(最新の放送より、二つのソリスト二人の協奏曲の協演、K.364 & K.365)
16-9-1、サイモン・ラトル指揮ベルリンフイルによるヴァイオリンとヴィオラのための協奏交響曲変ホ長調K.364、樫本大進(V)&アミハイ・グロス(Vla)、2015年9月20日、ルッツエルン・コンヴェンション・センターホール、および尾高忠明指揮NHK交響楽団による2台のピアノのための協奏曲変ホ長調K.365、ピアノ;小曽根真とチック・コリア、
第1835回N響定期の演奏、2016年5月14日、NHKホール、

−始めの協奏交響曲には、ソリストがヴィルトゥオーゾ的な名人芸によりオーケストラと協演するタイプの演奏と、二人のソリストたちがオーケストラと一体になってアンサンブルを重視するタイプの演奏とがあるが、今回のラトルのベルリンフイルと二人の首席ソリストたちは、後者の道を選んでいた。このタイプの演奏には、ウイーンフイルでもNHK交響楽団でも良く見られ、謂わばオーケストラの貴重なメニューになっているものと思われる。一方の二台のピアノのための協奏曲では、二人のジャズ・ピアニストの名手たちによる演奏であったが、オーケストラのテンポが良く、楽員たちに楽しげな様子で暖かく迎えられている様子が良く分り、ジャズ風に多少のブレがあってもオーケストラは枠を外すことなく、むしろ楽しんでいたようで、二つの長い長いジャズ風のカデンツアでも、楽員たちが聴き手として喜んでいた−

(最新の放送より、二つのソリスト二人の協奏曲の協演、K.364 & K.365)
16-9-1、サイモン・ラトル指揮ベルリンフイルによるヴァイオリンとヴィオラのための協奏交響曲変ホ長調K.364、樫本大進(V)&アミハイ・グロス(Vla)、2015年9月20日、ルッツエルン・コンヴェンション・センターホール、および尾高忠明指揮NHK交響楽団による2台のピアノのための協奏曲変ホ長調K.365、ピアノ;小曽根真とチック・コリア、
第1835回N響定期の演奏、2016年5月14日、NHKホール、
(20160220、クラシカJの音楽祭放送をHDD-1に収録、および20160703、NHKクラシック音楽館のN響定期の放送をHDD-5に収録 )

       9月号のトップのソフトは、サイモン・ラトルとベルリンフイルの2015年のルッツエルン音楽祭の最新コンサートから、何とコンサートマスターの樫本大進が弾く ヴァイオリンとヴィオラのための協奏交響曲変ホ長調K.364(320d)をお届けする。これ1曲では寂しいので、もう1目は、NHKのクラシック音楽館の放送で、尾高忠明指揮NHK交響楽団による2台のピアノのための協奏曲変ホ長調K.365(316a)であり、ピアノはジャズピアニストとして著名な小曽根真とチック・コリアの協演による演奏で、第1835回N響定期の最新の演奏であった。この2曲はいずれもモーツァルト好きには話題になりそうな演奏なので、早く取り上げたいと考えたものである。これらのK番号が並んだ変ホ長調の有名曲2曲は、今回の演奏のアップロードにより、やっと全曲のアップが完成することになり、一歩一歩、このHPが完成に近づきつつあることを実感するものである。




     最初の曲はヴァイオリンとヴィオラの協奏交響曲変ホ長調K.364(320d)であり、この曲はパリ旅行の後、ザルツブルグで1779年に作曲されている。この曲は言うまでもなく、モーツァルトのザルツブルグ時代の最後を飾る代表的な作品であるばかりでなく、これまでの協奏的作品の頂点に立つものと考えられている。今回のラトルとベルリンフイルの演奏は、ベルリンフイルのルッツエルン音楽祭への謂わば出張公演であり、このコンサートは、ベルリンフイルの仲間内で演奏する協奏交響曲であったが、後半はラトルが構成したヨーゼフ・ハイドンの「交響曲、オラトリオ、宗教曲から抜粋による「想像上のオーケストラの旅」と称する10楽章にまとめた曲」であった。ラトルの意欲に富んだオーケストラ用の組曲のように進行していたが、ここではこれ以上触れない。



     オーケストラが舞台に整列している中に、拍手とともにソリスト二人と指揮者が登場してそれぞれの場所に位置してから、ラトルの一振りでオーケストラの提示部は全合奏で静かに厳かに始まり、弦楽合奏のスタッカートが快く響いていた。続いてホルンがそしてオーボエがのどかに歌い出して、コントラバス3台のピッチカートが支える第二主題が始まって次第にクレッシェンドして高みに達して堂々と提示部を終えていた。ラトルの指揮は、あたかも交響曲のような慎重な出だしであり、管弦楽による主題提示部がシンフォニー並みの構成であることを明確に示していた。




