(ザルツ音楽祭直送オペラ;P.セラーズ演出の超モダンな「ティト帝の慈悲」)
17-10-1、テオドール・クルレンツイス指揮、ピーター・セラーズ演出、ムジカエテルナ及び同合唱団による「ティト帝の慈悲」K.621、
2017年8月4日、フェルゼンライトシューレ、2017ザルツブルグ音楽祭、

−P.セラーズとクルレンツイスによるもの凄く原作を超越した「皇帝ティトの慈悲」の映像を見た。最新のザルツブルグ音楽祭における話題の新オペラ作品である。この舞台では、皇帝ティトは「ローマの幸せのために」と、最後に自ら救命装置をかなぐり捨てて命を絶つという思わぬ衝撃的な結末で終わっていたが、これは演出者セラーズが、単に皇帝を称えるだけの現代のオペラ・セリアで終わることを許さなかったからだと思われる。現代風に装ったこのオペラは、ハ短調ミサ曲やフリーメーソンのアダージョなどの名曲の挿入曲で、装いを新たにし原作の不足を強化していていたが、私には原作を超えても、皇帝を称えるオペラ・セリア内に収まって欲しかった。しかし、そうなったとしてもこの映像は、原作を超える「P.セラーズのティト帝」と呼ばれることになるであろうと思われるー

(ザルツ音楽祭直送オペラ;P.セラーズ演出の超モダンな「ティト帝の慈悲」)
17-10-1、テオドール・クルレンツイス指揮、ピーター・セラーズ演出、ムジカエテルナ及び同合唱団による「ティト帝の慈悲」K.621、
2017年8月4日、フェルゼンライトシューレ、2017ザルツブルグ音楽祭、
(出演者)ティート;ラッセル・トーマス、ヴィッテリア;ゴルダ・シュルツ、セスト;マリアンヌ・クレバッサ、セルヴィリア;クリスティーナ・ガンシュ、アンニオ;ジャニーヌ・ドウ・ピケ、ププリオ;ウイラード・ホワイト、
 (2017/09/23、クラシカ・ジャパンの放送をHD-1に収録し、DVDにダビング)

         9月号で予告していた2017ザルツブルグ音楽祭のクルレンツイス指揮、ピーター・セラーズ演出、ムジカエテルナ及び同合唱団による「ティト帝の慈悲」K.621、を、9月23日にHDD録画収録し、それをBDレコーダーのHDDやDVDにダビングしながら映像を見ていたが、ハ短調ミサ曲K.427が出てきたり、アダージョとフーガK.546が出てきたりして驚きつつも、それがアリアの序奏のような役割を果たして効果を挙げている事実に気づき、途中で直ぐ10月号のトップの17-10-1でアップロードをしたいと思うようになった。よく考えなければならないが、直感的に、難民問題やテロないし戦争に巻き込まれる恐れのある現代社会において、為政者の寛容を求める演出は、共感を呼ぶのではないかと思われ、続けて何回も見直して、記憶がさめないうちに、早く、アップしたいと思ったからである。




          この映像は、夕暮れのザルツブルグ城を背景にして、特有の鐘の音が響いてオペラ「ティト帝の慈悲」の字幕と内容紹介が始まってから、画面は暗闇となり、いきなり序曲が開始されていた。三回続けて三和音的に上昇するファンファーレとこれに続けて行進曲風なアレグロの早い第一主題が現われて、画面は暗闇の中を警官に追われて逃げ惑う難民風の人々の不安な表情を写しだしていた。続いてオーボエとフルートによる第二主題が現われて、人々は警官に誘導されて柵の中に大勢の人々が集められていた。序曲は再現部に入り、第二主題から再現されていたが、そこへ背広姿のティト帝と親衛隊長などが登場していた。するとティト帝は、難民風の人々の中から知り合いを二人見つけて近くへ呼び、親愛の情を見せつけていたが、それが何とセスト兄妹であった。時代は現代の風景であるが、映像はローマのティト帝と取り巻きたちと、大勢のローマ市民たちを暗示しており、初めからティト帝の優しさを示していた。




