(古い懐かしのVHSより;グルダとマガロフのピアノソナタ、K.397、576&281)
17-7-2、フリードリッヒ・グルダのピアノ・リサイタルから、幻想曲ニ短調K.397およびピアノソナタニ長調K.576、1990年11月19日、「グルダ・ノン・ストップ」、およびニキタ・マガロフのピアノ・リサイタルより、ピアノソナタ第3番変ロ長調K.281、
1989年4月14日、東京芸術劇場、来日記念コンサート、

−今回のグルダのミュンヘンにおける「グルダ・ノン・ストップ」と、ニキタ・マガロフの来日記念コンサートは、いずれもU-tubeのオン・ラインの映像で確かめることが出来たものであり、最近のU-tubeが、われわれが映像媒体の入手を必要としない所にまで、成長していることを意味ずける存在になってきたことを示している。グルダの幻想曲K.397とピアノ・ソナタK.576は、グルダの愛情が伝わってくるかのような演奏であり、また、ピアノ・ソナタK.281は、マガロフが自分のコンサートでいつも最初に弾く愛すべき曲であったことが、U-tubeの他の演奏によって知ることが出来、思わぬ収穫もあった−




(古い懐かしのVHSより;グルダとマガロフのピアノソナタ、K.397、576&281)
17-7-2、フリードリッヒ・グルダのピアノ・リサイタルから、幻想曲ニ短調K.397およびピアノソナタニ長調K.576、1990年11月19日、「グルダ・ノン・ストップ」、およびニキタ・マガロフのピアノ・リサイタルより、ピアノソナタ第3番変ロ長調K.281、
1989年4月14日、東京芸術劇場、来日記念コンサート、
(1999/03/04クラシカ・ジャパンの放送をVHS-283.3に収録および1990/06/01NHK芸術劇場の放送をVHS-015.6に収録)

    7月分の第2曲は、フリードリヒ・グルダの「グルダ・ノン・ストップ」というコンサートの映像であり、1時間40分のコンサートであるが、グルダが次から次へとおよそ20曲のピアノの小品を休みなくノン・ストップで演奏するという趣向のコンサートで、1990年11月19日のミュンヘンでのコンサートの映像であった。3曲のバッハの小品から始まり、2つのグルダの作曲による小品が続いてから、モーツァルトの幻想曲ニ短調K.397に続いてピアノソナタ第18番ニ長調K.576が演奏され、続いてグルダ作曲の小品が3曲、続いてドビュッシーの小品が2曲、ショパンの小品が3曲、ヨハン・シュトラウスの「こうもり」からゲルダ編曲のアリアを2曲と、グルダはピアノを弾きだしたら止まらない。ここでは、この中からモーツァルトの曲を2曲アップすることにした。しかし、これでは物足りないので、古い1990年のNHKの芸術劇場のVHSのテープより、ニキタ・マガロフの来日公演のピアノリサイタルから、第一曲目に演奏していたピアノソナタ第3番変ロ長調K.281を見つけ出したので、一緒にアップロードすることにした。マガロフは、グルダの気さくなスタイルと異なって、重々しい感じのコンサート・ピアニストであり、対照的で面白かった。





       グルダは、自分の作曲したチェロ・コンチェルトより、ピアノソロに編曲したメヌエットという小品を呟くように弾いてから、モーツァルトの幻想曲ニ短調K.397を静かに弾きだした。この曲は、大まかに全体が三部に別れており、幻想曲の名の通り、自由な性格を持った幻想風に書かれた曲である。最初のアンダンテでは、分散和音の連続する即興的な感じの序奏となっており、グルダは、静かにゆっくりとしたテンポで、さらりと分散和音を弾き始めて、幻想的な高まりを見せて静かに終止していた。続いて第二部のアダージョに入り、淋しげな甘美な旋律の主題が始まって、綿々とアダージョが続いてから、趣を変えて新しい寂しげなエピソードが登場して、駆け抜けていた。グルダのピアノは、一音一音を丁寧に、きわだたせながら弾かれており、小さなエピソードも完ぺきに近い状態で弾かれており、心に響くものがあった。再びアダージョの主題が登場して、今度はカデンツア風なプレストを経過して、高まりを見せていた。そして美しいアダージョが三度登場して、即興的な変化を見せながら幻想風に物静かに収束していた。
次いで第三部のアレグレットの部分に入り、軽やかな明るいロンド風の主題が爽やかに始まり、ゆっくりと繰り返されて、盛り上がりながら一気に頂点に達してから、幻想風に終結していた。一呼吸おいた最後の10小節は、譜面通りの姿でさりげなく弾かれており、さらりと静かに終わったが、グルダは、淡々とした表情で一気に弾いており、軽やかに爽やかに弾かれたグルダらしい幻想曲であった。
この曲は、いつでもグルダが弾いている曲の筈であるが、調べて見ると、嬉しいことに、これはどうやらピアニスト・グルダのこのHPの初録音であるようだ。彼は途中で,道を外れて好きな方向に走ったため、クラシック時代のキチンとした音の記録がないピアニストであり、残念ながら彼のBOX盤のCD全集が出ていないので、この「グルダ・ノン・ストップ」の映像は、貴重な彼の録音記録になっているかも知れない。U-tubeでは、(mozart gulda non stop K397) で、同じ映像が出て来るはずなので、確かめていただきたい。






