「2019モーツァルト週間」ー田辺秀樹氏と行くザルツブルグへの旅に参加して〜郵船トラベルの9日間コース〜

一日平均3回のモーツァルト・コンサートの多様なコンサートの6日間の印象記ー



「2019モーツァルト週間」ー田辺秀樹氏といくザルツブルグへの旅に参加して〜郵船トラベルの9日間コース〜

一日平均3コンサートの多様なコンサートの6日間の印象記ー             

  倉島 収(千葉県柏市K.449)

1、はじめに−3年間連続で、これで10回目のM週間でした、今回も新鮮で楽しい充実した素敵な音楽の旅でした− 

  昨年に引き続き、郵船トラベルのツアーに参加して、モーツァルト週間(以下、M週間と略称する)に行ってきましたが、今年は音楽評論家田辺秀樹先生が同行して下さり、随時、お話を伺うことが出来、一層充実した旅となりました。このツアーは、前半組と後半組に分かれた総勢20人位の旅でしたが、私は後半組の9日間コースに参加しました。フェラインからは、篠田さん、中村夫人の三名、日本モーツァルト協会の仲間が4人も参加した上に、ツアー外で、澤田前会長、松永会長代行、田嶋会員なども参加されており、私にとっては、従来にない知り合いの多い楽しい恵まれた旅となりました。
 今回のM週間の報告については、多くの方が季刊に報告されると思いますので、私からの報告は、主として参加したコンサートの音楽面について、気の付いたことを重点にご報告したいと考えました。

2、2019年のM週間の特徴と面白さ、

 今回の2019年のM週間の総監督は、昨年のルネ・ヤーコプスからテノール歌手のローランド・ヴィラソンとなり、大きく変わったところが、数年前の昔に戻って「オール・モーツァルト」のコンサートに変わったことであろう。そして、かなりのコンサートで、演目にそれぞれ工夫が見られ、新鮮さを表出していたように思う。そして、特に、モーツァルテウムのグロッサー・ザールでは、二階席の右前の席にヴィラソンが座って声援を送っており、各コンサートを盛り上げていたのが強く印象に残った。今年はオペラの上演はなく、それに並ぶものとして、「エジプト王タモス」K.345の「合唱と幕間音楽」を中心に、未完のオペラ「ツァーイデ」K.344や「魔笛」からのアリアなどを組み合わせて、モーツァルトが夢見た「タモス王の舞台劇」の新しい創作劇がフェルゼンライトシューレで試みられていた。

 私が強く印象づけられたコンサートを整理すると、以下の通りであり、初めに項目だけ列挙しておこう。

(1)、アカデミー・コンサートの再現、
〜3時間にも及ぶウイーン時代のコンサートの趣向を生かした夢のコンサートの再現〜〜その中に、初めて聴く未完作品などが含まれていた〜

(2)、ウイーンフイルのホールを生かした二つの特徴あるコンサートの実施、
〜グロッサー・ザールの室内楽風の軽妙なコンサートとモーツァルト劇場の短調曲ばかりを集めた「レクイエム」を含む重厚なコンサート〜

(3)、4つの宗教曲の大曲があり、いずれも充実していた。
〜カンタータ「悔悟するダヴィデ」K.469、「孤児院」ミサ曲K.139、ハ短調ミサ曲K.427、 「レクイエム」K.626〜

(4)、初めてライブで聴くことが出来た曲が7曲もあり、大収穫だった。
〜ケーゲルシュタット三重奏曲K.498、聖墓の音楽K.42、孤児院ミサ曲K.139、エジプト王タモスの音楽K.445、ハフナー・ヴァイオリン協奏曲K.250、ピアノとヴァイオリンの協奏曲K.315f(第一楽章の補作)、ディヴェルティメント変ロ長調K.287など〜

(5)、著名なソリストたちの円熟味の溢れた演奏と活躍を目にした。
〜内田光子、バレンボイム、ハーゲン四重奏団、ヤンセン(Vn)、ボルトンなど〜

(6)、グロッサ―・ザールで、多数のオーケストラの演奏を耳にし、比較できた。
〜モーツァルテウム大学O、マーラー・チェンバーO、ウイーン・フイルハーモニーO、イル・ジャルディーノ・アルモニコ、カメラータ・ザルツブルグO、モーツァルテウム管弦楽団〜

(7)、特別公演「エジプト王タモス」の舞台付き公演、
〜「ツァーイデ」K.344や「魔笛」からのアリアや合唱などを加えた新創作舞台公演〜

  今回のM週間の後半6日間で見たコンサートは15であり、日曜日に教会で見聴きしたミサ曲K.258を加えると16になるが、上記の整理された特徴に沿って、コンサートの内容を概説すると以下の通りとなる。そのため、上演された日付順の報告とはなっていないが、末尾に今回の日程表を添付しているので、参考にされたい。なお、今回の会場は、モーツァルテウムのグロッサー・ザールが多く、座席の殆どが前側ではなかったので、前の人の頭が邪魔で写真が撮りずらく、割愛せざるを得なかったことを報告しておきたい。

3、アカデミー・コンサートの現代への再現、(2月3日(日)11:00、グロッサー・ザール)
〜3時間にも及ぶウイーン時代のコンサートの趣向を生かした夢のコンサートの再現であり、その中に、初めて聴く未完作品などが含まれており、大いに興奮させられた~

   1783年に、モーツァルトがウイーンのブルク劇場で開催した「アカデミー・コンサート」には、コンサートの詳細な曲目と演奏者が明確になっており、その時代を反映したシンフォニーあり、歌手のアリアがあり、ピアノやヴァイオリンの協奏曲やソロがあり、フィナーレは、交響曲のフィナーレで終わるという今日では考えられない多様な曲目が並んでいた。私はそれを見て、同じような趣向で現代において行われたら、「夢のコンサート」であると考えて、フェラインの季刊誌(季刊42号20周年記念号)に投稿したことがあり、また、このHPでも「私の夢のコンサート」として見ることが出来る。しかし、今回のM週間で、図らずもこの「アカデミー・コンサート」を模倣したコンサートが再現された。これは総監督ヴィラソンの意向に沿った新鮮味のある魅力的な構成で再現されており、私はこれを聴きながら、まさに私の夢が、嬉しいことにこの本場で、実現したと再認識した。

    しかも、曲目はウイーン時代の当時までに着手された曲で占められており、交響曲ハフナーK.375やイドメネオK.366からのアリア、シェーナK.369、ピアノ協奏曲K.175などは同じ作品が取り上げられていた。さらに、マンハイム旅行中に書かれた未完のヴァイオリンとピアノのための協奏曲K.315fが、ピアニストのロヴァ―ト・レヴィンご本人の編曲版で演奏されるという特別な用意がなされており、さらにヴァイオリンの名手ジャニー・ヤンセンがいたせいか、ヴァイオリンとヴィオラの協奏交響曲K.364やハフナー・セレナードからヴァイオリン協奏曲楽章などが加えられて、3時間を超えるような、大規模で多様な、夢のようなコンサートであった。参考までにブルグ劇場のコンサートと曲目を比較してみると、表―1の通りとなる。