      そこで、序曲が堂々と結ばれて、直ちに第1幕の第一曲が開始されていたが、舞台は二人の男女が言い争いをしており、どうやら、二人は先王の娘のヴィッテリアと皇帝ティトの親友でヴィッテリアを愛しているセストのよう。彼女は皇帝が異国の王女ベレニーチェと結婚しようとしていることに憤激して復讐を考えて、いくらセストに頼んでも実行してくれないので本当に怒り出していた。彼女がティトに復讐を迫る理由の長い二人のレチタティーヴォが続き、仲間と別の企てを実行しょうとしていた男装のセストが懸命に彼女の短慮を諌め、考えを変えさせようとしたが、彼女は「私の敵を誉めるのか」と爆発し、立ち去ろうとした。しかし、セストがしがみつき、遂に泣きながら「何でも命じて下さい」と第一曲を歌い出すと、ヴィッテリアは「皇位を奪った男に死を」と命ずる二重唱となって勢いづき、終わりのアレグロでは声を揃えて美しく歌っていた。




          そこへ親友のアンニオが現われ「皇帝が君をお呼びだ」とセストに知らせると、ヴィッテリアが皇帝を罵るので、アンニオがこれを諌めて「異国の王女との結婚は諦めた」と話し出したので、セストとヴィッテリアは驚いた。そこでヴィッテリアはセストに「事を起こすのは中止よ」と告げ、セストに向けて「私を喜ばせたいのなら、その煮えきれない気持ちを捨てて頂戴」と第二曲をラルゲットで美しく歌い出した。そして後半では激しいアレグロのコロラチュアのアリアに装飾を着けながらセストとアンニオにも向けて力強く歌っていた。しかし、この演出ではアリアの後半でフォルテピアノがよく響き、そこに姿を見せたティトにヴィッテリアが忠告めいたことを言い、抱きついたりして気の強さとわがままな振る舞いを見せつけていた。




    一方、アンニオはセストに「君は妹のセルヴィリアを僕の妻にと約束してくれた。あとは皇帝の同意を得て欲しい」と頼み、二人は第三曲の民謡風の三拍子の小二重唱を歌ってお互いの友情を確かめ合っていたが、短いがとても美しい二重唱であった。
             場面が変わって、トランペットが鳴り響き第4曲の行進曲が始まって、ローマ皇帝ティトが衛兵や貢ぎ物を献上する人々とともに登場し、皇帝の威厳を暗示する儀式が始まった。人々は皇帝ティトを「祖国の父」と讃え、さらに「正義の人ティト」と声を合わせて第五曲目の大合唱となり、皇帝を讃えて歌っていた。




       ププリオが元老院を代表してティトを褒め讃え、感謝の財宝が届いていることを告げると、ティトは「この年貢物を、ベスビオの廃墟の人々に捧げよう」と決断し、善政を説くので一同は感動していた。すると、突然、2度目の行進曲の代わりにハ短調ミサ曲のベネディクトスの前奏が聞え初め、続いて難民風の人々の中からアンニオとセルヴィリアが親しい仲間2人を連れ出して、ティトの前で四重唱が始まった。二人はティトにお願いをするとティトはププリオと耳打ちして二人は許されたようであり、全員が握手を交わして解散すると、難民を装った合唱団がホザンナの大合唱を歌い始めて、素晴らしい赦しの神への賛歌の大合唱が続いていた。このような曲の挿入変更は驚きであるが、約5分にも及ぶ聖なるものへの賛歌の詠唱であったので、圧倒的な感動が湧き起こっており、このやり方は成功していた。




         残されたセストがティトに、王妃の選定について皇帝に尋ねると、彼は「ローマはローマの娘を王座にと望んでいる。彼女は去った。愛の絆が駄目なら、私は友情の絆を深めたい」と言い出し、「君の家系から王妃をと思うがどうか」とセルヴィリアの名を告げてそばにいた二人を仰天させた。唐突に意見を聞かれて、彼らは皇帝に逆らうことは許されず、思わず口ごもる。アンニオは逆らえずにセルヴィリアを逆に王妃に相応しい方と誉めてしまうので、反対に皇帝から本人に伝えるよう頼まれてしまった。そしてティトは「王座は苦しい人を助け、友の位を高めるしか、喜びはない」と彼の第6曲のアリアを歌って、自分を慰めていた。




