(最新のBD新盤の映像より;ミンコフスキー・スカラ座の「ルチオ・シッラ」)
18-1-3、マルク・ミンコフスキ指揮、ピンコスキ演出、ミラノスカラ座O&CHO&Balletによるオペラ・セリア「ルチオ・シッラ」、
2015年3月、Teatro Alla Scala、
(出演者)ルチオ・シッラ;Kresmir Spicer、ジューニア;Lenneke Ruiten、チェチーリオ;Marianne Crebassa、ルチオ・チンナ;Inga Kaina、チェーリア;Giulla Semenzato、

−このオペラの二作目の映像であるミンコフスキー指揮、スカラ座の「ルチオ・シッラ」は、序曲を初めオーケストラが実に生き生きとして好感が持てたし、演出のピンコスキは、4人の女性歌手たちには豪華な貴族の衣裳を着けさせて、彼女らの声も動きも抜群であり、成功の基になっていた。しかも合唱が出る大勢の場面には豪華なバレーの演出となってセンスの良いところ見せていた。初期のオペラにはフィナーレの前後に弱点があるが、この演奏ではフィナーレの前に新全集にない三重奏の伴奏付きのシッラのレチタティーヴォとアリアが追加・補作されており、これがシッラの最後の素晴らしい決断を促す良い場面となって説得性を増していた。しかし、残念ながら、その解説が見当たらず、分らず仕舞いに終わっており、説明不足であった。この映像を見ると、モーツァルトの初期のオペラ・セリアの見事さが良く分るし、スカラ座のレベルの高さも、充分に理解出来るものと思われる−

(最新のBD新盤の映像より;ミンコフスキー・スカラ座の「ルチオ・シッラ」)
18-1-3、マルク・ミンコフスキ指揮、ピンコスキ演出、ミラノスカラ座O&CHO&Balletによるオペラ・セリア「ルチオ・シッラ」、
2015年3月、Teatro Alla Scala、
(出演者)ルチオ・シッラ;Kresmir Spicer、ジューニア;Lenneke Ruiten、チェチーリオ;Marianne Crebassa、ルチオ・チンナ;Inga Kaina、チェーリア;Giulla Semenzato、
(2017/12/07、新宿タワーレコードにてBD盤日本語字幕付きを購入、)

      1月号の第3曲目は、マルク・ミンコフスキ指揮、ミラノスカラ座のオペラ「ルチオ・シッラ」であり、2015年3月、Teatro Alla Scalaで収録されたBDで、このC Majorの映像には、真に有り難いことに日本語字幕がついていた。 ミンコフスキには最初のオペラ・セリア「ミトリダーテ」の2006年のDVD(7-4-5)が残されており、彼の意欲的な分野のせいか、一見したところ、彼の指揮は序曲を初めオーケストラが実に生き生きとして好感が持てた。演出のピンコスキは、4人の女性歌手たちには豪華な貴族の衣裳を着けさせて、彼女らの声も動きも抜群であり、成功の基になっていたし、合唱が出る大勢の場面には豪華なバレーの演出となってセンスの良いところ見せていた。初期のオペラにはフィナーレの前後に弱点があるが、この演奏ではフィナーレの前に新全集にない三重奏の伴奏付きのシッラのレチタティーヴォとアリアが追加されており、これがシッラの最後の素晴らしい決断を促す良い場面となって説得性を増していたが、残念ながらその解説が見当たらず、分らず仕舞いに終わるのが残念であった。



       スカラ座のオーケストラピットにミンコフスキーが現われて挨拶をしてから、いきなり軽快な序曲が開始されていたが、これはイタリア風のシンフォニアで、威勢の良いモルト・アレグロの流れるような主題で歯切れ良く進んでいた。第二部のアンダンテも順調に進んでいたが、途中から舞台が開き、第三部のモルト・アレグロが始まると、男装の麗人や貴婦人たちによる軽快なバレーが始まっていた。場所は一見して王宮前の階段がある広場であろうか。音楽に沿って流れるように大勢による華やかなバレーがひとしきり展開されると、踊りの一員だった格好の良いチェチーリオとそこに現われた親友のチンナの再会を喜ぶレチタティーヴォが始まっていた。



