(最新のHDD録画;プレスラーの幻想曲K.475とピアノソナタハ短調K.457)
18-12-1、メナハム・プレスラーの来日公演ピアノリサイタルより、幻想曲ハ短調K.475とピアノソナタハ短調K.457ほか、2017年10月16日、サントリーホール、)

−この映像は、ごく最近、NHKで収録した、メナハム・プレスラーの2017年10月の来日公演のピアノリサイタルであり、ヘンデルの「シャコンヌ」で始まり、幻想曲ハ短調K.475、ピアノソナタハ短調K.457と続き、後半にドビュッシーやショパンの彼の好みの曲を弾いたリサイタルであった。モーツァルトでは、幻想曲ハ短調K.475から始まって、ピアノソナタハ短調K.457の全楽章が一気に続けられて、しっかりと弾きこなされていた。特に、幻想曲やアダージョ楽章では、老境の成熟ぶりを思わせる淡々とした弾きぶりに感動させられた。しかし、このコンサートでは、最後の二つのアンコールが素晴らしく、観衆は総立ちの拍手で老齢ピアニストを送るという珍しいお別れのシーンが展開されていた −

(最新のHDD録画;プレスラーの幻想曲K.475とピアノソナタハ短調K.457)
18-12-1、メナハム・プレスラーの来日公演ピアノリサイタルより、幻想曲ハ短調K.475とピアノソナタハ短調K.457ほか、
2017年10月16日、サントリーホール、
(2018/06/25のNHKプレミアム・シアターでHDD-2に収録、)

12月号の第一曲は、ごく最近、NHKで収録した、メナハム・プレスラーの2017年10月の来日公演のピアノリサイタルであり、ヘンデルの「シャコンヌ」で始まり、幻想曲ハ短調K.475、ピアノソナタハ短調K.457と続き、ドビュッシーやショパンの彼の好みの曲を弾いたリサイタルであった。1923年生まれの彼が、94歳の年齢でピアノを弾き続ける姿を見て、この愛聴曲ばかりのリサイタルは、恐らく、彼の最後の姿になるであろうと思われた。右手に杖を持ち、左手を支えられて、一歩一歩ステージを歩いて登場した彼が、ピアノの前に座ると、ピンとして姿勢を正して弾き始める姿は、誰しもが瞠目し、その一音一音に耳を傾けるであろう。このコンサートでは、最後の二つの曲のアンコールが、他では見られない素晴らしい別れの映像のシーンが記録されていた。プレスラーが、これからお元気で過ごされることを心から祈るばかりであった。


      今回の最初の曲は、ヘンデルの「シャコンヌ」で始まり、プレスラーはスコアを見ながらしっかりした手さばきで力強く弾き始めた。重々しい響きで曲は進行していたが、やがて変奏曲風に明るく変化して進み、まるで手慣らし曲のような感触で曲が終始していたが、プレスラーは落ち着いてピアノに向かっており、次の曲のための準備になっていた。
        そして第二曲の幻想曲ハ短調K.475が開始されようとしていたが、ここでプレスラーは上着のボタンを外してから、一息おいておもむろにユニゾンで、ゆっくりと開始していた。この主題は、重苦しい悲愴的な主題であり、じっくりと弾かれて繰り返されていたが、この曲は大別すると、緩急緩急緩の順に楽想の赴くままに調性とテンポを変えて即興風に展開される曲であった。最初の瞑想的なアダージョはハ短調であり、次第に暗い表情が続いて頂点に達すると、静かに収まりを見せていた。しかし、途中からハッとするような美しい静かな主題が現れ、まるで無言歌のように進んで、その主題がひとしきり続いてからアダージョの部分を締めくくっていた。続いてアレグロで力強い和音とともに激しい速いパッセージが始まったが、プレスラーはこれを繰り返しながら勢いよく進行して激しく頂点を築いてから穏やかに収まりを見せていた。続くアンダンテイーノでは、暫く穏やかな部分が続き、必ずしも燃焼しないまま、次のピウ・アレグロの部分に入っていた。ここでは、この曲一番の勢いで、両手が激しく鍵盤上を駆けめぐり、嵐の頂点に達してから、いつの間にか初めのアダージョが始まっていた。そして、静かに一音一音大切に和音が進み、深い和音で締めくくられていた。とても落ち着いた穏やかな演奏であった。


プレスラーは、この和音が静かに消えるのを待ってから、譜面をめくり一息ついて、そのまま続けるように、ハ短調ピアノソナタK.457の冒頭のアレグロをフォルテで弾き始めた。この主題は、重々しく上昇する緊張した和音の連続で始まるが、後半では半音階的な下降の動きを見せて、同じハ短調の先の幻想曲の暗いアレグロの緊張した気分を引きずっているかのように響いていた。プレスラーのピアノは緊張感が溢れる表情で激しくどんどんと進み、やがて軽やかに右手と左手が応答するような優しい第二主題に入り明るさを取り戻していた。この主題は、しっかりと進んでいたが、プレスラーは提示部の繰り返しを省略して展開部へと一気に進んでいた。
続いて展開部では、第一主題の冒頭部の音形が力強く繰り返し展開され、緊張感を増しながら進行して、フェルマータで一息入れて再現部へと移行していた。このプレスラーのピアノは、幻想曲に引き摺られたように、このアレグロ楽章では、緊張感を保ちながら力強く弾き進み、再現部では型通りではあったが、スピード感あるピアノで明るく進み、最後はコーダで明るく一気に結ばれていた。幻想曲から続いて、この第一楽章の終わりまで、ライブだから余計に感ずる長い緊張の連続であったが、プレスラーは、終始、落ちついたテンポで、ゆとりをもって、このアレグロ楽章を結んでいた。