 表ー1、アカデミー・コンサートと今回のコンサートの比較〜私の「夢のコンサート」〜                             
A.ブルグ劇場のコンサートB.今回のコンサート
1、新ハフナー・シンフォニー1、ハフナー・シンフォニー第1/2/3楽章K.385
2、オペラ「イドメネオ」よりイリアのアリア、アロイジア・ランゲ夫人、2、オペラ「イドメネオ」よりイリアのアリア、ソプラノ;R.ミューレマン、
3、ピアノ協奏曲K.415、自演、3、ヴァイオリンとヴィオラの協奏交響曲K.364、J.ヤンセン&H.クラッゲルード、
4、シェーナK.369、テノール、アーダムベルガー氏、4、ソプラノのアリア、K.369、
5、ポストホルンより協奏曲楽章、5、ハフナーセレナードより協奏曲楽章、
6、ピアノ協奏曲K.175、自演、6、ピアノ協奏曲K.175、第一楽章、およびコンチェルト・ロンド、K.382、ロバート・レヴィン、
7、ルチオ・シルラよりジュリアのアリア、ソプラノ、タイバー嬢、7、ソプラノのアリアK.217、
8、フーガ、 自演、
  変奏曲K.398、パイジェルロの主題、
  変奏曲K.455、グルックの主題、
8、ピアノとヴァイオリンのための協奏曲K.315f、
                            
変奏曲K.455、グルックの主題、  
9、シェーナK416、アロイジア・ランゲ夫人、9、ルチオ・シルラよりジュリアのアリア、
10、最初のシンフォニーの終楽章、10、最初のシンフォニーの終楽章、
(指揮とヴァイオリン、モーツァルト)(指揮&Vn、G.アース、カメラータ・ザルツブルグ、)

   このコンサートの主役はカメラータ・ザルツブルグのオーケストラであり、指揮はコンサートマスターのG.アースであった。最初の第一曲はハフナー交響曲であり、非常に明るい響きで開始され、第一・二・三楽章が続けて軽快に演奏されて一息ついていた。続いてソプラノのR.ミューレマンが登場し、イドメネオからの第11番のイリアの美しいアリアを歌っており、ここまでは全くアカデミー・コンサートと同じ曲目であった。三番目には、ピアノ協奏曲の代わりに、ヤンセンのヴァイオリンとクラッゲルートのヴィオラによる協奏交響曲K.364が演奏されており、この曲の第二楽章では溜め息が出るような夢のようなコンサートが続いていた。第4曲目には、再びソプラノのミューレマンによりイドメネオを作曲中に書かれたレチタティーヴォとアリア「あわれな私、ここはどこ!」K.369を歌っていたが、この曲は彼女のようなリリック系の方にとても向いた素敵な曲であり、見事に明るく歌われて、凄い拍手を浴びていた。


   続いて原曲の「ポストホルン」セレナードK.320からの協奏曲楽章の代わりに、ここでは「ハフナー」セレナードK.250から協奏曲楽章が弾かれ、先のヴァイオリンのヤンセンがソリストになって、何と第2・3・4楽章を一気に軽快に弾いて、大拍手を浴びていた。次はフォルテピアノの名手でモーツァルト研究者のロバート・レヴィンが登場して、アカデミー・コンサートと同じ曲のピアノ協奏曲第5番K.175を弾きだした。彼のピアノはフォルテピアノしか聴いていないのでどうするか心配であったが、会場のモダンピアノで弾きだしたので大変に驚かされた。よく聞くとピアノのパッセージの部分がフォルテピアノの方が速いので、幾分、オーケストラと合わないような部分があったが、細部のことであり、堂々と第一楽章が弾かれていた。続いて、彼はあの有名な協奏曲楽章ロンドK.382を弾きだしたが、この曲はウイーンでの大当たりの曲であり、まさに当時の夢のようなコンサートが再現された気分であった。ここでソプラノのミューレマンが登場し、ザルツブルグで書かれたコンサートアリアK.271「あなたは、誠実な心の持ち主」を歌っていた。始めにアンダンテイーノのメヌエット風の3拍子で始まり、続いてアレグロになって、コロラチュアで華やかに歌っていたが、最後には伸び伸びと明るく歌うブッファ的な明るいアリアとなっていた。
   続いて、再び、レヴィンが再登場して、これもマンハイム旅行中に書かれた未完のヴァイオリンとピアノのための協奏曲K.315fが開始された。この曲はライブで聴くのは初めてであり、協奏曲のソナタ形式の最初のオーケストラ部分は完璧に書かれており、ヴァイオリンとピアノのソロの部分が始まって、互いに対話しながら進むところで中断するという未完の作品であるが、この演奏ではピアニスト・レヴィン氏ご本人による編曲版を使用しており、展開部も編曲されて追加され、もう一度初めから再現されて第一楽章の全体が編曲により演奏されていた。ピアノとヤンセンのヴァイオリンのソロの絡み合いが美しく、自身の作なら間違いなく名曲とされる、このコンサートのまさに快挙ともいえる出し物であったと思われた。


    それからレヴィンのピアノによるグルックの主題による変奏曲K.455、そして続けて「ルチオ・シッラ」K.135からのジューニアの第16番のアリアとアカデミー・コンサートと同じ曲目が続いてから、このコンサートのフィナーレとして、ハフナー交響曲の終楽章が颯爽と演奏され、3時間を超える長い特別なコンサートが、大拍手の中で終了していた。
   このような試みが出来るのは、このM週間しか考えられず、私はこのコンサートに参加して、本当に幸せであり二度と聴けないコンサートであるとしみじみ考えさせられた。

4、ウイーンフイルのホールを生かした二つの特徴あるコンサートの実施、
〜グロッサー・ザールの室内楽風の軽妙なコンサートとモーツァルト劇場の短調曲ばかりの重厚なコンサート〜

4−1、ウイーンフイルの室内楽風のコンサート(1月30日(水)19:30、グロッサザール)