          アンニオが愛するセルヴィリアに「お妃だ」と伝える苦しみと、彼女の驚きと苦悩を歌った二人の愛の第7番の二重唱は、木管のオブリガートを伴って実に美しく歌われ、とても印象深かった。行動力のあるセルヴィリアは、ティトのところに駆けつけて「私の心はアンニオのもの」と正直に告白したので、ティトは一瞬驚くが、意に従わぬのは罪だが、彼女の一途な正直な心を誉め讃えて、神に感謝しようと言いだした。
         その時、再びハ短調ミサ曲のグロリアの第2曲の前奏が聞え始めて、やがてセルヴィリアが満面の笑みを浮かべて神を讃えるアリアを歌い出した。この第2の挿入曲は約5分間も歌われて驚かされたが、実に良く彼女の喜びの気持ちを伝えており、驚くばかりであった。ティトはこれを見て、熟慮の挙げ句に「皆がこれほど正直に忠誠に尽くすなら、苦しまずに済む」とファゴットの前奏で明るく第8番のアリアを歌って正直な彼女を許していた。




          一方、ヴィッテリアは、セルヴィリアが妃に選ばれたと知って、再び嫉妬の余り腹を立てていたが、そこに現れたセストに、再び、私を好きならティトを殺して王座をと言い出した。セストはそこでも彼女の短慮を戒めるが、セストを意気地なしと侮辱したので、遂にセストは決意して、第9曲のアリアを「命令通り私は行きます」とアダージョで歌いだした。クラリネットのオブリガートが美しく、後半のアレグロもドラマテイックに歌われて素晴らしかったが、この映像ではセストの歌と伴奏のクラリネットとが一緒に演奏して、この名曲のクラリネットの美しさを強調していたのが珍しかった。




          これでやっとティトへ復讐が出来ると、暫く悪女振りを見せたヴィッテリアが考え込んでいる所に、プブリオとアンニオが駆けつけ、「陛下がお呼びです。皇后さまです」と彼女に告げた。ヴィッテリアは驚いて「行きます」と答えたが、直ぐに「セストは?」と大声を上げていた。そしてセストがいないかと半狂乱になって周囲を探し始め、「もう手遅れか」と歌う混乱したヴィッテリアのソロと、彼女の気持ちを測りかねて驚く男たちの二重唱が、奇妙な対象を示して余り噛み合わない面白い第10曲の三重唱のアンサンブルとなっていた。





         そこへ、突然に場面が変わって、フリーメーソン風の重々しいアダージョが聞こえて来た。この第3曲目の挿入曲は、アダージョとフーガK.546であり、ハ短調の重々しい荘重な弦楽合奏のアダージョが始まり、ゆっくりと重苦しく展開されていた。画面はこの間に自爆覚悟のテロリストたちが身体に装備する爆薬を作り、セストが自ら身体に定着させて出発するまでの準備作業が写しだされていた。続いて音楽がアレグロでフーガが重苦しく始まり、爆薬を身につけた各人がそれぞれ所定の任務の場所へと急いで隠れていた。曲は全体で約8分もあり、貴重な時間を挿入曲が占めていたように思われた。





        フィナーレに入って、セストは迷い苦しみながら放火を命じ、自らも王宮に忍び込み、後悔の念に燃えながら、激しいレチタテイーボ・アッコンパニアートを凄い迫力で歌っていたが、偶然にもティトに出会い、引き戻ることも出来ず後悔しながら、ティトに向けて発砲して、ティトは倒れてしまう。時既に遅く、セストは裏切り者となったと自戒し、私に死をと言いながら逃げ出していた。セストが逃げる姿をアンニオが見つけたが、そこへ不審火だとセルヴィリアも駆けつけ、裏切りだと騒ぎながらプブリオも集まって来て最後の5重唱が始まっていた。
        ヴィッテリアも駆けつけてセストを探していたが、武装したセストに合って、ティトを撃ったことを聞き、「言わないで」と念をさしていた。ティトが刺されたことが広まって、フィナーレは心配する5重唱から、さらに駆けつけて来た群衆全員の合唱になり、倒れたティトを見守りながら「おお、悲しみの日よ」を連呼する群衆の合唱で、混乱の中で、第一幕は終了していた。









    第二幕は今回起きた宮廷襲撃テロの犠牲となった方々を弔う祭壇に人々が詰めかけており、人々は静かに犠牲者の冥福を祈っていた。その場面で第4番目の挿入曲として、ハ短調ミサ曲の冒頭のキリエが哀愁に満ちた歌声で「主よ、あわれみ給え」と歌われており、続いてクリステ・エレイソンとソプラノのソロが始まったが、アンニオがアリアの様に悲しみを込めて歌っており、再び合唱となってあわれみ給えと静かに結ばれており、感動的な場面であった。




