(最新のHDD録画より;ピアノ協奏曲K.595とクラリネット協奏曲K.622)
17-2-1、パーヴォ・ヤルヴィ指揮N響とラルス・フォークトのピアノによるピアノ協奏曲 第27番変ロ長調K.595、2016/09/29、N響定期第1842回、NHKホール、およびデーヴィッド・ジンマン指揮N響とマルテイン・フレストによるクラリネット協奏曲イ長調K.622、
2016/11/10、サントリー・ホール、

−評価の高いヤルヴィのN響定期の中に、珍しくモーツァルトのピアノ協奏曲第27番が含まれており、それがラルス・フォークトとの組合せで、二人は演奏前から良く話し合いが行なわれ、とてもピアノとオーケストラとが相性の良い、アンサンブルの優れた最後の協奏曲になっていた。一方のマルテイン・フレストによるクラリネット協奏曲イ長調K.622は、ジンマンとN響の協演であったが、実に落ち着いた朗々たる演奏で、クラリネットのしみじみとした胸に応える音が良く響いた確かな演奏であった−

 (最新のHDD録画より;ピアノ協奏曲K.595とクラリネット協奏曲K.622)
17-2-1、パーヴォ・ヤルヴィ指揮N響とラルス・フォークトのピアノによるピアノ協奏曲 第27番変ロ長調K.595、2016/09/29、N響定期第1842回、NHKホール、およびデーヴィッド・ジンマン指揮N響とマルテイン・フレストによるクラリネット協奏曲イ長調K.622、
2016/11/10、サントリー・ホール、
 (2016/10/09、および2017/01/08、NHKクラシック館の放送をHDD-5に収録)

      2月号は、ザルツブルグからの旅行帰りの月でもあり、旅行記作成と同時に作業をする必要があり、身近に収録してある最新のHDD録画を整理する必要があったので、整理して組み合わせてアップロードすることにしている。
      最初のファイル17-2-1は、ごく最近の二つのNHKクラシック館の放送から、ピアノ協奏曲とクラリネット協奏曲を選んでみたが、モーツァルトの亡くなった年に仕上げられた二つの協奏曲の組合せ(K.595&K.622)は、昨年の11月に16-11-2として、紹介済みであった。しかしながら、今回は別々のコンサートから引き抜いて、同一ファイルにしているので意味合いが異なっている。ピアノ協奏曲は、パーヴォ・ヤルヴィ指揮N響とラルス・フォークトのピアノによるピアノ協奏曲第27番変ロ長調K.595であり、2016/09/29のN響定期第1842回としてNHKホールで収録されたものである。演奏の前にこの曲に対する二人の思い入れ溢れる対話があり、それを頭に入れて聴くと素晴らしい演奏に聞えると思ったが、確かに素晴らしい曲である。
       一方のクラリネット協奏曲は、デーヴィッド・ジンマン指揮N響とマルテイン・フレストによるクラリネット協奏曲イ長調K.622であり、2016/11/10のサントリー・ホールのN響定期の演奏であった。この演奏はスエーデン出身の若いソリスト・フレストのクラリネットの高音から低音にわたる広い音域やはじけるようなアルペジオの自在な音色を楽しんで欲しいと解説されていた。




     ラルス・フォークトは、9〜10歳になった頃から好きになった曲であり、母に楽譜をねだって買って貰ったが、難しくて繰り返し弾いた懐かしい思い出が詰まっているという。子供の頃、何故この曲にそんなに惹かれたのか不思議に思うが、信じられないほど美しいメロデイとハーモニーの変化のせいかなと思っている。当時、ハーモニーなんて、何も知らなかったくせにね。ヤルヴィはハーモニーなんて考えない子供時代に戻りたいと冗談を言いながら、子供なら瞬時につかむことを理解するのに、今ではかなり勉強が必要なこともある。君が子供の頃この曲が好きだった理由が良く分るよと語っていた。




