(古いS-VHSより;クイケン・アンサンブルのフルート四重奏曲3曲)
16-9-2、クイケン・アンサンブルによるフルート四重奏曲第4番イ長調K.298、第2番ト長調K.285a、および第1番ニ長調K.285、
1994年11月17日、東京文化会館小ホール、

−クイケン・アンサンブルによるフルート四重奏曲においては、バルトルド・クイケンのフラウト・トラヴェルソが、モダン楽器と異なって丸みを帯びた暖かな音色となっており、また寺神戸亮のヴァイオリンは、薄い透明感のある音色を出しており、今回の3曲ともオリジナル楽器の演奏の特徴が出た、とても落ち着いたフルート四重奏曲となっていた。全曲演奏とならなかったことが非常に惜しまれた−

(古いS-VHSより;クイケン・アンサンブルのフルート四重奏曲3曲)
16-9-2、クイケン・アンサンブルによるフルート四重奏曲第4番イ長調K.298、第2番ト長調K.285a、および第1番ニ長調K.285、
1994年11月17日、東京文化会館小ホール、
(演奏者)フラウト・トラヴェルソ;バルトルド・クイケン、ヴァイオリン;寺神戸亮、ビオラ;フランソア・フェルナンデス、チェロ;ヴィーラント・クイケン、
(19950429、NHKクラシックアワーの放送をS-VHS-157.2に収録)

      9月号の第2曲は、かねてアップしたかったクイケン・アンサンブルの来日公演記録であり、フルート四重奏曲第4番イ長調K.298、第2番ト長調K.285a、および第1番ニ長調K.285の3曲が収録されており、1994年11月17日、東京文化会館小ホールでの演奏であった。バルトルド・クイケンは、当時は初めて見るフラウト・トラヴェルソを巧みに演奏し、ヴァイオリンは寺神戸亮であり、チェロはお兄さんのヴィーラントであった。 ヴィオラはお馴染みのフランソワ・フェルナンデスであった。当時は古楽器演奏は珍しかったので、貴重な映像として何度も見たことを記憶しているが、モーツァルト協会の例会場の小ホールで20年以上も前に収録されたものであり、演奏は素晴らしいのであるが、音声・画質とも最低のレベルであることが残念であった。この4曲のフルート四重奏曲も、この映像のアップロードにより、数は非常に少ないが、全曲のアップが完成しそうであった。




       フルート四重奏曲第4番イ長調K.298のデータベースを見ると、バルトルド・クイケンのフルートによる四重奏曲の演奏は、今回は何と二度目になっており、既にアップ済みの演奏は、 91年のクイケン三兄弟によるスタジオ録音(次男のジキスヴァルトのヴァイオリンとフェルナンデスのヴィオラ)(3-8-3)であり、クラシカジャパンの30分番組で、第1番とこの第4番となっていた。
  第四番イ長調K.298の四重奏曲については、この曲だけがウイーン時代の円熟期に書かれたとされているが、各楽章の基本となる主題がいずれも当時ウイーンで親しまれていた既存の旋律を借用して作曲されている。この様な娯楽的スタイルの四重奏曲の作り方は、当時ウイーンでも流行していたと言われ、とても親しみやすいので歓迎されたと思われるが、作曲者にとっては、人気取りの曲以上のものではないと思われる。




        第一楽章は、主題と4つの変奏曲であり、この主題はホフマイスターのリート「自然に寄す」からとられたものとされ、フルートで伸びやかに歌い出される親しみやすい8+8小節の主題となっていた。第1変奏ではフルートが弦3部の伴奏で優雅に主題を早めに変奏していくものであった。第2変奏では、ヴァイオリンが16分音符の早いパッセージで主題を変奏し、フルートと低弦が落ち付いた伴奏をするもの、第3変奏ではヴィオラが主体となって変奏しフルートと弦2部が伴奏するものであった。最後の第4変奏では、フルートとチェロが活躍して主題を変奏するもので、弦2部が伴奏を務め、華やかに最後を締めくくっていた。






