(古いVHSより;寺田悦子の25周年ピアノ・リサイタル、K.475、457、570)
17-4-2 寺田悦子のオール・モーツァルト・ピアノ・リサイタル、(曲目)1、幻想曲ハ短調K.475、2、ピアノソナタハ短調K.457、3、ピアノソナタ変ロ長調K.570、
ピアノ演奏25周年記念・コンサート、1994年4月12日、東京文化会館小ホール、

−寺田悦子がデビュー25年周年を記念した意欲的なオール・モーツァルト・コンサートは、前半が幻想曲ハ短調K.475とピアノソナタハ短調K.457、後半がピアノソナタ変ロ長調K.570であった。前半の幻想曲から始まって、続けてソナタを一気に全楽章しっかりと弾きこなしていたが、各楽章でみせたいろいろな変化には素晴らしいものがあった。また、後半のソナタはテンポ感覚が良く透明感溢れる弾き方で、この曲の持ち味を充分に出していた。しかし、さらりと弾き終えてコンサートは終了していたが、欲を言えば、何かしらもう一曲ぐらい弾いて貰えれば良かったと言う印象が残った演奏会でもあった−


(古いVHSより;寺田悦子の25周年ピアノ・リサイタル、K.475、457、570)
17-4-2 寺田悦子のオール・モーツァルト・ピアノ・リサイタル、(曲目)1、幻想曲ハ短調K.475、2、ピアノソナタハ短調K.457、3、ピアノソナタ変ロ長調K.570、
ピアノ演奏25周年記念・コンサート、1994年4月12日、東京文化会館小ホール、
(1994/07/13、NHKクラシックアワーの放送をVHS-135.2に収録、)

       四月分の第二曲目は、手元のあったVHSテープの寺田悦子のオール・モーツァルトのピアノ・リサイタルであり、彼女がデビュー以来25年を記念した演奏会であった。1994年4月12日に東京文化会館小ホールで実施され、曲目は、1)幻想曲ハ短調K.475、2)ピアノソナタハ短調K.457、3)ピアノソナタ変ロ長調K.570というプログラムであった。ピアノソナタの映像のアップロードは非常に少ないので、久し振りでじっくり聴いてみたいと取り上げたものである。

       古い映像で見る東京文化会館の小ホールは、現在と同じたたずまいに見え、古い映像であるが、20年以上前の映像とは思えないしっかりした映像であった。NHKの古藤田京子アナウンサーの解説では、寺田悦子は16歳でウイーンに学び、その後アメリカのジュリアード音楽院で学び、メナハム・プレスラーについて学んだ彼女は、1977年第2回ルービンシュタイン国際コンクールで第三位金賞を得たのち、1978年にはリーズ国際コンクールで入賞して以降、欧米各国や国内で幅広く演奏活動を続けていたようである。




        今回の初めの幻想曲ハ短調K.475は、大別すると五つの部分に分かれており、緩急緩急緩と楽想の赴くままに調性とテンポを変えて即興風に展開される。最初の瞑想的なアダージョはハ短調であり、寺田悦子は思い切ってゆっくりとユニゾンで開始していた。重苦しい悲愴的な主題がじっくりと繰り返されていた。次第に暗い表情が続いて頂点に達すると、静かに収まるが、途中からハッとするような美しい静かな主題が現れ、まるで無言歌のように思われた。その主題がひとしきり続きアダージョの部分を締めくくってから、やがてアレグロで力強い和音とともに激しい速いパッセージが始まった。このアレグロは繰り返されて激しく頂点を築いてから穏やかに収まりを見せていた。続いてアンダンテイーノに入り、暫く穏やかな部分が続き、必ずしも燃焼しないままに、続いてピウ・アレグロの部分に入っていた。ここでは、もの凄い勢いで激しく両手が鍵盤上を駆けめぐり、嵐の頂点に達してから次第に穏やかになり、いつの間にか初めのアダージョが始まっていた。静かに一音一音大切に和音が進み、深い和音で締めくくられていたが、この和音が静かに消えるのを待ってから、寺田悦子はそのまま続けるように、ハ短調ピアノソナタK.457の冒頭のアレグロをフォルテで弾き始めた。

