(古いVHSより;リュビモフのピアノ・リサイタル 2、K.475、457、545、)
17-6-3 アレクセイ・リュビモフのオール・モーツァルト・フォルテピアノ・リサイタル2、(曲目)1、幻想曲ハ短調K.475、2、ピアノソナタハ短調K.457、3、ピアノソナタハ長調K.545、
以上後半のコンサート、1990年制作、ラルゼナール・大ホール、

−アレクセイ・リュビモフのフォルテピアノ・リサイタルの後半のK.475、457および545の3曲を連続して聴いて、この人の演奏は前半とほぼ同じように、しっかりした構成でじっくりピアノを進めるオーソドックスな印象を受けていた。フォルテピアノ奏者にしては、装飾を付けて楽しむ雰囲気がない人かと思っていたが、K.545のハ長調のソナタでは、繰返しは思い切って印象を変えていた。模範的な演奏をする人なので、この人にはCDの音だけで良いから全曲演奏を聴いてみたいと感じている−

(古いVHSより;リュビモフのピアノ・リサイタル2、K.475、457、545、)
17-6-3 アレクセイ・リュビモフのオール・モーツァルト・フォルテピアノ・リサイタル、(後半曲目)1、幻想曲ハ短調K.475、2、ピアノソナタハ短調K.457、3、ピアノソナタハ長調K.545、
1990年制作、ラルゼナール・大ホール、オール・モーツァルト・フォルテピアノ・リサイタルを二分割した後半のコンサート、
(1998/08/17、クラシカ・ジャパンの放送をVHS-259.1に収録、)

       6月号の第3曲目は、先月からの続きで、アレクセイ・リュビモフのオール・モーツァルト・フォルテピアノ・リサイタルであり、後半の演目は、1、幻想曲ハ短調K.475、2、ピアノソナタハ短調K.457、3、ピアノソナタハ長調K.545の3曲であった。この映像は 1990年の制作であり、音も画像も甚だ頼りなく残念なのであるが、演奏は堂々としたオーソドックスな大家の演奏であり、この演奏をアップロードすることは、大変、楽しみでとても勉強になるものである。この6曲にも及ぶ一連の演奏のお陰で、このHPのピアノソナタのデータベースがかなり完了を迎えることになり大変うれしく思っている。
       6月は休んでいたゴルフを復活するほか、OB会などの総会が多く、その上、札幌行きの3泊4日などが重なって、小生にとっては、非常に多忙な月となる。そのため、HPのアップロードするのが大変な月となりそうであるが、何とかやりくりするよう頑張るつもりである。



       前編の3曲(17-5-3)で、このリュビモフというピアニストのこのフォルテピアノ・コンサートの演奏について、もう一度、振り返って確かめておきたい。観衆がいなく拍手の無い静まったもの凄い広いラルゼナール・大ホールというホールで、フォルテピアノが一台だけ置かれた静寂な環境の中で、リュビモフは、たった一人でピアノに向かい、自由に気ままに、無心で丁寧にピアノを弾いていた。そして、そのピアノは、私のピアノソナタの三条件、すなわち、テンポ感が決して早過ぎなく安定していて、丁寧に心がこもった弾き方をしており、音が明晰でクリアーに響かせてくれるという条件を、どの曲のどの楽章でも、いとも簡単に、満たしていた。リュビモフの様子は、無表情で弾いていたが、しかし身体は良く動かして弾いており、音の強弱やテンポの早い遅いを身体で明確にして、演奏の表情を付けており、その全容は誰でも納得させられるオーソドックスな弾き方であり、しっかりした優れた構成の音作りであった。今回の3曲も、どういう演奏であるか、もう一度、確かめたいと思っていた。

 

               後半の最初の曲の幻想曲ハ短調K.475は、緩急緩急緩と楽想の赴くままに調性とテンポを変えて即興風に展開されており、大別すると大きく五つの部分に分かれている。最初の4分の4拍子の瞑想的なアダージョはフォルテfで始まり、ppで休止する出だしであるが、リュビモフは、思い切ってゆっくりとユニゾンで主題を開始し、直ぐに静かにppで休止していた。重苦しい悲愴的な主題がじっくりと繰り返されてから、主題が右手から左手に渡され、次第に暗い表情が高まっていき、再び右手に写されてやがて明るく頂点に達すると、静かに収まるが、リュビモフはすごく丁寧にキチンと弾いていた。やがて無言歌のようなハッとするような美しい静かな主題が現れ、その主題がひとしきり続いてアダージョの部分を締めくくってから、やがてアレグロで力強いオクターブの和音とともに激しい速いパッセージが始まった。このアレグロは繰り返されて激しく頂点を築いてからフェルマータの後、穏やかに収まりを見せていた。



