(古いS-VHSより;東京クワルテット演奏会より弦楽五重奏曲K515&K.516)
16-8-2、東京クワルテット演奏会より、弦楽5重奏曲(第2番)ハ長調K.515および弦楽5重奏曲(第3番)ト短調K.516、
1991年10月1日、2日、サントリー・ホール、第二ヴィオラ;ラファエル・ヒリヤー先生のゲスト参加、

−東京カルテットの演奏は、このホームページでは初めての登場であったが、広いサントリー・ホールを満員にして、第二ヴィオラのゲストのラファエル・ヒリヤー教授を迎えて隙のない重厚で緊密な響きを見せ、モーツァルトの後期の作品に見られる風格のある充実した緊張感が溢れる演奏をしてくれた。彼らはハ長調K.515において新全集と異なりメヌエットを第二楽章で演奏していたが、どうやら新全集違反の確信犯的な演奏に見えていた−



(古いS-VHSより;東京クワルテット演奏会より弦楽五重奏曲K515&K.516)
16-8-2、東京クワルテット演奏会より、弦楽5重奏曲(第2番)ハ長調K.515および弦楽5重奏曲(第3番)ト短調K.516、
1991年10月1日、2日、サントリー・ホール、第二ヴィオラ;ラファエル・ヒリヤー先生のゲスト参加、
(1991/10/27、NHK芸術劇場の放送をS-VHS-39.1に収録)

       8月号の第二曲目は、7月号のエマーソン四重奏団の演奏に続いて同じテープに収録されていたもので、東京クワルテット演奏会として、弦楽5重奏曲(第2番)ハ長調K.515および弦楽5重奏曲(第3番)ト短調K.516の2曲を、1991年10月1日、サントリー・ホールで演奏されたものであった。第二ヴィオラに東京カルテットのメンバーの生みの親の共通の先生に当たるラファエル・ヒリヤーをゲストに向かえた弦楽五重奏と言うことであったが、メンバーのトップの第一ヴァイオリンは、外人さんであったので、良く調べてみた。彼らの創立は古く1969年であり、ジュリアード音楽院を卒業した4人の日本人によりニューヨークで結成され、翌1970年にミュンヘン国際音楽コンクール室内楽部門でいきなり優勝し、一躍、注目を浴びた。そして設立以来20年を経て現在に至っているが、第一ヴァイオリンは、当初の原田幸一郎からピーター・ウンジャンに、第二ヴァイオリンが名倉淑子から池田菊衛に変わったが、ヴィオラの磯村和英、チェロの原田禎夫は、当初からのメンバーだそうである。




       サントリー・ホールの広いステージに、小さな5つの椅子がコの字型に並んでおり、5人が登場し着席していた。左右の両端に第一ヴァイオリンのピーター・ウンジャンと第一ヴィオラの礒村和英がおり、中央にチェロの原田禎夫が位置していた。そしてそれぞれの間に、第二ヴァイオリンの池田菊衛と、第二ヴィオラのゲストのラファエル・ヒリヤーが着席していた。この日の第一曲目は、弦楽五重奏曲(第2番)ハ長調K.515であり、新全集ではアレグロ楽章、アンダンテ楽章、メヌエット楽章、アレグロ楽章とされていた。

       第一楽章は、秒針を刻むような威勢のよいアレグロの機械的なリズムの上にチェロの分散和音の上昇と第一ヴァイオリンのため息音形による応答からなる軽快なリズムの第一主題で始まるが、この主題は雄大であり、三度繰り返されて全休止になってから、今度はチェロと第一ヴァイオリンが入れ替わって、あの機械的なリズムのもとに三度繰り返されていた。この雄大な楽想は第一ヴァイオリンの揺れ動くような早いテンポのエピソードに引き継がれ、経過部を経てから、やがて第一ヴァイオリンの8分音符の連なりから成る第二主題が軽快に進んでいた。この軽快なリズムに乗って各楽器が入り乱れて充実した響きを見せ、結尾主題を経て提示部を終えていたが、東京カルテットはここで改めて冒頭に立ち戻り、再び雄大な第一主題が颯爽と開始されていた。このメンバーによる五重奏は、各声部に勢いと緊張感が漲っており、実に充実した響きをみせていた。
     長い展開部でも冒頭の問いかけモテイーブと応答する旋律とが繰り返し展開されており、再現部においてもこの第一主題が繰り返し現れて、隙のない重厚な造りの緊密な響きが続いており、モーツァルトの後期の作品に見られる風格のある充実した緊張感が溢れる楽章を思わせていた。

