(最新の収録映像より;ヤルヴィの演奏会形式の「ドン・ジョヴァンニ」)
17-12-3、パーヴォ・ヤルヴィ指揮、NHK交響楽団による演奏会形式による「ドン・ジョヴァンニ」K.527、
合唱団;東京オペラシンガーズ、2017/09/09、NHKホール、

−今回のヤルヴィによる演奏会形式による「ドン・ジョヴァンニ」の演奏で驚かされたことは、あの広いNHKホールで大きく響かせるように歌う歌手陣の力強さに驚いたことと、舞台前面の狭いステージにより、指揮者と歌手たちやオーケストラとの距離感が非常に近いことを感じさせ、これら三者の熱意と意気込みにより、オペラ劇場を上廻る豊かさと一体感に満ちた演奏になっていたように思われた。そのため、観客がオペラの視覚的な楽しみを、多少、犠牲にして音楽に重点を置いてくれるなら、演奏会形式はあまり手間が掛からずに、それなりに良いものだと改めて感じさせられた。大方の観客も満足したように見受けられたし、今回の演奏がこれからのオペラ演奏のあり方に一石を投ずるものと期待したい−

(最新の収録映像より;ヤルヴィの演奏会形式の「ドン・ジョヴァンニ」)
17-12-3、パーヴォ・ヤルヴィ指揮、NHK交響楽団による演奏会形式による「ドン・ジョヴァンニ」K.527、
合唱団;東京オペラシンガーズ、2017/09/09、NHKホール、
(出演者)ドン・ジョヴァンニ;ヴィート・プリアンテ、騎士長;アレクサンドル・ツイムバリュク、ドンナ・アンア;ジョージア・ジャーマン、ドンナ・エルヴィーラ;ローレン・フェイガン、ドン・オッターヴィオ;ヘルナー・リヒター、レポレロ;カイル・ケテルセン、ツエルリーナ;三宅理恵、マゼット;久保和範、ステージ演出者;佐藤美晴、
(2017/10/23、NHKプレミアム・シアターの放送をHD-5に収録、)

               今月最後の3曲目は、パーヴォ・ヤルヴィの演奏会形式の「ドン・ジョヴァンニ」であり、これは2017年NHK音楽祭の一環として演奏されたヤルヴィのN響との演奏会形式のオペラであった。この演奏は、オーケストラが舞台のひな壇で堂々と演奏し、歌手陣も舞台の前で衣裳を着けて、余分な演技をしないで伸び伸びと歌っている姿を見て、これもオペラ演奏のあり方の一つであろうと改めて強く感じさせられた。私は、アーノンクールが彼の人生の置き土産のように、一連のダ・ポンテ三部作の演奏会形式のオペラ映像(2014)を残してくれたことに深く感謝しているが、ひたすら純粋に、オペラの音楽に浸るには、一番良い演奏方式であると思っているからである。実際、余り楽しめない演出のオペラを見た後に、アーノンクールの演奏会形式の映像でチェックして、気分をすっきりさせる体験もしている。
         アーノンクールの演奏会形式とNHKホールにおけるヤルヴィのものとの違いは、ヤルヴィの演奏では、N響が舞台のひな壇にいて、歌手と対等以上に存在感を示しているのに対して、アーノンクールの演奏では、ウイーンのアン・デア・ウイーン劇場という古楽器演奏向きの狭い劇場を利用しており、オーケストラは、通常のオペラと同様にピットで演奏していたので、歌手陣は舞台を広々と使って、譜面台や小道具なども利用して自由に歌っており、セミ・オペラ形式と名付けて、音響効果面では、通常のオペラ演奏と何ら変わらぬ状態であった。



          今回のヤルヴィの演奏で驚いたのは、あの広いNHKホールを響かせるように歌う歌手陣の力強さに驚いたことと、指揮者と歌手たちやオーケストラとの距離感が非常に近いことを感じさせ、これら三者の熱意と意気込みにより、オペラ劇場を上廻る豊かさと一体感に満ちた演奏になっていたように思われた。そのため、観客がオペラの視覚的な楽しみを犠牲にして音楽に重点を置いてくれるなら、演奏会形式は手間が掛からずに、それなりに良いものだと改めて感じさせられた訳である。
          パーヴォ・ヤルヴィが早足で登場して、早速、序曲が開始されたが、最初のアンダンテの二つの和音の後の低弦の動きが重苦しく不気味さを感じさせながら始まり、モルト・アレグロの第一主題が軽快に勢いよく走り出した。そこで薄暗い舞台をよく見ると、左奥に4台のコントラバスがいる標準的なオーケストラであり、いつもと違うのは、前列右端にチェンバロが一台置かれていた。舞台と指揮者の間には、長椅子が左右に二つ置かれて、そこには巾2〜3メートルの空間があり、そこはソリストたちが歌うステージのように見えていた。



