(最新のHDD録画より、クリスティアーネ・カルクのソプラノ・リサイタル)
17-3-2 クリスティアーネ・カルクによるソプラノ・リサイタル、
(曲目)1、リート「魔法使い」K.472、2、リート「すみれ」K.476、3、レチタティーヴォとアリア、「スザンナは来ないかしら。楽しい思い出はどこに」、歌劇「フィガロの結婚」より第20番、伯爵夫人のアリア、K.492、
2016年3月10日、王子ホール、来日公演記録、

−クリスティアーネ・カルクは、2006年ザルツブルグ音楽祭のM22初期の二つのオペラでデビューした逸材で、現在では、繊細な声を持つ若きソプラノとして豊かな表現力で各国の歌劇場で活躍している。今回の来日公演のソプラノ・リサイタルは、モーツァルトのリート2曲とアリアが1曲、ブラームスの歌曲を4曲、最後にR.シュトラウスの「4つの最後の歌」をピアノ伴奏で歌ったもので、ドイツ本流の堂々たるリート歌手と見なされるものであった。「魔法使い」K.472は、女たらしのダーモスと娘の息づかいや、娘の甘い感情、興奮する様子などが、手に取るように伝わっていた。また、リート「すみれ」K.476では、その一言一言が心に伝わってきて、まるでオペラを見ているように、この曲の繊細さや深さが、改めて思い知らされた。最後の伯爵夫人のあリアでも、いつまでもめそめそせずに、後半のアレグロでは気を切り替えて、前向きにやろうと決断をしたように元気よく歌っていた−

(最新のHDD録画より、クリスティアーネ・カルクのソプラノ・リサイタル)
17-3-2 クリスティアーネ・カルクによるソプラノ・リサイタル、
(曲目)1、リート「魔法使い」K.472、2、リート「すみれ」K.476、3、レチタティーヴォとアリア、「スザンナは来ないかしら。楽しい思い出はどこに」、歌劇「フィガロの結婚」より第20番、伯爵夫人のアリア、K.492、2016年3月10日、王子ホール、
(2016/05/20、NHKクラシック倶楽部の放送をHDD-5に収録、)

        続く3月号の第2曲目は、ごく最近のクラシック倶楽部からソプラノ・リサイタルとして収録したクリスティアーネ・カルクによるリートとアリア集であり、最新の2016年3月10日、王子ホールでの収録となっていた。曲目は、1、リート「魔法使い」K.472、2、リート「すみれ」K.476、3、レチタティーヴォとアリア、「スザンナは来ないかしら。楽しい思い出はどこに」、歌劇「フィガロの結婚」K.492より第20番、伯爵夫人のアリアの三曲であった。彼女のオペラや第9のソプラノでの映像記録をHDDに残してあるので、これを機会に少し整理して、彼女の収録曲データベースを作成しようとして、今回、取り上げたものである。




          クリスティアーネ・カルクは、1980年ドイツ・バイエルン州の生まれでモーツアルテウム大学やベローナ国立音楽院で学び、2006年ザルツブルグ音楽祭のM22初期の二つのオペラでデビューした逸材で、長年、バンベルグ交響楽団の合唱団に所属しソロを担当してきた。現在では、繊細な声を持つ若きソプラノとして豊かな表現力で各国の歌劇場で活躍しており、その記録がHDDに残されている。今回の来日公演のソプラノ・リサイタルは、モーツァルトのリート2曲とアリアが1曲、ブラームスの歌曲を4曲、最後にR.シュトラウスの「4つの最後の歌」をピアノ伴奏で歌ったもので、ドイツ本流の堂々たる歌曲集と見なされるものであった。なお、ピアノのマルコム・マルテイノは、英国エデインバラ生まれで、ケンブリッジ大学、英国王立音楽大学で学んでおり、ト−マス・ハンプソンやマルダレーナ・コジェナーなどから厚く信頼され協演を続けている。




           王子ホールでのコンサートが写され、クリスティアーネ・カルクと伴奏ピアニストのマルコム・マルテイノが足早に入場し、挨拶を繰り返していた。第一曲目は、1、リート「魔法使い」K.472であるが、この曲はこのHP初出なので、この曲について若干の説明が必要である。この曲は、1785年5月7日の自筆作品目録の日付けで作曲された詩人ヴァイセによる三つの小さなリートK.472〜474の最初の一曲であり、4節6行のかなり長い詩を、早口の簡潔な有節形式の形で作曲した。わずか3分余りの短い曲であるが、この曲にも2、リート「すみれ」同様に、劇作家モーツァルトの手腕が伺われるリートとなっている。この詩の内容は、男を知らないうぶな娘の恋の魅力を歌ったもので、素敵な彼は娘にとって魔法使いのように思へてしまうという内容であった。




