(最新のベルリンフイルのDCHアーカイブ;内田光子のK.595とピリスのK.488)
18-3-2、サイモン・ラトル指揮ベルリンフイルと内田光子によるピアノ協奏曲(第27番)変ロ長調K.595、2017年10月7日、およびブロムシュテッド指揮ベルリンフイルとマリア・ピリスによるピアノ協奏曲(第23番)イ長調K.488、
2017/12/9、フィルハーモニーホール、ベルリン、

−内田光子によるピアノ協奏曲(第27番)変ロ長調K.595は、終始、彼女のしっかりした独奏ピアノが中心で進行しており、ラトルも負けずにオーケストラを動かす役割で、二人の息遣いがピッタリとしたアンサンブルと合性の良さが目立った演奏であった。特に、第二楽章の内田光子の装飾の巧みさがこの映像では実に良く捉えられており、彼女の表情の細やかさと弾かれる音楽の美しさには独自のものがあると思われた。一方のピリスのピアノ協奏曲(第23番)イ長調K.488も、いつも呟くように無心に弾いている独特の演奏スタイルと彼女の軽やかなパッセージとが目立った素晴らしい演奏であった。1944年生まれのピリスが、今年早々に年内における引退声明を出し、こうして各地を廻っておられるようであるが、ソリストは確かに大変かも知れないが、彼女には室内楽の世界もあり、この映像が彼女の最後の演奏でないことを期待したいー

(最新のベルリンフイルのDCHアーカイブ;内田光子のK.595とピリスのK.488)
18-3-2、サイモン・ラトル指揮ベルリンフイルと内田光子によるピアノ協奏曲(第27番)変ロ長調K.595、2017年10月7日、およびブロムシュテッド指揮ベルリンフイルとマリア・ピリスによるピアノ協奏曲(第23番)イ長調K.488、
2017/12/9、フィルハーモニーホール、ベルリン、
(グラモフォンのBDCHによる配信映像を見て、アップロード)

        3月分の第2曲目は、新しい55インチ薄型TVからの贈り物であり、ベルリンフイルのデジタルコンサートホール(BDCH)の最新の映像から2曲のピアノ協奏曲をお送りするものである。第1曲目は久し振りで内田光子さんのピアノ協奏曲(第27番)変ロ長調K.595であり、オーケストラはサイモン・ラトル指揮ベルリンフイルであって、2017年10月7日、フィルハーモニーホールで収録されたばかりの最新映像である。続く第二曲目は、マリア・ピリスによるピアノ協奏曲(第23番)イ長調K.488であり、この映像の予告では、オーケストラはブロムシュテッド指揮ライプチヒ・ゲヴァントハウス管弦楽団であり、2017年12月9日、ライプチヒのゲヴァントハウスホールで収録された最新の映像とされていた。



         初めのピアノ協奏曲第27番変ロ長調K.595では、フィルハーモニアホールのサイモン・ラトルの定期コンサートの第一曲目として演奏されていたが、ラトルと内田光子が足早に舞台に登場して、拍手に応えて二人でご挨拶をしてからそれぞれの席に着き、一息おいて、第一楽章がオーケストラで静かに始まった。この第一主題はゆっくりと歌うようにオーケストラで始められ、ベルリンフイルの弦楽器がキラキラと輝くように鳴っており、二本のコントラバスに支えられたオーケストラは堂々と進行していた。澄んだ清楚な第一主題に続き弦とフルートとが対話するように続く第二主題も美しく響いていたが、続いてチッチッチと弦が鳴る副主題などが次から次へと流れるように現れて、ラトルはこの長いオーケストラによる美しい提示部を、きめ細かい仕草で丁寧に指揮をしていた。