     序曲が堂々と終了して、第一曲の序奏が始まって、舞台では左側からレポレロが背広姿で出てきて左の長椅子に座って呟くように見張り番の歌を歌い出していた。レポレロが手にしているのは横長のタブレット型のパソコンか、立ち上がって右側に移動しながら歌っていたが、急に素早く左側に逃げ出して身を潜めると、そこへ右端からドン・ジョヴァンニとドンナ・アンナが大声で登場して、互いに口争いの二重唱になっていた。ドンもアンナも正装の背広姿と赤のドレス姿であり、取っ組み合いはしない立ち姿で、二人は実に朗々と声を張り上げた見事な二重唱となり、そこにレポレロも加わって三重唱となり、次第に悪党呼ばわりの激しさとなっていた。その騒ぎを聞きつけて右側から堂々たる正装の騎士長が登場し、「娘を離せ」となっていた。



ここでも武器は持たないのでボクシングスタイルで、ついには「決闘だ」となっていたが、ドンが騎士長をナイフで胸を刺す仕草をすると、騎士長は倒れてしまった。オーケストラがその一連の動きを写実的に現していたが、曲は一転してアンダンテとなり、もの静かな三重唱になって騎士長が虫の息になっていく様子が字幕と歌で示されていた。この場面は動きが激しく、本来なら演出の見せ場の恰好の場面であるが、ここでは歌手たちはオペラと変わらぬ表情豊かさと動きを持って、伸び伸びと歌って行動しており、この映像ではそれに字幕の言葉と舞台上でのオーケストラの奏でる音楽とが加わって、クローズアップで見られるのでオペラと同様の、それ以上のまずまずの効果を上げていた。



           ドンとレポレロの短いレチタに続いて、チェンバロの音が初めて聞え、第二曲目は父親の死を発見したドンナ・アンナの驚きと激しく嘆き悲しむ長い伴奏付きレチタティーヴォで始まり、オッターヴィオとのアレグロの激しい二重唱となってドンナ・アンナの気性の激しさを物語っていた。騎士長の遺体を召使いに運ばせるなどオペラ並みの演出のレチタティーヴォの後に、気がついたドンナ・アンナがオッターヴィオに復讐を依頼する激しい二重唱が始まり、そして共に復讐を誓い合う素晴らしい劇的な二重唱となっていた。甘い声のオッターヴィオに対しアンナの鋭い声がよく目だって聞こえて、広いNHKホールを沸かせて大きな拍手を浴びていた。



続いてドンとレポレロが口争いをしていると、ドンが「女の匂いがする」と言って身を隠してから、軽快な前奏に乗って歌うドンナ・エルヴィーラのアリアが始まり、何と長椅子の上に立って、ドレスの上に黒いコートを羽織った旅姿で歌い出していた。隠れた男二人を意識して歌うアリアであり、「逃げた男が自分の所に戻ってこなければ、復讐してやろう」と歌うのであるが、言葉は激しいが今なお彼に強く心惹かれている心情を力強く歌っていた。「お嬢さん」と声を掛けられ、それがドン・ジョヴァンニであると気がつくと、エルヴィーラは待っていたとばかり鉄砲玉のように恨み・辛みの言葉をまくし立てたので、ドン・ジョヴァンニは後をレポレロに任せて、逃げ出してしまっていた。レポレロはここで大切に持っていたパソコンをエルヴィーラに見せながら、第四曲目の「カタログの歌」を歌い出した。



