(最新のBDCHの映像から;カルクのアリア二つとツインマーマンのK.330)
18-3-4、クリステイーネ・カルクのソプラノのアリア、オペラ「ミトリダーテ」K.87より第13番シファーレのアリアおよびレチタティーヴォとアリアK.369、およびクリスティアン・ツィンマーマンのピアノソナタ(第10番)ハ長調K.330、
演奏時期・場所不明、

−私はコンサート・アリアが大好きで、コンサートの中でオーケストラを相手に、堂々とアリアを歌う歌手たちを素晴らしいと考えている。しかし、オペラとリートの両方をこなす実力のある歌手たちでなければ難しいと思われるが、その数少ない歌手たちの一人に、今回のクリスティアーネ・カルクが成長してきたことをとても嬉しく思っている。モーツァルトのコンサート・アリアを良く取り上げる歌手こそ、本当のモーツァルトのオペラ歌手であると考えているからである。一方のクリスティアン・ツィンマーマンのピアノソナタハ長調K.330は、Y-Tube検索中に発見した映像であるが、再生してみると映像はややぼけ気味であるが音声はしっかりしており、録音場所・年月は不明であるが、幸いこのHPのデータベースにない未アップの映像であったので、急遽、Y-Tube映像の第1号として採用することにしたものである。巨匠のモーツァルトと言った風格すら感じさせる名演奏であろうと思われるー

(最新のBDCHの映像から;カルクのアリア二つとツインマーマンのK.330)
18-3-4、クリステイーネ・カルクのソプラノのアリア、オペラ「ミトリダーテ」K.87より第13番シファーレのアリアおよびレチタティーヴォとアリアK.369、およびクリスティアン・ツィンマーマンのピアノソナタ(第10番)ハ長調K.330、
演奏時期・場所不明、
(2018/03/18、BDCHを見ながら、および2018/03/23、U-Tubeよりアップロード)

       新しいTVのBDCHの予告映像の中から、昨年のモーツァルト週間で見てきたクリステイーネ・カルクのソプラノのアリア2曲とプラハ交響曲のコンサートを見つけ出したので、早速、アップロードすることを考えた。演奏はイヴァン・フイッシャー指揮ベルリンフイルによる演奏であった。ソプラノのアリアの第一曲は、オペラ「ミトリダーテ」K.87のシーファレの第13番のアリアで、珍しくオブリガート・ホルンを伴ったアリアなのであるが、この演奏では、ソプラノのカルクとホルンの演奏者フェリックス・デルヴォーが舞台の中央で並んで歌い合うという趣向であり、オペラでは見られない演奏会形式ならではの初めて見る珍しい演奏であった。



       このシファーレのアリアは、好きなアスパージャから愛を告白されて、彼女がミトリダーテの許嫁であることから、一緒になれない自分の不幸を悲しんでいた。自分も彼女を愛するが故に、告白されたことを苦しみ、彼女は父と結婚した方が良いと素直に考えた。そして二人は別れて合わないようにしようと悲しく申し合わせて、シファーレが歌う悲しみのお別れのアリアであった。このアリアは、短縮されたダ・カーポ・アリアの形式で、第1部は静かなオーケストラの前奏で始まるが、直ぐにホルン・ソロが悲しい旋律を歌い出し、それに合わせてシファーレが「遠くに別れよう、愛しい人よ」と穏やかに歌うアダージョ・カンタービレで歌い出すものであった。そして続けてホルンの悲しみに満ちた伴奏で、「望むなら私が去りましょう。あなたの苦しみは、もう言わないで」と、シファーレが悲しみを込めて歌っていた。