       二人の普段着での対談の後、映像はNHKホールの定期演奏会の映像に戻り、ヤルヴィの指揮の最初の曲、ピアノ協奏曲第27番変ロ長調K.595が始まろうとしていた。ヤルヴィとフォークトが着席して、顔を見合わせてから、ヤルヴィが第一楽章のアレグロを開始したが、第一主題はゆっくりと歌うようにオーケストラで始められ、N響の弦楽器がキラキラと輝くように鳴っていた。澄んだ清楚な第一主題に続き弦とフルートとが対話するように続く第二主題も美しく響いていたが、続いてチッチッチと弦が鳴る副主題などが次から次へと流れるように現れて、ヤルヴィは、この長いオーケストラによる美しい提示部をきめ細かく丁寧に指揮をしていた。




    続いてラルス・フォークトの独奏ピアノが第一主題を変奏しながら登場してオーケストラと対話するように進行するが、この人はスコアを見ながら弾いているようであるが、彼のピアノの音は堂々としており、弾かれるパッセージも見かけによらず粒だつように揃っており、この曲にはとても向いているように思われた。ピアノは呟くようにパッセージを連ねていき、新たな甘美な副主題が現れ、次第に独奏ピアノがオーケストラと対話しながら走り出し、第二主題に続いてチッチッチとピアノが響く副主題が登場し、独奏ピアノの自由なパッセージとなって盛り上がり、展開部へと突入していた。




      展開部では冒頭の第一主題を独奏ピアノがさりげなく弾き始めると、ヤルヴィのオーケストラがこれに鋭く反応して、再び独奏ピアノとの協演となり、これにフルートやオーボエが競い合うように答え始めて、ピアノの自由なパッセージを繰り広げる中で弦や管のアンサンブルの良い響きが美しく印象的であった。再現部ではオーケストラで第一主題を奏でてから独奏ピアノが途中から参加し、第二主題、副主題と定式通り、オーケストラを従えながら独壇場のようにパッセージを重ねていた。カデンツアは新全集に掲載されたモーツアルトのものを用いていた。終わってみれば、終始、ラルス・フォークトのしっかりした独奏ピアノが中心で進行しており、ヤルヴィも負けずに、オーケストラを動かす役割に廻っているように思われ、二人の合性の良さが印象的であった。




         第二楽章は、ラルゲットのA-B-A’の単純な三部形式であるが、ラルス・フォークトが呟くようにさりげなく弾き出す独奏ピアノの静かな音が素晴らしく、続いてオーケストラがくり返したあとに弾くピアノがもの寂しく響き、淡々と弾く透明感溢れる独奏ピアノが一人舞台になって美しく進行していた。中間部のリズミカルな主題もピアノが弾むように弾かれ、ラルス・フォークトの流麗なピアノの響きが美しく、良く聴くと音の粒だちや間の取り方にも独自のものがあり、オーケストラの動きと良く調和して、悲しげで極上のピアノの世界を繰り広げていた。ラルス・フォークトはこの曲には子供の頃から思い入れがあると語っていたが、こういうところにこの人の譜面を見ながら実直に弾くタイプの彼の行き方が反映されているように思われた。




         フィナーレは、アレグロと記されたお馴染みのロンド風の愛らしい主題が独奏ピアノで開始されるが、ロンド形式の枠組みで捉えるのか、あるいはロンド形式に似た変則的な展開部を有するソナタ形式と考えるべきか。迷ってしまう。この「春への憧れ」と歌われた華やいだ軽快なロンド風の主題をラルス・フォークトは、楽しげに伸び伸びと淀みなく、オーケストラと一体になって、軽やかなテンポで淡々と弾き進んでいた。続い独奏ピアノが第一クープレライ指揮主題をを2つほど提示しながら軽快に進行し、アルペッジョ風なパッセージの後にフェルマータで一呼吸してから、再び冒頭の明るいロンド主題が独奏ピアノで再開されていた。しかし、ここでも最後に再び独奏ピアノがアルペッジョ風なパッセージの後にフェルマータで一呼吸し、短いアインガングを示して、変則的な形を取っていた。その後、再びロンド主題が再開されて、これからは提示部の順序に従って主題が順次再現されていたが、カデンツアの前でもアルペッジョ風なパッセージが現れていた。フォークトは新全集の自作のカデンツアを弾いていたが、これは40小節もある長い回想風のものであった。この楽章もラルス・フォークトの独奏ピアノが常に一歩リードする形でこの澄みきった透明な曲調を見事に再現していたが、とても物静かな後味の良い期待以上の演奏であった。