   このコンサートは、ウイーンフイルのコンサートマスターのR.ホーネックが指揮する弦楽器主体の室内楽的なコンサートであり、第1曲がアイネ・クライネ・ナハト・ムジークK.525であり、オペラのアリアが3曲続いた後、ディヴェルティメント変ロ長調K.287という恐らくライブでは初めて聴くことになるであろう曲のコンサートであった。歌曲を挟むコンサートは日本では殆どないが、欧米ではごく当たり前のコンサートである。
  このグロッサー・ザールでのアイネ・クライネの響きは、コントラバス2本の構成ではとても分厚く感じられ、久しぶりで爽快な弦楽合奏の響きを味わった。三曲のアリアはソプラノのアリアでK.ストヤノヴァという初めての歌手であり、フィガロの伯爵夫人のアリアはまずまずの出来であったが、続く「羊飼いの王様」のアミンタのアリアは、指揮者兼コンマスのホーネックがヴァイオリンでオブリガートを弾いており、これがオペラティックな効果をもたらして、とても素晴らしかった。また三曲目の、「テイト」のヴィッテリアの最後のアリアは、バセットホルンのオブリガートであり、彼女の低音も良く通って、なかなか聞けないアリアを十分に楽しませてくれた。

   最後のディヴェルティメントK.287は、マリナーやヴェーグのCDで聞き及んでいたが、恐らくライブで2ホルンの弦楽合奏で聴いたのは恐らく初めてであろう。いかにもロドロン家のための祝祭的な上品な音楽となっており、これをウイーンフイルで極上のホールで聴いたのは幸せであった。特に第二楽章の変奏曲のフィナーレや、第1メヌエットの弦楽合奏とピッチカートにホルンの響きが極上で、ここでは第一ヴァイオリンのカデンツアが入って終わりになっているのは面白かった。
  ウイーンフイルの皆さんは、コンサートマスターを中心に、これらのモーツァルトの各曲は、俺たちのものだから、俺たちに任せてくれと言わんばかりに弦楽合奏を楽しんでおり、その昔いぶし銀のようだなどと言われた合奏を思い出させてくれた。

4−2、ウイーンフイルの大ホールにおける短調曲ばかりを集めたコンサート(2月2日(土)19:30、モーツァルト劇場、)

   私は祝祭劇場に比べて、この新しいモーツアルト劇場の方がやや狭く、モーツアルトの曲に適しており座席も良いので気に入っており、1月31日に聴いた古楽器によるハ短調ミサ曲(ヘレヴェツヘ指揮)の演奏もとても響きが良くて素晴らしかったので、今日のこのウイーンフイルの「レクイエム」にも、非常に期待していた。
  指揮者のA.オロスコ=エストラーダは、私には初めての方であったが、小柄な割にはとても動きが良く、歯切れのよい指揮をする人であった。前半のフリーメースンのための葬送音楽K.477やアダージョとフーガハ短調K.546は、オーケストラの規模が前日よりも大きく、弦楽合奏が一段と力強く聴こえていた。また、交響曲第25番ト短調K.183は、私はバーンスタインとウイーンフイルの映像(5-6-1)が大好きなのであるが、今回聴いた演奏は、テンポが軽快で颯爽としており、ホルン4つの響きも特上で、非常にダイナミックに聴こえ、ウイーンフイルの質の高さとホールの響きの良さがマッチしていると思った。

   休憩後の「レクイエム」は、期待していたソプラノのカルクがE.ドライヒシという新人のソプラノに変わり、また、これも楽しみにしていたテノールのヴィラソンがM.ペーターという歌手に変わり、非常に残念であった。しかし、この有名な二人が変わっても、さすが代役の皆さんがまずまずの歌唱力を見せてくれたので、まずまずの出来に聴こえていた。この「レクイエム」は、合唱団がウイーンから来た楽友協会合唱団で、人数は先日の古楽器集団のハ短調ミサ曲の合唱団の三倍ぐらいの大合唱団であり、冒頭のキリエから素晴らしい迫力で、「怒りの日」の壮大な合唱はもの凄い響きを持っており、感動的であった。また「妙なるラッパ」のトロンボーンとバスの響きも絶妙であった。この指揮者エストラーダは、実によく動いて躍動的な指揮をする人であり、「レックス」の大合唱も素晴らしい迫力で迫り、また「ラクリモサ」の悲痛な叫びもしっかりと地についており素晴らしかった。私はこの「レクイエム」は、カール・ベームの教会での映像(3-8-1)が最高であると感じているが、やはりこの演奏と比べるとテンポが速すぎてしっくりいかない面があるが、このモーツァルト劇場の合唱とオーケストラの響きは、超一流であると脱帽せざるを得なかった。

5、4つの宗教曲の大曲があり、いずれも充実しており、感動的であった。 〜カンタータ「悔悟するダヴィデ」K.469、「孤児院」ミサ曲K.139、ハ短調ミサ曲K.427、 「レクイエム」K.626〜

5−1、カンタータ「悔悟するダヴィデ」K.469(1月29日(火)15:00グロッサーザール)

  この曲は、モーツァルテウム大学オーケストラとH.アルブレヒト指揮の演奏であり、交響曲第26番変ホ長調K.184に続いて演奏されていた。このオーケストラは大学のオーケストラであるが、昨年も聴いており、まずまずの演奏をするオーケストラであり、とても元気よく颯爽と演奏するのが頼もしい。またソリストたちも超一流ではないが、兎に角、日本では聴けない曲を演奏するので楽しみであった。私は一昨年のM週間でミンコフスキーが自分のオーケストラや合唱団とフランスから連れてきた馬術団を踊らせるためにこの曲を演奏したBDデイスクを持っており、既にこの映像をこのHPに(16-1-1)掲載している。日本では歌手がハ短調ミサ曲と言葉が異なるので、この曲が演奏されることは極めてまれであるようである。

  私にはハ短調ミサ曲と全く同じように聴こえ、ソプラノとテノールのアリアが一曲ずつ追加され、これら二つの追加アリアはクラリネットが活躍するので、とても楽しみであった。私は日本の大学オーケストラを聴いたことがないが、このザルツブルグの音楽大学のオーケストラは、非常に水準が高いと感心させられた。

5−2、孤児院ミサ曲K.139のG.アントニーニ指揮のイル・ジャルディーノ・アルモニコ コンサート(2月1日(金)11:00グロッサーザール)

  私のHPでは、このイタリア人の指揮者ジョヴァンニ・アントニーニのハ短調ミサ曲K.427などをアップロード(19-1-3)したばかりであり、この人のコンサートに取り分け注目していた。今回のこのコンサートは、お馴染みのセレナードニ長調K.239、初めてライブで生演奏を聴く「聖墓の音楽」K.42と「孤児院」ミサ曲K.139が楽しみで、アバドの映像など(14-5-1)を、出発前に繰り返し聞いて耳を馴染ませていた。

   最初の曲がセレナードニ長調K.239「ノットゥールナ」であったが、この曲はオーケストラが何と2群に別れ、最上段に二つのヴァイオリンとヴィオラとコントラバスの4人が陣取り、最初は総奏で行進曲風に賑やかに開始されたが、直ぐにソリスト4人が優雅な主題を演奏して一段落してから、展開部になるとこの4人が一段と活躍し始め、何とも実に楽しい効果を上げるセレナードであった。アントニーニは、体を良く動かして、この二段編成のオーケストラを誘導していたが、曲が終わると、4人は何と、それぞれのトップであり、モーツアルトの冗談音楽とも言えそうな、楽しい布陣のセレナードと目された。