レポレロはエルヴィーラを椅子に座らせて、ゆっくりと語りかけるように、旦那の女性遍歴をパソコンで見せながら、名調子で早口に歌い聞かせていたが、「ドイツでは231人」と聞いてエルヴィーラは目を丸くして驚いていた。アリアは、途中からアンダンテ・コンモートになり、内容も具体的になって今度はドスを聞かせるように歌って見せ、ポケットからスマホまで持ち出して、熱心にエルヴィーラに見せて言い聞かせていた。このアリアは調子が良く良い声で堂々と歌われたので大拍手で終わっていたが、若くてうぶそうに見える彼女は、反対に復讐を誓って退場していた。



続いてオーケストラの賑やかな伴奏でツエルリーナが第五曲のアリアを歌いながら平服の合唱団と共に登場し、片やマゼットも歌いながら男声合唱団と現れて二人の二重唱になって、ラララの明るい合唱となっていた。そこへドン・ジョヴァンニとレポレロが登場し、早速、花嫁のツエルリーナに目をつけ、花婿のマゼットを引き離そうとする。渋るマゼットに対しこちらは騎士だと言って脅すと、「はい、分かりました」というマゼットの第六曲の不承不承の反発のアリアが歌われて、「尻軽女め」と噛み付きながら退場していた。大勢の合唱団が一度に舞台に上がると、普通のオペラと演奏会形式との差がなくなり、オペラ並みの賑やかさと迫力で、さすがに仕組まれた舞台であると感心した。



   チェンバロの音が響きだして、やっと二人になったとドン・ジョヴァンニがレチタティーヴォでツエルリーナを甘い言葉で口説きだし、彼女を次第に本気にさせ、あの美しい第七曲の二重唱が始まっていたが、執拗に「行こう」と誘う甘い言葉にツエルリーナはついに「行きましょう」と答えてしまっていた。この美しい場面は、映像では二人の顔の表情がクローズアップされるので、演出は不要であり、この方式で全く充分であった。



           そこへ突然に現れたエルヴィーラが、ドン・ジョヴァンニの言い訳のレチタティーヴォには耳も貸さずに「私と一緒に逃げましょう」と歌う第8番の短いが激しいアリアを歌って、ツエルリーナを強引に連れて退場していた。「何と今日はついていない日だ」とドン・ジョヴァンニが独り言を言っていると、そこへドンナ・アンナがオッターヴィオと連れだって登場し、何と「あなたの友情におすがりしたい」と話しかけてきた。「バレていない」とドン・ジョヴァンニが安心して、話を聞こうとしたところへ、突然、エルヴィーラが近づいて来て、「この男を信じてはなりません」と第9番の四重唱が始まった。余りにも生真面目にドン・ジョヴァンニを悪者扱いにするエルヴィーラに二人は驚いて、次第に疑問を抱き始めたが、どうやらエルヴィーラの方が正しそうに判断した四重唱であったが、ドン・ジョヴァンニが別れ際に囁いた「アミーチ・アディーオ」という言葉でドンナ・アンナは愕然として目が覚めたようだった。



激しいアレグロ・アッサイのオーケストラと共にドンナ・アンナは「死にそうよ」とオッターヴィオを大声で呼び、ドン・ジョヴァンニがあの夜に自分を襲い、父を殺した犯人であることを伴奏付きのレチタティーヴォで、興奮しながら早口に説明をした。そして「これで分かったでしょう」と第10番のアンダンテのアリアを歌い出し、「犯人への復讐を」とオッターヴィオに歌いかけていた。このアリアは劇的に素晴らしい歌声で歌われて凄い拍手で終わっていたが、ここでオッターヴィオが一人舞台に残り、真相は分からないが真実なら復讐しようと第10番aのウイーン追加版のアリアを歌い出した。この甘い声で歌うオッターヴィオのヘルナー・リヒターは、しっかりした歌唱力があり、モーツァルト向きのテノールであると思われ、素晴らしい拍手があった。



          再びチェンバロの音がして、レポレロの報告にドン・ジョヴァンニがブラーボを連発するレチタティーヴォが続いて、上機嫌になったドン・ジョヴァンニが勢いよく歌う第11番の「シャンペンのアリア」が歌われ、元気の良い新しく生きのいいドン・ジョヴァンニが誕生したかのように格好良く堂々と早い口調で歌われて、大拍手となっておりここでも、演出は不要であると思われた。続いてツエルリーナが恋人のマゼットの機嫌を取る第12番の「ぶってよマゼット」を歌っていたが、このアリアもチェロのオブリガートでなよなよと歌われ、マゼット相手のツエルリーナの表情がクローズアップでとても良く、二人だけなので演出は無用の大拍手で歓迎されたアリアであった。



