(古いVHSより;K.297bほか3つのコンサートが収録されていた)
17-8-3、1)有田正広指揮東京バッハ・モーツァルト・オーケストラによる「フィガロの結婚」序曲、協奏交響曲変ロ長調K.297b、1992年11月26日、浜離宮朝日ホール、2)バーバラ・ヘンドリックスのアリア集より、K.272、K.528、ほか、
ユーリ・シモノフ指揮NHK交響楽団、1993年1月12日、サントリーホール、

−始めの有田正広指揮による東京バッハ・モーツァルト・オーケストラによる協奏交響曲変ロ長調K.297bは、1992年の古いものであるが、当時、古楽器による珍しい演奏会と評判になったものであった。オーボエ・クラリネット・ホルン・ファゴットの古楽器による木管の合奏がとても珍しく、映像で見ると4つの楽器の取り合わせが面白く、非常に楽しく感じたものであった。同じテープに収録してあったバーバラ・ヘンドリックスのコンサート・アリア集は、ドウシェク夫人のために作曲された曲であり、ヘンドリックスのモーツァルトへの理解と想いが偲ばれる、堂々とした実力者の迫力ある公演であった−


(古いVHSより;K.297bほか3つのコンサートが収録されていた)
17-8-3、1)有田正広指揮東京バッハ・モーツァルト・オーケストラによる「フィガロの結婚」序曲、協奏交響曲変ロ長調K.297b、1992年11月26日、浜離宮朝日ホール、2)バーバラ・ヘンドリックスのアリア集より、K.272、K.528、ほか、
ユーリ・シモノフ指揮NHK交響楽団、1993年1月12日、サントリーホール、
(1993/01/30、NHK芸術劇場ほかの3放送をVT-93に収録)

         8月号の第3曲目は、古いS-VHSテープに収録されていたものであるが、有田正広指揮東京バッハ・モーツァルト・オーケストラによる「フィガロの結婚」序曲と協奏交響曲変ロ長調K.297bおよびハイドンの交響曲第104番「ロンドン」という大コンサートの演奏であり、1992年11月26日、浜離宮朝日ホールで収録されたものである。この演奏会は、当時、古楽器による珍しい演奏会と評判になったものであり、オーボエ・クラリネット・ホルン・ファゴットの古楽器による木管の合奏がとても面白く感じたものであった。この2曲では、やや物足りないと考えていたが、幸い、同じテープに、バーバラ・ヘンドリックスの来日記念のコンサート・アリア集が収録されており、ユーリ・シモノフ指揮NHK交響楽団で、1993年1月12日のサントリーホールの演奏会であった。ここでは、久し振りでコンサート・アリアを3曲、「それは前から分っていた」K.272、および「美しい恋人よ、さようなら」K.528、ほか「フィガロの結婚」より第3幕の伯爵夫人のアリアなどの3曲を、お届けするものである。




         今回の映像の第1曲目は、有田正広指揮の東京バッハ・モーツァルト・オーケストラによるコンサートであり、1992年11月26日、新装なった浜離宮朝日ホールで収録されたものであり、オープニング・シリーズの一環として登場した当時としては珍しい古楽器オーケストラによる演奏会であった。映像の始めに、有田さんの解説があり、フルートを例にした古楽器の解説(バッハ・ヘンデルの時代、モーツァルトの時代、ロマン派の時代、現代楽器の4例)をし、本日はモーツァルト・ハイドンの時代のものを使用し、モダン楽器より少し低い430Hzによるピッチの違いが顕著の筈だと語っていた。




            始めに有田さんの指揮で歌劇「フィガロの結婚」序曲K.492が演奏されたが、始まると直ぐにティンパニーとトランペットの鋭い響きが聞こえ、続いてやや低めの音の弦の細やかな響きが耳につき、全体を見渡すとコントラバス2本の中規模なオーケストラで、やや早目のテンポで序曲が疾走していた。これは恐らく私が映像で耳にした古楽器による最初の演奏会であり、確かに最初にピッチの違いが耳についたのであろうが、それには直ぐに耳が慣れて音楽を追っており、全体としてきめ細やかな響きの印象という古楽器オーケストラの特徴を現わした軽快な序曲が颯爽と終曲に向かっていた。




