(最新のHDD録画;ベザイデンホウトのフォルテピアノ、K.332、K.281、K.457)
18-9-1、クリスティアン・ベザイデンホウトのフォルテピアノによるピアノソナタヘ長調K.332、ピアノソナタ変ロ長調K.281、およびピアノソナタハ短調K.457、
2018/03/19、来日記念コンサート、東京文化会館小ホール、

−モーツァルトのソナタを、ばらばらに、3曲続けて聴いてきたが、それぞれのソナタにはその作曲年代によって特徴と変化があり、ベザイデンホウトが語るように、細かく聞いていくと絶えず変化に満ちており、フォルテピアノの澄んだ響きとともに、三つの異なったソナタを楽しむことが出来た。「モーツァルトのソナタを、漠然と聴かないで、注意深く聴くと、それぞれの楽章にはエネルギーに満ちた小宇宙が聴こえてくる」と熱っぽく語っていたが、確かにそのような変化や楽しみ方があることを教えてくれた注目すべき演奏であるという気がした−

(最新のHDD録画;ベザイデンホウトのフォルテピアノ、K.332、K.281、K.457)
18-9-1、クリスティアン・ベザイデンホウトのフォルテピアノによるピアノソナタヘ長調K.332、ピアノソナタ変ロ長調K.281、およびピアノソナタハ短調K.457、
2018/03/19、来日記念コンサート、東京文化会館小ホール、
(2018/04/27のNHKクラシック倶楽部よりHDD-2に収録、)

          9月分の第一ファイルは、久しぶりでベザイデンホウトのフォルテピアノ・リサイタルであり、今回はK,332、K.281、K.457で、NHKクラシック倶楽部の最新の公演記録(2018)である。彼のこのHPの初登場は2011年の来日公演のNHKの録音(11-10-1)であり、他には2015年のザルツブルグのM週間の記録ぐらいしか残されていなかったので、最近の彼の活躍の記録は、わずかしか残されていない。しかし、それを映像で集めることは出来ないので、これらのソナタの演奏記録から、コンチェルトなどのCDを聴いて、類推するしか方法はないであろう。そのような意味で、この映像は、彼の語りも入っているので、極めて貴重なものと言わざるを得ない。


    今回の彼の演奏は、2018年3月19日の東京文化会館の小ホールでの来日演奏であり、表記のとおり、第12番へ長調K.332、第3番変ロ長調K.281、および第14番ハ短調K.457の3曲が、NHKクラシック倶楽部で4月27日に放送されていたが、K.281は時間の都合か第2・第3楽章だけであり、このコンサートの一部が放送されたものである。冒頭にベザイデンホウトの経歴などが紹介されていたが、彼は初めにモダンピアノで音楽を学び、次いでハープシコードを学んで、タイミングとかアーティキュレーションの重要性を知ったという。モーツァルトがハープシコードの名手で、彼の原点はハープシコードにあったが、しかし、彼は1770年前後にフォルテピアノに出会い、この楽器から彼の重要なソナタや協奏曲などが生まれてきているので、このフォルテピアノで彼を演奏することが、彼の音楽を理解する鍵となっていると、熱っぽく語っていた。


    コンサートの第一曲目は、第12番へ長調K.332であり、早速、第一楽章のアレグロが始まった。ベザイデンホウトのフォルテピアノは、どこか暗い感じのしかし楽しげな主題を3拍子のリズムで軽やかに弾きだしてから、直ぐにメヌエット風のリズミックな主題となって明るく進行し、続いて新しい元気の良い主題が次々と顔を出して第一主題部を形成していた。続いて陰影に富む第二主題部が登場して、幾つかの主題が連続してテンポ良く進行して、明るい雰囲気で提示部を終えていた。ベザイデンホウトは、ここで繰り返しを行っていたが、非常に丁寧にきめ細かな装飾を付けて変化させながら繰り返しを行っていた。
    展開部では新しい音形で始まっていたが、直ぐに第二主題の後半部が力強く展開されていたが、再現部の始まりの前で、一息入れて遊んでから、再現部へと移行していた。この再現部はやや型通りのものであったが、ベザイデンホウトは実にきめ細かく、変化を付けて丁寧に弾いており、その代わりか、最後の繰り返しは省略していた。この楽章は溢れるばかりの新しい主題が次から次へと登場しており、それらが形よくソナタ形式にはめ込まれたような楽章であったが、ベザイデンホウトはそれらをひとつひとつ紡ぐようにテンポ良く軽やかに弾き続け、フォルテピアノらしいキラキラとした装飾や変化が多くとても楽しませてくれた。


