(最新のHD録画より;小山実稚恵のピアノ協奏曲ニ短調K.466ほか)
18-6-1、小山実稚恵のピアノとダーヴィド・アフカム指揮のN響によるピアノ協奏曲第20番ニ短調K.466、2018/01/17、NHKホール、およびレオナルド・ゲルバーのピアノと水戸室内管弦楽団によるピアノ協奏曲第20番ニ短調K.466、
1996年6月8日、水戸芸術館、

−この小山実稚恵とN響によるニ短調協奏曲の映像は、数多いこの曲の映像の中で、曲の良さを引き出すピアノの音の美しさといい、風格を感じさせるような落ち着いた穏やかな演奏といい、これは私のコレクションの中のベストに近い演奏であると感じさせた。特に、終始、笑みを浮かべながら穏やかに弾く彼女のスタイルは格別であり、今や日本を代表する現役ピアニストとして輝いているという印象であった。一方のゲルバーと水戸室内管弦楽団の演奏も、思い切った遅いテンポでひたすら美しく演奏する面においてとてもユニークであり、この曲のあり方を示す面白い演奏であり、ピアノとオーケストラが良く融合したアンサンブルの良い素晴らしい演奏に思われた−

(最新のHD録画より;小山実稚恵のピアノ協奏曲ニ短調K.466ほか)
18-6-1、小山実稚恵のピアノとダーヴィド・アフカム指揮のN響によるピアノ協奏曲第20番ニ短調K.466、2018/01/17、NHKホール、およびレオナルド・ゲルバーのピアノと水戸室内管弦楽団によるピアノ協奏曲第20番ニ短調K.466、
1996年6月8日、水戸芸術館、
 (2018/04/01のNHKクラシック館の放送をHD-5に収録、および、1996/10/20、NHK3CHの芸術劇場の放送をS-VHSテープ202に収録)

          6月号の第1曲目の最初のファイル(18-6-1)には、まずこのHP初登場の小山実稚恵さんのピアノとN響によるピアノ協奏曲第20番ニ短調K.466であり、指揮者はこれもこのHP初登場のドイツからの新鋭ダーヴィド・アフカムであった。小山実稚恵さんのじっくりと弾きこんだ知的なソロピアノがとても輝いており、全楽章を通じて、心温まる穏やかなニ短調協奏曲を聴くことが出来た。また、この曲で唯一アップが遅れていた、ゲルバーと水戸室内管の映像のテープをやっと見つけ出したので、併せてお届けしたい。この演奏は、水戸室内管とゲルバーとの合作ともいうべきニ短調協奏曲であり、非常に落ち着いたテンポでしっかりと弾かれており、長く印象に残っていたものであるが、改めて聴いても、期待にたがわぬ名演奏であった。


      N響とは100回以上も協演を重ねてきたとされる小山実稚恵が、このピアノ協奏曲第20番ニ短調K.466の演奏の前に、彼女が魅せられたこの協奏曲の魅力や思いなどの語りがあった。彼女はやはりモーツァルトの短調作品への特別な思い入れがあるようで、この曲のあの冒頭からのシンコペーションの不安な響きを聴くと、やがて迫ってくる作品の深さとか整然としたクリスタルな透明感などにいつも恐怖とかドキドキ感を覚えると言う。モーツァルトがもの凄い忙しさの中で、この説得力ある偉大な曲が残されたと言うことを知るにつれて、この作品はこれから何千年たっても人々にドキドキし続けさせる永遠な作品であるというように思っていると語っていた。


        弦のみの喘ぐような低いシンコペーションのリズムで第一主題が開始され、まだ若いがドイツの新鋭ダーヴィド・アフカムの指揮で、心得たようなゆったりした穏やかなテンポでオーケストラが進みだしていた。よく見ると4本のコントラバスのやや大型なオーケストラ編成で、オーボエやフルートの響きを大事にしているように聞えていた。やがて満を持したように、小山の独奏ピアノが登場し、アインガングでは粒ぞろいの音を際立たしたようなはっきりしたピアノを響かせていた。一音一音大切にし、落ち着いてゆとりさえ感じさせるピアノの音が心に滲みるように響き、彼女の言う透明感が溢れており、それがオーケストラとも良く馴染んで聞えていた。独奏ピアノがリードする第二主題も実に美しく弾かれ、軽やかなパッセージを繰り返しながらオーボエとフルートと交錯を繰り返し、ピアノが縦横に走り回っていた。