     第二楽章は短い典雅なメヌエットで、主題はフランス民謡の古いロンド「バステイアンは長靴をはいている」に基づいているという。フルートとヴァイオリンが弦2部の伴奏でメヌエット主題を合奏しながら堂々と進行していたが、トリオではフルートのソロが弦3部の伴奏で流麗に流してから再びメヌエットになって結ばれていた。
         第三楽章は、1786年9月にウイーンで初演されたパイジェッロのオペラ「勇敢なる競演」からのアリア「優しい人はどこに」の旋律を主題としたフランス風のロンド楽章である。この楽章では、単純なA-B-A-C-Aのロンド形式であり、いきなりフルートがロンド主題としてアリアを歌ってから、ヴァイオリンに移されて、形通りに進行していた。このロンドは、アレグレット・グラツイオーソとされ、新全集にはモーツァルトの直筆で「余りプレスト過ぎず、さりとてアダージョ過ぎず、思い切り気取って、表情豊かに」という冗談気味の注意書きを記載していた。このロンド楽章は、実に軽妙であり、フルートが軽快に主題を何回か提示して、自由に楽器を変えたり自由に変化させたりして繰り返し、楽しげに進行していた。
         第一曲を通じてバルトルド・クイケンのフラウト・トラヴェルソは、モダン楽器と異なって丸みを帯びた暖かな音色となっており、また寺神戸のヴァイオリンは、薄い透明感のある音色を出しており、とても落ち着いたフルート四重奏曲となっていた。この曲は借り物ばかりの四重奏曲と軽く見られることが多いが、数少ないこの種の曲の中ではやはり優れた曲と言わなければならない。


         第二曲目のフルート四重奏曲第2番ト長調K.285aは、非常に単純な二楽章構成で、この曲はソナタ形式のアンダンテの第一楽章と二部形式のテンポ・デイ・メヌエットの第二楽章だけであり、例えば第一番のフルート四重奏曲などと比べると、緩急の対比のないこの作品は、何とも不完全な形で構成感を欠き、むしろセレナード風の作品とでも言えそうである。






        第一楽章はフルートが吹き始める温和な第一主題により開始されるが、続いてチェロ、ヴァイオリン、フルートと順番に模倣していく経過部に移行していた。やがてヴァイオリンが弾き始める主題をフルートが遅れて模倣し、追い掛け合う第二主題が登場してフルートが先導しながら盛り上がりを見せて提示部を終えていた。このアンサンブルは再び冒頭から繰り返しを行ない、第一主題、経過部、第二主題と繰り返して元気よく提示部を終えていた。展開部はこれもヴァイオリンで始まり、これをフルートが追い掛け合う新しい主題で始まり、変化の激しいこの曲唯一の部分となっていた。再現部では第一主題の経過部から始まっており、続いて第二主題、最後に第一主題が力強く再現して堂々と結ばれていた。このクイケン・アンサンブルの演奏は、フルートが主役であるが、全員が達人のせいか、ヴァイオリンもヴィオラも良く聞え、フルートが甘い音色のせいかヴァイオリンとどちらが主役か曖昧な感じのする部分もあった。









         第二楽章は、テンポ・デイ・メヌエットとされており、ll:A:llll:BA:llC という珍しい構成を取る楽章であった。メヌエットのテンポによりフルートが提示する明るい主題Aが終始する楽章で、ここではフルートが主役で時折浮かび上がるフルートのパッセージが美しいが、余り主張のないまま穏やかに終結する。クイケン・アンサンブルは全ての繰り返しを丁寧に演奏しており、魅力的なフルートの彩りを持った楽章となっていた。
       この曲は、初期の版およびそこからの筆写譜という間接的な資料しか残されていないため、二楽章構成という面もあって、余り高く評価されていないようであるが、こうして通してしっかり聴いてみるとフルートを前面に出したセレナード風の伸びやかな流麗さを持っており、まずまずの作品であると言えよう。