   続く第2曲は、「聖墓の音楽」(受難カンタータ)K.42であり、この曲の全曲はマリナーのPh全集のCDでしか聴いておらず、アバドでソプラノのアリア1曲のみ映像で確かめることのできる珍しい曲であった。勿論、ライブは初めてで、幼いころの曲なので興味津々であったが、バスとソプラノの二つのアリアに続き、二重唱と全体の葬送で終わる真面目そうなカンタータらしき曲であったが、内容はあまりよく分からず仕舞いであった。二つのアリアは、それぞれ元気よく歌われたが、アントニーニは精力的に指揮しており、この方は、モーツァルトの小さな曲を大切にするモーツァルト好きの方という印象を得た。


   最後は「孤児院」ミサ曲K.139であったが、この曲は、キリエが合唱、オーケストラ、四重唱、オーケストラと4部に別れ、グロリアもクレドもハ短調ミサ曲並みに多数に別れ、ミサ・ソレムニスと呼ばれる大曲であり、実に厳粛で壮大な大合唱とフルオーケストラのために書かれていた。先日の夜に、ヘレヴェツヘの壮大なハ短調ミサ曲を聴いたばかりの小生の頭には、昨夜の荘厳な響きがダブるようにこだまして聴こえていた。アントニーニの指揮も実に堂々としており、彼のアップしたばかりのハ短調ミサ曲(19-1-3)も頭の片隅に居座っており、このライブ初めての大荘厳ミサ曲に酔わされたような思いがした。

5−3、ヘレヴェツヘ指揮、シャンゼリゼ管弦楽団とコレギウム・ヴォーカレ・ゲントによるハ短調ミサ曲K.427のコンサート(1月31日(木)20:00、モーツァルト劇場、)

  私はこのモーツァルト劇場におけるヘレヴェツヘのハ短調ミサ曲K.427を大変期待していた。実は、彼がこれと同じ編成のオーケストラと合唱団で「レクイエム」K.626を演奏したDVDを持っており、感動してアップロードした記憶が明確(15-9-1)であったからであり、今でも古楽器系の「レクイエム」の中では、最も優れたものだと考えている。この演奏は、実は、2010年10月のショパンコンクールのさ中に、ポーランドのワルシャワの聖十字架教会で、ショパン生誕200年の命日の典礼付き追悼ミサであったからである。ショパンが自分の葬式にモーツァルトの「レクイエム」をと遺言を残したのは有名な話であり、そのいわれがショパンコンクールのさ中に典礼付きで実現し、集まった全世界の音楽好きを感激させたといわれ、映像には日本の審査員の小山実稚恵さんも写されていた。

  ヘレヴェツヘのハ短調ミサ曲は、実に、荘厳な演奏であり、穏やかな荘大な響きの中で、しっかりした安心出来るテンポで着実に進行しており、合唱団も良く揃った深みのある合唱を繰り広げており、モーツァルト劇場の響きは最高のものであった。私はこのミサ曲の中のグロリアで歌われる「ラウダムス テ」という第二ソプラノのアリアと、「ドミネ」というソプラノの二重唱が大好きなのであるが、全体の響きの中で、実に神々しいばかりに美しく歌われており、感動した。また、この曲はベネデイクトウスとホザンナで、残念ながら中断してしまうのであるが、われわれの耳にはラテン語が分からないので、アニュス・デイがなくても、ジュスマイヤーのお蔭か、荘厳な響きの中で、いつも感動して終わることを体験しているが、今回もそうであった。

5−4、フランチェスカ―ナ教会におけるミサ・プレヴィスK.258「シュパウア・ミサ」 (2月3日(日)、フランチェスカ―ナ教会のミサ、9:00〜10:00、)
〜B.Gfrerer指揮、フランチェスカ―ナ教会ザルツブルグ・オーケストラ及び合唱団〜

    日曜日はザルツブルグの各教会でミサが行われ、10時からは大聖堂でミサ曲K262が、10時半から聖ピータース教会で行われていたが、われわれは最も早い教会のミサを選定した。生憎の新雪が続いており、早めにホテルを出て、9:00からのフランチェスカ―ナ教会でミサ曲K.258を伴奏にしたミサに出席した。ミサは細長い教会の正面で神父さんの手で行なわれていたが、音楽は教会後方の二階席で演奏され、指揮者やオーケストラやソリストたちは良く見えない状態で演奏されていた。小さな教会なのに、小編成であるとは言え、自分のオーケストラも合唱団も持つことは、大変であると思われたが、ミサの前から、これは練習であろうか、まずまずの響きを聴かせており、パプオルガンも堂々たる音を出していた。各教会でそれぞれ曲目も、開始時間も異なるというのが、教会の多いザルツブルグならでは話のようであったが、わずか人口が20万足らずの都市で、音楽人だけでもそろえるのは大変であると思われた。


神父さんの祈りでミサが厳かに開始されていたが、ミサ曲も神父さんの祈りとともに開始されており、重なって聞こえていた。途中で音楽が途絶えて、神父さんの声だけが聞こえていたが、やがて教会ソナタ風の軽快な音楽が鳴り始め、ミサはそのまま続いていた。 ミサの終了は10:00過ぎであったが、無事終了し、後ろの音楽席はやはり何人ぐらいでやっているかも見えず、残念であった。10:00から大聖堂でもミサが始まるというので、観光客の一人として覗いてみたが、写真の撮影禁止であり、騒がしいので邪魔になるのを恐れて、ミサが厳粛に執り行われているのを確認して、早々に引き揚げてきた。

6、初めてライブで聴くことが出来た曲が7曲もあり、大収穫だった。
〜ケーゲルシュタット三重奏曲K.498、聖墓の音楽K.42、孤児院ミサ曲K.139、エジプト王タモスの音楽K.445、ハフナー・ヴァイオリン協奏曲K.250、ピアノとヴァイオリンの協奏曲K.315f(第一楽章の補作)、ディヴェルティメント変ロ長調K.287など〜

   CDでは、Ph全集とかブリリアント全集とか、或いはM225CD全集などがあって、未完成曲以外は、おおむね聴くことが出来るが、ライブや映像では見ることのできない曲が多数あり、これらをライブコンサートで初めて耳にすることが出来れば、モーツァルテイアンにとって大感激のコンサートとなるが、その意味では今回のM週間は大収穫であった。  
  上記のうち、K.42とK.139については5−2のコンサートで、またK.250の協奏曲やK.315fについては3のコンサートで、K.287につては4−1のコンサートで触れているので、説明を省略したい。