        


         この主題は、重々しく上昇する緊張した和音の連続で始まるが、後半では半音階的な下降の動きを見せて、同じハ短調のせいか、先の幻想曲の暗いアレグロの緊張した気分を引きずっているかのように響いていた。寺田悦子のピアノは緊張感が溢れる表情で激しくどんどんと進み、経過部を経て、やがて軽やかに右手と左手が応答するような優しい第二主題に入り明るさを取り戻していた。この楽章の提示部はこれら二つの特徴ある対象的な主題で構成されており、しっかりと進んでから、演奏では提示部は明るく繰り返されていた。寺田悦子はこの繰返しをしっかりと緊張感を持って弾いており、続いて展開部では、第一主題の冒頭部の音形が力強く繰り返し展開され、緊張感を増しながら進行して、フェルマータで一息入れて再現部へと移行していた。この寺田悦子のピアノは、幻想曲に引き摺られたようにこのアレグロ楽章を緊張感を保ちながら力強く弾き進み、再現部では型通りではあったが、スピード感あるピアノで明るく進み、最後はコーダで明るく一気に結ばれていた。幻想曲から続いて、この第一楽章の終わりまで、ライブだから余計に感ずる長い緊張の連続であったが、素晴らしい迫力を持った雰囲気が続いていた。




           第二楽章は、ソット・ヴォーチェの穏やかな蔭りのある主題がゆっくりと美しく現れるアダージョである。寺田悦子は実に丁寧に、一音一音確かめるように弾いていたが、ひときわ穏やかに高まりを見せて進んでいた。この美しい主題は珍しくロンド形式のロンド主題であり、続いて、早速、第一のエピソードが温和しく現れる。この主題も細やかな動きを見せながら、丁寧に弾かれて繰り返されて、再び美しいロンド主題となるが、ここでは見事に変奏されて再現されており、寺田悦子の肌理の細かなピアニッシモの美しさが目立っていた。続く第二のエピソードは、ベートーヴェンの「悲愴ソナタ」の第二楽章の冒頭部分によく似た主題であり、美しく推移していたが途中のアルペッジョの部分が異常に美しい。このエピソードは、再び変奏されて繰り返されて、別の分散和音で現れており、モーツァルトのピアノの肌理の細やかさを写し出すように聞こえていた。最後に再びロンド主題が形を変えて変奏されて登場しており、細やかな動きのコーダで結ばれていた。寺田悦子のピアノは、丁寧で肌理が細かく、譜面に忠実に華やかに演奏されていた。




         フィナーレは変則的なロンド・ソナタ形式か。ハ短調の三拍子のシンコペーションをもつ第一主題が終始重要な役割を果たすが、後半には勢いのよいリズムで進行しても、突然の休止があったりして、焦りや不安な情緒をもたらすものであった。続いて一見伸びやかに始まる第二主題も、半音進行の翳りを示しており、勢いはあっても決して明るくならない。再び第一主題が再現してから、短いエピソードが現れ、第二主題が現れて、これがあたかも展開部のように聞えていた。再び第一主題が再現して短いエピソードのあとコーダとなって結ばれていたが、終始緊張感を持った不安な楽章であった。

       寺田悦子は、この曲を幻想曲から始まって、このソナタを一気に全楽章を続けてしっかりと弾きこなしており、各楽章で変化を見せた素晴らしい演奏であった。第一楽章には力強さや技巧的な表現の緻密さがあり、第二楽章の幻想風な美しいアダージョといい、終始緊張感溢れたフィナーレといい、素晴らしい熱演を示してくれており、期待通りのオール・モーツァルト・コンサートの前半と思われた。