        展開部に入ると独奏ピアノが冒頭主題を繰り返し、更にピアノが先導しながら逞しくうねるように主題を繰り返しながら進行していた。再現部では途中から独奏ピアノが参加したのにいつの間にか先頭になって堂々と進んでいた。カデンツアはベートーヴェンのものであったが、彼女は初めから音を際立たせて弾いており、独奏ピアノがきらきらと輝くように響いていた。終始、笑みを浮かべながら穏やかに弾く彼女のスタイルは格別であり、いつも背筋が伸びて姿勢が良い姿に感心しながら、今や日本を代表する現役ピアニストとして輝いているという印象であった。


     第二楽章のこの上なく優しい主題が独奏ピアノでゆっくりと現れるが、小山のピアノは芯のある音で和やかに明るく響く。次いで主題はオーケストラに委ねられ、再びピアノに渡されていくが、ロマンスの香りがする。暫くして独奏ピアノが奏でる第二主題は、うっとりするような美しい表情を見せながら輝くように進行する。小山実稚恵は満足げな笑みを浮かべながら確信をもって陶酔したように弾いているし、アフカムの指揮もこれに合わせて歌っている。再び冒頭主題に戻ってから、続いてフルオケで始まる中間部の嵐の部分では、独奏ピアノが息つくひまもないように鍵盤上を駆けめぐるが、小山は素晴らし集中力を見せて落ち着いて処理していた。嵐が過ぎ去ると再び静かにロマンスの主題が再現され、淡々とした穏やかな世界に戻るが、愛らしいピアノの音色がさり気なく弾かれながら静かに終息する。女流ピアニストだけが表わしうる穏やかな楽章であった。


        直ぐに続いて独奏ピアノが走り出すフィナーレのロンド主題は、勢いよく進行し、フルオーケストラに渡されて躍動するように発展して進んでいた。やがて新しい主題がピアノに現れ、そのまま進行してから、ピアノ・オーケストラ・ピアノ・木管・ピアノと言った具合に絶えず主役が変わり表現が変化しながら目まぐるしく疾走する提示部であった。途中で短いアインガングがあり一息ついたから、再びロンド主題が再現されて、再びピアノとオーケストラによる疾走が始まった。終わりのカデンツアは耳慣れた短いものであり、さり気なく弾かれていた。この楽章も、小山の独奏ピアノは生き生きと弾むように進行していたが、随所で柔らかい女性らしい進め方をしており、勢いのある素晴らしいフィナーレであると感じた。


       終わってみれば素晴らしい拍手が沸き起こっており、挨拶をするときの小山の笑顔が飛び切り素敵な表情であった。N響の皆さんからも拍手が鳴りやまず、素晴らしい光景が続いていたが、最後にアンコールの仕草で拍手の嵐は収まった。曲はショパンのマズルカイ短調作品67の4であり、余り弾かれないさり気ない小さな曲であった。
       この演奏は小山とN響にとっては、とても相性が良く、お互いに、十分、持ち味を発揮した素晴らしい演奏であり、実に魅力的な演奏記録が残された。この映像は数多いこの曲の映像の中で、曲の良さを引き出すピアノの音の美しさといい、風格を感じさせるような落ち着いた穏やかな演奏といい、これは私のコレクションの中のベストに近い演奏であると感じさせた。この演奏に続いて登場するゲルバーのニ短調協奏曲で、この曲の全ての映像のアップロードが完了するが、これも私の好きな演奏の一つであるので、素晴らしい演奏が続々登場するため、どれを推薦すべきか、総括作業が大変であると思われる。

(以上)(2018/06/16)



        6月号の最初のファイルの第二曲目は、ようやく見つけ出した古いVHSテープのブルーノ・レオナルド・ゲルバーによる水戸室内管とのニ短調協奏曲K.466である。この演奏は、非常にゆっくりしたテンポの演奏であり、こう言う弾き方もあると奇妙に印象に残っていたものであり、今回やっと見つけ出したので、期待を持って聴きたいと考えていた。ゲルバーと言えば、バレンボイムやアルゲリッチに続くブレノスアイレス生まれの名ピアニストとして有名であり、最近は聞かれないが何回も来日して、このHPでも何回か登場している筈であったが、調べて見ると以前に「戴冠式」のピアノ協奏曲K.537を収録(14-11-2)してあった。彼はベートーヴェンやブラームスを多く弾いていたと記憶するが、今回の演奏は、オーケストラの名は忘れていたが、ニ短調協奏曲であることは覚えており、かねて聴き直したいと思っていた。


