(最新のBDCHなどより;クーパーのP協第25番K.503およびスターンのK.261)
18-4-1、イモージェン・クーパーのピアノとサイモン・ラトル指揮ベルリンフイルによるピアノ協奏曲第25番ハ長調K.503、2017/06/03、フイルハーモニー・ホール、およびアイザック・スターンのアダージョホ長調K.261、
シュナイダー指揮フランス国立放送室内楽団、1,975年4月14日、国立放送スタジオ、パリ、

−久し振りでこのHPに登場したクーパーは、落ち着いて風格を感じさせる姿で、指揮者ラトルの進行に充分にゆとりをもって対応しており、オーケストラを信頼しきったようにピアノに向っていた。独奏ピアノと弦楽器、そして木管楽器との対話が充分に楽しめ、久し振りで聴くクーパーのピアノは輝くように弾かれており、軽やかなパッセージの美しさが絵になるように見えていた。一方の古いアーカイブから取り出したアイザック・スターンの映像(1975)では、短い「アダージョ」という小品であったが、笑みを浮かべるような穏やかな表情で演奏しており、この小曲を慈しむように楽しんで弾いている様子が覗えて、微笑ましい巨匠の姿が残されていたー

 (最新のBDCHなどより;クーパーのP協第25番K.503およびスターンのK.261) 18-4-1、イモージェン・クーパーのピアノとサイモン・ラトル指揮ベルリンフイルによるピアノ協奏曲第25番ハ長調K.503、2017/06/03、フイルハーモニー・ホール、およびアイザック・スターンのアダージョホ長調K.261、シュナイダー指揮フランス国立放送室内楽団、1,975年4月14日、国立放送スタジオ、パリ、
 (2018/04/01のBDCHの放送および2018/03/01/のクラシカJの放送をHD-2に収録、)

            4月号のソフト紹介からは、新しいTVにより入手したソフトが続々と登場し、これまでにない魅力的なものになっていると自賛している。BDCHのコンサートの新ソフトは、どれを取っても魅力的なものばかりであるし、U-tubeからの新ソフトも、充分に魅力あるものに限定してアップしていけば、素晴らしい結果が得られるものと期待しており、このような状態が続くことを望んでいる。
           4月号の第一曲目は、イモージェン・クーパーのピアノとサイモン・ラトル指揮ベルリンフイルによるピアノ協奏曲第25番ハ長調K.503であり、2017年6月3日のフイルハーモニー・ホールのベルリンフイル定期の新ソフトである。彼女の古いN響との第20番K.466の演奏(5-8-3)は、数多い映像の中で風格といいピアノの美しさといい私のコレクションの中のベストに近い演奏であり、このラトルとの新しい演奏にはとても期待している。この一曲では物足りないと考えたので、クラシカ・ジャパンの巨匠シリーズからアイザック・スターンの「アダージョ」ホ長調K.261を追加しているが、これも巨匠により残された貴重な名演となっている。



        1949年生まれのクーパーは69歳という円熟した年齢になっており、久し振りで見た姿は、素敵なドレスに身を包まれた堂々とした貫禄ある姿に見えていた。ラトルと一緒に登場し、落ち着いた様子で挨拶をして席に着いていた。今回の曲目は、ピアノ協奏曲第25番ハ長調K503であり、フルート1、オーボエ2、ファゴット2、ホルン2が互いに良く競い合い、2トランペットとテインパニーが加わっており、3台のコントラバスが右奥に配置された布陣であった。この曲の始まりは、シンフォニーのような勢いで堂々と開始されるが、指揮者のラトルは思い切り両手を広げてこのファンファーレ風に始まる第一主題を見事に導いていた。この主題は幾つかの副主題を伴いながらフルートやオーボエの美しい響きとともに朗々と進行し、オーケストラの呈示部を終了していた。



やがて即興風に独奏ピアノが顔を出し、かなり長い独奏ピアノのパッセージで勢いをつけてから、オーケストラと共に冒頭の第一主題を独奏ピアノが力強く提示する。これはこの曲の他曲にない素晴らしいシンフォニックな場面であり、クーパーは素晴らしい和音を力強く弾きこなしていた。そして独奏ピアノが木管楽器とともにこれを繰り返してから、独奏ピアノは華麗なパッセージを繰り広げ、華やかに副主題に移行していた。続いて歌謡性に富んだ愛らしい第二主題を独奏ピアノが提示し、オーボエとファゴット、続いてフルートとオーボエなどと互いに歌い交わしていた。展開部に至る経過部ではクーパーの独奏ピアノは、名人芸的な早い動きが冴えを見せていた。



展開部ではオーケストラの呈示部で現われた第一主題の副主題がテーマになって、独奏ピアノがこれを提示してからオーボエやフルートがこれを受けて互いに競い合ったり、フルートが新たな対位主題を提示してピアノとポリフォニックに競い合ったりして独自な趣を示していた。再現部では、あの堂々としたシンフォニックな第一主題がピアノで再現されてから、副主題、第二主題とはぼ定式通りに再現されていたが、最後のカデンツアは、クーパーの自作であろうか、主題を上手く取り込んだ短めの技巧的なものを弾いており、この楽章は華やかに結ばれていた。



           第二楽章の聴きどころは、フルートとオーボエが活躍しピアノと絡みあう美しい幻想的な三重奏の場面であろうか。オーケストラで優雅な第一主題がアンダンテで開始されるが、いきなり弦とフルートとファゴットが主題を提示してから、そしてオーボエとフルートが華やかに繰り返す。続いて踊るような感じの面白い第二主題が弦で奏されていた。そこで、独奏ピアノが始めからゆっくりと主題を繰り返していくが、管楽器との対話が交わされて実に美しい。そしてピアノが第二主題も提示していくが続く独奏ピアノの即興風の自由なパッセージが華麗であり、まるでクーパーの独壇場。続く再現部の直前に呟くように現れるオーボエとフルートとピアノの三重奏が実に美しかった。再現部では、独奏ピアノが主体となって第一主題、第二主題と丁寧に再現されており、最後の独奏ピアノと木管の三重奏も、形を変えて美しく再現されていた。