         映像では古藤田京子によるインタビユーがあり、どうしてオール・モーツァルト・プログラムになったかと言う質問に対し、寺田悦子はデビュー25周年の区切りと考えたので大切なレパートリーとして、最初のコンサートを「ウイーンへの回帰」の第一回目として、モーツァルトだけで考えてみたという。同じ作曲家であると気分転換が出来ぬ難しさがあるが、年代の歩みを考えて、中期のドラマテイックなスタイルから、後期の簡潔なスタイルへの変化を上手く表現してみたいと語っていた。25年間はあっという間で、まだヒヨコみたいなものなので、諸先輩を見習って40年50年と頑張っていきたい。大切なのはピアニストは孤独で体力勝負的な面があるので、スポーツジムなどに通って、気分転換と体力作りに励んでいると語っていた。





                    後半の変ロ長調ピアノソナタK.570は、晩年の1789年の二月にウイーンで作曲されているが、この時期のモーツァルトを特徴づける澄みきった透明な音調で始まっており、簡潔さの中に各楽章の性格の均衡と対照が見事な作品となっている。寺田悦子はピアノに向かって一呼吸入れてから、ゆっくりした和音とその分散和音が上下する第一主題を静かに開始した。彼女のピアノの音は澄んだ音色で鮮明に良く響き、落ち着いたテンポで丁寧に弾いていた。やがて強烈な二つの和音の後に経過的なエピソードが現れて華麗なパッセージが続いてから、第一主題の和音が左手で現れるとても分かり易い第二主題が登場すると、くるくると回転するかのような華やかなパッセージが続き、コデッタで提示部が完結していた。寺田悦子は、ここで冒頭から繰返しを行なっていたが、丁寧に澄んだ音色で繰り返しており、華麗なパッセージも軽やかに弾かれていた。
            展開部では、経過的なエピソードが繰り返し登場してから、続いて第二主題の前半部が上品にさらりと展開されていたが、単純な音調なのに深みのある味わいを見せながら、再現部へと突入していた。ここでは、後期の簡潔な造りを実践しているかのように、提示部の再現そのものであり、寺田悦子は最後の繰り返し記号を省略して、そのまま静かに終結していた。




            第二楽章はゆっくりしたアダージョで始まり、寺田悦子は呟くようなピアノで主題を提示しでいた。この楽章はロンド形式でA-B-A'-C-A"コーダの形を取るが、最初に出てくるABCでは三部形式で主題が繰り返されていた。それぞれの主題が絶えず反復されてとても分かり易い。寺田悦子はゆっくりした歌うようなロンド主題を繰り返しを省略することなく丁寧に弾いていた。続く第一のエピソードは唐突に始まる悲痛な感じのする軽い旋律であるが、テンポが少し速まって繰り返された後に、再び初めのゆっくりしたロンド主題に戻される。第二のエピソードは明るく澄み切った感じで淡々と進み対象的であったが、晩年の作風を感じさせるものがあり繰り返されてから、長いフェルマータの後に再び始めのゆっくりした主題に戻り、さり気なく静かに結ばれていた。寺田悦子の淡々としたくすんだピアノの表情がこの楽章に合っていた。




            アレグレットで始まるフィナーレは、これもロンド形式のようで、軽やかなロンド主題で始まり、寺田悦子は、軽快に両手を鍵盤上に走らせて、丁寧に黙々と弾いていた。続いて力強さを感じさせる第一エピソードに入って、力強い和音が続いて明るく経過した後に、簡潔さを印象づける第二のエピソードに入ると、寺田悦子はあっさりと軽く流すように弾いていた。再びロンド主題の後に、呟くように終わる最後のフレーズがとても印象的であった。

             この後期のピアノソナタは、どの楽章も主題がすべて簡潔で技巧的な困難さとは離れて、平明な姿をさらけ出しているが、それだけに細心の注意を持って一音一音丁寧に弾かれなければならないが、寺田悦子のピアノは、テンポ感覚が良く透明感溢れる弾き方で、この曲の持ち味を充分に出していたように思う。さらりと弾き終えて、コンサートは終了していたが、欲を言えばもう一曲ぐらい弾いて貰えれば良かったと言う印象であった。


(以上)(2017/04/08)



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