        今回の録音は、1996年10月20日NHKの3CHの芸術劇場で収録したものであり、水戸室内管弦楽団の水戸芸術館でのコンサートの第一曲目には、「フィガロの結婚」の序曲が演奏されていた。ところがこのコンサートでは、指揮者がいなく、コンサート・マスターの合図で演奏が行なわれていたが、どうやら、この楽団は常任指揮者が不在でも定期演奏を行なっている団体であるような解説があった。演奏はコントラバスが二本の二管編成で、意外に外国人の顔が多い室内楽団のように見えており、この序曲の演奏も、皆さんが心得たような顔つきで良く揃って水準が高く、快いテンポで手慣れた演奏をご披露している様子であった。


         序曲が終わって中央にピアノが運ばれてきてから、ゲルバーが登場し挨拶のあと、ピアノ協奏曲ニ短調K.466が開始された。やはりこの演奏はゲルバーの弾き振りではなく、コンサート・マスターの合図で開始していたが、いつの間にか女性のヴァイオリニストに入れ替わっていた。この曲の出だしは、実にゆっくりとして穏やかな感じであり、あの直ぐに続くシンコペーションの響きも不安な動きではなく、むしろ穏やかでひたすら美しく演奏されていた。これに合わせるオーボエゃフルートも明るく爽やかに聞え、ゆったりとしかし、堂々と進行してオーケストラによる呈示部を終えていた。

         ゲルバーの独奏ピアノのアインガングの弾き振りも、ゆっくりとクリアに響き、丁寧に弾かれており、力強く進んでいた。やがてオーボエとピアノの対話が始まり、第二主題が実に美しく弾かれて、華やかなパッセージが滑らかに進み始め、素晴らしい勢いで盛り上がりを見せていた。
          展開部では独奏ピアノがよく響き、ゆったりと進行して独自の進行振りを見せて再現部に入っていたが、ゲルバーの落ちついた丁寧な弾き振りが目立っており、これもこの曲の美しさを引き出す行き方だと思わざるを得なかった。カデンツアはベーオーヴェンのもので華麗に弾かれており、ゲルバーのダイナミックな表現が見られて、彼の力量を示す良い場面となっていた。


        第二楽章はゲルバーの独奏ピアノで始まるロマンスであるが、ゲルバーのピアノは実に淡々とした遅い弾き方でこんな演奏があったかと思わせる丁寧な弾き振りであった。オーケストラに渡されてから再び独奏ピアノに戻っても同じようにゆっくりと美しく弾かれ、次のエピソードに移ってもその淡々さは変わらずに進んでいた。やがて、中間部の嵐の場面に移っても、ゲルバーはそれほど早くなく落ち着いて力強くしっかり弾いており、オーケストラとは良く合って、ロマンスとの変化の冴えを見せていた。再びロマンスの美しい場面に戻って、この楽章は静かに美しく閉じていたが、この楽章のゲルバーの演奏は、オーケストラとの馴染みも抜群に良く、他の演奏にない独自の効果を挙げていると思った。


         フィナーレのロンド楽章では、ゲルバーのピアノのロンド主題が生き生きとしたテンポに変わり、素晴らしい効果を挙げてオーケストラに渡されていたが、オーケストラも弾むように疾走し始め、軽快に進んでいた。短い独奏ピアノによるロンド主題のあとに、第一のエピソードが登場し、軽快なピアノに続いてオーケストラが応答して走り出していた。再度、ロンド主題が登場したあとに第二のエピソードが登場して独奏ピアノとオーケストラが交錯しながらひとしきり展開されたあとに、アインガングがあってゲルバーは一息のお遊びを入れていた。最後のロンド主題が再び登場して、この楽章は終息に向っていたが、ゲルバーのピアノは生き生きと躍動して結ばれていた。舞台はもの凄い拍手で歓迎されていたが、ゲルバーには花束が渡されて、彼は満足そうににこやかに挨拶をして退場していた。

        このゲルバーと水戸室内管弦楽団の演奏は、これで2回目と言うことのようであるが、ゲルバーのテンポを遅く取る古いタイプの演奏に対して、オーケストラがピッタリと歩調を合わせて見事な演奏を築き上げていた。特に、ゲルバーの第一楽章のテンポ感には驚かされたが、しかし独奏ピアノはしっかりと弾かれており、第二楽章も徹底して美しさに満ち溢れていた。フィナーレでは、対照的に通常テンポに戻って生き生きと弾むように演奏されていたが、全体としてみるとこれが非常に効果を挙げて、素晴らしいニ短調協奏曲に仕上がったように思われた。水戸室内楽団は、有名なオルフェス室内楽団と似たように、曲ごとにコンサートマスターが交替する方式のようであったが、ゲルバーとは実に良く合っており、素晴らしいアンサンブルを見せていた。残念ながら、映像はやや古くて鮮明さを欠いていたが、音はまずまずであったので気持ちよく、この映像を楽しむことが出来た。

(以上)(2018/06/22)



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