(古いDVDより;グルダとチック・コリアの「ミーティング」よりK.330、)
17-8-2、フリードリッヒ・グルダのピアノ・ソナタハ長調K.330、チック・コリア&フリードリヒ・グルダの「ミーティング」、1982年ミュンヘン、ピアノの夏、ライブ収録、および、深沢亮子ピアノリサイタルから、ピアノ・ソナタハ長調K.330、
NHKクラシック倶楽部、 2017年5月17日、浜離宮朝日ホール、

−この曲は、大好きなソナタであるが、なかなかこれはと思う素晴らしい演奏に巡り合えない。グルダのピアノは確かにとても良く響いていたが、チック・コリアとの共演となると、別の世界の音楽のように聞こえていた。ジャズ風に崩して 弾いたり、変な装飾を無理してつけ加えたり、余分なところが多いように思った。深沢亮子は久しぶりで聴いて、どんな演奏をするか楽しみであったが、グルダの同じ曲の演奏の後に聴いたせいもあり、損をしたのかもしれない。出だしのテンポが気に入らず、今一つ物足りないところがあったので、全体を通じても、余り惹きつけられるところが少なく、繰り返しを全くしないままに、あっという間に終わってしまっていた−


(古いDVDより;グルダとチック・コリアの「ミーティング」よりK.330、)
17-8-2、フリードリッヒ・グルダのピアノ・ソナタハ長調K.330、チック・コリア&フリードリヒ・グルダの「ミーティング」、1982年ミュンヘン、ピアノの夏、ライブ収録、および、深沢亮子ピアノリサイタルから、ピアノ・ソナタハ長調K.330、
NHKクラシック倶楽部、 2017年5月17日、浜離宮朝日ホール、
(2012/10/04 DVDを新宿タワーレコードより購入、および2017/06/23NHKクラシック倶楽部の放送をBDレコーダHD-3に収録)

         8月号の第2曲目は、グルダとチック・コリアのピアノによる「ミーティング」というDVDに含まれていたのであるが、ここでグルダがピアノソナタ第10番ハ長調K.330を1曲だけ弾いていたので、これを取り上げることにした。このコンサートは、初めにグルダがソロパートを弾いてから、チック・コリアがソロパートを弾き、その後に「ミーティング」と称して2台のピアノで演奏する初めての試みであった。これはいわば、ジャズとクラシックの「ミーティング」(出会い)を図ったものとして知られており、ミュンヘンで1982年の夏にライブ収録されたものであった。このDVDの中でアップすべきモーツァルトの曲はK.330の1曲だけであったので、他の音源のもう一曲のソナタの映像を調べていた。たまたま、NHKのクラシック倶楽部でつい最近に深沢亮子がピアノソナタハ長調K.330を弾いたものを収録したばかりであったので、ここで取り上げることとした。この2演奏により、このHPのハ長調のソナタK.330の映像のデーターベースは、やっとすべてがアップロードされることになる。




       最初のグルダの「ミーティング」のコンサートのDVDには、「ミュンヘンの夜に起きた、歴史的名コンサートの一部始終をお届けします」とあった。映像はグルダとチック・コリアの舞台への入場から始まり、拍手の中でグルダがマイクの前に立って、このコンサートの主旨と進め方の話をしていた。傍らのチック・コリアにも話しかけるように進めていたが、残念ながらドイツ語なので、要領を得なかった。そしていきなり第一部のグルダの「ソロパート」が始まっていた。曲はジャズ風の和音で始まるグルダ作曲の「ウルズラのための協奏曲」からのパラフレーズとされていた。そしてひとしきりグルダ風のピアノが続いてから、曲はごく自然にモーツァルトのピアノソナタハ長調K.330が始まっていたが、これはグルダがよほど好きな方でなければ理解できない世界のように思われた。




この曲の第一楽章は、アレグロ・モデラートの軽やかな第一主題で始まるが、この主題は実にモーツァルトらしい軽快なテンポに乗って一気に進んでいた。続く第二主題は、甘えるようなメロデイが続いており、グルダはやや前屈みにピアノに向かい、両手の動きを見つめるようにして無心に弾いていたが、それから急に坂から転げ落ちるような勢いで引き進み、一気に提示部を終えていた。しかしグルダは提示部の繰り返しを省略して、先を急ぐかのように展開部へと進んでいた。ここでは提示部の主題を展開するというより、新しい主題が流れて短いエピソードを転調により変化させて新鮮な印象を与えながら推移していた。再現部では型通りの姿で、第一主題、第二主題と順序良く再現され、淡々と進めていたが、後半は粒ぞろいのピアノの音が良く揃い、流れるようなパッセージが続いて、さすがグルダと思わせる巨匠らしい味付けをした終わり方をしていた。



      続けて第二楽章では、ドルチェの美しい主題が淡々と流れるアンダンテ・カンタービレで、グルダはごく自然体で玉を転がすように進み、反復していたが、グルダはかなり大げさに装飾をつけてかなり変化させていた。続く新しいエピソードも静かにゆっくりと流れてこれも自然体で反復されていた。第二部に入って、短調の舟歌のようなしみじみとした深い静かな調べに入り、これも淡々と美しく反復されていた。第三部に入り再び始めに戻っていたが、グルダの結びは装飾音の連続であり、沈んだ感じの終結部は味わい深いものがあった。