        続いて内田光子の独奏ピアノが第一主題を変奏しながら登場してオーケストラと対話するように進行するが、彼女は目をつぶって実にきめ細かな気配りでピアノに向かっていたが、それが顔の表情に表れて、弾かれるパッセージは実に見事に粒だつように揃っており、この曲にはとても向いているように思われた。ピアノは呟くようにパッセージを連ねていき、新たな甘美な副主題が現れ、次第に独奏ピアノがオーケストラと対話しながら走り出し、第二主題に入ってもピッチカート伴奏と独奏ピアノとの馴染みが良く、続いてチッチッチとピアノが響く副主題が登場して、独奏ピアノの自由なパッセージとなって盛り上がり、展開部へと突入していた。



       展開部では冒頭の第一主題を独奏ピアノがさりげなく静かに弾き始めると、ラトルのオーケストラがこれに鋭く反応して、再び独奏ピアノとの協演となり、これにオーボエやファゴットが競い合うようにピアノと協演を始め、さらにフルートも加わって、ピアノの自由なパッセージを繰り広げる中で、弦や管のアンサンブルの良い響きが美しく印象的であった。再現部ではオーケストラで第一主題を奏でてから独奏ピアノが途中から参加し、第二主題、副主題とほぼ定式通り、オーケストラを従えながら独壇場のようにパッセージを重ねていた。カデンツアは聴き慣れた新全集のモーツァルトのものを用いていた。終わってみれば、終始、内田光子のしっかりした独奏ピアノが中心で進行しており、ラトルも負けずに、オーケストラを動かす役割に廻っているように思われ、二人の息遣いがピッタリとした、合性の良さが目立った演奏であった。



          第二楽章は、ラルゲットのA-B-A’の単純な三部形式であるが、内田光子の呟くようにさりげなく弾き出す独奏ピアノの静かな音が素晴らしい。続いてオーケストラがくり返したあとに弾く独奏ピアノがもの寂しく響くが、内田光子は淡々と弾くなかで憂いに満ちた独奏ピアノが一人舞台のようになって美しく進行していた。中間部のリズミカルな主題に入ると、独奏ピアノが弾むように弾かれ出し、内田光子はここから流麗なピアノの響きの中で装飾音の響きが美しく聞こえ始め、良く聴くとフレージングの巧みさや、間の取り方、タッチの美しさなど彼女らしい独自の表現がきめ細かくあり、オーケストラの動きと良く調和して、悲しげで極上のピアノの世界を繰り広げていた。再現部に入ってもこの装飾音の世界は続いており、内田光子のこの浸りきった極上の世界が映像では実に良く捉えられていて、彼女の表情と弾かれる音楽の美しさには独自のものがあると思われた。



         フィナーレは、アレグロと記されたお馴染みのロンド風の愛らしい主題が独奏ピアノで開始されるが、ロンド形式の枠組みで捉えるのか、あるいはロンド形式に似た変則的な展開部を有するソナタ形式と考えるべきか、迷ってしまう。この「春への憧れ」と歌われた華やいだ軽快なロンド風の主題を内田光子は、楽しげに伸び伸びと淀みなく、オーケストラと一体になって、軽やかなテンポで淡々と弾き進んでいた。続いて独奏ピアノが第一クープレの主題を2つほど提示しながら軽快に進行し、アルペッジョ風なパッセージの後にフェルマータで一呼吸してから、再び冒頭の明るいロンド主題が独奏ピアノで再開されていた。しかし、ここでも最後に再び独奏ピアノがアルペッジョ風なパッセージの後にフェルマータで一休みし、短いアインガングを示して、変則的な形を取っていた。これを展開部と理解すれば、その後再びロンド主題が再現されて、これからは提示部の順序に従って主題が順次再現されていたが、カデンツアの前でもアルペッジョ風なパッセージが現れていた。内田光子は新全集の自作のカデンツアを弾いていたが、これは40小節もある長い回想風のものであった。この楽章も内田光子の独奏ピアノが常に一歩リードする形でこの澄みきった透明な曲調を見事に再現していたが、とても物静かな後味の良い期待以上の演奏であった。