6−1、ケーゲルシュタット三重奏曲K.498のコンサート(1月31日(木)15:00、グロッサーザール)ピアノ;D.バレンボイム、ヴィオラ;Y.デイネカ、クラリネット;D.オッテンザマーによるピアノ三重奏曲変ホ長調K.498、およびピアノ四重奏曲第一番ト短調K.478及び第2番変ホ長調K.493、ヴァイオリン;M.バレンボイム、チェロ:K.ソルタニ、

   今回のM週間では、老練な世界的ピアニスト兼指揮者であるダニエル・バレンボイムが中心になって、モーツアルトのピアノ三重奏曲および四重奏曲の全曲演奏を行うことにポイントがあり、ヴァイオリンほかには彼の息子のミカエル・バレンボイムと仲間たちによる三つのコンサートが企画されており、その第一日目に、クラリネットを含むケーゲルシュタット・トリオK.498と二つのピアノ四重奏曲が組まれていた。
  モーツァルトは1786年7月以降の2年間に6曲のピアノ三重奏曲が書き上げられているが、そのうちの第2曲目のK.498の原曲が、クラリネットとヴィオラのために書かれており、この曲がジャカン一家とボーリング場で遊びながら作曲されたという逸話が残されているところから、別名でケーゲルシュタット・トリオと呼ばれてきている。この曲は、アンダンテで始まり、メヌエットとアレグレットのロンドで構成されており、変則的なトリオに見えるが、6曲の中の1曲として見れば、ありそうな構成となっているといえる。

  このコンサートの第1曲目は、ピアノ四重奏曲ト短調K.476から始まった。この曲はバレンボイムのピアノを中心に展開されるが、客観的にみてもヴァイオリンに何かしら音量的にも技術的にもひ弱さが目立ち、息子のバレンボイムが親父に対して委縮しているように聞こえてやや残念であった。この曲は、通常のペースで、アレグロ・アンダンて・ロンドと進んでいたが、やはりピアノのバレンボイム中心の演奏であると感じさせていた。

  第2曲目のケーゲルシュタットは、クラリネットがヴァイオリンに変わって主体になる曲であるが、さすがにウイーンフイルの現役を務めるオッテンザマーは実力があり、堂々とピアノと渡り合って演奏しており、また、特にフィナーレのロンドでは、ロンド主題がクラリネットで現れて、何回も顔を出しクラリネットの存在感を示していたように思われた。

  休憩の後は、第2番のピアノ四重奏曲K.493であったが、この曲は1786年6月3日の日付を持ち、「フィガロの結婚」K.492の作曲中に書かれていたと思われ、第1番に劣らない豊かな抒情性を持っており名作に属するが、出版社から依頼されたアマチュアのための曲には難し過ぎたと言われる。この曲もピアノのバレンボイム中心にアレグロ・ラルゲッと・アレグレットと軽快に進み、楽しい曲としてコンサートを終了していた。

6−2、「エジプト王タモス」合唱と幕間音楽K.345の「魔笛」K620及び「ツアイーデ」K.344のアリアを加えた舞台付き上演、(2月1日(金)15:00.フェルゼンライトシューレ)

  この舞台作品は、モーツァルトがザルツブルグで作曲した「エジプト王タモス」の合唱と幕間音楽K.345を活用して、さらに「魔笛」や「ツアイーデ」からアリアを借用して、モーツァルトが夢見た本来のオペラ作品のような舞台劇を作成しようと試行した舞台であったが、やっているうちに、そのすべてが当初の構想よりも大規模なものとなり、終わってみれば、目指した作品劇よりも、現代的・超人的作品になったという代物であろうか。私には、女性指揮者のA.デラ・パーラとカメラータ・ザルツブルグとザルツブルグ・バッハ合唱団の素晴らしい音楽を楽しむことが出来、バスのメネス王のルネ・パーペやソプラノの王妃のファトマ・サィード、およびテノールのタモス王のヌッタポルン・タンマテイたちのソリストが、素晴らしい衣裳で歌と演技に熱演しているのを見ただけで、前後のストリーや劇の進行については全く未知の劇作品を見て、あれよ・あれよという間に、終わってしまったという感じであった。劇中でサーカスのような多数の宇宙飛行士が出てきたと思えば、花火が爆発して肝を冷やしたり、大変な賑わいの舞台劇の印象であった。



  新しいオペラを見る時のように、あらかじめストリーを良く消化し、劇中人物がどのような場面でどのようなアリアを歌って、どういう結末に至るかが良く理解されていなければ、劇作品を鑑賞したとは言えないであろう。今回は、劇中の合唱と劇中音楽を知っていただけであったので、言葉も100%分からずに、全く勉強不足で、舞台の進行を見ただけに過ぎなかった。居眠りをしたわけでないが、全く恥ずかしいご報告となってしまい、誠に申し訳なく思っている。

7、著名なソリストたちの円熟味の溢れた演奏と活躍を目にしてきた。
〜ダニエル・バレンボイム、内田光子、ハーゲン四重奏団、ジェニー・ヤンセン(Vn)、アイヴォー・ボルトンなど〜

7−1、バレンボイム・トリオによるピアノ三重奏曲の全曲(K.254、542、548およびK.496、502、564)演奏会、(2月1日(金)19:30、および2月2日(土)15:00、グロッサー・ザール)

  私は今回のM週間のバレンボイムによるピアノ三重奏・四重奏曲全曲演奏には期待が大きかった。私がまだ入手していないピアノトリオ全集のDVD録画を完成させるのは、かねて彼しかいないとすら思っていたからであるが、残念ながら、その期待は裏切られた。その理由は、彼は最近の演奏会では「BARENBOIM」金銘入りの独自のピアノを持ち歩いており、前回のドビユッシーではそのピアノを弾いていたので、今回も持ってくるかと思っていたが、その期待は裏切られた。また、今回のヴァイオリニストは息子のミカエルであったが、どうやら息子の出来が親父に比して今一で、まだ立派な録音を残すだけの力量はないと思われたからである。

  今回のピアノトリオ全曲演奏会を楽しむため、私は旅行前に私が持っているボザール・トリオのCD(1967)、ズスケ・トリオのCD(1988/89)、アヴェック・トリオのCD(1986)などの演奏を聴きこんでいたからである。ヴァイオリン・ソナタのようにピアノの音色をしっかり覚えていれば、トリオとして聴いても面白いであろうと考えていたからである。そして聴きこむにつれて、変ロ長調K.502、ホ長調K.542、ハ長調K.548 あたりが私の好みになったような気がしていた。