           「魔法使い」K.472は、前奏のピアノで軽快に始まり、女たらしのダーモスと娘の息づかいや、娘の甘い感情、興奮する様子などが、手に取るように伝わってくる。それをカルクは、繊細な声と見事な顔の表情で伝えており、彼女は天才的なリート歌手であると思わせていた。最後の疾走する32音符の後奏は、実に表情豊かであり、最後には母親の登場となり、「事件」は一気に片づいてしまう。この短い詩に付けられた一瞬の声とピアノのかもし出す寸劇を、リートの形で生み出した劇作家モーツァルトの凄さが滲み出た作品だと感心してしまう。




            第二曲目は、2、リート「すみれ」K.476であり、カルクはピアノに手をかけて一休みした後、ピアニストに合図して、「すみれ」の美しいピアノの6小節の前奏が始まった。この詩は、全文が4つの情景と一節のエピローグで出来ており、この4つの情景を丁寧に読んでみると、まるで短いオペラを見ているように、その一言一言が心に伝わってくる。そしてソプラノのカルクの歌と表情をこの映像で見ていると、まるでオペラを見ているような、この曲の繊細さや深さが、改めて思い知らされるような気がした。




            最初のプロローグの情景は、愛らしいすみれが咲いていたという静的な情景を三行詩で物語っていたが、第二の情景では、そこに動きが入ってきて、若い娘が楽しげに登場してきて、すみれは心を躍らせて待っている情況の三行詩であった。カルクは、ここまでは淡々と歌っていたが、ここで4小節のピアノの間奏が入り、第三の情況は、美しい花として娘に摘んで欲しいというすみれの思いが語られており、カルクは次第に声を張り上げて明るく期待するすみれの心を示しているように歌っていた。




            ところが何と残酷にも、第四の情景では、娘はすみれに気がつかず、すみれは踏みつぶされて、憐れにも死んでしまったが、それでもすみれは彼女の足で踏まれたことを喜んでいたという。カルクは憐れなすみれの死を、精一杯、悲しげに気持ちを込めて歌っていた。そしてそれでは足りないかのように、何と憐れなのかと思い余ったのか、最後になって、エピローグとして第五の情景が一言、付け加えていた。それは「憐れなすみれよ、それは愛らしいすみれだった」の一句であり、これは何と、ゲーテの原作にないモーツァルトが付け加えた優しい一言であった。

            最後の二行の詩を付け加えたことには、長い間、賛否両論が繰り返されて今日に至っているようであるが、この歌曲は、単なるリートではなく、一つのバラードであり、極度に圧縮されたオペラのシーンでもあり得ると評価されているのも事実である。わずか三分弱のこの短いリートにも、劇作家モーツァルトの思いが、充分、注がれており、それをカルクは、持ち前の繊細で可憐な声で巧みに表現してくれた愛らしい「すみれ」であった。




             カルクの歌う第3曲目は、歌劇「フィガロの結婚」より第三幕第20番、伯爵夫人の歌うレチタティーヴォとアリア、「スザンナは来ないかしら。楽しい思い出はどこに」の有名なアリアであった。このアリアはザルツブルグ時代に「戴冠ミサ曲」の最後のアニュス・デイのソプラノのアリアを転用したものとかねてから指摘されている。

           伯爵夫人は、スザンナに命じた伯爵とのはかりごとがどうなったのか心配しながら、伴奏付きのレチタティーヴォのピアノ伴奏で、自分が召使いの着物を着て主人を待たなければならない情けない気持ちを、激しく歌っていた。そしてアンダンテになって、「あの楽しかった時は、今はどこに行ったのかしら」と美しいアリアを静かに歌い出していた。これはあのアニュス・デイの有名な旋律であり、カルクは朗々と声を張り上げて歌っていたが、それが「あの幸せな思いが消えないのはどうしてかしら」と歌い継がれてから再び、初めの部分が繰り返されて前半が終了していた。




            後半は、一転してアレグロとなり、「あの人を改心させようという一途な気持ちが、私に希望を持たせてくれる」と元気よく自分を励ますように心を込めて歌っていた。伯爵夫人がいつまでもめそめそせずに、気を切り替えて、主体的に前向きにやろうと決断をしたアレグロのように聞こえていた。

            もの凄い拍手で舞台はいつまでも沸いていたが、このコンサートでは、続いてブラームスの歌曲が4曲歌われ、最後にR.シュトラウスの「4つの最後の歌」が歌われていた。この曲は名のあるソプラノは競ってレコーデイングを残している大曲であると思われる。そしてアンコールでは、彼女は「あおい」という曲をご披露していたが、この曲こそが、R.シュトラウスの最後の曲で、あるソプラノ歌手に献呈された曲であるが、彼女の死後に草稿が見つかったものであることを、カルクが英語で紹介をしていたのが、とても表情豊かで面白かった。

            ここ1〜2年くらいの間に、カルクが歌った第九やオペラなど、モーツァルト以外であったがHDDに記録していた積りであるが、それがどうしても見つからずに、思わぬ予定外れになってしまった。しかし、彼女のこのHPへの登場は、今回で4度目であるので、ここで改めて整理をして、歌手のデータベースに登録して置きたいと思う。

