主題を持つソナタ形式で、短い展開部もある長い楽章であった。第六楽章は二つのトリオを持つ大きなメヌエット。フルオーケストラの勇壮な力強いメヌエットで堂々と進行する。第一トリオはため息をつくようなヴァイオリンのソロが先導する弦だけで弾かれる静かで優雅なトリオであり、再び勇壮なメヌエットに戻る。第二トリオはトランペット、オーボエとホルンが合奏する賑やかなトリオで大きなメヌエットに相応しいものであった。フィナーレでは、アダージョの弦楽器によるゆっくりした序奏に続きオーボエとトランペットの合奏もある珍しい序奏部があり、驚いているうちに一転してヴァイオリンの主題による軽快なアレグロが始まる。第一楽章の快調な元気の良さに似た曲調で、フィナーレらしさを表す素晴らしく明るいアレグロで締めくくりとなった。

 ザルツブルグのモーツアルト週間の楽しさを彷彿とさせるような、若さ溢れる二つの名曲を存分に楽しむことが出来た。初めて体験した1997年の時にはコンサートのメモを取ったり報告文を書く習慣がなかったので、記憶が薄れていたが、時間にゆとりが出来たら毎年でも来ようと決意させたコンサートでもあった。

(以上)(06/12/16)



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