          中間部のアンダンテではオブリガート・ホルンは沈黙して短く終わるが、最後のアダージョでは、4度目の「遠くに別れよう」が独奏ホルンとともに冒頭に歌われてから、「私は行く。さらば、」と心を込めて歌い、終りのカデンツアでは、ソプラノとホルンが一緒になって悲しみを歌う劇的なアリアであった。カルクはこの悲しみの愛の別れの歌を、心を込めて表情豊かに歌っており、素晴らしい映像となっていた。しかし、このアリアはオペラの譜面の第13番とは少し異なった版があるようなので、注意をする必要があり、カルクはオペラの譜面通りの版で歌っていた。



               続くカルクによるコンサート・アリアの第2曲目は、ソプラノのためのレチタティーヴォ「あわれな私、ここは何処!」とアリア「あ、これを語るのは、私でない」K.369、は、イドメネオの作曲後のミュンヘン滞在中に書かれており、素人の伯爵夫人のために書かれた曲とされている。
           場面は、メタスタジオの「エチオ」から取られたフルヴィア夫人のアリアであり、彼女は始めにレチタティーヴォでオーケストラによる何回も演奏される特徴あるフレーズに乗って歌われるもので、始めに「あわれな私、ここはどこ!」と愛人のエチオの死を悲しみ、父にあるその罪をかわすため、最後の解決策として自分の命を絶とうとする追いつめられた絶望の気持ちを歌うものである。



      アリアは、前半はアンダンテ・ソステヌートで、フルヴィアが全ての望みを失った心境で、「あ、これを語るのは、私でない」と切々と歌われる。そして後半からテンポがアレグロになり、「過酷にも天は、私の苦悩に思いやりがない。」と自分の不幸を早口で嘆くものであった。譜面を見ながら丁寧に聴いてみたが、アマチュアの夫人のための作曲のせいか音域が広いわけでもなく、技巧的な難しさがあるわけでもない余り特徴のない地味な存在の曲であったが、カルクには歌いやすい曲と見えて、悠々とレチタティーヴォをこなしてから、アンダンテの部分でもアレグロの部分でも、彼女らしいしっかりした高い声で、明瞭に声を張り上げて朗々と歌いこなしており、歌い終わっても余裕を残していた。



          私はコンサート・アリアが大好きで、コンサートの中でアリアを歌う歌手たちを素晴らしいと考えているが、オペラとリートの両方をこなす実力のある歌手たちでなければ、オーケストラを相手に歌われることが少ないように思われる。その歌手たちの一人に、今回のクリスティアーネ・カルクが成長してきたことをとても嬉しく思っている。モーツァルトのコンサート・アリアを良く取り上げる歌手こそ、本当のモーツァルトのオペラ歌手であると考えているからである。ベルリンフイルやウイーンフイルなどは、コンサートの中に歌手たちに機会を与えるコンサートが多いし、ザルツブルグのM週間などでは歌手たちがオーケストラと歌うことは当たり前になっているが、N響を始めとする日本のオーケストラでもそのようなコンサートを増加させるように提案をしておきたい。
                         (以上)(2018/03/19)



   続くこのコンサートの第2曲目を、日をおいてBDCHを見ながら予定していたイヴァン・フイッシャー指揮ベルリンフイルによる交響曲第38番変ロ長調「プラハ」K.504を見ようとしたら、残念ながら、このコンサートがあったソースが入れ替わっていて、再現することが出来ない。どうやら視聴番組の入れ替えがあったようだ。しかし、それでは困るので、K504を頼りにY-Tubeを検索して見たが、最新ソフトすぎるので検索不可能であった。しかし、その中にクリスティアン・ツィンマーマンのピアノソナタ(第10番)ハ長調K.330が紛れ込んでおり、再生してみると映像はややぼけ気味であるが音声はしっかりしており、録音場所・年月は不明であるが、幸いこのHPのデータベースにない未アップの映像であったので、急遽、Y-Tube映像の第1号として採用することとした。掲載者はdavindorf piano423氏で、検索回数が904638回であったので、信用できる映像と判断することが出来た。この映像の公開日付けは2013/04/22であり、このコンサートは拍手が入るライブ映像で、次の曲はベートーヴェンの悲愴ソナタ(第8番)であったので、恐らくDVD の映像をアップしてくれたものと類推している(後日、調べて見たい)。



