(DVD再発売より、アマデウス四重奏団の名演の記録、K.465&K.428、)
18-9-2、アマデウス弦楽四重奏団による弦楽四重奏曲第19番ハ長調K.465「不協和音」、1983年2月6日、ロイヤル・オペラ・ハウス、ロンドン、および弦楽四重奏曲第16番変ホ長調K.428、
1963年10月12日、スタジオ録音、

−今回、アマデウス弦楽四重奏団を初めて映像で見たが、「不協和音」K.465は、全楽章を通じて、全体が地味な演奏であり、第一ヴァイオリンは目立っているものの他の声部が意外におとなしく、何となく冴えないような気がした。古い録音のせいもあり、新鮮な味わいに欠け、折角のオペラハウスでの演奏が、ややおとなし過ぎて印象の薄い演奏であったように思われた。一方のK.428では、1963年の映像初期のフィルムであったが、この四重奏団は若さを前面に出して、第一ヴァイオリンを中心にしたエネルギッシュな演奏を行っており、第一・第四楽章の颯爽としたアレグロの感触が楽しく、またアンダンテ楽章とメヌエット楽章との対比が面白く感じ、好ましい演奏であった。これら二つの古い映像を見て、今日のHVでHDDに記録できる現代は、何と恵まれているかと、深く感じざるを得なかった−

(DVD再発売より、アマデウス四重奏団の名演の記録、K.465&K.428、)
18-9-2、アマデウス弦楽四重奏団による弦楽四重奏曲第19番ハ長調K.465「不協和音」、1983年2月6日、ロイヤル・オペラ・ハウス、ロンドン、および弦楽四重奏曲第16番変ホ長調K.428、
1963年10月12日、スタジオ録音、
(2018年5月31日にタワーレコードにてDVD購入、ICAD 5056、)

           9月分の第二ファイルは、アマデウス四重奏団のハイドン・セットの弦楽四重奏曲の中から2曲ということで、久しぶりに室内楽を楽しみたいと思っていた。アマデウス四重奏団は、初期の弦楽四重奏曲をこの楽団の全4枚のLPで揃えており、箱に入った全集スタイルで、大切に収納されていた。記憶ではハイドン・セットも含まれていたと思っていたが、ハイドン・セットは含まれておらず、何とこのDVDは、アマデウス四重奏団の初めての映像のハイドン・セットの2曲であり、その意味で、この古いDVDは貴重なものであった。このDVDには3曲収録されており、最初の曲がハイドンの「皇帝」という曲で、第2楽章が有名な四重奏曲であり、1980年のカラー映像であった。第二曲目がハイドン・セットの最終曲「不協和音」K.465であり、録音は1983年のカラー映像であった。第3曲目は第16番の四重奏曲K.428であり、この曲だけが付録扱いで、聴いてみると古い1963年のモノクロのモノラルのスタジオ録音の映像であった。年代的には、最盛期のLPの初期の弦楽四重曲集を録音したころ(1974〜76)よりもかなり古いので、このDVDと古いLP盤を合わせると、この古い四重奏団のおよそ20年の音の歴史をたどることになる。


          参考までに、今回のDVDの1983年と1962年の2枚の写真と、LPのBOXケースの写真(1976)とDVDケースの写真の4葉を添付して置こう。このLPの初期四重奏曲集は、最初の1枚が第1番K.80とデイヴェルティメントK.136〜8の4曲、他の三枚には、6曲セットのミラノ四重奏曲(K.155〜160)とウイーン四重奏曲K.168~173)の12曲がK番号順に4曲*3枚に収められた全集であった。この演奏は、彼らの最盛期の録音と思われるが、62年の白黒の映像は非常に珍しいものと思われ、若々しい元気のよい姿が収録されている。一方、1983年のカラー映像は、LDによる演奏の記録が定着したころの映像であり、背景の緞子の様子から、ロンドンのコヴェントガーデンのロイヤル・オペラ・ハウスという最高の舞台で、ライブ演奏されていることが分かった。いずれも、音楽の映像の歴史をたどるような記録であろうと思われた。


          最初の第一曲は、弦楽四重奏曲第19番ハ長調K.465「不協和音」とされた曲であるが、この曲は言うまでもなく、ハイドンに捧げられた6曲の最後の曲とされ、標題のとおり冒頭に「不協和音」が続く序奏を持つことで有名な曲である。この序奏は、アダージョでチェロから順にヴィオラ、第二ヴァイオリンと和音を構成していき、第一ヴァイオリンが加わって不協和音の連続となっていく不思議な形で始まる。そして何とも不可思議な形で4声が勝手に進行し、誰しもがこの曲の冒頭に神経を集中させて聴かざるを得ない面白い構成の曲であり、その異様な響きに驚かされる。しかし、良く聴き直すと序奏の直後に始まるハ長調の颯爽としたアレグロを明るく明解に聞かせるための巧妙な伏線であることが分かり、この演奏でもやはりこの不協和音を強く印象付けていた。