   今回の演奏会では、第一日目が、K.254、542、548の3曲、第二日目がK.496、502、564の3曲が演奏されていた。最初の第1曲変ロ長調K.254だけが、ザルツブルグ時代のディヴェルティメントとして作曲されて、ピアノだけが優勢な曲となっているが、他の5曲は、ウイーンでほぼ同時期に書かれ、チェロがやや物足りないが、まずまずのトリオ作品になっているようである。   今回の2回にわたる6曲の演奏会の印象は、バレンボイムのここぞというところの粒ぞろいのピアノの音が素晴らしいと感じさせていた。しかし、全体的にみると、やはりピアノが圧倒的なリードをしており、ヴァイオリンやチェロは何とかピアノに遅れないように付いていく感じに聴こえ、一人が突出するのはアンサンブル上好ましくないものと思われた。先に、ピアノ四重奏曲を聴いた時からこのように先入観をもって聴いてきたので、良い評価が出来ないものと思われ、期待が大きかっただけに、残念な結果であると思っている。

7−2、内田光子の弾き振りとマーラー・チェンバー・オーケストラによるコンサート(1月29日(火)、19:30、グロッサー・ザール) (曲目)ピアノ協奏曲第19番ヘ長調K.459、ホルン五重奏曲変ホ長調K.407、およびピアノ協奏曲第20番ニ短調K.466、)

  内田光子は、毎年、必ずバレンボイムなどと同様に、このM週間で出会うことが出来るピアニストであり、この日は2曲のピアノ協奏曲第19番K.459と第20番K.466をマーラーCOと弾き振りをすということで、出発前から期待が大きかった。第一曲目のピアノ協奏曲第19番ヘ長調K.459は、テインパニーやトランペットを含む大規模で祝祭的なオーケストラであり、後日第26番K.537と一緒にフランクフルトの「戴冠式」で演奏されたという実績を持った曲である。この曲は、内田光子の指揮とピアノで華麗に進んでいたが、特に「戴冠式」的な奔放な一面を持つフィナーレ楽章の記憶が全くないのは、旅行初日の時差ボケのせいであろうか。中間に内田光子が休憩をする間に、ホルン五重奏曲の演奏があったが、これはマーラーCOの首席たちによるものであり、ホルンとヴァイオリン、二つのヴィオラとチェロという変則的な楽器構成で演奏されていた。この曲の第一楽章は、前奏的な弦の合奏と独奏的なホルンのソロによる二つの要素を持った主題で構成されたソナタ形式であり、まるで協奏曲的な雰囲気で颯爽と演奏されていた。第二楽章はホルンとヴァイオリンが美しく対話する二重奏が特徴的であり、またフィナーレは何回も顔を出すホルンによるロンド主題が特徴的で狩りの音楽のように活発に演奏されていた。


  このコンサートのフィナーレは、休憩後のピアノ協奏曲第20番ニ短調K.466であるが、私は彼女のこの曲の演奏は、1985年のテイト指揮イギリスCOとのCD、2001年のカメラータ・ザルツとの弾き振りの映像(2-2-1)、および2006年のサイモン・ラトルとベルリンフイルとの映像(18-6-1)と3種類の録音を持っており、今回はどの演奏に近いかという関心があった。結果的には、弾き振りで演奏している2001年のものに近いと思ったが、今回の彼女の演奏は、お客さんに背中を向けて、オーケストラに向かって弾き振りをするスタイルで演奏しており、彼女の顔が見られなかったのは、残念でもあり、またホッとした面も感じられた。彼女は第二楽章における独奏ピアノの輪郭のあるピアノの響きが美しく、後半には装飾音で飾られて、彼女らしい演奏であると強く感じた。
  終わるともの凄い拍手で歓迎されて、それがなかなか収まらず、オーケストラの皆さんからも拍手を受けて、彼女はこのコンサートでは非常に珍しく、アンコールを行っていた。曲目は、ピアノソナタハ長調K.330の第二楽章であり、彼女は実に丁寧に弾いて、再び拍手の嵐に巻き込まれていたが、まさに人気絶頂のピアニストといった風景であった。

7−3、ハーゲン四重奏団の3曲の弦楽四重奏曲、第14番ト長調K.387、第21番ニ長調K.575、第17番変ロ長調K.458「狩」、(1月31日(木)、11:00、グロッサー・ザール)

    ハーゲン四重奏団も毎年、このM週間で出会うことが出来る常連であり、今年はオール・モーツァルトに戻ってくれた。ハーゲン兄弟はザルツブルグ出身なので、彼らもこの音楽祭は必ず意識に入っているのであろう。彼らには昨年も会っているが、今年はヴィオラのヴェロニカとチェロのクレメンスの頭が真っ白に見えているに反し、お兄さんのルーカスはごま塩に見えており、1980年代から活躍している彼らも良い年になったと気が付いた。私はハイドン・セットでは、第15番のニ短調K.421と今回演奏する第17番の変ロ長調K.456が最も好きなので、今回のプログラムには期待が大きかった。
   最初に弾いた第14番ト長調K.387も素朴な味わいがして良い曲だと思っているが、彼らは楽し気にまるで自分たちの曲のように睦まじく弾いており、安心して聴くことが出来た。続く「プロシア王第1番」の第21番ニ長調K.575も、チェロが活躍して第一ヴァイ林との対話が多い曲であるが、私は全く久しぶりで聴いており、彼らの落ち着いたしっかりした演奏に酔うように聴いていた。
 休憩後の最後の曲は、滅多に聞けない私の大好きな願ってもない曲。第一楽章の最初から響いてくるあの快活なメロデイが心を打ち、第二楽章のメヌエットの語り掛けるような調べに耳を傾け、第三楽章のアダージョに四重奏の妙を味わい、フィナーレの軽快な速いリズムを楽しみながら、この「狩り」の明るい四重奏を十分に味わった。この演奏に、会場全体が大拍手で反応していたが、それに応えてくれたか、彼らはアンコールで実に軽やかなメヌエット風の快い優しい曲を弾いてくれたのであるが、残念ながら、曲名が分からない。私はハイドン風の愛らしい曲と思って聴いていたが、誰もこの曲だと明快に答える方はいなかった。さすが彼らは名人たちで、まるで謎のような印象を最後に残して終了となっていた。素晴らしい落ち着いた爽やかなコンサートであった。

7−4、ジャニー・ヤンセン他の素晴らしい弦楽三重奏と五重奏のコンサート、(1月29日(火)、11:00、グロッサー・ザール) (曲目)A.グロスのヴィオラとJ.P.マインツノチェロによるディヴェルティメント変ホ長調K.563、およびG.アースのヴァイオリンとH.グラッグルートのヴィオラによる弦楽五重奏曲第4番ト短調K.516、