        このピアノソナタ(第10番)ハ長調K.330の第一楽章は、アレグロ・モデラートの軽やかな第一主題で始まるが、この主題は実にモーツァルトらしい軽快なテンポに乗って一気に進むが、ツインマーマンのテンポは実にのんびりとしており、いささか拍子抜けの感じ。続く第二主題も、まるで楽しんでいるかのように甘えるような感じで進み、映像は少しぼけ気味であるが音声はしっかりしていた。2013年のアップのようであるが、ツインマーマンはすっかり白髪となり穏やかな表情で、いつものように背筋をピンとのばしてピアノに向かっていた。ツインマーマンは、両手の動きを見つめるようにして無心に弾いていたが、呈示部では繰返しを行なって、装飾を入れたり間をおいたり、鼻歌を鳴らしながら楽しむようにして弾いて展開部へと進んでいた。ここでは提示部の主題を展開するというより、新しい主題が流れて短いエピソードを転調により変化させて新鮮な印象を与えながら推移していた。再現部では型通りの姿で、第一主題、第二主題と順序良く再現され、変化をつけながら進めていたが、後半の第3、第4のエピソードなど、ピアノの音が良く揃い、流れるようなパッセージが続いて、落ち着いた巨匠らしい味付けをしてから一息入れた終わり方をしていた。



      続けて第二楽章では、ドルチェの美しい主題が直ぐ続けて始まり、淡々と流れるアンダンテ・カンタービレで、ツインマーマンは間のとり方に面白さがあり、ごく自然体で玉を転がすように進み反復していた。ツインマーマンは続く新しいエピソードも静かにゆっくりと流れてこれも自然体で反復されていたが、第二部に入って、短調の舟歌のようなしみじみとした深い静かな調べに入り、これも淡々と美しく変化をつけて反復されていた。第三部に入り再び始めのドルチェに戻っていたが、ツインマーマンの結びは装飾音を意識しており、沈んだ感じの終結部は味わい深いものがあった。この楽章を通じて、テンポが遅く、間の取り方に各所でいろいろな工夫があり、ツインマーマンらしい独自色を持った風格を伴った演奏であると感じた。



               続いてのフィナーレは、軽快で流れるような主題が走り出し、明るく楽しげなアレグレットになって、ツインマーマンは勢いよく早いパッセージを続けていた。第二主題も軽快そのもので、ツインマーマンは勢いを増しながら躍動するかのように進行していた。ここで呈示部が繰り返されて、ツインマーマンは変化をつけながら丁寧に再現をしていた。快い軽やかな展開部を経て再び初めの主題に戻り、曲は明るく再現され、曲は盛り上がって一気に終息していたが、ツインマーマンは衰えを見せることなくピアノに向かい、健在振りを発揮させており、巨匠らしく最後の結びに一息おいた終わり方をしていたのが印象的だった。



            拍手が起こっていたが、ツインマーマンは立ち上がってお辞儀をしただけで映像はストップしてしまっていたが、この映像は、ツインマーマンがモーツァルトを弾くという珍しい最初の映像であり、U-Tubeも使いようによっては非常に役に立つという見本のような気がした。ツインマーマンは、好きな曲を楽しみながら思うように弾くと言うスタンスで、慈しむようにエピソードを楽しんでいたように思った。私はこのような早すぎない落ち着いたテンポの演奏が好きなのであるが、これに豊かでクリアーなパッセージに溢れた弾き方がとても良く、美しいパッセージを愛でるように弾いたり、思わぬ処で一休みを入れたり、自在なところがあったが、まさにそれが聴いて楽しい音楽の世界であると感じさせた。このような思わぬ発見をU-Tubeで得て、これからもソフトが枯渇した時の重要な音源として、新しい使い方を研究しなければならないと思われた。

(以上)(2018/03/23)



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