          第一幕のフィナーレに入って、マゼットが「早く、早く、どこかへ隠れよう」とツエルリーナとの二重唱が始まり、ドン・ジョヴァンニが合唱団の村人たちに元気を出せと声を掛けると、その声につられて元気よく村人たちの合唱になっていた。続いてアンダンテになって弦の美しい前奏でツエルリーナがドン・ジョヴァンニに見つかって二重唱になっていたが、監視していたマゼットと顔を合わせてしまい、三重唱になっていた。しかし、折からアレグレットの踊りの音楽が聞こえて来て、三人は揃って踊りの方に向かっていた。



                そこへアンア、エルヴィラ、オッターヴィオの三人が、サングラス をかけて登場し、ドン・ジョヴァンニの正体を見極めようとしていた。そこへとても美しいメヌエットの音楽が始まって、オーケストラの後ろにいたレポレロが三人に気がついてドン・ジョヴ ァンニと相談し、三人は入場を許されていた。そこで、音楽はアダージョに変わり、三人は「正義の神よ」と三重唱で歌い上げ、復讐に力を貸して欲しいと正義の神様に願っていたが、この三重唱は場違いなほどに美しく聞こえており、演出不要の素晴らしい瞬間であった。



            オーケストラが激しいアレグロになって、「コーヒーだ、シャーベットだ」と大騒ぎしているうちにマスクの三人が登場し、ドン・ジョヴァンニやレポレロと挨拶を取り交わしているうちに五重唱になって、歓迎の自由万歳が何回か繰り返されていた。そしてドン・ジョヴァンニの「音楽を始めよ」の命令で、再びメヌエットが開始された。この踊りは第一のオーケストラが演奏しており、続いて第二のオーケストラが準備を始め、ドン・ジョヴァンニとツエルリーナがコントルダンスを踊ろうとしていた。続いて第三のオーケストラが準備を始め、レポレロが厭がるマゼットとドイツ舞曲を踊り出していたが、マゼットがよろけて転んでしまっていた。



                       そのうちにツエルリーナが姿を消し、3つの舞曲が進んでいるうちに、アレグロ・アッサイに急に変わって、ツエルリーナの「助けて!」と言う悲鳴が遠くから聞こえてきた。さあ大変。ツエルリーナが、ドンナ・アンナと、エルヴィーラ、オッターヴィオ、マゼットがいるところに逃げてきて、助けられていると、音楽はアンダンテ・マエストーソになり、ドン・ジョヴァンニが「悪いのはこの男だ」とレポレロのせいにしようと していた。しかし、それを見ていたマスクの三人はマスクを外しながら「ペテン師、もう騙されないぞ。全てがわかってしまった。」とドン・ジョヴァンニに立ち向かっていた。



           音楽がアレグロに変わると、背景が暗雲に変わって、三人にマゼットとツエルリーナも加わった五重唱で「裏切り者、天罰が下るぞ!」とドン・ジョヴァンニとレポレロを責めつけると、二人は次第に頭に血が上り、強がって見せたもののやがて這うぼうの体で逃げ出してしまい、大混乱の中で第一幕が終了していた。フィナーレでも、演出なしで何とか、オーケストラの席まで利用して物語が進んでおり、ヴァイオリンとコントラバスが席を外して弾いていたダンス音楽が一際華やかに聞え、役者が衣裳を着けて揃っていると、音楽が堂々と素晴らしく進行するので、演出や人の動きが少なくても劇は筋書き通りに進み、分る人にはこれでも分るものだと感心させられた。



         第二幕は指揮者よりも早く舞台に上がったレポレロが、スマホでおしゃべりをしており、ドン・ジョヴァンニと何か話しながら登場したヤルヴィが指揮を始めると、レポレロとドンがスマホ同士で大声で会話しており、やがてドン・ジョヴァンニの「いい加減にしろ、この道化者」と歌うアレグロ・アッサイの第14番の二重唱が始まった。レポレロが「殺されるところだった」と立ち去ろうとして言い合いになっていたが、続くレチタティーヴォでドン・ジョヴァンニが金貨四枚を弾むとレポレロが金を受け取ってしまい、挙げ句の果てにはエルヴィーラの従女を口説くため、衣装を取り替えることにまで同意させられていた。