           第二楽章は、ソット・ヴォーチェの穏やかな蔭りのある主題がゆっくりと美しく現れるアダージョであるが、プレスラーは、ゆっくりと実に丁寧に、一音一音確かめるように弾いていた。この主題が、ひときわ穏やかに高まりを見せて進んでいたが、この美しい主題は珍しくロンド形式のロンド主題であった。プレスラーは、続いて、第一のエピソードに入っていたが、この主題も細やかな動きを見せながら、丁寧に弾かれて繰り返されていた。再び美しいロンド主題となるが、ここでは見事に変奏されて再現されており、プレスラーの穏やかな弾きぶりにより、肌理の細かなピアニッシモの美しさが目立っていた。続く第二のエピソードは、ベートーヴェンの「悲愴ソナタ」の第二楽章の冒頭部分によく似た主題であり、美しく推移していたが、途中のアルペッジョの部分が異常に美しい。このエピソードは、再び変奏されて繰り返され、最後に再びロンド主題が形を変えて変奏されて登場しており、細やかな動きのコーダで結ばれていた。プレスラーの老境の成熟ぶりを思わせる落ち着いた淡々とした弾きぶりに注目しながら、この楽章の穏やかな響きを楽しむことが出来た。


         フィナーレは変則的なロンド・ソナタ形式か。ハ短調の三拍子のシンコペーションをもつロンド主題が終始重要な役割を果たすが、後半には勢いのよいリズムで進行しても、突然の休止があったりして、焦りや不安な情緒をもたらすものであった。プレスラーはこの早いテンポの進行で、音が欠けたりスムーズに流れない部分が少しあったが、全体としては、まずまずの出来栄え。続いて一見伸びやかに始まる新しいエピソードも、半音進行の翳りを示しており、勢いはあっても決して明るくならない。再び初めのロンド主題が再現してから、先の短いエピソードが現れていたが、これがあたかも展開部のように聞えて惑わせていた。再びロンド主題が再現して短いエピソードのあとコーダとなって結ばれていたが、終始緊張感を持った不安な楽章であった。
プレスラーは、この楽章では、必ずしも完璧な出来とは言えなかったかもしれないが、幻想曲から始まって、このソナタを一気に全楽章を続けてしっかりと弾きこなしており、各楽章で巧みに変化を見せた立派な堂々たる演奏であった。このコンサートは、これで前半を終え、休憩となっていたが、老境にも拘わらず、しっかりとピアノに向かう姿に、絶えない温かい拍手が続けられていた。

           休憩後のプログラムは、プレスラーが得意にしているお馴染みの曲をご披露する趣向であり、前半がドビュッシーの前奏曲第1巻から7曲の小品を弾いた後、後半がショパンの短い3曲のマズルカとバラード第3番が弾かれていた。彼がいつも弾いているいわば特別の愛好曲なので、実にゆったりと落ちついて弾かれ、素晴らしいコンサートとなっていたが、続く最後の二つのアンコールの場面で、普段は目にできない珍しいお別れのシーンがあったので、一言、触れておこう。



                         最後の曲が終わり、立ち上がって挨拶をした後、プレスラーは杖を手にして支えられながら引き上げていたが、歓声と拍手に応えて途中の出口の前で立ち止まり、再び挨拶を繰り返していた。しかし、彼自身も感動したのか、そこでアンコールをしようと決意をして、再び、支えられながらピアノの前に座った。アンコール曲はショパンのお馴染みの「ノクターン嬰ハ短調の遺作」であり、この曲の素晴らしさには驚かされることが多いが、プレスラーは、実にゆっくりと噛みしめるように丁寧に弾いて、見事なニュアンスに溢れた感動的なアンコール曲となっていた。そこで、深い挨拶を繰り返してから、再び支えられながら、退場したのであるが、また出口の前で、再び別れの挨拶をしているうちに、熱意のこもった歓声と拍手を浴びて、彼はもう一曲弾こうという決断をしたようだった。再びピアノの前で弾き始めた曲は、何とドビュッシーの「月の光」であり、この曲も実に彼に合った名曲であって、美しく感動的に味わい深く弾かれていた。演奏後のプレスラーの笑顔の挨拶を見て、観衆は総立ちになり、立ち上がって彼を拍手で見送っていたが、この光景はサントリーホールの彼の最後の公演を思わせる別れの拍手に聴こえていた。この二つのアンコール曲は、実に感動的なシーンであり、プレスラーの名を永遠に残す名演奏として称えられるのではないかと思われ、この意味で記念的な録画であったと思われた。


(以上)(2018/12/04)



目次5にもどる 目次4にもどる
目次3にもどる 目次2にもどる
目次1にもどる 私の新ホームページへ