       幻想曲に続く演奏は、1789年に書かれた最後のソナタであり、ピアノソナタ(第18番)ニ長調K.576であった。グルダは、この曲を第一楽章から第三楽章まで、キチンと通して続けて弾いていたが、彼の気持ちはどうであろうか。この彼の「ノン・ストップ」というコンサートの趣旨からは、彼の気持ちの上では、独立した3つの小品を、ノン・ストップで弾いていたのかも知れない。U-tubeで(mozart gulda non stop K576)で検索して見たら、このソナタの演奏は3種類1948、1990、1995があるので、シャツの色から1990年が今回の演奏のようであった。

       グルダは幻想曲から続けて演奏したかった様子であったが、もの凄い拍手のため、立ち上がって聴衆に挨拶をしてから、一息おいて、第一楽章を弾きだした。この第一主題は、いきなり軽快に飛び出す主和音のアルペジオによる上昇音階のアレグロで始まり、華やかに進行してから、流れるような長いパッセージが続いており、グルダは軽快に弾き進んでいた。続いてこの主題から導かれた軽やかに現れる第二主題は、優しく歌うような主題でありトリルで終結してから、さらにドルチェで現れる副主題が顔を出してコデッタで提示部が静かに結ばれていた。ここでグルダはもう一度、全体を繰り返していたが、余り装飾を付けないまま一気に軽快に進んでいた。



               第一主題冒頭の分散和音で始まる展開部は、威勢がよく対位法的な進行を見せる長大なもので、難解さを見せてもはや皇女のためのソナタとは違う世界のように思われた。再現部ではほぼ型どおりに第一主題が表れていたが、第二主題部は順序を変えて副主題が再現されてから第二主題が再現されていた。グルダは気分が良いのか、ハミングをしながらこの曲を弾いており、楽しみながら歌うスタイルながら、まずまずの充実した響きを持つ後期の作風をしっかりと表しながら静かに終結していた。

         第二楽章は素朴な美しい主題がウットリするようなアダージョで穏やかに現れ繰り返された後で、経過部が続いていたが、続いて8分音符のリズムの伴奏で現れる第二主題は何と美しく心に響くのだろうか。グルダはこの主題を歌うように丁寧に響かせ、続いて16分音符の素早いパッセージで見事な響きを暫く聴かせて、まるで幻想曲のような雰囲気をもたらしていた。再び、この第二主題が再現されてからひとしきり細かな幻想風のパッセージが続いた後に、冒頭の第一主題が穏やかに顔を出し、再現されて明るく伸びやかに進行してから、コーダで静かに結ばれていたが、この楽章は全体が晩年のモーツァルトの独自の境地が秘められているかのような繊細さであった。この楽章で示された16分音符の素早いパッセージは、まるでコロラチューラのような細かな動きを見せ、終わりの寂しげな静かな結びも、最後のピアノソナタを暗示するかのような、妙に気になる終わり方であった。



          フィナーレは変則的なソナタ形式か。躍動するような元気の良い軽やかな第一主題がアレグレットで軽快に現れ、繰り返されて経過部を通り過ぎていた。続いて第二主題が現れるが、これは初めの主題の変奏のようなもので、グルダは生き生きとした感じでこの軽快なこのアレグレットの主題を弾きこなしていた。続いて軽やかな第三の主題が出て、明るいピアノの響きを聴かせながら、幻想曲風なアルペジオのコデッタを経過して、冒頭の第一主題が再現していた。そして元気の良い軽快な曲調のまま展開が行われていたが、続いて第二主題が再現され、最後に第三の主題も顔を出していた。そして、もう一度第一主題が表れてからコーダになって、勢いよくこのアレグレット楽章は結ばれていた。この楽章もグルダのペースで明るく明快に弾かれていたが、「グルダ・ノン・ストップ」と言われるとおりの疾走振りで、鼻歌が飛び出すような勢いで終始していた。

       この映像は、グルダの演奏が好まれるせいか、U-tubeでも完全に把握することができ安心したが、このHPの各楽章の文章を見ながら、グルダのピアノを聴いていると、主題の現れ方が文章で確認でき、自然に曲の形式も理解できるようになり、とても具合が良い。しかし、いい加減な文章を書いていると、直ぐ嘘がばれてしまい、楽譜をキチンと読んでいないと、間違いが直ぐ分ることに繫がる。しかし、これまで、できるだけ楽譜を見ながら文章を書こうとしていたので、それが画像や音で確認できることは,意義があるものと考えている。一台のPCで、HPの文章や写真を、画像や音で同時にチェック出来るのは、U-tubeならではの話であって、思いがけずU-tubeの良さを思い知った。ただし、用意した映像が、必ずU-tube にあるかどうかは分らないので、これからは、必ずチェックしたいと考えている。