           エルヴィーラが二階の窓から降りてきて一階の椅子に腰をかけ、ドン・ジョヴァンニを非難するレチタティーヴォを歌い出すと、ドン・ジョヴァンニは彼女を利用することを考えて、レポレロにエルヴィーラの相手をさせようと二人の変装姿の第15番の三重唱が始まった。甘い言葉に弱いエルヴィーラが彼を信じて変装姿のレポレロと意気投合していたが、ドン・ジョヴァンニの大声で、二人は逃げ出してしまった。この一・二階の三重唱は、変装と声色との演出がとても難しいので、むしろ演出をこのように諦めて、割り切ってしまう演奏会形式の方が、変装してもバレているのが分っているので、堂々としていて良いと思った。



           一人になったドン・ジョヴァンニは、二階を見上げてマンドリンの美しい伴奏で、第16番のカンツォネッタを歌い出したが、オーケストラのプロが実に見事にマンドリンを奏でており、オーケストラが見事なピッチカートの伴奏を付けていたので、ドン・ジョヴァンニは気持ちよく歌っていた。演出がないので、残念ながらエルヴィーラの侍女の顔は見えなかったが、音楽が最高に決まったので盛んに拍手を浴びていた。そこへ薄暗い闇の中からドン・ジョヴァンニを探して、マゼット一行が現れて騒ぎ出していた。レポレロの上着を借りただけの変装しかしていないドン・ジョヴァンニは、第17番のアリアを歌いながら、レポレロの振りをしてドン・ジョヴァンニが逃げた方向を示して、大勢の追い手を二手に分けて追い払っていたが、演出が難しい無理筋のように見えていた。



           そして残った間抜けなマゼットを一人にして、懲らしめのため足蹴にして叩きのめしてしまった。マゼットの悲鳴を聞いて駆け付けて来たツエルリーナが、痛がるマゼットを慰め、第18番の「薬屋のアリア」を歌って、簡単にマゼットの機嫌を直してしまっていたが、このアリアが実に上手く歌われたので、観衆から大拍手を浴びていた。ここでも音楽が素晴らしくツエルリーナが可愛らしいので、変な演出は不要であった。



             一方、エルヴィーラとレポレロが暗闇の中を手をつないでウロウロして第19番の六重唱が二人の二重唱で始まっていたが、そこへオッターヴィオとドンナ・アンナとが現れて二人で二重唱を始めていた。レポレロが逃げだそうとして、そこに現れたツエルリーナとマゼットに捕まってしまい、怪しいドン・ジョヴァンニの格好のレポレロが責められ、一同が許せないとなったので、暗闇の中でエルヴィーラが私の夫だと告白してしまった。しかし、捕まえてみれば、平謝りに謝るばかりのレポレロだったので、驚くのはエルヴィーラだけでなく、一同皆、呆れ果てたおかしな六重唱が続いていた。



             マゼットがこの男を皆で半殺しにしてしまおうと責めるので、レポレロは服を脱いで「これも旦那の所為なのです」と第20番のアリアで、一人一人にすっかり白状して謝る早口のアリアを歌い、皆の隙を見て脱兎のごとく逃げ出していた。これらの暗闇の6重唱も上手い演出はなかなか望めないが、レポレロの動きと表情が良く、また続くレポレロのアリアは演出なしでも良く分るので、演奏会形式の演出なしでも、余り問題はないと思われた。



             ここでオッターヴィオがアンナの父親殺しの犯人は、ドン・ジョヴァンニに間違いがないので、当局に告訴してから復讐したいと述べて、残されたツエルリーナやエルヴィーラに対し、私の留守の間に彼女を慰めて涙を拭ってくれとと、第21番のアリアを歌い出した。このアリアはアンダンテ・グラツイオーソで、堂々と歌われて素晴らしいアリアになり、終わるともの凄い拍手を浴びていた。続いてエルヴィーラのウイーン追加曲第21番bの伴奏付きレチタティーヴォとアリアが歌われており、アレグロ・アッサイの弦楽合奏で始まり、エルヴィーラが「あの人は何と恐ろしいことをしてしまったのだろう」と天罰が下りそうなことを心配していた。しかし、一転してアレグレットのアリアになると「私は彼に裏切られたが、彼の身が危ないので、胸騒ぎがする」と優しい心を歌って、万雷の拍手を浴びていた。