   パーヴォ・ヤルヴィとラルス・フォークトの合性の良さが初めからよく示されながらフィナーレまで一気に到達してしまったが、ラルス・フォークトはヨーロッパで着実な実力者だと目されているフォークトが、素晴らしい拍手に迎えられて、ヤルヴィと握手しながらとても満足そうな嬉しそうな笑顔で応えていた。しかし、場馴れしている大観衆の拍手がアンコールを要求するように、高まりだしたので、フォークトは素直に諦めてピアノに向かっていた。アンコール曲は、シューベルトの「楽興の時」D780から第3番ヘ短調であったが、素朴な響きの短い曲。これで休憩に入り、続く曲はブルックナーの交響曲のようであった。






   第2曲目の映像は、クラリネット奏者のマルテイン・フレストと指揮者のデイヴィッド・ジンマンとが登場しており、クラリネット協奏曲イ長調K.622が、まさに始まろうとしていた。N響定期第1847回2016年11月9日のサントリーホールでデあり、1936年生まれの、私と同じ年齢のジンマンが既に寄りかかりの着いた指揮台に上がっていた。一方のクラリネットを持ったフレストは背が高く端整な顔立ちをしたスエーデン生まれの47歳で、27歳の時にジュネーブの国際コンクールで優勝して以来、ソリストの道を歩み続けている俊英であった。サントリーホールの広い舞台にコントラバス2台が右奥に、ホルン2、ファゴット2、フルート2の木管群が横長に広がって、N響としては中規模の協奏曲のオーケストラの布陣であった。

第一楽章は、アレグロのソナタ形式で、鄙びた感じの美しいお馴染みの第一主題が速めのテンポの弦楽器で現れて、小柄なジンマンが余り体を動かさずに両腕だけで軽く指揮をしており、軽快に曲が進行していた。続いて第一主題から派生した長い穏やかなモチーブが軽快に明るく進み、どうやら第二主題が現れないままオーケストラによる第一提示部が終了していた。








                マルテイン・フレストの独奏クラリネットが落ち着いて厳かに第一主題を奏で始め、直ぐに変奏を行ってから、続いて明るく新しい繋ぎのエピソードをソロが披露して軽快に進んでいた。フレストのクラリネットは暖かい澄んだ音色で、彼はかなり身体を左右に動かしながらリズムを取って吹くのが特徴か。次いで息の長い第二主題が初めてクラリネットソロで登場してくるが、この主題は下降したり上昇したりクラリネットの特性を利用しており、フレストは高音から低音まで滑らかに美しい音色を重ねて素晴らしい勢いで進行していた。続いてフェルマータで一呼吸してからも、クラリネットとオーケストラがお互いに第一主題冒頭部でしきりに対話を重ねるようにして盛り上がりながら曲が進み、颯爽とした勢いで提示部を勢いよく終了していた。




       展開部では、クラリネットのソロが繋ぎのエピソードを主体にして展開されており、まるで変奏曲のように転調を繰り返しながら次から次へと進行し、クラリネットの豊富な緩急自在の音色や、上昇音階と下降音階とが見事にミックスして快く流れるクラリネットの響きが、確かな技巧に支えられて鮮やかに示されていた。再現部は 型通りに第二提示部に沿って進行していたが、気がついてみるとカデンツアのないコンチェルトであったが、その必要性を感じさせないほど、多彩なクラリネットの音色が響き渡っていた。フレストのソロとオーケストラとのやり取りは実にスムーズであり、ジンマンとの意気込みもピタリと合って、実に落ち着いてクラリネットの響きの美しさを歌い上げていた。譜面上では360小節の長大な第一楽章であったが、この曲の流れ出るような楽想の豊かさは、聴くたびに死の2ヶ月前という最晩年の澄みきった響きを感じさせていた。