         22小節にもわたる長い序奏が終わり、第一楽章の明るい第一主題が、第一ヴァイオリンにより軽やかに始まって、第二ヴァイオリンとヴィオラがリズミックにこれを支えていた。この主題は各声部にも力強く繰り返されていき、やがて第一ヴァイオリンが力強いフォルテの和音とともに16分音符による素速い印象的な下降フレーズが奏される。この華麗な颯爽とした弦楽合奏は、アマデウス弦楽四重奏団を明るく引き立たせ、続いて三連符のリズムによる軽やかな活気のある第二主題が第一ヴァイオリンに現れ、次第に加速され高潮してゆく。このアマデウス四重奏団によるこの序奏から提示部への動きは実に軽快であり、鮮やかな響きで進行し、第一ヴァイオリンを中心に見事なアンサンブルを見せ、久しぶりで聴いた弦楽四重奏曲の快適さを改めて知らされた。この四重奏団は、当時の習慣か、この提示部の繰り返しを省略しており、提示部の結びを伸び伸びと演奏して展開部へと進んでいた。
          展開部では第一主題の前半部のフレーズを集中的に扱っており、伴奏の八分音符のリズムと主題の組合せが各声部によりさまざまな形で展開されていた。再現部では、第一主題に続いて素早い下降フレーズ、第二主題とほぼ提示部と同様に型通り進んでいたが、提示部の末尾には第一主題による長いコーダがあり、この四重奏団は丁寧に演奏したあと静かに終始していた。この楽章は、面白い序奏の後、実に颯爽と展開されるアレグロの合奏の快さがあり、この四重奏団は、この軽快さを最後まで保ちながら一気に駆け抜けていた。


             続く第二楽章はアンダンテ・カンタービレと指示された緩徐楽章で、その構成は展開部を欠いたソナタ形式のようであった。第一ヴァイオリンを中心に歌い出す第一主題は重厚な和声を持つ力強い合奏であり、続いて直ぐに第一ヴァイオリンとチェロが小さなモチーブを歌い交わす美しい推移主題が暫く続いていたが、この第一ヴァイオリンとチェロの対話には、なかなか魅力的な味があった。それからチェロの低域の伴奏で、フーガのように始まる第二主題には詩があり、これが4声にそれぞれ手渡されて、穏やかに夢のように推移していた。再び第一ヴァイオリンとチェロによる推移主題が顔を出して推移した後に、再現部が始まった。第一主題が変形されて現れ、続いて歌われる推移主題も変形されており、最後の第二主題もチェロの低域の伴奏がまた変形されて再現されていた。この楽章の最後はコーダで結ばれていたが、これは推移主題が第二ヴァイオリンで現れ、各声部がさまざまな形で伴奏する実に言葉では言い表せない美しいもので、静かにこの楽章を閉じていた。アマデウス四重奏団は、派手さがなく地味な団体であるが、実に落ち着いて、渋みのある合奏を続けていた。


         続く第三楽章はメヌエット。第一ヴァイオリンの飛び出しによる早めのテンポを持つ荒々しい落ち着きのない主題で始まるが、ピアノとフォルテの交替があったり、休息や激しい和音が現れたりして、まるでスケルツオのようにせわしなく聞こえていた。アマデウス四重奏団は、ここでも第一ヴァイオリンが活発で全体をリードしていたが、トリオでは第一ヴァイオリンの旋律が他の声部の機械的な伴奏のリズムに乗って情熱的に歌い、メヌエットに対してばかりでなく、他の楽章に対しても面白いコントラストを作り出していた。再びメヌエットに戻って、この四重奏団は力強くこの楽章を終えていたが、一風変わったメヌエット楽章に聴こえており、なかなかしっかりした活発な楽章に聞えていた。


            続いてフィナーレは、明るいアレグロ・モルトのソナタ形式であり、良く聴いてみると第一楽章のアレグロにとても良く似た共通の疾走する軽快さを持っていた。初めに、第一ヴァイオリンの澄みきった明るい第一主題に始まり、続いて16分音符が連続する疾走する第二主題に続いていた。そして第一ヴァイオリンによる印象的なエピソードが軽快に続いて提示部を終了していた。アマデウス弦楽四重奏団は、提示部での繰り返しを省略していたが、展開部では第一主題と第二主題の冒頭部分が何度も繰り返されて、再現部へと突入していた。再現部では型どおりに第一主題から第二主題と再現されていたが、最後の反復記号の後に第一楽章と同様に長いコーダがあり、第一主題がサラリと現れて全体が収束していた。