        さて、ドン・ジョヴァンニが「良い月夜だ」と独り言でご機嫌であったが、レポレロが駆けつけて来て、二人がここまで来た顛末を話し合って、レポレロの女のことで、ドン・ジョヴァンニが高笑いをしていると、トロンボーンの伴奏で「お前の笑いも今夜限りだ」と言うアダージョの厳粛な声が聞こえ、二人は幽霊かと驚いた。よく見ると騎士長がパイプオルガンの薄暗い高い席から大声で二人に向って叫んでいた。そこで第22番の二重唱が始まり、レポレロが恐る恐る招きの言葉を掛けると、騎士長は頷いたという。驚いたドン・ジョヴァンニは、自分でデイナーに来るかと声を掛けると「行こう」という返事が戻ってきた。仰天した二人は怖くなって、食事の準備のため逃げ出すように退場していたが、この墓場の場面は、遠くに騎士長を写して大声を出させ頷かせており、下手な石像による演出よりもはるかに優っていた。



               続いてこの墓場の場面に、オッタ−ヴィオとドンナ・アンナが現れ、亡くなった父の姿を思い出していると、このような場所でもオッターヴィオは、彼女に結婚を迫り、ドンナ・アンナに返事が貰えずに「つれない人だ」と責めたてていた。彼女は「それどころではないのです」とオッターヴィオに対し第23番のアリアを真剣に必死で歌っており、後半にはコロラチューラの歌声が連続して、ドンナ・アンナの本日最高のアリアになっていたので大変な拍手であった。



               第二幕のフィナーレになって音楽が勇ましく始まって、レポレロが食事の準備を始め、ドン・ジョヴァンニが正面に立ってワイングラスを片手に持って、豪勢にやろうと歌い出していた。ヤルヴィのオーケストラは非常に迫力があり、レポレロを「コサ・ラーラだ」と喜ばせ、堂々とゆっくりと進行させていた。音楽が変わってサルテイの「漁夫の利」の木管アンサンブルが響きだし、レポレロが「ブラボー!」と喜び、ドン・ジョヴァンニに食事を手渡して、本来なら豪勢な食事が始まっていた。



                          やがて音楽が高みに達すると、ドン・ジョヴァンニは「素晴らしいマルツィミーノ酒だ!」と歌いながらワインを飲んでいたが、舞台では残念ながら どうやら口だけの食事であった。続いて「フィガロ」の音楽がクラリネットで始まり、ドン・ジョヴァンニが大声で「レポレロ!」と叫んで、レポレロに口笛を吹けと困らせているうちに、突然、音楽がアレグロ・アッサイの管弦楽に変わり、いきなりエルヴィーラが「最後のお願いだ」と言いながら駆け付けて来た。



                彼女は懸命に膝をついて「生活を改めて」と懇請するが、ドン・ジョヴァンニはワインを片手にして聞こうとしても、彼女の語っている意味が分からず、笑って取り合わない。しかし、彼女が余りにもしつこいので、彼女にワインをかけたりして「女と美酒よ」と馬鹿にし始めた。やがてオーケストラが早いテンポで劇的になり、エルヴィーラが逃げ出して大きな悲鳴を上げて逃げ去った。「見てこい」の一声で、レポレロも後を追って確かめてから、大声で悲鳴をあげて戻ってきて、「もう見たくない」と言うばかり。



               ドン・ジョヴァンニが、見に行こうとすると、大音響とともに辺りは真っ暗になり、騎士長の声が大きく響きわたり「ドン・ジョヴァンニ」と呼び掛けて、序曲のあの冒頭の音楽が激しく始まっていた。そのど迫力は、さすがヤルヴィとN響でもの凄い。騎士長の姿が近づいてきて、大声で「招かれたから、やって来たぞ」と叫んでいた。
  ドン・ジョヴァンニは、レポレロと騎士長に対し何とか口答えしていたが、騎士長の声が「今度は私の所に来るか」と響きわたると、レポレロが止めるのも聞かずに「行こう」と返事をし、約束の印に手を出せと言われて、手を彼方に差し伸べ握手すると、ドン・ジョヴァンニは急に震え上がり苦痛で苦しみだした。