        続いて4分の3拍子のアンダンテイーノに入り、暫く穏やかな部分が続き、必ずしも燃焼しないままに、続いてピウ・アレグロの部分に入り、ここではもの凄い勢いで激しく両手が鍵盤上を駆けめぐっていた。リュビモフは見事なピアノの技巧を見せながら、嵐の頂点に達して、次第に穏やかになり、いつの間にか初めのアダージョが始まっていた。静かに一音一音大切に和音が進み、主題が左手に移ってから再び右手に戻り、深い和音で締めくくられていたが、右手のフォルテのクレッシエンドで休止していた。ここで演奏は終わって、次の曲の字幕が出て、一息の休息を待ってから、リュビモフは、第二曲目のハ短調ピアノソナタK.457の第1楽章の冒頭のアレグロの第一主題をフォルテで弾き始めた。



          この主題は、重々しく上昇する緊張した和音の連続で始まるが、後半では半音階的な下降の動きを見せて、リュビモフのフォルテピアノは、同じハ短調のせいか、先の幻想曲の暗いアレグロの緊張した気分を引きずっているかのように響いていた。緊張感が溢れる表情で第一主題は激しくどんどんと進み、経過部を経て、やがて軽やかに右手と左手が応答するような優しい第二主題に入り明るさを取り戻していた。この楽章の提示部はこれら二つの特徴ある対象的な主題で構成されており、しっかりと進んでから、演奏では提示部は明るく繰り返されていた。リュビモフはこの繰返しをしっかりと緊張感を持って弾いており、ここでは実に巧みに、装飾音は最小限にとどめて、力強く繰返していた。
         続いて展開部では、第一主題の冒頭部の音形が力強く繰り返し展開され、緊張感を増しながら進行して、フェルマータで一息入れて再現部へと移行していたが、リュビモフのピアノは、幻想曲に引き摺られたかのようにこのアレグロ楽章を緊張感を保ちながら力強く弾き進んでいた。再現部では型通りではあったが、フォルテピアノらしい軽やかな音を響かせてスピード感あるピアノで明るく進み、最後の繰返しは、再び展開部から丁寧にしかも緊張しながら穏やかに進み、ピリオド奏法で気になる装飾もほぼ指定通りの姿のままで、一気にコーダへと進んでから、そこで明るくトリルで結んで、急速に終結していた。幻想曲から休息を入れていたが、気持ちの上では、幻想曲の暗さを引き摺っており、一気呵成に一息で、この第一楽章の終わりまで、ライブであるが故の余計に感ずる長い緊張の連続であったが、素晴らしい迫力のある雰囲気をもった、さすがリュビモフと言えそうな第一楽章であった。




         続く第二楽章は、ソット・ヴォーチェの穏やかな蔭りのある主題がゆっくりと美しく現れるアダージョで、ロンド形式の楽章であった。リュビモフは見事なピアノで、実に丁寧に、一音一音確かめるように弾いていたが、ひときわ穏やかに高まりを見せて進んでいた。この美しい主題は、アダージョ楽章では珍しくロンド主題であり、続いて、早速、第一のエピソードが温和しく現れる。この主題も細やかな動きを見せながら、丁寧に弾かれて繰り返されて、再び美しいロンド主題となるが、ここでは見事に変奏されて再現されていた。リュビモフのフォルテピアノは、軽やかで肌理の細かなピアニッシモの美しさが目立つ音調で進んでいたが、続く第二のエピソードは、ベートーヴェンの「悲愴ソナタ」の第二楽章の冒頭部分によく似た主題であり、美しく推移していたが途中のアルペッジョの部分が異常に美しい。このエピソードは、再び変奏されて繰り返されて、別の分散和音で現れており、モーツァルトのピアノの肌理の細やかさを写し出すように聞こえていた。最後に再びロンド主題が形を変えて変奏されて登場しており、細やかな動きのコーダで結ばれていた。リュビモフのフォルテピアノは、この曲にとても良くお似合いであり、丁寧で肌理が細かく、譜面に忠実に華やかに演奏されていた。




         フィナーレは変則的なロンド・ソナタ形式か。ハ短調の三拍子のシンコペーションをもつ第一主題が終始重要な役割を果たすが、後半には勢いのよいリズムで進行しても、突然の休止があったりして、焦りや不安な情緒をもたらすものであった。続いて一見伸びやかに始まる第二主題も、半音進行の翳りを示しており、リュビモフのピアノは勢いはあるものの決して明るくはならない。再び第一主題が再現してから、短いエピソードが現れてから、第二主題と名付けた主題が現れて、力強く主題を変奏しており、変化を見せており、これがあたかも展開部のように聞えていた。再び第一主題が変奏されながら再現されていたが、続いて短いエピソードのあとコーダとなって結ばれていたが、この楽章は、終始緊張感を持った不安な楽章のように聞えていたが、リュビモフはしっかりとこの楽章をまとめていた。