         第二楽章は、アダージョのA-B-A’の単純な三部形式であり、独奏クラリネットが弦の三拍子の伴奏に乗ってゆっくりと美しいメロデイを歌い出すが、この主題の透明感の溢れる透き通るような美しさとクラリネットのくすんだ寂しげな音色とが良く合って、しみじみと響いてくる音色は、いつ聴いても素晴らしいものがある。フレストは身体を左右にゆっくりとうごかしながら進めていたが、クラリネットの高音から低音にわたる暖かな音色の響きは、実に味わい深いものがあった。オーケストラがトウッテイで繰り返してから再びお返しの旋律でクラリネットのソロが始まり、オーケストラへと進んでいたが、フレストはジンマンとの相性も良くこの第一部はクラリネットの美しい音色が心に滲みるように響いていた。




          中間部に入ると、新しい明るい主題が独奏クラリネットで現れ、技巧的なパッセージが続いて、低音から高音に繋がるクラリネットの自在な音色がよく響きわたっていた。ここでもフレストの終始安定した変化に富む音色がとても魅力的であり、落ち着いた演奏であった。繋ぎのフェルマータのあとにカデンツア風の短いソロが一息あってから、再び、冒頭の瞑目する寂しげなアダージョが再現されていたが、この後半においても実に味わい深いクラリネットの心に浸みる響きが聞こえており、モーツァルトの最後の「白鳥の歌」を思わせる味わいのあるアダージョであると感じさせていた。




        フィナーレは軽快なテンポのロンド主題が飛び出すアレグロのロンド形式で、明るく屈託のないロンド主題に続いて二つのソロ・クラリネットによるエピソードが続くフォーマルなロンド形式であった。早いスタッカートの特徴のあるロンド主題がクラリネットのソロで走り出し、トウッテイで繰り返されてから、直ぐにクラリネットが早いパッセージを繰り返し、オーケストラとの変化に富んだ掛け合いが美しい。このテンポ感は、ジンマンとフレストの息がピタリと合って実に爽快であり、続く第一のエピソードはクラリネットにより華やかに提示され、ここでも独奏楽器が縦横に音階を駆け巡ってからロンド主題に戻っていた。続く第二のエピソードも、独奏クラリネットにより提示され、自由奔放に進行していた。しかし良く聴いていくと、続いてクラリネットの特性を生かした第三のエピソードとも言える上昇・下降を主体にした分散和音形の技巧を巡らした主題が現れてオーケストラと対峙しており、華やかさを高めていた。マルテイン・フレストはさすがに見事な腕前を見せ、瞠目しながら早いパッセージを高音から低音まで広い音域を自由にこなしており、NHK交響楽団との相性も良く、彼の安定した技巧は安心して見ておれる確かなもののように思われた。終わると凄い歓声と拍手が続き、フレストとジンマンへは一度だけ顔を 出して挨拶を交わしていたが、サントリーホールでの暖かな声援ぶりを感ずることが出来た。

           コンサートの余韻が溢れている中で、マルテイン・フレストは、舞台から客席へ呼びかけるように、旅をする少年が、最後にこう言います。「最も素晴らしいことは、愛することです」。アンコール曲は「ネイチャー・ボーイ」で、ナット・キング・コールの作詞で、エラン・アイス作曲の実に素敵な曲であった。思わぬ突然のアンコール 場内は再び騒然となって居たが、次はジンマンの出番で、グレッキ作曲、交響曲第3番と言う大曲にようであり、舞台は休憩に入っていた。
                   このクラリネット協奏曲K.622を聴いて、アレグロ−アダージョ−ロンド・アレグロの三楽章とも、良く揃って晩年の特徴である簡潔さの中での透明感に溢れた美しい曲であるといつも思うのであるが、私はこの第二楽章のアダージョが、アヴェ・ヴェルム・コルプスなどと共通したあの世に近づいた人だけが書ける、彼岸の涅槃の境地を描いたもののように思っている。今回のこの演奏もそのような雰囲気を感じさせる素晴らしい演奏であったと思われる。


(以上)(2017/02/18)



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