           内田光子とサイモン・ラトルのプロ同士の合性の良さが、初めからよく示されながらフィナーレまで一気に到達してしまったが、内田光子は素晴らしい拍手に迎えられて、ラトルと握手しながらとても満足そうな嬉しそうな笑顔で応えていた。しかし、内田光子は2度も呼び出されて、最初はピアノの直ぐ前のフルート・オーボエ奏者と投げキッスを交わしてお互いを讃え合っており、2度目には花束を贈呈されてこれが時間であると促されたように見えていた。コンサートの第一曲目のせいか残念ながら、アンコールに応ぜずにコンサートマスターが立ち上がってしまった。後続する曲は、ウオルトンという人のヴィオラ協奏曲とコダイの「ハリー・ヤーノッシュ」であった。この内田光子の演奏は、新しい55インチTVのBDCHのアプリからの初放送の贈り物であり、TVから音声はメインアンプを通じて得た5.1CHの素晴らしいもので充分に満足が出来た。残念ながら、USBのハードデイスクを取り付けても録画が出来ないようであり、同じような方法でU-tubeなども再生したいと考えているので、録画方法を改めて考えなければならない。
                   (以上)(2018/03/09)




          続く第二曲目は、マリア・ピリスのピアノ協奏曲第23番イ長調K.488であり、ブロムシュテット指揮のコンサートであった。画面をよく見ると、速報で知らされたライプチヒではなく、ベルリンのフィルハーモニーホールであり、メンバーもベルリンフイルの皆さんであった。指揮者とピリスが階段を上がって壇上に登場したが、ブロムシュテッドは歩く姿もしっかりしており、用意された椅子に座って、一息おいて、第一楽章がオーケストラで静かに開始されていた。この曲は、テインパニーやトランペットを含まずに、オーボエの代わりにクラリネットが加わった編成となっているので、オーケストラとピアノとのバランスが重要な作品となっている。この曲の第一楽章は、ブロムシュテッドの両腕の一振りでオーケストラが弦で美しい第一主題を開始していたが、直ぐにフルートとクラリネットがその美しい響きを確かめるように主題を繰り返しながら進行し、特徴のあるリズミックな弦と管が応酬する軽快な経過部に移行していた。続く第二主題も弦楽器で静かに美しく始まり、管楽器が加わりながらひとしきり歌って元気よく発展していたが、コントラバス3本のオーケストラは堂々たる響きを見せて第一提示部を終えていた。ここまでは指揮者ブロムシュテッドの落ち着いた穏やかなペースで進んでいた。



    やがてマリア・ピリスの独奏ピアノが静かに登場し、丁寧に第一主題をゆっくりと弾きだし、続いて変奏するように繰り返してから、独奏ピアノがオーケストラを従えて転がるように進んでいた。続いて、静かに独奏ピアノが第二主題を呟くように提示し始めたが、良く響くピアノとファゴットや木管との対話が美しく、これに弦が加わってピアノの心地よいパッセージを中心にヴァイオリンとピアノの掛け合いの部分が調子よく進んでいた。ピリスは、丁寧に細かなフレージングを大切にして弾くピアニストであり、一息間を置いてパッセージを始める仕草も自然体で、オーケストラと対等に、むしろやり合うように進むタイプの元気な弾き方であり、どうして2018年内に引退なさるのかが不思議なくらいであった。この曲の最初の出だしはこうしてピアノの音がキラキラと美しくスムーズに進んでいた。



            展開部に入ると、新しい気持ちの良い主題が弦楽器で始まるが、直ぐにピアノが変奏するように主題を取り上げて進んでから、ピアノと木管が交互に登場して競り合いが続いた後に、目まぐるしく早いピアノのパッセージが現れて、ピリスのピアノが目覚ましく活躍し始めた。この長い展開部では、クラリネットやフルートが響いたり、弦楽器がしっかりピアノをサポートしたりして、素晴らしいアンサンブルで軽快に進行していた。 再現部もオーケストラで始まっていたが、直ぐにピアノを中心に軽やかなテンポで心地よく第一主題に続いて、第二主題とやや型通りに進行していたが、後半には展開部での新しい主題もピアノで再現されて上手く組み合わされていた。カデンツアは譜面にあるものが丁寧に弾かれていたが、ヴェテランのピアニストとしてピリスは存在感を示しながら、丁寧に、緩急自在にイメージ良く弾いていた。