    続いて独奏ヴァイオリンとヴィオラがオクターブのアインガングで合奏しながら第二提示部が始まるが、始めからヴァイオリンの樫本が繊細な動きで澄んだ音を出していた。一方のヴィオラのグロツは大きな動きで厚いしっかりした音を出しており、ヴァイオリンとヴィオラの順に第一主題と第二主題とが続けて提示されていたが、途中からは二つの楽器がお互いに相槌を打ったり、重なり合ったり、競争したりして歌い交わしながら見事な見応えのある協奏が続けられていた。樫本は実に繊細でありながら凛とした面があり、一方のグロツはしっかりした太い音で絶えずヴァイオリンを意識して、合わせたり競ったり、体全体を使って負けじと弾いていた。
      展開部では独奏ヴァイオリンと独奏ヴィオラがそれぞれ技巧を示したあとに、両楽器が速いパッセージで競い合うように活発に応答していた。また、再現部では二つの提示部の四つの主題が異なった順序で再現され、独奏部ではヴィオラからヴィオリンに受け継がれていたし、またカデンツアでは低音から高音まで二人の息のあった丁寧な応酬が非常に見応えがあった。この楽章は始めからラトルの統率的な指揮振りで進行し、全体としてゆっくりした歩みの中で、ヴァイオリンとヴィオラが互いに美しく競い合っており、二つの提示部が明確なせいか、交響的な響きと協奏曲風な味わいとが混合されたように聞えていた。



      この第二楽章は、オーケストラの弱奏で開始される美しい序奏に続いて、独奏ヴァイオリンがすすり泣くように第一主題を歌い、ヴィオラがオクターブ下で繰り返えされていた。ラトルが指揮をするこの短調による主題は、何と深い憂いに閉ざされている のであろうか。樫本の独奏ヴァイオリンが主題の変奏を始め、続いてヴィオラもおくれて追従し、二人で交互に弾き分けていく様はたとえようがなく美しい。続く第二主題もオクターブでヴァイオリンとヴィオラの順に始まり、両楽器が互いに慰め合うように対話しながら、そして静と動、弱音と強音の緊張感を保ちながら進んでいた。展開部がなく全体が再現されていたが、単純な繰り返しでなく絶えず変奏されたり、両楽器が激しく応答し合ったりして変化していた。カデンツアでもなごり惜しそうに主題の競演があり、終わりの静かな序奏が印象的だった。




        フィナーレは、明るいプレストのロンド主題がオーケストラで始まり、新しい主題がオーケストラで次から次へと目まぐるしく急速に現れるやや変則的なロンドスタイルであった。やがてヴァイオリンとヴィオラの順に独奏楽器が現れて協奏曲風に進行するが、樫本のヴァイオリンは明るく颯爽と弾き進むに対して、ヴィオラは太い音でじっくり弾き込んでいるように弾いていた。このあと新しいエピソードが現れてから再びロンド主題が現れて、全体が繰り返されるように進んでいたが、ここではヴィオラが先行し、ヴァイオリンが後になっていた。ラトルは終始軽快なテンポでオーケストラを動かし、全く屈託のない明るい主題が回転するように流れ、そして三たびロンド主題が戻って独奏楽器がカデンツア風に活躍する長いコーダで華やかに終結していた。

        この曲には、ソリストがヴィルトゥオーゾ的な名人芸によりオーケストラと協演するタイプの演奏と、二人のソリストたちがオーケストラと一体になってアンサンブルを重視するタイプの演奏とがあるが、ラトルのベルリンフイルと二人の首席ソリストたちは、当然ながら後者の道を選んでいた。このタイプの演奏には、ウイーンフイルでもNHK交響楽団でもコンサートマスターをソリストに向かえる演奏をたびたび行なっており、謂わばオーケストラの貴重なメニューになっているものと思われる。この曲のデータベースでは、今回の演奏は久し振りの新録音であり、懐かしいルッツエルンのコンヴェンションセンター・ホールも広々としており、音楽祭の目玉的なコンサートのように見受けられた。サイモン・ラトルは、ベルリンフイルを離れるようであるが、このHPでは彼との貴重なお別れコンサートの映像となっていた。             (以上)(2016/09/04)