  第一曲目は、独裁官シッラにより追放されているチェチーリオが友人の貴族チンナの手引きで秘かに再会したところから始まった。彼が許婚のジューニアを気にするので、チンナは「シッラのしつこい求愛に遭っているが、それに負けずにチェチーリオへの愛をしっかり守っている」と答えて、第1曲の元気のよいアリア「来るのだ、愛が君を導くところに」を歌って激励していた。チンナの予言通りに元気なジューニアの姿を隠れて目撃した二人は、お互いにズボン役同士だが、二人とも役柄も衣裳もピッタリ決まり、チンナ役のカルケの歌う長大なアリアも一気に進んで、カデンツアも決まっていた。続いて、クラバッサのチェチーリオが恋人のジューニアとの「嬉しい再会の瞬間が近いこと」を喜ぶ第2曲は、短い管弦楽付き叙唱がついた劇的なもので、続くアリアはコロラチューラの連続で劇的であり、実に華やかに進んでいた。ここでも見事なカデンツアが歌われており、ブラボーの声と拍手が重なり、舞台は最初から二人の見事なアリアと恰好の良い姿で、興奮を巻き起こしていた。



    場面はシッラ邸の中で、執政官シッラが妹のチェーリアに、ジューニアの愛をどうしたら得られるかを相談しており、ジューニアと仲がよい妹のチェーリアが、恋人が死んで希望がなくなれば忠節は消えてしまうとレチタティーヴォで語り、第3番の女性のソプラノ用の本格的な美しいアリアを歌い、兄を励ましていた。彼女はジューニアの絵姿を前にして「恋人が死んでしまえば、かたくなな愛でも滅びてしまう」と歌って、兄を勇気づけていた。



そこへ偶然にもジューニアが登場して、シッラがジューニアに話しかけるが、気の強い彼女は「父と恋人の仇である暴君のシッラを許せない」とシッラを避け、第4番のアリア「黄泉の暗い淵から」を歌っていた。その内容は、シッラの傍にいるよりも死んだ方がましであると、父と許婚の霊に呼びかける暗い激しいアリアであった。これまで4人の女性がたて続けに歌ったアリアの中では、最も激しいもので、凄いアリアが連続するオペラであった。 傷つけられた執政官シッラは激しく怒り、第5番「死と復讐の望みが」を歌うが、この権力者の復讐のアリアも大変なもので、ジューニアの絵姿はシッラのナイフで切り刻まれていた。



  ここで重々しい暗い音楽とともに場面が変わり、舞台はローマの英雄達が眠る薄暗い地下の墓場となり、アンダンテで重々しく参列者が行進する姿が見えて、潜んでいたチェチーリオが様子を窺っていた。そこへジューニアが圧政に苦しむ仲間たちと現れたので、墓の中に隠れていた。そこで第6曲の合唱で「この悲しい墓から」と死んだ英雄達に復活して暴君を倒して欲しいと歌われていたが、舞台には黒い衣裳のダンサーたちのバレエが行なわれ、その中心にジューニアの姿があった。



そこで合唱の中間部ではジューニアのアリオーソとなり、アダージョで「おお、お父様の愛しい霊よ」と呼び掛け、感動的な心に迫る場面となった。再びシッラを罵る合唱が続いてから、一人で「恋人の亡霊よ」と祈るジューニアの前に、突然、チェチーリオが亡霊のように現われたので、驚く二人。



本当に亡霊かとジューニアが驚いて「天国で私を待っている」と歌いだすが、やがて二人の愛と再会の喜びの恍惚とした第7曲の美しい二重唱となり、「喜びにも涙が出るのだ」と顔を寄せ合って歌う重唱で、極めて感動的であり、もの凄い拍手となっていた。