  このコンサートは、今回ザルツブルグに着いたばかりの翌日の午前11時に、新鮮な耳で最初に聴いたコンサートであり、第1曲目のディヴェルティメント変ホ長調K.563は非常に良い曲なのであるが、なかなか演奏機会が乏しい曲で、期待されていた。第一ヴァイオリンのジャニー・ヤンセンは初めて聴くヴァイオリニストであるが、やや線は細いが非常に繊細なヴァイオリンの音を奏でる方で、最初からリードをして皆を引っ張る素晴らしい方であった。プログラムを見ると、方々のコンサートにソリストとして顔を出し、最初に述べた3、のアカデミーコンサートでも大活躍をしているヴァイオリニストであった。経歴を調べてみると、彼女はオランダのヴァイオリニストで、2013年以来、ソリストとしてM週間に参加して活躍している方であり、このグループのリーダーと目されていた。

  最初のディヴェルティメントK.563は、1788年にフリーメーソンの仲間で金策に応じてくれるプフベルグのために作曲されており、6楽章から構成された弦楽三重奏曲であった。アレグロ・アダージョに二つのメヌエットの間にアンダンテがあり、最後はアレグロで結ばれる内省的ではあるが、三つの楽器がそれぞれ特徴を発揮して、三声による純粋な比類のない室内楽の名作とされている。演奏は最初のアレグロ楽章はユニゾンで始まるが、ヴァイオリンの繊細な響きが美しく、続くヴァイオリンとチェロの二重奏が晴れ晴れとしていた。第二楽章のアダージョも静かに美しく流れ、私の好きな変奏曲のアンダンテ楽章も変化に満ちており、フィナーレのロンド楽章もヴァイオリンのアレグロの流れるような活躍ですっきりした形で曲がまとめられており、久しぶりで聴いた爽やかな印象が残った。

  続く休憩後の第二曲の弦楽五重奏曲第4番ト短調K.516は、初めから鼻歌が出るほどの超有名曲であるが、やはり冒頭から第一ヴァイオリンの澄んだ音が支配しており、続く第二主題も甘えるようなヴァイオリンの音色が快く颯爽と進んでいた。続くメヌエット楽章には不意を打たれ、アダージョ楽章の「大君の」で始まる祭日を思わせるエレジーにしばし瞑目させられ、フィナーレのアダージョで始まるヴァイオリンとピッチカートの対話に和まされて、最後に疾走するロンド楽章で心を癒されていた。いつ聴いても素晴らしい曲であり、今回はヤンセンの繊細なヴァイオリンのリードがあったので、とても新鮮に感じながら、最初のコンサートを楽しく終了することが出来た。

7−5、モーツァルト・ヴァイオリンとワルター・フリューゲルによるタンツ・マイスター・ハウス(M博物館)におけるヴァイオリン・ソナタ楽章、(ヴォルフガングの手紙の朗読とヴァイオリン・ソナタ演奏)(1月30日(水)11:00、タンツ・マイスター・ザール) (曲目)ヴァイオリン・ソナタ第33番ヘ長調K.377(第一楽章)、第34番変ロ長調K.378(第二楽章)、第32番ヘ長調K.376(第三楽章)、第35番ト長調K.379(第一楽章)、第36番変ホ長調K.380(3楽章全曲)、

  このモーツアルトの住居だったM博物館の中のコンサートは、ここで大切に保管されているモーツァルト・ヴァイオリンとワルター・フリューゲルを活用した、ヴァイオリン・ソナタ演奏なのであるが、主役がもう一人おり、それはヴォルフガングのレオポルドに宛てた手紙の一部が朗読されるものであり、それにちなんだ時期の曲が演奏される趣向になっていた。今回の一連の手紙は、モーツァルトのマンハイム旅行時の際の手紙の朗読であり、アロイジアに初めて出会ったり、マンハイムでの経験話などの手紙が、プロの朗読家により巧みに語られていた。一つの手紙が朗読されると、関連曲が演奏されるという趣向で進み、使用楽器がモーツァルトの残した由緒ある楽器であり、今回は一番前のかぶりつきの平土間でまじかに聴いたので、素晴らしい音の響きを聴いてきた。同じ時代の楽器なので音色がお互いに溶け合い、まるで天国の響きのような美しい音色を味わってきた。


  プロの人の言葉巧みな朗読であったが、われわれには残念ながら、手紙の理解は得られなかったが、反面、古楽器によるヴァイオリン・ソナタには、好きな曲が多く、耳を洗われるような美しい二重奏を味わってきた。ここの博物館のコンサートは、これで連続三回目であり、最初の年には、フォルテピアノの名手ロバート・レヴィンが2回に分けて、ピアノソナタを10曲はど弾いてくれた。部屋は博物館の最初の部屋を利用しており、100人も入れないし、平土間の自由席なので、早くいって前の方の座席を確保する必要があった。今回のヴァイオリニストは、エマニュエル・チェクナヴァリアン、フォルテピアノは、マクシミリアン・クローマーという若い演奏家であったが、二人とも息がっピッタリ合っており、古楽器の二重奏をこんなに眞近に聴いたことがなかったので、本当に耳が洗われるような澄んだ音色が楽しめた。

7−6、イヴォール・ボルトン指揮ザルツブルグ・モーツァルテウム管弦楽団およびザルツブルグ・バッハ合唱団によるコンサート(2月3日(日)、18:00、グロッサー・ザール) (曲目)交響曲第20番ニ長調K.133、ソプラノのO.ベレチャッコによる「イドメネオ」K.366より合唱とエレットラのアリア、「ルチオ・シッラ」K.135より合唱とジュニアのアリア、および「イドメネオ」より第3番の合唱曲、(休憩後)フェリックス・クライスラのホルンによるホルン協奏曲第3番変ホ長調K.447、「ミトリダーテ」K.87より第13番のホルンのオブリガートの付いたアスパージアのアリア、および交響曲第34番ハ長調K.338、

  このコンサートは、ザルツブルグではモーツァルテウム管弦楽団の指揮者として知られたイギリスの指揮者ボルトンのコンサートであり、前後に交響曲を演奏し、中間に合唱付きのソプラノのアリアとホルン奏者によるホルン協奏曲などを演じた多彩なプログラムであった。初めの交響曲第20番ニ長調K.133は、1772年7月にザルツブルグで書かれたシンフォニーで4楽章を取り、ホルン2、トランペット2の構成が珍しく、第二楽章でオーボエの代わりに登場するフルートと弦のピッチカートによる歌謡楽章が際立って美しい。今回もこの美しい第二楽章の美しい音楽にしっとりと酔わされてしまった。
  続いて、大合唱団が入場してきて、「イドメネオ」K.366から第15番の合唱が始まり、堂々と歌われた後、中間にエレットラの出発を前にした「風よ吹け」という静かな落ち着いたアリアが歌われ、初めてのメゾ・ソプラノのO.ベレチャッコが美しく歌っていた。そして再び合唱に戻っていたが、このような曲をオペラ以外で聴くことは、日本ではあり得ないであろう。また、続く「ルチオ・シッラ」K.135からの第6番の合唱曲であり、墓場への入場の行進曲風の合唱曲で、中間にジュニアのアリアが歌われ、再び合唱で結ばれる曲であった。二曲とも、オペラの中では存在感のある重要な合唱曲であり、オペラの場面を思い出しながら、力強いバッハ合唱団とベレチャッコのアリアを楽しんだ。