      続くニキタ・マガロフ(1912〜1992)のピアノソナタ第3番変ロ長調K.281の映像は、1989年4月14日、東京芸術劇場の来日記念コンサートのS-VHSテープに収録した映像であったが、U-tubeで(Mozart PianoSonata Nikita Magaloff K.281 4/14/1989 Tokyo)で検索していたが、3番目にまさに日本語で東京公演の映像が出てきた。約800の登録があり、このコンサートの全曲が収録されていた。素晴らしいことである。

        この映像はあったことは知っていたが、内容は記憶になく、ましてこのコンサートの第一曲の変ロ長調ソナタを弾いたことは全く覚えていない。しかし、モーツァルトの映像データベースに登録しておいたので、K.281(189f)を検索すると、ギーゼキングやヘブラーなどと並んでマガロフが出てきた。01/06/90の日付けでS-VHS-015のテープ番号なのでもの凄く古い最初に収録した頃のテープであった。当時は29インチのTVを使っていたので、この映像を42インチのテレビに映すとかなり拡大されてしまい、HPの写真がピンぼけでないか心配であった。しかし、パソコンでは3倍速ではないので、より鮮明な写真が撮れる(しかし、どうしてか、画面が暗くなる)ので、安心している。



第3番変ロ長調K.281は、連作の第一・二曲が比較的に型にはまった作りであるに対し、第三曲は幾分自由で、即興風なファンタジーに富んだ作りになっている。 第一楽章は、トリルや多彩なアーテイキュレーションと変化を持った早い主題に続いて分散和音の煌めくような歯切れ良さが目立つ主題が続きとても楽しいが、ニキタ・マガロフのピアノは初めて聴く人で、果たして私の三条件は満たしてくれるであろうか、と心配であった。ところが第一主題の起ち上がりのテンポ感はまずまずであり、それに続いて第二主題でスタッカートやトリルが連続してきて、彼のピアノの音の粒立ちやクリアーさも良く、決して急がない落ち着いた演奏であるのが気に入って、大家が手始めに指馴らしで弾いてみるような演奏振りであり、主題提示部の繰り返しの前半で、安心をして聴き込める人だと思った。ときどき早いところで指がもつれるが、次第に調子が出て来るだろうと考えていた。新しい主題による幻想的な感じの展開部では、マガロフはとても良いテンポで終始しており、少しは自分のペースになったように見受けられた。再現部では、全く型通りに、第一主題に始まり、第二主題も同じように再現されて、華麗に結ばれていたが、そのせいか、マガロフは繰返しを省略して第一楽章を終了していた。



        第二楽章ではアンダンテ・アモローソという、「愛情豊かに」という珍しい指示のとおりに、マガロフはゆっくりと味わうように第一主題を弾いており、直ぐに続いて始まる第二主題も、一音一音を確認するように丁寧に弾いていた。実に澄んだピアノの音でありさすが大家の貫禄なようなものを感じていた。マガロフは遅いテンポのためか、呈示部の繰返しを省略していきなり展開部に入っていたが、ここでも幻想的な味わいのある短い展開部でしみじみと聴かせて、第1番や第2番のソナタとの微妙な違いを感じた。再現部では、呈示部と同じように聞こえるがどこか違うという変化を見せながら、第一主題、第二主題と進んでおり、アンダンテ・アモローソの意味を噛みしめながら丁寧に、愛情のこもった演奏に聞こえていた。

        フィナーレでは、いきなり明るいロンド主題がテンポ良くアレグロで始まり、続いて目まぐるしく新しい主題が次から次へと回転するように現れていた。その間にこの元気の良いロンド主題が顔を出しており、数えていくと都合5回ほど、ロンド主題が登場して勢いよく明るくこの楽章を閉じていた。マガロフは、1912年レニングラード生まれの77歳と聞いたが、元気よく、冒頭にこのソナタを弾いて、最長老と言われるかくしゃくとした姿を見せていた。リヒターとかギレリスなどと並ぶロシアの大家としか知らなかったが、このような古い東京公演の記録がU-tubeで検索できることを知って驚きを禁じ得なかった。

        今回のグルダのミュンヘンにおける「グルダ・ノン・ストップ」と、ニキタ・マガロフの来日記念コンサートは、いずれもU-tubeのオン・ラインの映像で確かめることが出来たものであり、最近のU-tubeが、われわれが映像媒体の入手を必要としない所にまで、成長していることを意味ずける存在になってきたことを示している。7月15日の加藤浩子先生のオペラ「イドメネオ」の講演で、U-tubeをオンラインで講義に使われるほど、使いこなしておられることを現実に知り、早速、「U-tubeガイドブック」を購入して、目下、勉強中であるが、広告なしの有料制の本格派向けの制度もあるようであり、今回を契機として、このHP「映像ソフトで見るモーツアルトの諸作品」では、改めてU-tube活用の道または共存の道を考えたいと思っている。


(以上)(2017/07/18)



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