        ここで映像はバルトルド・クイケンへのインタヴューとなり、オリジナル楽器の魅力と長所はと聞かれて、彼は可能な限り、作曲者が作曲した当時に近い状態で演奏を試みることであり、魅力とはモーツァルトの耳元で響いていた音色に近づけることだと言っていた。また、モダン楽器とオリジナル楽器との違いについて聞かれて、彼は音量つまりコンサートホールが大きくなるに連れて、音量と均質性を得るためあらゆる楽器が進歩してきた。しかしその反面、パワーが得られれば繊細さが犠牲になり、統一が得られれば、反面精細さが失われることになる。両楽器の根本的な違いはここにあると語っていた。

         このコンサートの第三曲目は、最初の作品であるフルート四重奏曲第1番ニ長調K.285であり、4曲あるフルート四重奏曲の中では演奏効果が最も良く発揮できる素晴らしい曲であるとされている。素人の愛好家の依頼に応えて、4人の社交的な楽しみのために軽く書かれており、フランス風のギャラントな趣味が満ちた親しみやすい曲である。




       第一楽章は、冒頭から弦による8分音符の刻みの上で、フルートにより輝かしい第一主題が軽快に提示され、続いてヴァイオリンによる推移主題が流されていた。やがてフルート中心に明るく第二主題が提示され、さらに結尾主題が示されて盛り上がりを見せながら提示部を終えていた。このアンサンブルはここで冒頭部に立ち返り、再び明るく第一主題が登場して一層軽やかに進行させ、この提示部を繰り返していた。展開部では第一主題の動機が変化し発展されていくが、フルートの高音がいつも印象的であった。続いて再現部では再び明るく第一主題が登場するが、短縮が行なわれていた。そして終結部で面白い変化があり、フェルマータで終結した後に第二主題がフルートで再現して終えるという変化があり、効果的に思われた。クイケンのフラウト・トラヴェルソは、幾分くすんだ感じであるが、温かみのある音で弦楽器と実に良く溶け合っている印象を受けた。




        第二楽章は、ロ短調の弦のピッチカートの伴奏によるフルートソロの穏やかな美しいアダージョであり、悲しみの中にも情熱が秘められているようで美しい。弦楽器が全てピッチカートだけに専念するスタイルも珍しいし、中間部ではフルートとピッチカートの彩りが変化した後に、再び始めに戻って繰り返していくが、クイケンのフルートには装飾音に変化があって楽しかった。
        第二楽章は終わってもフェルマータで休まずに、直ぐに、フィナーレのロンド楽章に突入していた。これはフランス風の明るい軽快なロンド主題で、始めに弱奏で提示され、続いてフォルテで反復されていた。続いてヴァイオリンによる軽快な第一クープレが登場しフルートに渡されて軽快に進行してから、再び最初のロンド主題が再起すると、今度はフルートが大きな跳躍を持つ第二クープレの主題を吹き始め、ヴィオラが見事にこれに反応していた。ここにヴァイオリンによる第一クープレの主題が紛れ込み展開部的な複雑な動きを見せた後に三度目のロンド主題が登場していた。そしてこれからはフルートの曇りのない明るい世界へと進行し、第一クープレの再現の後にロンド主題がもう一度花を咲かせて華やかに終結していた。

       この曲の演奏でこのコンサートは終了と言うことになっていたが、最後に第1番ニ長調K.285の素晴らしい魅力的な曲で仕上げたことがとても良く、充実感があった。このため大変な拍手に押されてアンコールで第3番K.Anh.171(285b)の演奏が期待されていたが、アンコール曲は、全く知らない曲で、ハイドンのフルート四重奏曲イ長調の第4楽章プレストと、さらに拍手に応えてその第3楽章アンダンテが演奏されていた。時間的にはゆとりがあっても、残念ながら期待通りにはならなかったのが、返す返すも残念であった。
       三曲を立て続けに聴いてきて、どうして全曲の演奏会にならなかったのか不思議に思ったが、やはりモーツァルトの楽しい魅力ある世界へ連れて行ってくれた充実したコンサートであり、改めてオリジナル楽器の良さを感じさせてくれた。


(以上)(2016/09/05)



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