  

    休憩後の第1曲はホルン協奏曲なのであるが、休憩中に台の上に固定されたホルンが運ばれていた。どうなるのかと見ていると、ボルトンとホルン奏者が入場してきたが、何とホルン奏者はサリドマイドで両腕がなく、椅子に座って足の指でホルンのキーを押しながら口で音を出しているのには驚いた。私の好きな第3番の協奏曲のオーケストラが始まってホルンが登場するが、このホルン奏者は足を使ってホルンを朗々と吹き、立派にこの協奏曲をこなしていた。このホルン奏者は第三楽章のアレグロの部分でも十分に対応できていたが、やはり、早い部分は大変であると思われた。座席がグロッサー・ザールの後ろの席であったので、ホルン奏者が座って吹くと、細かな足の操作などは見えないのであるが、兎に角、サリドマイドの両手のない方が立派にホルンを操作する姿を見て、全く、驚きを禁じ得なかった。続いて、「ミトリダーテ」K.87より第13番のホルンのオブリガートの付いたアスパージアのアリアが歌われ、このホルン奏者が演奏していたが、この曲のホルンはゆっくりと堂々と吹かれるので、忙しさは見られなかったが、ソプラノのアリアよりもこのホルン奏者の方に気を取られて、本当に驚くばかりであった。
  フィナーレは、交響曲第34番ハ長調K.338であり、1780年にザルツブルグで書かれた最後の三楽章のシンフォニーである。第一楽章も第3楽章もアレグロ・ヴィヴァーチェで書かれた颯爽とした勢いの良い曲であり、残念ながら、座席の関係で舞台の方は余りよく見えないが、オーケストラが激しく疾走する音の響きを十分に楽しむことができた。これが全部で15会場の全てのコンサートの最後であるが、余韻を楽しみながら帰路についた。

8、あとがき、

  2019年M週間は、以上に述べたように、音楽的な内容や水準では、オール・モーツァルト・コンサートであったせいか、例年以上の収穫が多く、連続3回目、通算10回目のM週間をつつがなく堪能し、内容のあるご報告が出来たことを非常に嬉しく思っている。その上、今回はフェラインの仲間が6人もおり、日本M協会の仲間が4人、過去のツアーで一緒だった方々が先生はじめ5〜6人に達し、非常に楽しかったことであり、それに加えて、イタリアM協会の会長のボラーニさんに5年ぶりくらいで再会できたことが嬉しかった。このようにモーツァルトの仲間に合えるのなら、体調さえよければ、来年も行ってみようという気になりそうである。
 すでに来年のプログラムが用意されており、大曲では、オペラはシフ指揮の彼のオーケストラとチェンバロで演奏会形式の「フィガロの結婚」やモーツァルト編曲の「ヘンデルのメサイア」K.572などが予定されているようだが、いかがであろうか。
 もう少し詳細に調べて、相談をして、来年の予定を決めたいと考えているが、私のパスポートの期限が、2020年7月までであるので、余ほどのことがなければ、来年も参加することにしたいと考えている。
終わりに、旅行中にお世話になった皆様に厚く御礼申し上げて結びとしたい。

(以上)(2019/02/11)

 なお、この旅行記には、全体の日程表が省かれてしまったので、参考のため、ツアー日程表を参考までに以下に掲載する。

2019年ザルツブルグ・M週間への旅〜郵船トラベル9日間コース;田辺秀樹先生の同行ツア〜

◆1月28日(月)出発、出発便LH715便、羽田発12;45、ミュンヘン着16:45、バスでザルツブルグ到着20:40頃、ザルツ泊、
◆1月29日(火)9:00〜10:30、田辺秀樹氏の説明会、
    #22;11:00、Mteum GZ、デイヴェルティメントK.563、五重奏曲gK.516、
       13:30〜 、郵船ツアー昼食会、
    #23;15:00、Mteum GZ、交響曲K.184、カンタータ・ダヴィデK.469、Mteum Orch、
    #24;17:30、Mteum GZ、内田光子、P協19K.459&20K.466、H5重奏曲K.407、
◆1月30日(水)、#26;11:00、M博物館、M-Vn&M-FP、VソナタK.376〜380、
            13:30〜 、郵船ツアー昼食会、15:30〜 、田辺先生ピアノ演奏会、
         #28、19:30、Mteum GZ、ホーネック・ウイーンフイル、セレナーデK.525、アリア3曲、デイヴェルティメントK.287、
◆1月31日(木)、#30;11:00、Mteum GZ、ハーゲンQ、K.387、K.575、K.458、
         #31;15:00、Mteum GZ、バレンボイム・トリオ1、K.478、K.493、K.498ケーゲルシュタット、
         #33;20:00、Mハウス、ヘレヴェツヘのハ短調ミサ曲K.427、シャンゼリゼO、
◆2月1日(金)、#34、11:00、アントニーニ指揮、セレナーデK.239、孤児院ミサ曲K.139、
        #35;15:00、フェルゼンライトシューレ、エジプト王タモス劇音楽K.344、パーラ指揮カメラータO、
        #36;19:30、Mteum GZ、バレンボイム・トリオ2、K.254、K.542、K.548、
◆2月2日(土)、11:00(モーツァルテウム主催;海外各M協会とのレセプション)
        #39;15:00、Mteum GZ、バレンボイム・トリオ3、K.496、K.502、K.564、
        #41;19:30、M劇場、エストラーダ指揮ウイーンフイル、交響曲ト短調K.183、レクイエムK.626、
◆2月3日(日)、9:00、フランチェスカーナ教会、ミサ、K.258、10:00、大聖堂ミサ、K.273、
  #42、11:00、Mteum GZ、カメラータ・ザルツ・アカデミー・コン、ハフナー交響曲ほか、
  #43、16:00、マリオネット・シアター、バステイアンとバステイエンヌK.50、劇場支配人K.486、
  #45、18:00、Mハウス、ボールトン指揮MteumO、交響曲K.133&338、ホルン協K.447他、
◆2月4日(月)ザルツ出発12:30頃、出発便LH1595、14:20発、フランクフルト到着15:30、フランク発17:55
◆2月5日(火)羽田着、13:05(予定通り到着)、

(追記)フェラインの季刊誌に投稿した本文は、私の以下のHPからのハードコピーの縮小版となっているため、読みずらい方は、以下のHPの海外旅行記欄にアクセスをお願いする。
URL: http://mozartian449.blush.jp/ 「映像ソフトで見るモーツァルトの諸作品」、



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