6-11-3、クラシカジャパン「モーツアルトのある毎日」第1回、
(曲目)交響曲ヘ長調K.75、セレナード第1番ニ長調K.100(062a)、行進曲ニ長調K.62、交響曲第17番ト長調K.129、デイヴェルテイメントニ長調K.136(125a)、

−映像では数少ないザルツブルグ初期の名品が揃いました−

6-11-3、クラシカジャパン「モーツアルトのある毎日」第1回、
(曲目)交響曲ヘ長調K.75、セレナード第1番ニ長調K.100(062a)、行進曲ニ長調K.62、交響曲第17番ト長調K.129、デイヴェルテイメントニ長調K.136(125a)、

(演奏)シェーンベルガー指揮ハイドン・ベルリンENS(10001)、ヤニチェック指揮ザルツブルグ・カメラータ・アカデミカ(9901)、メニュヒン指揮モスクワ・ソリイスト(9012)、
(06年07月2・6日、クラシカジャパンCS336の放送を、D-VHSレコーダーのLS-3モードで、S-VHSテープにデジタル録画。)


 クラシカジャパンによる「モーツアルトのある毎日」の7月の第一週に放送されたものから、このHPで初出の曲を5曲取り上げるものである。演奏団体はバラバラであり、また年度は多少違うが、ザルツブルグのモーツアルト週間で演奏されたものが大半である。初期の交響曲が2曲、セレナード第一番、最初期のデイヴェルテイメントと初めての曲ばかりで、データベースの作成や「映像のコレクション」の編集の仕方に工夫が必要であると考えられる。
 これまでのソフト紹介は、有名曲ばかりの繰り返しが多かった。この「モーツアルトのある毎日」による演奏機会の少ない曲をこれから定期的に取り上げることにより、このホームページが狙いとする、現段階における「映像で楽しめるモーツアルトの全貌と限界」的なものが浮かび上がってくるものと思われる。



 今回取り上げる最初の曲は、交響曲ヘ長調K.75である。この曲は早くから存在が知られ、ケッヒェルにより番号を貰いながら、ブライトコップ社の旧交響曲全集に収録されなかったため交響曲としての通し番号を持たない曲である。しかし、現在では、自筆譜はおろか信頼に足る同時代の筆写譜すら残っておらず、信憑性が著しく低い作品とされている。かってブライトコップ社に一組の筆写パート譜があったことは知られているが、今はそれも失われており、現在残されているのは、それをもとに19世紀に作られた2組の筆写譜だけのようである。従って、ケッヒェルの初版以来現行の第6版まで踏襲され、ヴィゼワ・サンフォアなど古い研究者によって受け入れられてきた「1771年ザルツブルグ」という成立データも、今日の視点では立証できないものとなっている。  疑い出すときりがないもので、この曲の第二楽章がメヌエット楽章であることも異例とされ、父レオポルドやミヒャエル・ヨーゼフ・両ハイドンには例があるにも拘わらず、モーツアルトにはウイーン時代の室内楽にしか例がないので、これも疑いのある作品とされる原因の一つになっている。



 ベルリンのハイドンアンサンブルがどうしてこの曲を取り上げたか分からないが、前後の交響曲同様に軽快で爽やかな味わいを持った曲である。ハイドンアンサンブルは、ベースが1本であり、チェンバロを入れ、オーボエ2、ホルン2、ファゴット1を持つ15名の構成であり、指揮者のシュレンバーグはコンサートマスターで指揮者を兼ねていた。2000年のモーツアルト週間のモーツアルテウムのグロッサーザールでの演奏であり、この音楽祭の常連らしく緊密なアンサンブルを持った腕達者な優れた団体であると思わせた。
 第一楽章は、オーボエと弦により始まる軽快なアレグロであり、引き続きオーボエが弦と交錯しながら軽やかに進行しており、シュレンバーグの大袈裟な動作とオーボエとが目立つ楽章であった。第二楽章は、甘えるようなヴァイオリンの下降音形が主体となる単純なメヌエットで、中間の弦のみの流れるようなトリオが美しいが、いつの間にか独りでにメヌエットに戻っていた。第三楽章は静かな弦によりゆったりと進むアンダンテイーノ。ここでもオーボエが静かに弦と会話をする。フィナーレはロンドとあるが繰り返しのないソナタ形式であり、穏やかな舞曲風のアレグロで始まる。弦中心で軽やかに進行し、後半に急速に盛り上がりを見せて終息する。
 扇形に15名が配置され、華麗な弦のアンサンブルを身上とするグループで、ハイドンやモーツアルトを得意とする室内楽団であったが、この初期のヘ長調交響曲K.75をよどみなく楽しげに演奏していた。