      続く第二曲目は、ジャズ・ピアニストとして成功している小曽根真とチック・コリアの二人のピアノによる二台のピアノのための協奏曲変ホ長調K.365であり、余り考えたことはなかったが、この二つの変ホ長調の協奏曲は、いずれも二つの楽器のための協奏曲の連作で、モーツァルトがパリ旅行から失意のうちに帰国した頃のザルツブルグでの作品である。ナンネルと一緒に弾くための作品であったが、二人で演奏されたという確かな記録は残念ながらないようである。前作についても同様で、彼はヴァイオリンでもヴィオラでも自由に弾くことが出来た筈であった。今回の演奏は、指揮者尾高忠明のN響定期第1835回として、彼の指揮による定期に組み込まれており、この日のメインは武満作品「波の盆」とエルガーの「変奏曲」とに挟まれて、この曲が演奏されていた。この日のN響の面々は6台のコントラバスを含むフルオーケストラであり、二台のピアノとピッチカートが多いこの曲の充実した弦楽合奏との楽しい協奏が、聴く前から充分に期待できたコンサートであった。この曲を映像で見ると、ピアノの配置がどうなるか気になるのであるが、今回のピアノの配置は、オーケストラの前面にピアノが向かい合って配置される通常の趣向のものであり、二人が顔を見合わせて弾けるように、音響板は取り外してあり、いずれもヤマハのフル・コンのように見えた。




       映像では指揮者と二人のピアニストが入場し、拍手で迎えられてから、左側の小曽根が第一ピアノ、右側に第二ピアノのチック・コリアが着席して、スコアを確認してから、にこやかに客席に向かって挨拶をして準備が完了した。
       この曲の第一楽章は、オーケストラで息の長い第一主題が威勢良く始まるが、尾高忠明の指揮はとても穏やかで、ゆっくりと軽やかに進み、続いて展開部で出て来る副主題が軽快に飛び出して第一主題はフェルマータで完結していた。続いて第一ヴァイオリンのトレモロの下で第二ヴァイオリンが奏でる副主題がホルンやオーボエに装飾されて現れて、次第に盛大に盛り上がってオーケストラによる主題提示部が堂々と終了していた。これらの主題群は冒頭の第一主題と相互に関連しており、強弱の対比やスタッカートの強調などによって特徴付けられ、全体としてオーケストラの主題提示部を構成していたが、尾高の指揮は軽快に颯爽と進行していた。オーケストラは、コントラバスが何と6本で、ホルン2、オーボエ2、ファゴット2の布陣のオーケストラで、テインパニーやクラリネットを含まない版で演奏されていた。







          やがて2台のピアノが長いトリルで登場し、第一主題の冒頭を力強く二人で合奏してから、第一ピアノを受け持つ小曽根が主題後半部を装飾的に軽快に弾きだし、続いて第二ピアノのチック・コリアがこれを模倣するように弾き出していたが、彼はジャズ風に少し崩して登場していた。それから二人は交互に新しい副主題を元気よく弾き始め、早い16分音符の美しいパッセージも加わって競演するようになっていたが、小曽根はチック・コリアに答えるようにジャズ風の素振りを見せていた。彼らのスタッカートのピアノは軽やかで美しく、二人は互いに顔を見合わせたり、ゼスチャーで強弱を確認したり、頷くような姿勢でテンポを整えたり、ジャズ的風味を加えたり、互いに息のあったピアノを見せていた。続いて愛らしい第二主題を第一ピアノが弾き出し、弾むようなピッチカートの美しい伴奏も加わって終結のトリルを弾き出すと、第二ピアノが相槌を打つように加わり、二つのピアノは重なるように進行して互いに速いパッセージを続けながら目まぐるしく進み、いつの間にかオーケストラも加わって提示部の力強い終結の盛り上がりを示していた。

          展開部では最初の副主題を第一ピアノが力強く弾き始め、次いで第二ピアノがこれに続いて、二台のピアノが互いに交替しながらオーケストラも加わって弾むように力強く進行しており、二台のピアノが発するダイナミックな迫力に満ちていた。この展開部は長大であり、映像では二人がお互いを意識しながら演奏している様子がよく示されて面白かった。再現部では第一と第二ピアノが提示部とは入れ替わって弾かれていたが、第一主題の再現は前よりも簡潔に行われ、むしろ美しい第二主題の再現を丁寧に行っており、オーケストラも加わって二台のピアノが、火花を散らすような美しい場面も見せていた。最後のカデンツアでは、モーツァルトのカデンツアを変奏したように始まっていたが次第にジャズ風になり、後半ではコリアの完全な自作のものになって、二台のピアノが交互に競い合うように進み、ここでも二人の仲の良い息のあったピアノが示されていた。