         続く第二楽章は、アダージョのABABの形で進行する展開部を欠いたソナタ形式であり、 第一主題は、ゆっくりしたアルベルテイバスにのって歌うような可愛い主題を繰り返し、続く第二主題も明るい彩りのある旋律に満ちて、華やかさに溢れたアダージョであった。ベザイデンホウトは、実にゆっくりとしたテンポで歌うように弾いており、フォルテピアノならではの陰影や装飾音のつけ方が良くわかり、丁寧にしかも穏やかに進行していた。再現部では、新全集では2版が示されているが、ベザイデンホウトは太字の自筆譜の方ではなく、小さな字の当初印刷譜の方を弾いていたが、基本は同じであるが、前者の方が譜面や装飾譜のつけ方がより細かに書かれていた。この楽章はゆっくりしたアダージョなので、譜面と細かく比較することが出来、ベザイデンホウトが語っていたフォルテピアノならではの表情のつけ方が良くわかって、とても面白かったが、彼は譜面との変化を、確信をもって丁寧に弾きこんでいた。


         フィナーレは、アレグロ・アッサイで始まり、ソナタ形式で書かれていた。始めから激しい奔放なパッセージを持つ主題が先行し、続いて勢いのある主題が次々に現れて一気に進む技巧的な華やかな第一主題部と、威勢の良い和音で始まり早いパッセージを持つ主題と対照的な味のある音形が続く第二主題部とが続いており、ベザイデンホウトは一気に主題提示部を弾き終えると、繰り返しを省略して展開部へと移行していた。展開部は第一主題が取り上げられて、速いテンポで伸びやかに展開されていたが、ここでも一気に進行していた。再現部では第一主題部が後半が省略されていたがそれ以外は型通りに進行しており、ベザイデンホウトは末尾の繰り返しをここでも省略をし、終始落ち着いて余裕を見せながら、この早いフィナーレを一気に弾きまくっていた。このフィナーレは、自由で奔放でありながら幻想的な雰囲気を持っており、ベザイデンホウトはここでもフォルテピアノの持ち味を生かしてきめ細かな表情を付けながら一気にこの楽章をまとめていた。

        三つの楽章ともに、主要主題が二本立てになっており、美しいメロデイで満たされてソナタ形式で書かれたヘ長調K.332は、愛らしさと優雅な幸福感が全曲を支配したソナタであると思われるが、ベザイデンホウトのフォルテピアノは、全体としてはこの幸福感に満ちた温かい演奏であると感じさせていた。


        続く第二曲のピアノソナタ第3番変ロ長調K.281が始まる前に、再びベザイデンホウトが姿を見せて、フォルテピアノによる演奏の意味について次のように語っていた。「モーツァルトの音楽を深く考えながら聴くと、その奥底には強烈にうごめくエネルギーに満ちた小宇宙があることを感じます。だから、全身でこれを感じて演奏しなければならない。私はフォルテピアノを通じて、やっとモーツァルトに出会えたと感じています」という。また、「モーツァルトの音楽には、歌舞伎の「見得」に通ずる世界があり、モーツァルトの音楽にも、一つの小さな動作に、劇的な力が込められており、それを意識して聴くと、彼の音楽は本当に力強く、心が震えるのです」と難しいことを語っていた。


                続く第3番変ロ長調K.281は、連作の第一・二番がオール・ソナタ形式の比較的に型にはまった作りであるに対し、第三曲は幾分自由で、即興風なファンタジーに富んだ作りになっているようであるが、演奏は残念ながら時間の関係か、 第一楽章が省略され、第二楽章から開始されていた。
        第二楽章ではアンダンテ・アモローソという、「愛情豊かに」という珍しい指示のとおりに、ベザイデンホウトは、先の彼の言葉のとおり、ゆっくりと大切に、味わうように第一主題を弾いており、直ぐに続いて始まる第二主題も、一音一音を確認するように丁寧に弾いていた。実に澄んだフォルテピアノの音であり、言葉通りに実践しているように感じていた。ベザイデンホウトはこの呈示部の繰返しを行っていたが、初めより装飾を増やして、噛みしめるようにキチンと弾いていた。続いて短い展開部に入ると、ここでも幻想的な味わいを見せてしみじみと聴かせていた。再現部では、呈示部と同じように聞こえるがどこか違うという変化を見せながら、ベザイデンホウトは第一主題、第二主題と進んでおり、アンダンテ・アモローソの意味を噛みしめながら丁寧に、まさに愛情のこもったように聞こえる演奏を行っていた。


         フィナーレは、フランス語でRONDEAUと書かれたアレグロの楽章であるが、第一番および第二番のソナタでは全楽章がソナタ形式だったので、ピアノソナタではこの形式が初めてであった。しかし、譜面では通常のABACABAのロンド形式と変わりはなく、ベザイデンホウトの弾き方は、いきなり明るいロンド主題がテンポ良くアレグロで飛び出しており、続いて目まぐるしく新しい主題が次から次へと回転するように現れていた。その間にこの元気の良いロンド主題が顔を出しており、数えていくと都合4回ほど、ロンド主題が登場して勢いよく明るくこの楽章を閉じていた。このロンド主題に挟まれた部分は、非常に自由な独創的に作られた幻想風なもので、ベザイデンホウトは、実に伸びやかに気持ち良く弾きこなしており、洒落た味わいを持っていた。