   第2曲目は、大学の毎年の夜会の祝典のために、フィナールムジークとして作曲され、演奏された曲である。セレナード第1番ニ長調K.100(062a)と行進曲ニ長調K.62となっているが、行進曲は冒頭の第1曲として続けて演奏していた。ザルツブルグのカメラータ・アカデミカは、ノリントンが指揮することが多いこの週間の常連であるが、今回はコンサートマスターの一人のヤニツエックが指揮を兼ねて全体を統括していた。ベースが2本、2トランペットとテインパニーが含まれ、中規模のオーケストラ構成であった。  行進曲K.62は何度も聞いてよく知っているが、馴染んだ曲で威勢良く楽しく始まるのはとてもうれしい。ヤニツエックはテンポを遅めにとり、トランペットやテインパニーを強調していたが、行進するときはテインパニーはどうするのかとふと思った。



 K.100(062a)の第一楽章は、早いテンポで始まるアレグロで軽快そのものの曲である。セレナードの開始曲に相応しく、明るく爽快な気分にしてくれるモーツアルト・アレグロそのものであった。第二・三・四楽章は、アンダンテ・メヌエット・アレグロからなるコンチェルタントな楽章で、珍しく第一オーボエと第一ホルンが弦楽器と対話を重ねるようにして明るく進行する。
 アンダンテ楽章は、始めから弦とオーボエとホルンが活躍する穏やかな荘重な楽章で、オーボエの悲しげなソロが一瞬心に響く。終わりには、両楽器の短いカデンツすらあったが、CDで聴くだけでは気が付くであろうか?メヌエット楽章は、弦中心で始まるゆったりした優雅なメヌエットであるが、中間のトリオではオーボエとホルンが活発に歌い出し、テンポの速い明るい活発な曲調に変化する。フィナーレのアレグロ楽章では、弦のユニゾンで素早く主題が飛び出し、マーチのリズムでこれにホルンやオーボエが重なったり追っかけ合ったりして、明るく華やかに進行し協奏曲楽章を終結する。



 第五楽章のメヌエットでは、シンフォニーのようにフルオーケストラで明るく堂々とぶ厚く進行し、トリオでは弦楽合奏のみの静かな演奏で対照的であった。第六楽章のアンダンテでは、第一ヴァイオリンと弦のピッチカートと2本のフルートが登場し、これまでと全く変わった幻想的な美しい優雅な世界に没入する。こういう名もない魅力的な曲の発見が、モーツアルトの全ての曲を味わおうと探索を重ねる動機となった。第七楽章の第三メヌエットは、フルオーケストラで前曲よりテンポが速く威勢がよく、トリオではおどけた弦の合奏がとても面白い。フィナーレの第八楽章のアレグロは、フィナーレらしくロンド形式で、フルオーケストラの速いテンポのロンド主題が登場し、4つの副主題を挟んで、変化しながら5回繰り返され、明るく終了した。
 終ると凄い拍手で迎えられ、特にオーボエとホルンは何回も頭を下げていた。恐らく観衆もご機嫌で楽しく味わったのであろう。こういう大好きなザルツブルグ・セレナードを親しみの持てる演奏でご紹介できることは、このホームページで苦労している私の本懐であり、この厄介な仕事のつらさを、しばし忘れさせてくれる。  モーツアルトは、この曲の第一楽章と第五・六・七・八楽章のメヌエット・アンダンテ・メヌエット・アレグロの5楽章を利用して、シンフォニーK.62a(K.100)ニ長調を作っており、ホグウッドの全集では上品な演奏で聴くことが出来る。