しかし、ここで第1幕の終りとはならずに、続く第八曲の護民官アウフィディオ(この舞台では登場していない)のアリアは省略されていた。再び、場面が変わって、ここは先ほどのシッラ邸か。シッラが登場して護民官の忠告を受けたのか、妹のチェーリアに「ジューニアを妻にして、チェーリアには好きなチンナとの結婚を許そうという計画を実行したい」と告げていた。そこへチェチーリオとチンナが登場し、チェチーリオが、シッラのそばにいるジューニアのことを思う余り、剣を手にしてシッラへの恨みを晴らそうとするので、チンナに冷静になれと忠告されていた。彼は墓場で、ジューニアの亡くなった父に「復讐せよ」と命令されたと言い、激しい怒りの第9番のアリア「この突然の震えは」を歌っていた。



ここでチェーリアが、好きなチンナとの結婚をシッラに許されたとチンナに打ち明けようとする美しい第10番のアリア「気弱な唇が」は、残念ながら割愛されていた。一方、シッラ暗殺計画を考えるチンナは、そこに登場するジューニアに「シッラは政敵との和解の証に皆の前であなたに求婚するという計画だ」と語っていたが、ジューニアは耳を貸さず、恋人の生一本なチェチーリオが早まってシッラを打とうとするのが心配で、チンナに「早まるな」という手紙を託していた。そしてチェチーリオの身を案じて第11曲の「ああ、愛しい人が」を歌い出すが、このアリアには、堂々としたオーケストラの前奏が付いており、彼女も剣を手にして歌う劇的な素晴らしいアリアとなっていた。そして最後にはコロラチューラが連続した見事なカデンツアが歌われて、この舞台の第1幕が堂々と終了していた。




        休憩のあと、第2幕が始まると、ここは再びシッラ邸。チンナが登場し、ここで改めて親友のチェチーリオを救い、かつジューニアを解放するには自分が自らシッラを討たなければならないと決心をしていた。そして、第12番のアリア「この幸せの瞬間に」でシッラ暗殺はこの手でと決意のアリアを歌って、覚悟を決めていた。
        入れ替わりにシッラが登場して、そこに現われたジューニアに再び自分への翻意を迫るが、彼女にきっぱりと拒絶され、怒ったシッラは力ずくでもと第13番のアリア「不実な大胆な女」を歌って乱暴に迫るが、彼女を愛しているシッラは、酷いことは出来ずに一人になると、自分の言い過ぎ、やり過ぎにしきりに反省し後悔していた。



そこへチェチーリオがジューニアを助けようと忍び込んできて、ジューニアと抱き合うが、ここは危険だと彼女にしっかりと諭されていた。そしてチェチーリオは「残酷な運命が待ち受けているなら、いつでも死のう」と第14番のアリアを歌って、ここでは恋人を残して、残念そうに退出していた。ホルンの伴奏でカデンツアを歌いながら別れる姿が印象的だった。チェーリアがそこに来て、チンナとの結婚が許されたとジューニアに伝え、だからあなたも兄を許してと、第15番のアリア「乾いた野原に慈雨が」と美しい喜びの歌を明るく歌い出していた。その喜々として歌う姿はジューニアを意識したものであったが、彼女は兄と異なって天真爛漫な面があった。



激しく重々しい前奏が始まって、ジューニアがひとり、彼女に募るばかりの不安と焦慮の余り、意志の強いジューニアは、死を恐れずに、決然と悲劇に立ち向かおうとしていた。彼女は、自分の道は元老院に嘆願して、チェチーリオを救うしかないと、決意していた。しかし、舞台では、このジューニアの激しいオーケストラの伴奏付きのレチタティーヴォだけで続く第16番「私は行く、私は急ぐ」のアリアは、残念ながら省略されていた。
場面が変わって、ここはカンピドーリオの丘であろうか。オーケストラが鳴り響き、大勢の元老院の議員や民衆、兵士達が整列しており、堂々たる第17番の合唱が始まって、賑やかなバレエも行なわれ、花を添えていた。