            コンサートの第2曲目が、4つの木管楽器のための協奏交響曲変ロ長調K.297bであり、4人のソリストたちは、左から順に、オーボエが本間正史、ホルンが松崎裕、ファゴットが堂阪清高、クラリネットがエリック・ホープリッチの布陣であった。
            第一楽章は協奏曲風のソナタ形式で出来ており、まず弦楽器のユニゾンで特徴あるリズムを持った第一主題が力強く始まり、オーボエと第一ヴァイオリンによる掛け合いで副主題が提示されて、アレグロ・マエストーソの指示通りにオーケストラが堂々と進行していた。続いて実に優雅な第二主題が第一ヴァイオリンにより呈示されていたが、有田は両手を広げて緊張した表情で指揮をしていた。オーケストラも協奏交響曲と名付けられたように、2本のコントラバスによる重奏低音を伴いながらしっかりと行進曲調のリズムで進行し、堂々と主題提示部が終わっていた。




            そこで4つの独奏楽器がユニゾンで第一主題を合奏してソロ提示部に入り、オーケストラの伴奏に続いて、オーボエから始まってクラリネットも歌い出し4つのソロ楽器のアンサンブルで暫く進行し、実に美しく良く響く素晴らしい効果を挙げていた。再び冒頭主題がユニゾンで繰り返され、オーケストラに導かれてもう一度、独奏楽器がホルンやクラリネットから始まり、組み合わせを変えて進行していた。そしてオーケストラに渡されてから、やがて美しい素朴な第二主題がオーボエで現れ、クラリネットに受け継がれてさらに勢いを増し、堂々とした行進曲風のコーダに発展していた。独奏楽器はさすがにオーボエの出番が多く、クラリネットも良く活躍し、ファゴットとホルンも旋律的な出番がありながら、しっかりと低音を支えていた。主題提示部の最後を締める重奏低音が加わったフルオ−ケストラの堂々とした進行が力強く印象的であった。




             展開部ではファゴットとホルンが先の主題の一部を繰り返して始まり、4つの独奏楽器群が組み合わせを変えながら、技巧的な特徴を見せながら、繰り返し力強い主題の展開を行っていた。再現部では独奏楽器中心に第一主題から第二主題へと提示部よりコンパクトに纏められて再現されて進んでいたが、最後の4人のソリスト達によるカデンツアは、オーボエのソロに始まりファゴットとホルンがこれを受け、クラリネットが発展させる長大であるが各楽器の出番が多い賑やかなものであった。ホルンの調子が今ひとつ物足りない部分があったが、舞台ではヴェテランの4人が顔を揃えて、堂々と存在感ある演奏を示していた。




                     この曲の第二楽章は美しいアダージョ楽章であり、4つのソロ楽器が実に良く歌い、相互に美しく絡み合って、まるで夢を見ているような印象を受ける。初めは弦のユニゾンでゆっくりと第一主題が提示されるが、直ぐにファゴットが、そしてクラリネットが引き継いで分散和音を重ねて歌い出し、オーボエに渡されると旋律的な動きになり、ホルン、クラリネットと歌い継がれて4つの独奏楽器の独壇場となり、互いに重なり合い絡み合いながら実に美しい情景を醸し出していた。にわか指揮者の有田さんは4人に任せているような素振りでオーケストラに浸りきっているように見えていたが、やがてオーケストラが賑やかに顔を出し一息入れてから、これも美しい第二主題がオーボエにより歌われ、クラリネットがこれを引き継いで、再び綿々とした4つの楽器の絡み合いが始まり、二つの主題が渾然一体となったような素晴らしい呈示部となっていた。
            展開部ではファゴットが歌い出し、これにオーボエが第二主題の応答句で応え、これにホルンも加わって、穏やかに推移していた。再現部では楽器の組み替えがなされているほかは、ほぼ型通りに進められていたが、4本のソロ楽器がいろいろ顔を出し、賑やかに進められていた。




           第二楽章からフィナーレは、休みなく続けられて、すっかり趣を変えた調子の良い主題が四重奏で顔を出し、10もある変奏曲のアンダンティーノの楽章が始まった。この主題はピッチカートの伴奏に乗って、オーボエが陽気に主題を吹き出し、4つの独奏楽器の合奏で引き継がれたあと後半は、オーケストラが合奏で締めくくる面白い変奏テーマで、前半の4つの独奏楽器の部分がいろいろと楽器を変えリズムを変えて変化ある形に変奏されて進められる形式の面白い変奏曲になっていた。
            第一変奏はクラリネットで始まりホルンとファゴットがこれを受け、交互に繰り返されていた。第二変奏はファゴットで始まり、途中でオーボエが加わって4管の合奏となり、これが繰り返される変奏であった。第三変奏はクラリネットとそれにホルンとファゴットが活躍する変奏となり、他の2管は伴奏であった。第四変奏は、オーボエのソロとファゴットとホルンの伴奏で賑やかであった。第五変奏はオーボエとクラリネットが掛け合いで調子よく進むものであった。有田さんは、ソロの4人に任せてしまったような落ち着いた仕草で指揮をしていた。