           フィナーレでは、軽快なロンド主題が弦楽合奏で始まるが、これに応えるように管楽器が応答し、繰り返されると今度は低弦楽器が応答する形で明るく進行する。経過部を経て独奏ピアノがロンド主題とは対照的な装飾的な旋律を繰り返していき、引き続き第一エピソードが独奏ピアノで軽快に現れる。そしてピアノが主体で始めのロンド主題が登場するが、このフィナーレの聴きどころは、続いて現れる美しい第二エピソードであろうか。独奏ピアノで悲しげなメロデイが現れた後に、突然春が来たような伸びやかな旋律が表れ、次いでオーボエやフルートで歌われていき、明るいのどかな雰囲気となる。この和やかなエピソードはもう一度後半が繰り返されて穏やかな雰囲気の後に再び、冒頭の軽快なロンド主題に戻っていた。クーパーもベルリンフイルもモーツァルトの気まぐれなロンド形式は十分承知しており、こうした聴かせ所を十分に楽しむように進んでから、再びロンド主題となって、その後目まぐるしいピアノの活躍が続いて、カデンツアの置き場がないまま急速にエンデイングとなっていた。



  ベルリンで再会したラトルとクーパーは、母国語で充分に会話を楽しんだ後にこのコンサーとなったのであろう。クーパーはラトルの進行に充分に対応しており、オーケストラを信頼しきったようにピアノに向っており、独奏ピアノと弦楽器、そして木管楽器との対話が充分に楽しめた。久し振りで聴くクーパーのピアノは輝くように弾かれており、軽やかなパッセージの美しさが絵になるように見えていた。第一楽章のシンフォニックな雄大さを持ち、第二楽章の歌謡的な佇まい、フィナーレの颯爽とした軽快な進行と、この曲は他の曲と異質な面を持ちながら楽しく聴ける側面があり、この演奏は実に楽しく聴くことが出来た。ここでも聴衆の素晴らしい拍手があり、ピアノとベルリンフイルと聴衆とが見事に息が合って一体になって楽しんだ感じが残り、残念ながらアンコールはなかったが、そこには暖かい温もりが残されていたように感じさせられた。
(以上)(2018/04/02)




続く第二曲目は、アイザック・スターンによる「ヴァイオリンと管弦楽のためのアダージョホ長調K.261」であり、この映像は1975年4月11日に収録されたカラー映像であった。オーケストラはラジオ・フランス室内楽団であり、アレクサンダー・シュナイダーが指揮をしており、パリで収録されたものであった。
この曲は、父レオポルドの1777年の9月25日と10月9日の手紙に「ブルネッテイのためのアダージョ」と2度も出て来ており、ヴァイオリン協奏曲第五番イ長調K.219 のもう一つの第二楽章として書かれたと考えられている。ただし、この曲はオーボエの代わりにフルートが使用されているが、このような変更例は第三番ト長調の第二楽章アダージョでも弱音器をつけてフルートに置き換えており、この曲でも同様にソルデイーノ(弱音器)の指示があった。



   曲は簡単なソナタ形式で書かれており、冒頭の4小節で叙情的な甘い第一主題がトウッテイで現れてから、アイザック・スターンの独奏ヴァイオリンが華やかに繰り返すようにこの主題をフォローし、続いて第二主題も引き続きソロヴァイオリンが提示していた。スターンは笑みを浮かべるような穏やかな表情で演奏しており、曲を楽しんでいる様子が覗えた。8小節から成る短い展開部は独奏ヴァイオリンが短調で新しい主題を出して暗い感じに変化させてから、型通りに再現部が演奏されていた。カデンツアも用意され、スターンは短いながらも各主題を思い起こさせるものを巧みに弾いていた。このスターンの貴重なカラー映像は、モーツァルトを弾いていると言うことで珍しいものであり、この映像にはアレクサンダー・ザーキンのピアノ伴奏で、クライスラーの小品集(1965)などが白黒の映像で含まれていた。



私が初めて聴いたアイザック・スターンの演奏は、私が高校時代に兄貴が買ったメンデルスゾーンのヴァイオリン協奏曲の3枚組SP盤が初めてであり、クラシック音楽に興味を持ちだして、今度は私がSP4枚組のスターンのチャイコフスキーのヴァイオリン協奏曲を購入しており、私のクラシック音楽入門は、このスターンによって開かれているといって過言ではない。スターンは当時コロンビアから売り出した若きアメリカの英雄であり、その後続々と録音を重ねていたが、残念ながら、モーツァルトを弾かない方だったので、いつの間にか聴かなくなっていた。しかし、彼は良く来日して演奏しており、年齢を重ねてから第1回国際宮崎室内音楽祭(1996)で、彼の演奏を映像で聴くようになり、モーツァルトとの接点が出来た。この音楽祭は、まだお元気だったスターンと徳永二男により創設された室内楽音楽祭(14-10-1)であり、この映像により老成した指導者としてのスターンの円熟した姿を拝見するようになった。このスターンとの思い出話は、いずれキチンと取りまとめて総括しておかなければならない。今回のクラシカ・ジャパンの「巨匠シリーズ」では、イストミンとローズによる「大公トリオ」(1970)が素晴らしい音質で貴重な映像が残されている。


(以上)(2018/04/06)


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