その中心にシッラの姿があり、ローマをこれまで平和にした功績を自分で自らを讃えていた。そしてさらに、マリウス派との争いを閉じるため、ジューニアとの結婚を要求していた。しかし、そこに居合わせたジューニアが一人で反対の声をあげ、ナイフを持ってシッラに自分の決意を示そうとして立ち上がったが、残念ながら兵士たちに取り押さえられていた。



思わぬ攻撃にあってシッラは、立ち往生していたが、そこへチェチーリオが無謀にも、ジューニアを助けようとして剣を抜いて登場し、「愛しい人よ、怖れるな」と叫んで、ジューニアを救おうとしたが、多勢に無勢、剣は駄目というジューニアの言葉もあって捕らえられ、大混乱の状態になって、シッラのここでの思惑は、挫折したように見えていた。



しかし、死をも恐れぬジューニアの姿と、そこに登場したチェチーリオの議員としての死を怖れぬ勇気ある姿が皆に感動を与え、シッラにも大いに影響を与えていた。ここで強い愛の絆を確かめ合う二人に対し、シッラが極刑を厳しく誓う第18番の三重唱が始まり、三人がそれぞれの三様の思いを歌う三重唱となり、大きな混乱のまま、舞台は終息していた。



再びシッラ邸か、第二幕の終りが休みなしに続けて開始され、チェチーリオの無謀さにより、自分の出番がなくなったことを嘆くチンナが、チェーリアに対し、兄のシッラがジューニアを諦めチェチーリオを許すよう説得することを依頼していた。そして成功したら、二人は結婚しようと相談を持ちかけていた。チェーリアは喜んでこの役を引き受け、第19番のアリア「不気味な嵐の音が」を歌って頑張ろうとの姿勢を示していた。一方のチンナは正義に反することをしたら行動しようと、次の計画を考えて第20番のアリア「傲慢な心を懲らしめよう」と歌い、改めてシッラへの怒りをあらわにしていた。このコンチェルタントなアリアは、終りに大きなカデンツアがあり、これも見事に歌われて、大きな拍手を浴びていた。



一方、囚われの身となったチェチーリオのところへ、シッラから「最後の別れを許された」とジューニアが登場して二人は見張り付きで再会していた。チェチーリオは「愛しい瞳よ、涙を流さないで」とジューニアに対し、第21番の死を覚悟した美しい弦楽合奏の伴奏のついた別れのアリアを歌っていた。この悲しみに満ちたアリアは、キリテ・カナワのオペラアリア集にあり、序曲と共に記憶していた唯一のアリアであった。



         一人残されたジューニアは、彼の死の場面に駆けつけて一緒に死にたいと第22番のアリア「思いの中に、最も不吉な死の思いの中に」を歌うが、このオペラ唯一の短調で書かれたピッチカート伴奏の暗いアンダンテの絶望的なアリアであって、このアリアにも拍手が連続していた。



         ここで新全集にも記載されていない新たな場面とシッラのレチタティーヴォとアリアが、フィナーレと大合唱の前に挿入されていた。この場面の冒頭で、シッラが自ら、シッラの判断がローマの執政官として相応しいかどうかを、世に問いたいと公開するものであることを明確にしていた。



そして、舞台では、写真に示すようにホルンとファゴットとオーボエの三重唱の下でシッラがレチタティーヴォを歌い出し、続いてオーケストラピットに降りてきて、指揮者のそばで朗々とアリアを歌い出していた。これはシッラが、世に問うための結論を引き出すための熟慮の姿を、公開して見せているものと思われた。このアリアはアダージョ・アレグロ・アンダンテ(?)と続く10分余りのものであり、終曲の合唱の前まで、朗々と続けられていた。



         舞台がフィナーレに変わると、再び、舞台はカンピドーリオの丘で元老院の議員、市民、衛兵達が集まっており、シッラはチェチーリオを裁こうとしていた。告げられた判決は、意外にも、チェチーリオを許してジューニアの夫になれというものであり囚われの罪人を釈放し、自分は独裁者の地位を放棄するというものであった。
しかし、居合わせたチンナが、驚いて「私はあなたに反抗していた」と声をあげると、「君は犯した罪を反省している。妹のチェーリアと一緒になってローマを助けて欲しい」というのがシッラの熟慮の結果であった。



