(BDCHのアーカイブからネルソンスの交響曲K.319とアックスのP協K.482)
17-1-2 アンドリス・ネルソンス指揮ベルリンフイルの交響曲第33番変ロ長調K.319、2013/03/08、およびギルバート指揮ベルリンフィルとエマニュエル・アックスのピアノによるピアノ協奏曲第22番変ホ長調、
2011/04/03、いずれもフィルハーモニア・ホール、ベルリン、

−交響曲第33番変ロ長調K.319は、ザルツブルグ時代の23歳の年に書かれた青年らしい多感で清新な感覚を持った、繊細でありながら伸び伸びとした活力が漲った曲であり、その楽しさをネルソンスが上手に生き生きと引きだしてくれており、この曲の颯爽とした魅力を良く伝える爽やかな演奏で、見ていて実に楽しい映像であった。一方、ピアノ協奏曲第22番変ホ長調は、ギルバートのしっかりとした落ち着いた指揮とベルリンフイルの重厚な力強い響きとアックスの老練な明快な独奏ピアノが一体になった熱演であり、この曲の特徴である堂々たる行進曲的な響きも、クラリネット中心の管楽器と弦楽器と独奏ピアノとのアンサンブルの美しい響きも、独奏ピアノの疾走するようなパッセージの見事さも良く揃った素晴らしい演奏であった−

 (BDCHのアーカイブからネルソンスの交響曲K.319とアックスのP協K.482)
17-1-2 アンドリス・ネルソンス指揮ベルリンフイルの交響曲第33番変ロ長調K.319、2013/03/08、およびギルバート指揮ベルリンフィルとエマニュエル・アックスのピアノによるピアノ協奏曲第22番変ホ長調、
2011/04/03、いずれもフィルハーモニア・ホール、ベルリン、
 (2017/01/05、BDCHのアーカイブより)

    私はBDCHのソフトをアップするときは、1週間の受信契約(約1500円位)を結び、アーカイブの中にある未アップのモーツァルト・ソフトをチェックし、だいたい2ファイル分の記録を取ることにしている。ベルリンフィルは、最近、オール・モーツァルト・コンサートは殆どなく、交響曲にしても協奏曲にしても、一定期に1曲含まれることが多いので、1ファイルとしてまとめるには2定期公演分を適宜組み合わせてアップすることが多い。新春の第二曲目も、BDCHのアーカイブから入手することとし、ネルソンス指揮ベルリンフィルによる交響曲第33番変口長調、およびギルバート指揮ベルリンフィルとエマニュエル・アックスのピアノによるピアノ協奏曲第22番変ホ長調をアップロードすることにした。




    初めのアンドリス・ネルソンス指揮の交響曲第33番変ロ長調K.319については、指揮者のネルソンスはこのHPでは2度目の登場であり、前回はいわばこのHPのシンボルである私の大好きなピアノ協奏曲第14番変ホ長調K.449をエマニュエル・アックスのピアノでベルリンフイルとともに演奏しており(15-8-2)、それがお気に入りの演奏になっていた。その時から、次回のネルソンスのアップロードは、交響曲とアックスのピアノ協奏曲にしようと考えていたものであった。

    この交響曲には、かねてカール・ベームやカルロス・クライバーの名演の映像があるが、最近の新しい演奏が見当たらないので、この演奏には期待していた。ウイーン時代の名曲を選ばず、ザルツブルグ時代のこの曲を選ぶからには、クライバーのようにこの曲が好きだから自然に取り上げるという背景が必ずあると思うからである。案の定、一聴したところでは、ネルソンスは威勢の良いテンポで颯爽と進行する期待通りの新鮮な演奏に聞こえていた。




  第一楽章は、反復を省いたソナタ形式で書かれており、主和音に続いてゆったりとスタッカートで上昇するリズムに乗った快適な弦のアレグロの第一主題で始まるが、4分の3拍子で弾むようなリズムに乗ったこの軽快さが、恐らくネルソンスのお気に入りなのであろう。ネルソンスはいつものように短い指揮棒を持った良く動く右手と顔の表情で指揮をしており、時には笑みを浮かべながら軽快に指揮をしていた。続いて木管との対話風に示される第二主題もヴァイオリンのオクターブで始まりオーボエとファゴットがこれを受け、やがて第一ヴァイオリンのよるトリルの弾んだモチーブが流麗に流れ出していた。ここでは完全に指揮者ネルソンスのペースであり、提示部の終結へと向かって走り出していた。展開部では新たな主題によりフーガ風に追いかけ合って進行するが、まさにここでもネルソンスのペース。いろいろな指揮振りと表情を見せながら幻想的に長い展開部が進行し、やがて穏やかに快適な再現部へと向かっていた。再現部も冒頭の主題の流れるようなテンポで颯爽と進行しており、極めて繊細な流れを感じさせつつ一気に終結していた。