               第六変奏はオーボエの早いテンポのパッセージが続く変奏で、クラリネットも続き、他の独奏楽器も組み合わせを変えて顔を出していた。第七変奏はホルンのどっしりしたソロで始まって、他の楽器が技巧的なフレーズを追加していた面白い変奏。第八変奏はピッチカートの早いリズムで展開され、オーボエとクラリネットがソロと合奏で、ピッチカートの伴奏で掛け合っていた。第九変奏はホルンとオーボエの掛け合いで進行し、これがクラリネットとファゴットにに引き継がれていた。最後の第十変奏ではオーボエのソロで軽快に始まった後、アダージョにテンポを落としてから、一息おいてオーケストラがアレグロに一転し、コーダ風に華やかに急速に終結していた。
          この楽章は実に伸び伸びとしたテーマに乗って、ピッチカート伴奏も軽快で、気持ちよく明るく弾むように進行するので、見ていて見応えのある楽しい変奏曲であり、4人のソリストたちもやり甲斐のある楽章となっていた。有田さんの役割は、リズムを取るだけで、ソリストもオーケストラも伸び伸びと楽しげに演奏して終息となっていた。

          この曲はフルートのパートがオーボエに、オーボエのパートがクラリネットの形で置き換えられて発見されているが、全楽章を通じて4つの木管楽器がよく響き、特にオーボエとクラリネットが良く絡み合い、ホルンとファゴットがしっかりと低音を支えており、実に賑やかな曲であり、協奏交響曲と名付けられたように、協奏曲とはひと味違う華やかさと重厚さが印象的であった。     (以上)(2017/08/18)





          8月号の最後の曲は、前のNHKの芸術劇場に引き続いて、同じテープに収録されていたNHKのN響アワーからの抜粋で、ソプラノのバーバラ・ヘンドリックスが歌う「モーツァルトのコンサート・アリア集」をお届けしたい。この映像は、1993年1月12日、サントリーホールで演奏されたユーリ・シモノフ指揮NHK交響楽団によるN響定期からのもので、2曲のコンサートアリア、K.272およびK.528に加えて、三曲目に「フィガロの結婚」から第三幕の伯爵夫人のアリア(第20番)が歌われていたものであった。この2曲のコンサートアリアは、書かれた時期は異なるが、1つはザルツブルグで、他の1つはプラハで、いずれもドウシェク夫人のために書かれた曲であり、アロイジアのために書かれた曲のように超絶技巧を施した曲とは異なるとされ、二曲とも気品のある名曲とされている。
          この曲のデータベースを見て驚いたのであるが、先にこの曲をアップロードしたシュツットガルト歌劇場の総監督であった指揮者のローター・ツアグロゼクが、同歌劇場のソプラノ歌手キャサリン・ネイグルステッドを連れてきたN響定期のオールモーツァルト・コンサートにおいて、コンサートアリア2曲(4-1-1)を歌っていたが、いずれもドウシェク夫人のために作曲されたK.272およびK.528であったことである。

         最初のアリアK.272は、ソプラノ用のレチタティーヴォとアリア「あ、予感がしていた」、「あ、あなたはもう見たくない。」であり、1777年8月にプラーハからザルツブルグに来て滞在していたヨゼファ・ドウシェク夫人のために作曲されたもので、モーツァルトのコンサートアリアの会心の作と言われる。パイジェッロのオペラ「アンドロメダ」から取られ、アンドロメダが自ら死を選んで、レーテ河の彼岸で死に行く愛人を待とうとするつらい心情を歌っている。