                  騎士長の声が、改心せよと迫ると、ドン・ジョヴァンニは苦しみながらもイヤだと答えていた。騎士長は最後まで改心を迫っていたが、やがて時間がないと言って画面から消えてしまっていたが、ドン・ジョヴァンニは、最後まで強情にいやだと言い張り、そのうちに「この震えは何だ」と苦しそうに藻掻き続けていた。合唱団がオーケストラに負けずに「お前の罪は重い。地獄へ行け」と叫びながら歌っていたが、やがて大音響と共にドン・ジョヴァンニは「地獄だ」と大声を上げながら、舞台から立ち去り、テインパニーが不気味な大きな音を響かせていた。演奏会形式の地獄落ちにしては、登場人物が歌ばかりでなく、それなりの表情と動作を加えており、音楽に集中できるので、ヤルヴィのしっかりした激しい音楽のお陰で、充分に物語の類推がつく新しい舞台のように思われた。



              舞台には、レポレロが一人、残されていたが、直ぐに六重唱が勢いよく始まって、六人が勢揃いして歌っていたが、レポレロが何も良く分からないままに、旦那が遠いところへ行ってしまったと説明をしていた。一息ついてオッターヴィオとドンナ・アンナが二重唱明るく歌い出したが、一年間喪に服してからと言うことになった。



エルヴィーラも修道院に行って再出発しようと明るく歌い、レポレロは改まって良い旦那を見つけようと歌っていた。そして終わりになって、早いテンポの六重唱が軽快に続いて「悪人の末路はこの通り」と歌って元気よく終りとなって幕がない演奏会形式の終わり方になっていた。そして、最後には、ドン・ジョヴァンニもワイングラスを片手にして駆けつけて来て、列に加わり素晴らしい幕切れになっていた。



凄い拍手が続いて、舞台では大変なカーテンコールが繰り返されていたが、初めに合唱団の皆さん方が、男女合わせて一列になって挨拶していたが、続いて、ツエルリーナ、マゼット、騎士長、オッターヴィオ、ドンナ・アンナ、エルヴィーラ、レポレロ、ドン・ジョヴァンニの順に、一人ひとり挨拶を繰り返して、最後に一列になって挨拶をしていた。ドンナ・アンナが指揮者を呼びに行き、ヤルヴィは中央で手を繋ぎながら拍手に応えて挨拶していたが、もう一人の人を挨拶させようと手を振っており、遠慮がちに出てきた佐藤美晴さんというステージ演出家が挨拶を繰り返して、花を添えていた。



この演奏会形式の「ドン・ジョヴァンニ」は、場内を熱狂 させるほどの感動的な終結を向かえて、成功裡に終わっていたが、その第一の立役者はヤルヴィであろうが、このステージ・ディレクターのきめ細かな配慮や、歌手陣への動作の指導などが功を奏して、動きや表情を良くし、立ちっぱなしの演奏会形式でなく、狭い舞台ではあるが工夫を凝らして、少しでも演技のある、情感に満ちた表情豊かな舞台を作り上げたものと思われた。ヤルヴィはその影の功労者を、大拍手の観衆に伝えたかったものと思われた。

恐らくN響とは息の合うヤルヴィの熱意のこもった意欲的な指揮を始めとするオーケストラの充実振りや、今回の舞台における若いが一同揃った歌手陣の見事な歌唱力や、自由な生き生きした表情や身振りなどのサービス振りにも、親しみや楽しさを覚え、豊かな音楽に基づく満足できる良い舞台を見たことに対する歓迎の声と拍手であったと思われる。見慣れない演奏会形式のオペラであったが、この観客の熱狂振りから見ると、良い演出の優れた舞台と同様の歓迎振りを頂戴したことは、狭い舞台であっても、工夫と熱意と努力があれば、プロの演出家のいないオペラであっても、演奏が充実してさえおれば、観客に充分な満足感を与えることが出来ることが、立証されたようであった。