        舞台では、逃亡しようと隠れていたセストをアンニオが発見し、第13番のアリアで「ティトの元に戻れ、正直に悔いを示せ。」とセストを諭していた。セストはアンニオに言われて「逃げるべきか、止まるべきか」と迷っているうちに、ヴィッテリアが駆けつけて、「逃げて」と言う彼女に別れを告げていた。そこへプブリオが現れ、二人を見つけてセストを逮捕しようとしたが、セストはヴィッテリアに「君の憐れみが欲しいんだ」と一人で歌い出し、続いてヴィッテリアの後悔と不安な気持ちを歌う二人の二重唱となっていた。これに彼を逮捕しようと急き立てるプブリオも加わって、二人とプブリオとの三人三様の複雑な気持ちを歌う第14番の三重唱に発展していた。そして遂にセストはプブリオに逮捕され連行されてしまったが、この三重唱を開始するセストの歌には、オーボエのオブリガートがついており悲壮感を高めていた。





         広場の祭壇では、車椅子姿で主治医と看護婦に付き添われたティトが姿を見せて、美しい前奏とともにそれを目撃した民衆の合唱が始まって第15番の「ティトは助かった。王宮は救われた。」と偉大な神に感謝していた。そのうちに合唱の中間部ではティトのソロがあり「わが運命は、ローマにより守られ、私はさほど不幸ではない」とベッドの中から歌い、再び、神に感謝する民衆の合唱が厳かに美しく繰り返されていた。





         プブリオはティトにセストの犯行であると提訴し、第16番のアリアで「誠実な心の人は、裏切りには気がつかない」と歌っていた。そしてプブリオが「セストが犯行を自供し、元老院は刑を宣告しました。令状にサインを。民衆は犯人の処刑を待っている」と進言をしたところに、第5番目の挿入曲であるハ短調ミサ曲のグロリアのクイトリスが激しく始まった。悲愴なベッドのティトの苦しみ。荘重な付点音符のついたオーケストラに導入されて、二重の不気味な合唱が、十字架を背負った受難を思わせるような重苦しい感情と熱意を込めて、歌われていた。凄い選曲であると感じさせた。








      そこへアンニオが登場し「セストは死に値するが、彼にどうかお慈悲を!」と第17番のアリアでティトにすがっていたが、アンニオの友を思う心を込めたアリアであった。しかし、ティトは、セストを怒っていたが、皇帝として元老院の判決文に署名する前に、セストの友情を信じて、二人で合えば「彼なら何故か本心を私に告白する」と考えて、彼に合おうと苦しい決断をした。




        続く第18番のセスト、ティト、ププリオの三重唱は省略されて、手錠をはめたセストがティトの前に現われ、「あなたの厳しさで死にそうです。」と第19番のアリアを歌いだした。何も語らぬセストに対し、ティトは「お前は私の死を本当に願うのか」と質すが、恐ろしくて打ち明ける勇気もなく、許しを請うだけでヴィッテリアの企みを口にせず、死を覚悟してあの第19番の「別れの歌として名高いロンド」をアダージョで歌い出し、ホルンと弦の悲しげな伴奏で「絶望して死にます」と後半のアレグロで歌って沈黙を守っていた。
      一方、苦悩に溢れるティトは、友情と法の裁きの板挟みになって、理由を告げぬセストに対し悩んだ末に「厳しい心で臨みたい」と厳しい判決をプブリオに伝えていた。そして、「気高き神々よ、私に別の心をお与え下さい」と厳しさに対する赦しの第20番のアリアを苦しみながら歌っていた。






         場面が変わってヴィッテリアのところに、アレーナへとの兄の判決を知ったセルヴィリアがアンニオとともに現れて、「新しい皇妃である貴女から、セストが慕っている皇妃から、日が沈む前にセストの助命をお願いして欲しい」と絶望的な表情で第21番のアリアを歌いながら、必死でヴィッテリアに助けを求めた。このアリアも聞き込むと実に美しいアリアであり、彼女の強い兄への思いがヴィッテリアにも伝わっていた。
           ここで一人になった張本人のヴィッテリアは、セストが自分のために口を閉ざして死を迎えようとしている誠実さを知り、深く良心の呵責を覚えた。そして「自分を愛するセストを見捨てて、自分だけが皇妃の座につけるものだろうか」と第22番のレチタティーヴォ・アッコンパニアートで自問自答しながら深く反省し、悩んだ末に全てを諦めてティトに告白しようと決断をした。そしてあの有名な第23番のロンドを歌い出し、始めに「全ては幻に終わった」とラルゲットでゆっくり歌い出し、クラリネットの低い音が響き始めるとアレグロになって激しく絶望的な気持ちを歌い、絶望的な覚悟の歌を披露しており、彼女の低音の声も良く伸びていた。