    第二楽章はアンダンテ・モデラートであり、弦楽器を中心に進められる静かな愛らしい緩徐楽章。弦だけの合奏で親密に始まり、よく響くバスを背景に繰り返されて終わる頃に管が加わる第一主題は繊細な表情を持ち、ネルソンスは両手で丁寧に指揮をしていた。第一ヴァイオリンの明るく歌う第二主題は自然な流れを持ち、ネルソンスは丁寧に歌わせていた。展開部は新しい主題が管だけで繰り返されており、再現部では第二主題の後に第一主題が顔を出すなど変化を見せて、愛らしい楽章が結ばれていた。




  第三楽章のメヌエットでは、アンダンテ楽章とは対照的に、大胆に大きく音程が躍動するメヌエット楽章であり、決然としたメヌエットと滑らかで牧歌的なトリオからなり、ネルソンスはやや大袈裟に体を動かしながら指揮をしていた。弦楽器の跳躍する進行に対し後半で管楽器がこだまのような響きを添えるメヌエットでは、それが指揮振りにはっきりと現れていた。レントラー風のトリオは流れるように進み、オーボエやファゴットが快い響きを添えていた。ウイーンで追加された楽章のようであるが、前楽章との対比を意識した楽章のように思われた。




   フィナーレは生き生きと躍動する三連符で明るく開始されるモーツァルト・アレグロで、ネルソンスの一振りで小刻みなリズムで躍動疾走するように疾走しながら進行していた。この躍動する三連符がフィナーレ全体を支配しているように聞こえ、続いて機知に富んだ明るい主題が次々と繰り出されており、ネルソンスのきめ細かな指揮振りで軽快に曲は進み、陽気で明るいフィナーレが見事に展開されていた。提示部は繰り返されて華やかに勢いよく進んでいたが、展開部では新しい旋律が対位法のようなニュアンスで静かに始まっていたが、やはりヴァイオリンの三連符が現れていた。そして、一気に再現部に突入しており、小刻みなリズムで疾走するように躍動しながら一気呵成に終結へと進んでいた。このフィナーレの疾走するアレグロの軽快さは、見ていても心地よいものがあり、まさにこの指揮者あってのこの躍動する壮快さがあるものと思われた。

     この交響曲は、ザルツブルグ時代の23歳の年に書かれた青年らしい多感で清新な感覚を持った、繊細でありながら伸び伸びとした活力が漲った曲であり、その楽しさをネルソンスが上手に生き生きと引きだしてくれた素晴らしい演奏であった。ネルソンスの指示に明確にこたえるオーケストラも整然として繊細な響きを伝えており、画面を見ながらオーケストラと指揮者の互いに信頼し合ったやり取りが良く分かり、この曲の颯爽とした魅力を良く伝える爽やかな演奏で、見ていて実に楽しい映像であった。
     ネルソンスは、この曲を第一曲とし、第二曲目をワグナーのタンホイザー序曲、三曲目をショスタコーヴィッチの交響曲第6番を振っていたが、ラトヴィア出身の1978年生まれであり、モーツァルトに理解のある指揮者として注目していきたいと考えている。
(以上)(2017/01/07)





     第二曲目はアラン・タケシ・ギルバート指揮ベルリンフィルとエマニュエル・アックスのピアノによるピアノ協奏曲第22番変ホ長調であり、2011年4月3日の日付けを持つ定期公演であり、フィルハーモニア・ホールでの演奏であった。ピアニストのアックスは、このBDCHのこのHPへの登場とともに演奏が増加しているピアニストであり、演奏者のデータベースで調べて見ると、私は15年も前にザルツブルグのモーツァルト週間2002で、ノリントンとカメラータ・アカデミカ・ザルツブルグとの協演で、この第22番変ホ長調をライブで聴いていた。アックスは1949年に旧ウクライナ(現ポーランド)生まれで、子供の頃からワルシャワでピアノを学び、カナダに移住した後に、ジュリアード音楽院で学んでいる。

     この曲の第一楽章はアレグロのソナタ形式となっており、第一主題はトウッテイで行進曲調の響きで堂々と開始され、直ぐにファゴットとホルンが受け継ぎ繰り返されてから、後半はフルートとクラリネットが高らかに美しく鳴り響く長い主題で出来ていた。続いて経過部を経て、弦楽器のカンタービレが美しい第二主題が始まりオーケストラが堂々と受け継いで、クラリネットがよく目立つ木管部のオーケストラによる主題提示部が続いていた。ギルバートは、コントラバスを3台、トランペットとテインパニーとクラリネットが加わった中規模のオーケストラを良く鳴らし、行進曲風に堂々と進めて提示部を終了していた。