 第三曲目は、交響曲第17番ト長調K.129であり、この曲の演奏はセレナードと同じ、カメラータ・アカデミカである。恐らくこれと同じコンサートで演奏されたのであろうが、トランペットとテインパニーおよび2フルートが省かれ、弦と2オーボエ、2ホルンの構成であった。この曲は、第16番ハ長調K.128と同じ1772年5月にザルツブルグで作曲されており、いずれも三楽章構成のイタリア風のシンフォニーである。この曲は実に優雅な親しみやすい第二楽章を持っているので、前曲よりも演奏機会が多いのであろう。



 第一楽章のアレグロは、活気に満ちたテンポの速い序曲風の曲であり、短い曲であるが二つの似たような主題を持つソナタ形式で短い展開部も備えていた。第二楽章は、どこかで聴いた思わず口ずさみたくなるアンダンテであり、恐らく、昔NHKのFM放送の何かの番組のテーマ音楽になっていた曲である。第一ヴァイオリンの合奏が歌う美しい旋律を、ヤニツエックは実にゆっくりと丁寧に弾いており、彼はこういう曲をこなすのが上手であると思った。フィナーレはユニゾンで始まるテンポの速い勢いのあるアレグロで、軽快な序曲風の終曲であった。ヤニツエックの忙しそうな指揮ぶりと、終わった後の明るい表情が印象的で、彼自身も満足するような演奏であったに相違ない。
 ここまでは、ザルツブルグで毎年実施されているモーツアルト週間の1999年および2000年で収録された映像である。私は、1997年と2002年〜06年の5回この週間に参加しており、 02年以降はこのホームページにコンサートの報告記を載せている。



 最後の第4曲目は、有名なデイヴェルテイメントニ長調K.136(125a)である。この曲は何回かこのホームページで紹介してきたが、小曲のためか「映像のコレクション」に載せる機会を逸してきた曲の代表であろう。1772年の初めのザルツブルグにおける作品で、変ロ長調K.137とヘ長調K.138と同時に作曲されており、作曲の経緯は不明である。これらの草稿は、五線紙に続けて一気に書き下ろされており、メヌエットが含まれていない。「デイヴェルテイメント機Ν供Ν掘廚帆霍討暴颪れた筆跡は父レオポルドのもので、曲名がこれでよいか、そしてヴァイオリン2部、ヴィオラ、チェロ(バス)という楽器構成をどういう規模で演奏すべきかなどが疑問とされる作品である。弦楽四重奏、コントラバスを加えた五重奏、室内合奏団(10〜30)、フルオーケストラなどの演奏があり、モーツアルトの意図が分かっていない。



 演奏は名ヴァイオリニストだったユーデイ・メニュヒンが指揮するモスクワ・ソリイストという男性ばかりの20人位の弦楽合奏団であった。中規模の室内楽団による演奏と言えよう。映像では第一楽章がいきなり速いテンポの弦楽合奏で始まるが、私にはテンポが少し早すぎ、また弾むような弦の輝きが聞こえず、余り興が乗らない。メニュヒンは目をつぶって体を動かさないで指揮をしていたが、これが彼の求めるベストの演奏なのであろうか。弦のアンサンブルは良いのであるが、曲が重く弾まないので、余り楽しめないままこの楽章は終わってしまった。まばらな拍手があって驚いたが直ぐに次の楽章が始まる。第二楽章も少しテンポが速く感じたが、弦の合奏は綺麗でなかなか良い。腕の立つ人々の集まりなのであろう。メニュヒンは丁寧に指揮をしており、これに応えるように合奏団が動いていた。フィナーレは、これが標準のテンポなのであろう。颯爽と軽快に弦が踊り一気に駆け抜けるように進行し終結した。この演奏を一口で表すとイタリア風の明るい演奏ではなく、ロシア風の重厚なデイヴェルテイメントと言うことになろうか。

 私はメニュヒンがソリストで指揮者を兼ねたヴァイオリン協奏曲集を持っており、嫌いな演奏家ではない筈であるが、今回のデイヴェルテイメントは残念ながら好きになれなかった。演奏技術は優れているのであろうが、他の演奏にあるイタリアの晴れた空を思わせる明るく伸びやかで弾むような感触が感じられなかったからである。なお、このHPでは、メニュヒンは2度目の登場であり、第一回はカラヤン指揮のヴァイオリン協奏曲第5番イ長調K.219であった。この演奏には、リハーサルとカラヤンとの対談があり、メニュヒンの見識ある回答が印象に残っている。

(以上)(06/11/12)


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