     第二楽章のアダージョは、三部分形式で書かれており、ピリスの独奏ピアノがシチリアーノのリズムに乗って、ゆっくりと美しい主題をメランコリックに弾き始めた。そして、このピアノの主題に答えるかのように第二ヴァイオリンの分散和音をベースに、第一ヴァイオリンとクラリネットがそしてフルートが新しい旋律を歌い出していた。ピリスは、これらの主題を実に丁寧にゆっくりと噛みしめるように弾いており、その演奏スタイルは彼女が、長年、培ってきたアンサンブルの世界のように思われた。再び独奏ピアノが始めの主題を丁寧に変奏しながら酔ったように進み出し、メランコリックなシチリアーノの美しい世界が繰り広げられ、綿々と続けられていた。



             中間部では突然にファゴットの分散和音に乗ってフルートとクラリネットがテンポを変えて合奏しながら新しい主題提示をするが、ピアノと木管との掛け合いが美しく始まり、暫くの間、ゆったりと酔ったように進んでいたが、なんと素晴らしい部分なのだろうか。再びピアノが冒頭のシチリアーノの主題を再現し変奏しながら進行するうちに、もう一度、ピアノと弦と木管の見事なアンサンブルが登場し、最終部でのピッチカートの明るい伴奏でピアノがゆっくりと歌い上げて、ピリスのピアノとオーケストラとの一体感や優れたアンサンブルの巧みさをまざまざと感じさせる弾き振りの妙を味わうことが出来た。



     このフィナーレは、楽想が思いのままに進行したようなやや変則的なロンド形式で書かれており、ピリスは何と楽しげで軽やかに弾いているのだろうか。明るく輝くようなアレグロでお馴染みのロンド主題が独奏ピアノで軽快に飛び出してから、オーケストラに引き継がれていくが、続く第一のエピソードは、進むに連れて新しい楽想が独奏ピアノ、フルート、独奏ピアノの形で次から次へと飛び出してきて、その都度、独奏ピアノが華麗なパッセージを繰り広げて木管との対話を繰り返しながら疾走していた。このピリスのピアノは、オーケストラとの対話を楽しむように滑らかに弾かれており、それが聴衆にも良く分かるように快く伝わってくる。やがて思い出したように冒頭のロンド主題が独奏ピアノで再現されオーケストラで繰り返されていたが、続く第二のエピソードでは、独奏ピアノの一撃とともに直ちに新しい主題がピアノで現れて木管と相づちを打ちながらピアノが転げ回り、続いてクラリネットが新しい主題を提示して独奏ピアノが引き継いで軽快なパッセージが続いていた。そして続けて第一のエピソードの三つの主題が続いて、その後半には独奏ピアノによるコーダ風の主題が現れピッチカートの伴奏の上をピアノが軽快に走り回り、最後には再びロンド主題が登場してから華やかにこの楽章が閉じられていた。ピリスのいつも呟くように無心に弾いている独特の演奏スタイルと彼女の軽やかなパッセージとが目立った素晴らしい楽章であった。

              大変な拍手でピリスは観客から迎えられ、挨拶を繰り返していたが、再び登場すると今度は女性職員から花束の贈呈を受けていた。彼女はそこへ現われたブロムシュテッドに一輪の花をへし折って指揮者に手渡して、全員から笑いと賞賛の拍手を受けていた。残念ながら、次のブルックナーの3番という大曲を控えて、アンコールはなくコンサートマスターが席を立っていたが、ホール全体がこの演奏の満足感を表しているように見えた。1944年生まれのピリスが、今年早々に年内における引退声明を出し、こうして各地を廻っておられるようであるが、私よりも8歳も若い74歳なのに、何か事情がおありなのだろうか。ソリストは確かに大変かも知れないが、彼女には室内楽の世界もあり、引退と聞いて驚いている始末である。恐らく来日公演もあるのであろうが、この映像が彼女の最後の演奏でないことを期待して結びとしたい。

(以上)(2018/03/09)



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