アックスの独奏ピアノがアインガングで華やかに明るく登場するが、これが何と17小節もある長い派手なもの。冒頭の行進曲がオーケストラで始まって、直ちにピアノが細かいリズムを刻みながら第一主題を奏し、さらにピアノが華やかにパッセージを繰り広げ、延々と続いてから、独奏ピアノ用の第二主題的な新しい主題が始まっていた。アックスのピアノは、ここでもパッセージが連続していたが、彼のピアノはタッチが明快で早いパッセージでもまだゆとりが感じられ、しっかりした重厚な響きをみせながら、独奏ピアノが中心の提示部を堂々と終えていた。展開部でもピアノの新しいパッセージが繰り返しながら華やかに動き回っており、再現部では、フルオーケストラの第一主題の冒頭部の後は直ぐに独奏ピアノが主導権を取って賑やかに見事な変奏を加えながら進行し、提示部のオーケストラの第二主題が初めて独奏ピアノで現れるなど、変化を加えた再現部となっていた。カデンツアは自作のものか、二つの主題を回想するものであった。






   第二楽章はアンダンテの主題と五つの変奏曲となっており、静かな弦4部だけで始まる美しいアンダンテ主題がゆっくりと始まり一通り演奏されるが、これが主題提示部分。続いて独奏ピアノにより主題が再現され、後半には変化が加えられてピアノだけの第一変奏となっていた。続いてクラリネットが主体の木管だけの優雅な第二変奏が行われるが、ここでは別の主題が用いられていた。次いで第三変奏が力強いピアノで始まり、ピアノに弦が伴奏する変奏が続いていた。フルートとファゴットの二重奏に弦が伴奏する第四変奏では、まるでデイヴェルティメントのような錯覚さえ起こさせ、続くフルオーケストラとピアノによる堂々たる第五変奏が楽章全体を盛り上げていた。ピアノがひとしきり技巧的なパッセージを続けた後に、結びの形でファゴットとピアノと弦楽合奏による夢のように美しい豊かなアンサンブルの世界が顔を出して楽章が結ばれていた。ギルバートは、終始、美しくオーケストラを響かせており、アックスは独奏ピアノの主体性を堅持しつつも木管とのアンサンブルを丁寧に共演しており、この曲の素晴らしさを醸し出していた。変奏曲と言いながらまるでロマン派を思わせるような幻想曲のようなこの楽章が、ブルグ劇場の初演時にアンコールされたというが、当時の観客は非常にレベルが高かったものと思われる。




    フィナーレのアレグロは、八分の六拍子のロンド形式で書かれており、おおむねA-B-A-C-A-B-Aの形で進んでいく。始めに軽やかにステップを踏むようなピアノと弦楽合奏で始まるロンド主題が登場し、実に生き生きとして弾むように進行し、続いてホルンや木管の合奏も加わって、輝くような早いピアノのパッセージが美しい。独奏ピアノによるパッセージの連発から、続く第一クープレの旋律が独奏ピアノで始まり、クラリネットや木管や弦に渡されピアノで再現されてから、再び始めのゆっくりしたロンド主題が現れた。独奏ピアノのフェルマータの後に現れる第二クープレは、クラリネットが奏するゆっくりした4分の3拍子のメヌエット風のアンダンテイーノ・カンタービレと書かれており、ここでもピアノの響きのもとにセレナードのような和やかな雰囲気を醸し出していた。そしてピアノと第一ヴァイオリン、クラリネットと木管アンサンブル、さらにピアノと弦楽器のピッチカートという順番に穏やかなカンタービレが繰り広げられていた。この楽章を特徴づける第二クープレの美しさは素晴らしく、アックスのピアノは実に丁寧に木管や弦とのアンサンブルを楽しむように弾かれていた。再びロンド主題がピアノで現れて、それに続いて第一クープレの主題が回想風に現れてから短いカデンツアとなっていた。そして再びロンド主題となってフィナーレが終了したが、実に生き生きとした楽章であり、カンタービレが加わったサービス満点な賑やかなロンド楽章であった。




   この曲は、ギルバートのしっかりとした落ち着いた指揮とベルリンフイルの重厚な力強い響きとアックスの老練な明快な独奏ピアノが一体になった熱演であり、この曲の特徴である堂々たる行進曲的な響きも、クラリネット中心の管楽器と弦楽器と独奏ピアノとのアンサンブルの美しい響きも、独奏ピアノが疾走するようなパッセージの見事さも良く揃った素晴らしい演奏であった。演奏後に大変な拍手が舞台に寄せられていたが、ギルバートとアックスは固く握手を交わしてお互いをたたえ合っていた。ピアニストに花束が届けられても拍手は鳴り止まず、アックスは遂に根負けしたかのようにピアノに座り込んだ。アンコールは、シューベルトのピアノ曲のアンダンテD.664であり、ここでも彼のしっかりした重々しいピアノの響きが聞えていた。


(以上)(2017/01/08)



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