         弦楽器の暗示的な前奏に続いてレチタティーヴォの後、アレグロで胸の裂けるような思いを歌う早いせりふのアリア「あ、あなたはもう見たくない。」が続く。アレグロ・アンダンテ・アダージョ・アレグロと続くレチタティーヴォに続いて、弦のピッチカートとオーボエで導かれるアンダンティーノのカヴァティーナ「あ、最愛の魂よ、行かないで」がとても美しく、このアリアでは、オーボエがいつもアリアに付き添っていた。この映像では、レーテ河を「ああ、渡らないで、」と絶唱するあたりが真に迫っており、ヘンドリックスは見事な歌唱力を示していたが、この難しいアリアを理解する上で、この映像は貴重な存在であると思われた。ヘンドリックスは、歌い終わって拍手の中で、N響のオーボエ奏者たちにエールを送っていた。

           第2曲目のコンサートアリアは、ソプラノのためのレチタティーヴォ「さらば、愛しいものよ」とアリア「止まれ、わが恋人よ」K.528であり、オペラ「ドン・ジョヴァンニ」K.527に続く番号になっているのが注目される。この曲は1787年11月3日の日付けを持ち、プラーハでドウシェク夫人のために作曲された。このアリアには面白いドウシェク夫人のベルトラムカ荘にまつわる逸話があり、モーツァルトがアリアを早く書き上げるために、夫人に初見で間違えずに歌うことを条件にしたという話があるが、実際にこのアリアのアンダンテの後半部分には、減和音、増和音の音程で歌いにくい上に、半音下の移調で歌わせる難しい部分があるという。この曲にまつわるベルトラムカ荘のドキュメンタリー映像がプラハで作成されているので、ご覧頂きたい(6-12-2)。




            曲は始めに「さらば、愛しいものよ」と始まる激しいレチタティーヴォが長々と続き、「死は私を苦悩から解放するので、早く死なしてくれ。私は行く。」と苦しげに歌われて最後に「アディオ」で終わるものであるが、ヘンドリックスは、独特の豊かな表情でその苦しみを悲壮な感じで歌っていた。曲は続いてアンダンテに入りゆっくりと「止まれ、わが愛するものよ」と優しい主題が歌われてから「アディオ」が2回繰り返されるが、ここから難しいパッセージが続いてフェルマータで一休み。そして再び優しい主題が歌われて「アディオ」の次に、今度はもっと難しそうなパッセージが続いていた。ヘンドリックスは始めの美しい主題を優しく歌い、難解な部分も全く意に関せず、ごく普通に歌っており、オーケストラの伴奏で、フェルマータの後も丁寧に繰り返すように豊かに歌っていた。
           ここでテンポががらりと変わってアレグロになり、「神殿は何処か、祭壇は何処か、私は早く行きたい」と激しく歌われるが、ヘンドリックスは速いテンポで激しく歌い出し、一気に盛り上がってからこの苦悩のアリアを歌い終わっていた。コンサートアリアの中でも、このアリアは矢張り難解に聞こえ、譜面を見ながら何回も繰り返して聞き込まなければ、ハミングすることも難しいアリアであると感じていたが、ヘンドリックスはさすがに、このようなことを感じさせぬように、堂々と歌いこなしていた。




           コンサートの第3曲目は、「フィガロの結婚」から第三幕の伯爵夫人のレチタティーヴォとアリア(第20番)であり、スザンナの帰りが遅いと呟きながらアンダンテの伴奏付きのレチタティーヴォが始まっていた。彼女の夫の様子を聞き出して新たに夫を懲らしめる作戦を練りながら、召使いにも助けを頼む我が身の情けなさを口説いてから、アンダンテのアリアが始まった。ヘンドリックスは、失われた幸福な時を追想して歌うアンダンテのアリアを朗々と歌いはじめ、オーボエ・ファゴット・ホルンの伴奏を得て美しく歌われていたが、後半になってアレグロになり、これからの行動に対しての強い決意を歌っていた。

          大変な拍手が湧き起こり、指揮者のシモノフとヘンドリックスはそれに応えて大忙しであったが、三曲のアリアはしっかりと歌われていた。私の記憶では、ヘンドリックスは、マリナーのCD(1985)でスザンナを歌っており、伯爵夫人でも難なく歌える、さすがしっかりとした歌手であることが理解できた。シモノフ指揮のN響定期のこのオーケストラは、4台のコントラバスが支える大規模な構成であった。1993年1月の極めて古い映像であったが、このオーケストラが余り写されず、またこの前後の曲も写されず、どういうN響定期であったかの情報がないまま映像は終わっていた。


(以上)(2017/08/21)



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