               続いてのフィナーレは、軽快で流れるような主題が走り出し、明るく楽しげなアレグレットになって、グルダは勢いよく早いパッセージを続けていた。第二主題も軽快そのもので、グルダは勢いを増しながら躍動するかのように進行していた。短い軽やかな展開部を経て再び初めの主題に戻り、曲は明るく再現され、曲は盛り上がって一気に終息していたが、グルダは衰えを見せることなくピアノに向かい、健在振りを発揮させていた。

            拍手が起こっていたが、グルダはそれを遮るように、ノン・ストップで次の曲に進んでいたが、これは第一曲のグルダの自作の続きのパラフレーズであり、その後は似たようなジャズ風な音楽が続いていた。私の意図は、グルダのモーツァルトの曲だけを取り出そうと聞いていたのであるが、グルダの考えは、全体をノン・ストップで聞いてほしいということであろう。しかし、私には、それはグルダだけが知る独りよがりなグルダの世界であり、確かにピアノは良く響いていたが、別の世界の音楽のように聞こえていた。ジャズ風に崩して弾いたり、変な装飾を無理してつけたり、余分なところが多いように思った。きちんと弾こうとすれば立派に弾ける方なので、余計にそう感ずるのかもしれない。




           続く8月号の第二曲目は、2017年5月17日、浜離宮朝日ホールで開かれた深沢亮子ピアノリサイタルからのモーツァルトのピアノ・ソナタハ長調K.330であった。この日のコンサートの曲目は、初めての助川敏弥作曲のやさしいピアノ小曲集「小さな四季」から3曲、続いてピアノソナタハ長調があり、続いてメンデルスゾーンの厳格な変奏曲作品54と続く深沢亮子の思い入れが強い個性的な曲が並んだコンサートのようであった。彼女は1938年千葉県東金市出身のピアニストで、15歳の時に日本音楽コンクールで入賞し、ウイーン国立音楽大学で学んでおり、1961年ジュネーブ国際音楽コンクールで入賞して以来、ヨーロッパで演奏活動を続けるほか、日本の現代作品を積極的に紹介しており、60年以上国際的なピアニストとして活躍していると紹介されてきた。

            この日のNHKクラシック倶楽部の映像では、初めに深沢亮子の紹介とインタヴューがあり、続いて助川敏弥作曲の小品集が始まった。これは彼女が愛するピアノ愛好小曲集のように和やかな雰囲気で弾かれており、しばらくピアノになじんでから、いよいよハ長調のピアノソナタがさりげない音調で静かに始められた。






             第一楽章では、深沢亮子のテンポは私の好みより少し早めのテンポで弾かれてやや残念。この第一主題は、本来、澄んだピアノの音が玉を転がすように響かなければならないのに、どこかに力が入っているのか、これが限界なのか、もう少し滑らかに流れて欲しいと感じていた。続く第二主題は一通り進んでから、小さな似たようなエピソードが続くが、これはまずまずの姿で軽快に進行していた。ここで提示部の繰り返しは省略して、展開部に突入していたが、グルダを聞いた直後のせいか、グルダのようにうまく流れずにやや不満足。この曲の展開部は簡単なスタイルで新しい主題が流れ深みを増しながら自由に展開されて、滑るように再現部へと続いていた。再現部では、新鮮な印象を与えながらも、第一主題と、第二主題の仲間がほぼ型通りに再現されていたが、少し早いと思われたテンポにも慣れてスムーズに進んでおり、滑らか集結していた。繰り返しをしないので、装飾音はほぼ指定通りであり、変化に乏しい一昔前の演奏と変わらないという思いがした。






             第二楽章は、アンダンテ・カンタービレであり、独立してアンコールなどでも弾かれる美しい曲。ドルチェの美しい主題が流れ、深沢亮子はゆっくりと丁寧に弾いていたが、最初の主題提示の繰り返しを省略していた。この曲は、三部形式で書かれているが、第一部と第二部にそれぞれ二つある繰り返し記号を、深沢亮子は、全て省略していた。第二部は、趣を変えてppでヘ短調で始まる暗い調べが静かにゆっくりと流れて、まるで舟歌のようなしみじみとした深い調べになっていた。第三部では、再び始めに戻り、明るい表情の対比を見せて、今度は反復がないまま流れていたが、この曲の結びの沈んだ感じの終結部は特有の味わい深いものがあった。



              フィナーレは、軽快で流れるような主題が走り出し、明るく楽しげなアレグレットのロンド主題のように聞こえるが、これはソナタ形式の第一主題であり、深沢は軽やかに進んで経過部を経て、第二主題へと進んでいた。この主題も軽快そのもので、深沢亮子は勢いを増しながら躍動するように進んでいた。短い軽やかな自由な展開部を経て、再び初めの第一主題に戻り、曲は明るく駆け抜けるように盛り上がって終息していた。








             この曲は、大好きなソナタであるが、なかなかこれはと思う素晴らしい演奏に巡り合えない。深沢亮子は久しぶりで聴いて、どんな演奏をするか楽しみであったが、グルダの同じ曲の演奏の後に聴いたせいもあり、損をしたのかもしれない。真に残念ながら出だしで今一つ物足りないところがあったので、全体を通じても、余り引き付けられるところが少なく、繰り返しを全くしないままに、あっという間に終わってしまっていた。私より2歳年下であるが、こうしてコンサートを行って記録を残している姿に、年齢を感じさせぬ元気な姿があり、感心させられた。


(以上)〈2017/08/15〉



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