            今回、アマデウス弦楽四重奏団を初めて聴いて、アップロードをしたわけであるが、全楽章を通じて、全体が地味な演奏であり、第一ヴァイオリンは目立っているものの他の声部が意外におとなしく、何となく冴えないような気がした。古い録音のせいもあり、同時に聴いたM225の素晴らしい録音のエステルハージイ四重奏団の演奏の印象が残っていたせいもあって、新鮮な味わいに欠けていた。折角のオペラハウスでの演奏が、ややおとなし過ぎて印象の薄い演奏であったように思われ、いささか期待外れであった。


     このアマデウス弦楽四重奏団の第二曲目は、弦楽四重奏曲第16番変ホ長調K.428(421b)であるが、先にも触れたように、この演奏は1962年10月に収録された白黒の映像であり、この団体の最初期の演奏記録であると思われ、録音もモノラルの古いものであった。映像を見ると、4人はどこかのステージの広い台の上で演奏しており、録音のためのスタジオ映像であると見えた。当時は音楽の映像はまだ珍しかったので、この映像は、DVDの付録扱いであったが、年代的に貴重なものであると言わざるを得ない。写真でお示ししたように、カメラワークは限定され、クローズアップはなく、いつも、4人が固定カメラに写っているような映像であった。しかし、音声はまずまずなので、救われた。


           この曲の第一楽章はソナタ形式でアレグロ・ノン・トロッポで書かれているが、映像はいきなり始まって、4人が厳かにユニゾンで合奏する荘重な主題に対して、第二ヴァイオリンが弾みを付けるように反応して全体が流れる特徴ある第一主題で始まっていた。この主題は第一ヴァイオリンにより明るく軽快な音色で引き継がれ経過部となっていたが、続いて第一ヴァイオリンによる装飾音形を織り込んだ第二主題が現れ、これが珍しくヴィオラに引き継がれて進行して提示部を終えていた。この四重奏団はこの主題提示部の繰り返しを省略していたが、これら二つの主題は、実に見事な均衡を見せていた。展開部では途中から第二主題の冒頭モチーブが繰り返し各声部で現れて、比較的短い展開部ではあったが、非常に密度の濃い内容となっていた。再現部では、第一主題の推移部を一部省略したり、第二主題の再現がヴィオラから第二ヴァイオリンに変わるなどの変化を見せていた。
      アマデウス四重奏団は、この充実した第一楽章とじっくり取り組んでおり、第一ヴァイオリンのブレイニンを中心としたとてもまとまりある団体だと感じさせた。 20年前のやや年寄りじみた演奏を最初に見ていたので、この演奏はとても若々しく歯切れよく感じて、モーツァルトの四重奏曲の良さは、このフレッシュな感覚が重要であると感じさせていた。


      第二楽章はソナタ形式でアンダンテ・コンモートの楽章であるが、これまでのように旋律的な表現やリズムによる表現は最小限に抑えられており、あたかも深い静けさをたたえたコラール風の和声が表現の担い手になっているような楽章に思われた。そのためこのアンダンテでは、和声の色彩感や集中力によって内面を現そうとした、これまでのモーツァルトには見られなかった新たな試みが行なわれており、何度聴いても不思議な感覚を覚える不可解な物思いに沈むしんみりした楽章に聞こえていた。
その反面、第三楽章のメヌエットでは、全く対照的に全音階的で力強く動く喜びが提示されており、続く第一ヴァイオリンのなよなよした旋律がことのほか美しく聞こえる。また第二部の前半の4声が休止を挟んで合奏するのが面白く、また後半で一拍ごとにスフォルツァンドをおいたスタッカートのリズムがことのほか明瞭に面白く聞えていた。一方のトリオでは、第一ヴァイオリンの滑らかな動きによってメヌエットに対比されていたが、中間部では第二ヴァイオリンとヴィオラに変わっており、靜のトリオと動のメヌエットの対比が明瞭であった。アマデウス四重奏団は、明るく大らかにこのメヌエット楽章を元気よくこなしていた。


     フィナーレはハイドン風に活発にロンド風の主題がアレグロ・ヴィヴァーチェで飛び出す第一主題で始まるが、この楽章はロンド形式というより展開部を省いたソナタ形式のように進行していた。長い推移部を経て現れる第二主題は、第三小節目に印象的なアクセントがあり、早いテンポで何回も繰り返されて華やかに推移して、再現部へと移行していた。実に生き生きとして流れるような小気味よいアレグロであり、アマデウス四重奏団は、全員が良く揃ってこのフィナーレを一気呵成に駆け抜けていた。

        全楽章を通じて、この四重奏団は、若さを前面に出して、第一ヴァイオリンを中心にしたエネルギッシュな演奏を行っており、第一・第四楽章の颯爽としたアレグロの感触が楽しく、またアンダンテ楽章とメヌエット楽章との対比が面白く感じ、まずまずの演奏であった。しかし、白黒のフイルムによるカメラワークのない映像は、珍しい反面、変化に乏しく、折角の演奏も、残念ながら、見劣りがするように思われた。


(以上)(2018/09/20)



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