          続いて第三曲目は、第14番ハ短調ピアノソナタK.457であるが、ベザイデンホウトは、一息の休息を待ってから、第1楽章の冒頭のアレグロの第一主題をフォルテで弾き始めた。この主題は、重々しく上昇する緊張した和音の連続で始まるが、後半では半音階的な下降の動きを見せて、ベザイデンホウトのフォルテピアノは、もの凄く緊張した気分を持って繰り返すように進み、やがて緊張感が溢れる表情で経過部を経て、第一主題は激しくどんどんと進んでいた。続いて軽やかに右手と左手が応答するような優しい第二主題に入り幾分明るさを取り戻していたが、この楽章の提示部はこれら二つの特徴ある対象的な主題で構成されていた。そして演奏では提示部は明るく繰り返されていたが、ベザイデンホウトはこの繰返しをしっかりと緊張感を持って弾いており、ここでは装飾音は最小限にとどめて、力強く繰返していた。
         続いて展開部では、第一主題の冒頭部の音形が力強く繰り返し展開され、緊張感を増しながら進行して、フェルマータで一息入れて再現部へと移行していた。ベザイデンホウトのフォルテピアノは、緊張感を保ちながら力強く弾き進んでいたが、再現部では型通りに進み、フォルテピアノらしい軽やかな音を響かせてスピード感あるピアノで明るく進み、最後の繰返しは省略して一気にコーダへと進んで、明るく、急速に終結していた。ベザイデンホウトは、この楽章を一気呵成に一息で弾いており、長い緊張の連続であったが、素晴らしい迫力のある雰囲気をもって弾きこなしていた。


         続く第二楽章は、アダージョ楽章であるが、珍しくロンド形式の楽章であった。ベザイデンホウトのフォルテピアノは、ソット・ヴォーチェの穏やかな蔭りのあるロンド主題を、実に丁寧に、一音一音確かめるように弾いていたが、ひときわ穏やかに高まりを見せながら進んでいた。続いて、第一のエピソードが温和しく現れるが、この主題も細やかな動きを見せながら、丁寧に弾かれて繰り返されて、再び美しいロンド主題が表れていたが、ここでは見事に変奏されて再現されていた。ベザイデンホウトは、続く第二のエピソードに入っていたが、これはベートーヴェンの「悲愴ソナタ」の第二楽章の 冒頭部分によく似た主題であり、美しく静かに推移していた。この途中のアルペッジョの部分が異常に美しく、このエピソードは、再び変奏され繰り返されて、別の分散和音で現れていた。最後に再びロンド主題が形を変えて変奏されて登場しており、細やかな動きのコーダで結ばれていた。ベザイデンホウトのフォルテピアノは、譜面に忠実に華やかに演奏されており、丁寧で肌理が細かく弾かれて、まさに模範的な演奏に思われた。


         フィナーレは変則的なロンド・ソナタ形式か。ハ短調の三拍子のシンコペーションをもつ第一主題が終始重要な役割を果たすが、後半には勢いのよいリズムで進行しても、突然の休止があったりする、焦りや不安な情緒をもたらす主題であった。続いて一見伸びやかに始まる第二主題も、半音進行の翳りを示しており、ベザイデンホウトのフォルテピアノは、勢いがあるものの決して明るくはならない。再び、第一主題が再現してから、短いエピソードが現れて、第二主題と名付けた主題が現れていた。そして、力強く主題を変奏して変化を見せており、これがあたかも展開部のように聞えていた。再び第一主題が変奏されながら再現されていたが、続いて短いエピソードのあとコーダとなって結ばれていた。ベザイデンホウトはこの休息が多く、変化の激しい楽章を、終始緊張感を持って弾き続け、しっかりとこの楽章をまとめていた。

           モーツァルトのソナタを、ばらばらに、3曲続けて聴いてきたが、それぞれのソナタにはその作曲年代によって特徴と変化があり、ベザイデンホウトが語るように、細かく聞いていくと絶えず変化に満ちており、フォルテピアノの澄んだ響きとともに、三つの異なったソナタを楽しむことが出来た。「モーツァルトのソナタを、漠然と聴かないで、注意深く聴くと、それぞれの楽章にはエネルギーに満ちた小宇宙が聴こえてくる」と熱っぽく語っていたが、確かにそのような変化や楽しみ方があることを教えてくれた注目すべき演奏であるという気がした。


(以上)(2018/09/15) 


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