アーノンクールのセミ・オペラ形式との違いは、譜面台を持ち出して譜面を置いて歌う歌手が一人もいなく、立ちん坊で歌う歌手も一人もいなかったことであり、歌手陣はみな、狭い舞台のことを考え、オーケストラや他の歌手たちのことを考えながら、一体となって行動していたことが覗えた。これが今回の創意のある演奏会形式の成功の原因になったものと思われる。私は今回のこのオペラ演奏の仕方が、行きすぎた演出家によるオペラや、有名歌手だけを集めた豪華なステージなど、過去の行きすぎた贅沢なオペラの姿に警告を与え、むしろ、今回のように出演者全員が取り組んだアンサンブルの良いオペラの姿が見直されるものと期待をしたい。2017年の年末の最後の締めに、実に良い映像を見たとご報告しておきたい。

    個人的には、余り好ましくない演出のオペラが増加してきて、一度は、音楽に集中できる演奏会形式でモーツァルト・オペラを見てみたいと思っていたことが図らずもアーノンクールにより実現していた。しかし、その映像を見てさらに今回のような充実した演奏や工夫によって、演出がなくても受け入れることが可能であるとの実感を得た。しかし、私自身では知り尽くしたオペラであったから受け入れ可能であったと思われるので、演奏会形式の方が良いと誰にでもお薦め出来る訳ではないことは充分に承知している。

                 繰返しになるかも知れないが、今回のドン・ジョヴァンニの演奏は、指揮者と歌手たちやオーケストラとの距離が、非常に近いと感じさせた。そしてこれら三者の意気込みに熱意が溢れ、演奏に一体感が満ちていたと感じさせた。もし、プロの個性の強い演出者による指揮者や歌手への演出上の注文があったとすれば、それはこの密接感やアンサンブルを阻害したに違いないと思われる。むしろ指揮者や歌手たちや狭い舞台のことを考えて、歌手たちの伸び伸びした歌い方が出来るように、客観的に全体のアンサンブルを良くする役割が求められ、それがステージ演出者の意義に繫がったものと思われる。映像を見ただけで勝手な想像をしているが、個人的には、音楽が素晴らしいことが重要で、舞台は二の次だと考えているものにとっては、オペラは、音楽的には、むしろ演奏会形式の方が望ましいのであるが、その代わり演出なしでは観客のオペラへの理解を妨げる心配があろう。今回のオペラの成功は、ある意味では、演奏会形式でも良しとした観客のレベルの高さにあったのかもしれない。

今回の演奏会形式の映像を見て、余り舞台の動きを追う必要がなくなった分だけゆとりが生じ、今までスコアを見ることが出来なかったオペラ鑑賞でもスコアを見ることが可能になり、演奏の細部を理解することが出来る様になったほか、音声による情報量が大幅に増加したような気がする。例えば、伴奏つきレチタティーヴォの重要性、アリアの中でのオブリガートなどオーケストラと声との関わりの意味、長いフィナーレなどでの場面の変化など、これまで気づかなかった点への理解が増したような気がしているので、普段からCDをスコアで追う習慣をつけておくべきであると思った。
    それと同時に、ヤルヴィの演奏が、新全集のスコアに忠実に演奏されていることを知り、ここにも演出者に毒されないオペラ演奏のあり方の見本を見たような気がする。

今回の歌手陣では、総じて無理な演技から解放されて、全員が実に伸び伸びと歌っており、演奏会方式の良さを物語っていた。このオペラの成功は、何と言ってもドン・ジョヴァンニの存在感であり、今回のドン・ジョヴァンニはいつも堂々として主役の役割を充分に果たしていた。補佐役のレポレロもパソコンやスマホを自由に扱う個性的でドスのきいた歌い方も地に着いており、とても動きが良かった。三人の女性陣も歌も表情も役ピッタリでドレスの配色も良く、三人揃って楽しんで見られた。オッタ−ヴィオもマゼットもまずまずであり、特にオッターヴィオは、この役にピッタリという思いがした。さらに騎士長の堂々たる存在感はさすがであり、ドン・ジョヴァンニに負けない威厳を見せていた。いずれにせよ、歌だけに専念できるこの演奏会形式は、歌手たちを生かせるものと感じさせた。
            今回の映像を見て、演奏会形式の映像の良さを改めて知ったので、ヤルヴィにはさらにこの方式で、今後に期待したいと考えている。繰返しになるが、2017年の最後のアップロードで、こんな楽しい作業が出来たことに、深く感謝したい。


(以上)(2017/12/17)



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