                場面が変わって華やかな前奏とともに、アレーナに大勢の民衆が集まっており、湧き上がる大合唱の中で、皇帝ティトが車椅子のベッドで入場し「偉大な皇帝ティト」と歌われていた。そこへ、突然に、ヴィッテリアがティトの足下に駆け寄り、「私こそ罪あるもの」と跪いて「罰してくれ」と告白を始めた。
                 ティトは大いに驚きそして困惑したあげくに、激しいレチタテーボで理由を質し「私は何度裏切られたのか」と問うと、ヴィッテリアは「私がセストを唆した張本人です」と言い、その理由は「陛下の善良さに復讐したのです」と告げていた。




      ティトは大いに驚き、そして改めて反省し驚きつつも、「他人の裏切りにあっても自分の仁慈は常に変わらないこと」をレチタティーヴォ・アッコンパニアートで自問自答した挙げ句、、皆を許すことに決断し「セストは自由の身に」と宣言し、続けて「私は不変であり、全てを知り、万人を赦し、全てを水に流す」と全員に告げた。この言葉に集まった一同は驚き、ティの人徳に感じ入り、まさにこのオペラ最大の迫真劇となっていた。







         フィナーレに移行して、前奏とともにセストが「ティトは私を許してくれたが、私の心は許しません」と歌いながら、思わぬ結末にティトの寛大な心に深く感謝し「死ぬまで忠誠を誓います」とティトを讃え、セルヴィリアとアンニオの二人の深い感謝の二重唱が清らかに響き渡り、ヴィッテリアやプブリオも加わって感謝と感激の六重唱に発展し、「神々よ、ローマと陛下の聖なる日々を」という民衆の大合唱となっていた。そして、大勢の人々の歓喜と賞賛の中で、ティトもローマの平和を願って終幕となる筈であった。





         ところがこの演出では、この大合唱が「永遠の神々よ、お守り下さい。皇帝の聖なる命を!そしてローマの幸せが続きますように」と繰返し歌っていたが、突然、ティトがこれに答えるように「永遠の神々よ、私の命を絶っても構いません。私がローマの幸せを気に掛けなくなった時には!」と歌い出した。そして「ローマの幸せを祈ろう」と繰返し歌いながら、ティトの身体に付けられていた点滴の器具のような救命器具を取り外して、最後にはベッドから落ちて路上に倒れ込んでいた。人々は驚いて駆け寄っていたが時既に遅く、彼は倒れたまま起き上がることはなかった。





          そこで、最後の第6曲目の挿入曲としてフリーメーソンの葬送音楽のバセットホルンやコントラファゴットなどのアダージョの木管合奏が鳴り響き、重苦しい暗い音色のコラールが静かに進行していた。明らかに皇帝ティトの死を葬送する音楽であった。中間部では合唱が入り、人々は「私は苦悩で満たされ、苦渋を飲まされた。私の魂は、安らぎから遠く離された。水は私の頭に溢れ、私は「死ぬ」と言った」と静かに、呟くように歌っていた。人々は倒れているティトを見つめ、茫然として立ち止まり、見守るだけの陰鬱な状態が続き、葬送曲は静かに終了し、やがて暗闇になっていた。







         この映像では、静かに拍手が続いていたが、広い舞台のフェルゼンライトシューレの中央の一角では、カーテンコールが始まっていた。ローマ人やテロリストや警官たちに扮していた合唱団が、入場してきた合唱指揮者を中央に、横並びでご挨拶をしていた。続いて、このオペラの主役6人が手を繋いで一列に並び、何回も拍手を浴びていた。セストが指揮者を呼びに行き、背の高いクルレンツイスがオーケストラのムジカエテルナを讃えてから、列の中央に入り、挨拶を繰り返していた。そして、ヴィッテリアが演出者を迎えに行き、ピーター・セラーズが拍手とともに姿を現わした。面白い頭の恰好は昔と同じの演出者セラーズは、皆さんから最高に讃えられながら入場し、最高の拍手を浴びながら「セラーズのティト」と名付けられそうなこのオペラが、讃えられていた。