         第二楽章は、中間部に短調のエピソードを挟んだA-B-A'の三部形式のアンダンテであり、素朴な響きのする美しい楽章であった。始めにヴァイオリンで優美な主題が悲しげなオーボエの伴奏によりオーケストラでゆっくりと示されたあと、第一ピアノがトリルで伴奏している間をぬって第二ピアノによりこの主題が実に美しく提示され、続いて二台のピアノにより装飾されながら対和風に、そして、並行的にゆっくりと進められ、実にピアノのパッセージが美しい。特に後半には二つのピアノのスタッカートによる玉を転がすような部分があって、これにオーボエと二人のピアノが一体になって息を飲むように弾かれる場面は、実に美しいと思われた。第一ピアノに続き第二ピアノでカデンツア風のパッセージで始まる中間部のエピソードでは、二台のピアノのそれぞれにオーボエの高い音のソロが加わって、悲しげな旋律が止めどなく流れる素朴な響きが続き、味わいのある面白い変化を見せていた。第三部では冒頭主題が第一ピアノで現れ、第二ピアノが続いていたが、第一部よりも前半は縮小されていた。そして後半の自由な展開の部分はむしろ拡大されており、二人の息の合ったピアノが良く揃ってとても美しく、ここでもオーボエの伴奏が魅力的で、あたかもオーボエ協奏曲のような雰囲気すら感じさせる部分でもあった。モーツァルトのピアノ協奏曲における管楽器との協奏は、この曲あたりから次第に効果的に使われてくるように思われた。









            フィナーレは二つのエピソードを持つ大型なロンド形式であり、A-B-A-C-A-B-Aの標準的なものでピアノの活躍が著しい楽章であった。速いテンポの活気のあるロンド主題Aがまずオーケストラで提示され、フォルテで繰り返されてフェルマータの後、第一ピアノが新しい副主題Bをテンポ良く弾きだし、続いて第二ピアノがオクターブ下で登場してきた。それからは、早いテンポでオーケストラと二つのソロピアノが三つ巴の競演をし、張り合うようにドンドンと進んでいた。続いてロンド主題の動機を用いた終結楽句が現れてから、第一のエピソードCが始まり、付点のリズムの行進曲風な感じでオーケストラと二台のピアノが絡みあって進み、ごく自然にピアノソロからロンド主題に戻っていた。第二のエピソードDでは、トレモロ音形と三連符の旋律が二台のピアノでパートを変えながら絡みあって激しく進むもので、二人の負けじとばかりに弾き進む熱のこもった競演が快く響いて、再びピアノソロでロンド主題に戻っていた。コーダの後の最後のカデンツアは、これはチック・コリアの作曲した全くオリジナルなジャズ風のもの。何時終わるのかとハラハラしながら二人が楽しみながら展開されたものであったが、最後にロンド主題の動機の終結部に上手くつながって元気よくフィナーレが終結していた。




         演奏が終わり指揮者を含めて三人が交互に抱き合いながら成功を祝して観衆に挨拶を繰り返していたが、コリアがスマホを取り出して舞台から拍手の中で写真を撮りだし、小曽根と肩を組みながら写真を撮る一幕もあって、舞台からも客席からも暖かい拍手が満ち溢れ、NHKホールでは珍しいもの凄い拍手で大騒ぎであった。この後にチック・コリアの作曲した「アルマンドス・ルンバ」という曲がアンコールとして二人で弾かれていたが、NHKが2台のカメラで二人を並べて撮る映像が珍しく、アンコールの演奏風景の写真も最後に加えてみた。

         今回のこの二人の演奏は、始まる前には果たしてどんな演奏か、いささか心配であったが、尾高の最初の提示部のオーケストラのテンポが良く、楽員たちに楽しげな様子で暖かく迎えられている様子が良く分り、最初から安心して見ておれた。ジャズ風に多少のブレがあってもオーケストラは枠を外すことなく、むしろ楽しく暖かく見守られており、二つの長い長いカデンツアでも、楽員たちが聴き手として楽しんでいるように見えていた。

         この二台のピアノのための協奏曲の映像には、既に8組の映像があってアップロードが完了しているが、今回このジャズ風の楽しい小曽根とチック・コリアの最新の映像が加わって、新鮮味が加わることになった。このコンサートの途中に二人のピアニストの対談があり、チック・コリアはグルダとお付き合いを始めて、グルダがクラシックの譜面をいろいろ送ってくれたので、グルダと一緒にクラシックをやるようになり、この曲もグルダと弾いていると語っていた。第一・三楽章のカデンツアは、コリアが作曲したものだそうである。


(以上)(2016/09/02)



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