この寛大にして見事なさばきの上に、自らもこれまでの独裁者としての行動を反省して身を退くという結論は、元老院の議員たちをはじめ、市民、衛兵達をも感動させる判断であった。そのため、それに気が付いた群衆たちは全員で、「偉大なシッラ」と讃える合唱が始まった。チェチーリオとジューニアも喜び合い、チンナとチェーリアが結ばれてシッラと三人が親族となり、互いに喜び合っていた。この姿は、恐らくは、正直で誠実なチンナが、シッラの後継者であることを民衆に示して、全員から祝福された幕切れのように思われた。



         シッラの突然の勇退いう思いがけぬ史実やリブレットに近い幕切れには、ある意味で驚かされたが、考えてみると原作の暴君のシッラが、突然、全てを赦すという善人に変貌するという造りを生かすために、フィナーレの前に、あの新しい場面が用意されており、舞台劇としては矛盾なく、これが自然の成り行きであると解釈されるように仕組まれていた。しかし、ミンコフスキはこの追加場面をどこから持ってきたのであろうか。 彼は2017年1月のM週間で、馬術団と組んだ「レクイエム」のコンサートにおいて、この前奏に、合唱曲「ミゼレーレ」K.85をはめ込んで成功させていた(17-12-2)が、恐らく彼の得意技がここで発揮されたのではなかろうかと、筆者は想像している。

ミンコフスキ指揮のミラノ歌劇場管弦楽団は、とても生き生きした演奏をしてくれており、5.1サウンドで鳴り響く重低音の響きが各所で出てきて、素晴らしい音声と映像に驚かされた。また、シッラのスパイサーを初め、4人の女性歌手陣が演技も含めて元気の良い歌と姿を格好良く披露してくれて、大変立派な映像の記録を残してくれたと思う。この5人の歌手陣の歌唱力には、セリアでなければ聴けないカデンツアの魅力もふんだんに味わうことが出来て、とても楽しい映像であった。3幕ものが2幕ものに変更されたのは問題なかったが、護民官役が削除されて第8番のアリアが削除されたほか、第10番(チューリア)および第16番(ジューニア)のアリアが削除されていた。変更で問題なのは、フィナーレの前の三重奏付きのシッラのレチタティーヴォとアリアの追加であろうが、私見では変な演出をするよりもはるかに上出来な追加であり、原作の説明不足を補う見事な補作であると、ここでは推奨しておきたい。

演出面では、衣裳が貴族趣味で華やかなので見応えがあったし、衣裳を着けて演技する合唱団の頑張りや、男女10人の格好の良いバレエ団の元気な動きは、さすがスカラ座と思わせる優れた演出を見せていた。また、繰返しになるが、4人の女性陣の動きが良く、格好も良く、声も良くと良いことづくしであったが、この裏には演出者の適切な指導が欠かせなかったと思われ、スカラ座の若い面々の実力と層の厚さをまざまざと感じて、深く感心させられた。前回の見たばかりのスカラ座の「魔笛」(17-9-3)でも感じたことであるが、イタリアには歌劇場が多く、若い歌手陣がどこでも層をなして出番の機会を伺っているような気がした。

初めてに近いオペラを見るときには、映像化のお陰で繰り返し見ることが出来て有り難いが、字幕の有り難さをつくづく感じており、オペラ全体をとても良く理解できたと思われる。恐らく現地でライブを見た場合には、英語の字幕だけでは殆ど理解できなかったに違いない。この映像記録のお陰で、この作品は恐らく2006年のザルツブルグ音楽祭記録よりも内容的に優れていると思われるので、少年モーツァルトの評価とミラノスカラ座の評価をさらに高める結果になるものと期待している。


(以上)(2018/01/18)



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