           このP.セラーズとクルレンツイスによるもの凄く原作を超越した「皇帝ティトの慈悲」の映像では、皇帝ティトは「ローマの幸せのために」と、自ら救命装置をかなぐり捨てて命を絶つという思わぬ衝撃的な結末で終わっていたが、なぜリブレット通りの皆が喜ぶ ハッピイ・エンドでは駄目だったのであろうか。私は、これは演出者セラーズが、単に皇帝を称えるだけの現代のオペラ・セリアで終わることを許さなかったからだと思われる。現代風に装ったこのオペラは、ハ短調ミサ曲やフリーメーソンのアダージョなどの名曲の挿入曲で、装いを新たにし原作の不足を強化していていたが、原作を超えたからには、セラーズは単なるオペラ・セリアに終わらずに、現代風の悲劇的オペラとして終えたかったのではないかと思われる。しかし、余り新奇なことを好まぬ平凡なオペラフアンの私としては、「ティト帝の慈悲」と名乗る以上、どうしても、皇帝を称えるオペラ・セリア内に収まって欲しかった。しかながら、仮にそうなったとしてもこの映像は、間違いなく、原作を超える「P.セラーズのティト帝」と呼ばれることになるものと思われる。

           兎に角、2度目の行進曲に替わって歌われた初めの挿入曲のハ短調ミサ曲K.417のベネデイクトスには驚かされた。ソロの四重唱で歌われた「ほむべきかな」は慈悲を示すティトを称えるのに、実にピッタリの曲だったからである。また、ティトからアンニオとの結婚を認められたセルヴィリアが躍り上がって喜んで歌うグロリアの第2曲「ラウダムス テ」もソプラノのアリアにピッタリであり、選曲の良さに敬服をした。原作にないテロリストの準備作業で響きだしたアダージョとフーガK.546も、ハ短調の重々しい荘重な弦楽合奏で、事柄の重大さに曲が良く合っており、驚かされた。挿入曲の4曲目の、第二幕冒頭のハ短調ミサ曲のキリエは、死者を弔う祭壇の前で「主よ、あわれみたまえ」と厳かに歌われており、この場面にピッタリであった。続いて挿入曲5曲目のグロリアの5曲目「クイトリス」は、悲壮なベッドの中のティトの苦しみを二重の不気味な合唱で歌っており、受難にピタリの選曲がなされていて驚いた。挿入曲の6曲目は、フリーメーソンの葬送音楽K.477であったが、このティトの死は、前述のとおり、私には無用の場面であり音楽であった。

         以上のような、新しい原作の不備を改める異例の挿入曲により、各所で驚かされてきたが、このティトには、これに加えてまだいろいろな特徴がある。第一は、普通はアンニオとセルヴィリアは余り目だたない存在であるが、この演出ではこの二人に挿入曲でアリアを歌わせているだけあって、セストとヴィッテリアに負けぬ存在感を見せていたことである。第二に、クルレンツイスの古楽器集団がフォルテピアノばかりでなく、よく音を生き生きと響かせており、挿入曲の出来栄えも彼らの活躍によっていたからである。クラリネットが舞台に登場するなど、二つの有名アリアでその活躍が目立っていた。第三には、合唱団が舞台にそして合唱にと大活躍しており、合唱団はローマ市民であったり、テロによる難民たちであったり、テロリストの姿をしていたり、これを防ぐ警官の形で、さまざまに活躍していた。彼らには静的なオペラセリアを超える現代的な悲劇オペラとしての現代風の動きと合唱が要求されていたからである。第四に原作ではティトの襲撃が未遂であったのに対し、本映像はセストの単独犯としてティトを傷つけ、第二幕以降は、車椅子の救命装置付きの姿で登場しており、負傷で苦しみながら演技したり歌っていたのが印象的であった。第五にティト、ヴィッテリア、アンニオ、ププリオの4人が黒人であり、これもセラーズのNYにおけるダ・ポンテ三部作を思わせる布陣であった。第六に、歌手陣のすべてがこのHP初登場であり心配させたが、終わってみればまずまずの出来で、 あった。中でもセストが、テロリストの仲間としても活躍しており、原作以上に幅広い役割をこなしているのが目立っていた。

              以上が私の取りあえずの感想であるが、日本語字幕がなければ、このような理解は恐らく困難であったろう。ましてや、ライブで一回限りの舞台を見ただけでは、恐らく、迷うことが多すぎ、殆ど理解が困難であったと思われる。演出によって原作が変えられると、言葉が分らぬわれわれには、日本語字幕の有り難さが身に滲みる良い例であると思われた。

(以上)(2017/10/03)



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