       リュビモフはこの曲を幻想曲ハ短調K.575から始まって、一呼吸おいていたが、このソナタハ短調K.575を続けて一気に、全楽章をしっかりと弾きこなしていた。幻想曲で始まり、続く各楽章がいろいろと変化を見せた素晴らしい演奏であった。フォルテピアノの軽やかさや力強さもあり、第一楽章にはスピード感や技巧的な表現の緻密さがあり、第二楽章の幻想風な美しいアダージョといい、終始緊張感溢れたフィナーレといい、素晴らしい熱演を示してくれており、期待通りのフォルテピアノのコンサートであったと、深く感銘を受けた。私はどこかで、フォルテピアノには、モダンピアノの長い歴史の中で、これを上廻る演奏はまだないとどこかで書いてきたが、今回このリュビモフの一連の演奏を聴いて、この発言を撤回しなければならないと考えている。





          このコンサートの最後を飾る曲は、ピアノソナタハ長調K.545であり、リュビモフがフォルテピアノでこの短くて優しい曲をどう弾くかが問題であった。
         第一楽章は単純なアルベルテイの伴奏に乗って可愛らしい第一主題が 少し早いテンポで淡々と進み、続いてどこかで聴いたことのある転げ回るように響く第二主題も美しい。短い曲ながら完璧なソナタ形式で作られており、提示部が派手なトリルでコーダにより結ばれていた。ここでリュビモフは、はじめから繰り返しを行なっていたが、このソナタではリュビモフは思い切って装飾音を派手に使っており、変化を付けていた。
         展開部では、呈示部のコーダの音形を受け継いだもので、リュビモフは、やはり力強く変化をつけて弾いていたが、やがて再現部となり冒頭の第一主題が今度は調性を変えて丁寧に再現されていた。第二主題も調性を変えて再現されており、ここでもリュビモフは、譜面通りに展開部から繰り返されていたが、この曲ではここでも派手に装飾を思い切って付けて、賑やかにこの楽章を終結していた。リュビモフは、この簡潔なソナタを、生真面目とも言える一音一音を譜面通りに大切に弾く丁寧な演奏振りで弾いており、それがフォルテピアノを生かした音楽的に生き生きとして響いており、この演奏にはとても好感が持てた。




        第二楽章もアルベルテイバスで支えられた美しいメロデイの主題が流れるアンダンテで、三部形式の曲であろうか。始めの主題が提示され様々に変化しながら推移していくが、反復されてから、派生された新たな主題が提示されて反復され、最後には変奏曲のスタイルのようにこの主題が提示され、変奏されていた。リュビモフは、繰り返しを全て反復し、繰り返しではこの曲は装飾音符を賑やかに付けて、楽しく明るく弾いていた。最後に初めの主要主題から派生したと思われる旋律が顔を出し、明るく推移してから、初めの主題が再現して変奏され、コーダで結ばれていた。ここでもリュビモフの丁寧に譜面通りに、しかも音楽的に弾く姿勢が一貫しており、模範となるようなフォルテピアノ演奏であった。




                   フィナーレは、踊るように楽しげな短いロンド主題が飛び出すように始まるロンド楽章で、二つのエピソードを挟んでA-B-A-C-Aの形を取っていた。リュビモフは、弾むようにこのアレグレットのロンド主題を弾き始め、二つのエピソードで変化をつけながら一気に弾き進み、一呼吸おいて三度目のロンド主題を勢いよく弾いて終結していた。リュビモフの心のこもった暖かで穏やかな演奏は、大家の風格を感じさせ、このような清潔な丁寧な演奏は、何度聴いても飽きさせない不思議な魅力を持っている演奏でありこの曲であるという思いを強くした。

         映像ではこれであっさりと画面が終了して、通常の観客の拍手で大騒ぎになるコンサートが、今回は拍手なしで残念ながら終了となっていた。この後半の演奏の始まる前に、前編の3曲の感想をメモしておいたが、この後半の3曲の演奏を聴いてもリュビモフの演奏は、ほぼ、同じ印象に聞えていた。私はフォルテピアノ奏者にしては、装飾を付けて遊ぶような雰囲気が少ない人だと思ってきたが、最後の曲のハ長調のソナタK.545では、それが見事に裏切られ、表面的に単調な曲には思い切って装飾を付けて変化を求める発想は曲によって考えながら実施しているように思われた。2曲の幻想曲と、4曲のピアノソナタを聴いて、この人にはCDの音だけで良いから全曲演奏を聴いてみたいと感じているが、希望が満たせるかどうか、いずれタワーレコードで調べて見たいと考えている。


(以上)(2017/06/17)



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