                    ソプラノのクリスティーナ・カルクのこのHPの初登場は、 2006年ザルツブルグ音楽祭における宗教的ジングシュピール「第一戒律の責務」K.35(7-5-5)であった。この曲は、モーツァルトのわずか11歳の作品であったが、カルクは主役と思われる世俗精神(悪霊)の役を歌い、この作品の初映像の成功に非常に貢献していた。
           彼女のこのHPの第二作目の登場は、前作と同じM22のラテン語喜劇「アポロとヒアチントウス」K.38(7-7-4)であり、彼女は唯一の女性の役メリアを歌って、堂々と存在感を示していた。これら二作は、いずれもヨーゼフ・ヴァルニヒ指揮、モーツアルテウム大学交響楽団、ジョン・デユー演出のライブ映像であり、彼女のモーツァルテウムの卒業記念デビューとも言えるDVD作品となっていた。




           彼女のこのHPへの第三作目は、2015年ザルツブルグ・モーツァルト週間におけるマルク・ミンコフスキー指揮グルノーブル・ルーブル宮音楽隊とザルツブルグ・バッハ合唱団によるカンタータ「悔悟するダヴィデ」K.469(16-1-1)であり、彼女は第一ソプラノを歌っていた。この曲は、未完のハ短調ミサ曲を利用して、自らアリア2曲を追加してカンタータに編曲して完成させたものであるが、彼女はこのアリアを含めて2曲のアリアと二重唱を歌っており、堂々たる成果を挙げていた。私は2015年のM週間に出席し、この演奏をライブで聴いてきているが、バルタバスが率いるヴェルサイユ馬術アカデミーの同時公演の場であった。そのため、音楽は良かったのであるが、音楽だけを楽しむ場とはならずに、私には馬の蹄の音が邪魔になって残念な思いをしている。しかし、この時のBDが発売されこの映像をアップしたときには、この問題は解決されていた。なお、今回の2017年でも、このグループが「レクイエム」を演奏しているが、席が良かったせいか、蹄の音の問題はなく、馬に合わせるためか、非常に遅いテンポのレクイエムであったせいか、私には非常に感動的であった。

            彼女のこのHPへの4度目の登場は、今回のリート・リサイタルであり、モーツァルトの非常に繊細でドラマテイックなリートやアリアを良くこなしたばかりか、ブラームスやR.シュトラウスの「4つの最後の歌」を堂々と歌って、私は彼女が、あのシュワルツコップを継ぐような、ドイツ本流のリート歌手に成長してきたと秘かに考えている。

            最後に、2017年のM週間に行ってきたが、今回は、7、ユービン・ドウブロフスキー指揮、バッハ・コンソート・ウイーンによる音楽劇「ザロモンの旅」−オペラのアリア、コンサート・アリアによる音楽劇−に出演し、この劇において、クリステイーネ・カルクはソプラノ歌手として、ナンシー・ストレース役を演じていた。そして、オッターヴィオを歌ったV.E.アダムベルガー役のミハエル・シャーデ(テノール)やフィガロやレポレロを歌ったF.ベヌッチ役のマニュエル・ヴァルサー(バリトン)の三人で、アリアや二重唱や三重唱を舞台で演技しながら歌って、モーツァルテウムのグロッサー・ザールの観衆を大いに喜ばせていた。
       今回彼女が歌ったアリアは、次の4曲であったが、劇中で娘役・女性役は彼女一人で、演技にアドリブのセリフも交えてアリアを歌うのは、大変であると感じられた。

5曲目、スザンナのレチタテイーヴォとアリア「いよいよ時がきた。」「おお早く来い、待ちかねた喜び。私はここで待って言います」オペラ「フィガロの結婚」より第27曲K.492、
6曲目、スザンナと伯爵の二重唱「酷いぞ、何故今まで焦らして」「承諾の返事はいつでも出来ますわ。」オペラ「フィガロの結婚」より第16曲二重唱K.492、
8曲目、三重唱「ねえ、あなた、リボンはどこ」K.441、
12曲目、三重唱「可愛いマンデイーナよ」、コンサート・アリアK.480、


        コンサートが終わって、昼食を軽く済ませようと、丁度、フェラインの仲間で途中から参加している久保田さんと二人になったので、一人ではなかなか入るには勇気がいるザルツブルグ一番のホテル兼レストランのザッハ−・ザルツブルグに入り、ザッハ−・トルテとコーヒーを頼んでいた。そこで驚いたことに、向こうを見ると、先ほどの舞台で美声を上げていた、クリステイーネ・カルクがわれわれの前のお友達の席に着こうとしておられた。絶好のシャッター・チャンスであったが、残念ながら手が震えてしまい、決定的瞬間を逃して良い写真にならなかった。彼女はわれわれの帰りがけに、われわれ二人に握手してくれ、日本などでは味わえない貴重な体験をした。彼女は春に日本や韓国に行かなければならないと張り切っておられた。これもザルツブルグへきて、このグロッサー・ザールにおられる愛の神様が認めてくれたご褒美であろうか。今回は、先ほどのK.513と言い、このような予期しない嬉しいことが起こるので、とても幸運であると思った。


(以上)(2017/03/13)



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