 


    第二楽章は新全集と異なって、メヌエットとなっていたので驚いて調べると、旧全集や1965年のケッヒェル第7版まではメヌエットが第二楽章であったが、1967年の新全集から第三楽章と順序が入れ替わったという。メヌエットでは、いきなり第一・第二ヴァイオリンにより流れるような気品のあるメヌエット主題が奏され繰り返されていくが、中間部では第二ヴィオラとチェロがこの主題を奏し、続いて第一・第二ヴィオラがこのメヌエット主題を手掛けながら進むが、印象としてどこかの声部がいつもこのメヌエット主題を弾いているように聞えていた。トリオでは対照的に第一ヴァイオリンのペースで進み重い雰囲気が流れるが、後半では第一ヴァイオリンと第二ヴィオラによる明るく美しい民謡調の旋律が四度現れ、ホット息抜きをさせてくれていた。流れるような上品なメヌエット主題が各声部で現れ 、弦楽合奏の豊かさを感じさせるメヌエット楽章であった。




    第三楽章は、入れ替わってアンダンテ楽章であり、展開部を欠いたソナタ形式のスタイル。第一ヴァイオリンと第一ヴィオラが主体となり対話するように、厳かで重みと渋味のある第一主題が流れるが、続く第二主題では第一ヴァイオリンの旋律に第二ヴィオラが答える美しい対話が繰り返されるコンチェルタントなスタイルとなっていた。そして結尾主題が第一ヴァイオリンで現れても第一ヴィオラがこれを受け止め、第一ヴァイオリンと交互に早いカデンツア風のパッセージまでやり取りしながら進行し、トリルで一休みして、再現部に移行していた。再現部ではほぼ型どおりにコンチェルタント風に再現されていたが、第一ヴィオラが渋味を聴かせながら存在感を示し、5声による対位法的な分厚い響きを示していた。この響きはモーツァルトが晩年に得たいくつかの五重奏曲にだけ現れる5声の複雑な深みと渋味のある世界に共通するように思われた。




   フィナーレは明るい陽気なロンド主題がアレグロで飛び出して繰り返していくが、どうやらここでは単純なロンド形式ではないソナタ形式とが複雑に融合したような感じがする楽章であった。軽妙なロンド主題に続き新しい第二の主題が現れて優美さを示しながら、対位法的な展開が行われて難解さを感じさせるが、途中で再び最初のロンド主題が現れてホッとする。続いて第三の主題が現れて急速に複雑な展開を見せていくが、これはモーツァルトの後期の気むずかしいが、優麗な世界が広がる典型的なフィナーレ楽章であろうと考えて見た。
東京カルテットの演奏は、このホームページでは初めての登場であったが、広いサントリー・ホールを満員にして、この気むずかしい弦楽五重奏曲の充実した響きを聴かせてくれた。

    第一曲目のハ長調K.515は、続く第二曲目のト短調K.516とペアで作曲されたが、これは最後の交響曲第40番ト短調と第41番ハ長調と同じペアの調性であり、いずれもモーツァルトの最高の傑作であることからよく比較されることが多い。このハ長調の五重奏曲は全体で1149小節であり、ジュピター交響曲の924小節を抜いて、彼の器楽曲中の最大規模を示しているが、規模ばかりでなくその内容も重厚な構えと堅牢な美の構築が見られる素晴らしい作品であると改めて感じさせた。




         続いて第二曲目の弦楽五重奏曲(第3番)ト短調K.516の第一楽章がアレグロで開始されたが、第一ヴァイオリンが八分音符で、脈打つような二声の伴奏音形に乗って、途切れがちにため息音形を含んだ第一主題をひとしきり奏でていくが、続いて第一ヴィオラが悲しげに反復して第一ヴァイオリンに渡し、この曲の悲しいイメージを作り出す。同じアレグロのリズムの中で第一ヴァイオリンによって第二主題が明るく提示されるが、やがていつの間にか始めの暗さに戻っていた。第三の主題も元気よく登場し、各声部が盛り上がりを見せながら提示部を終えていたが、ここで再び冒頭に戻って、秒針を刻むような第一主題が再開され、しっかりと進められていた。
     展開部ではチェロから始まる秒針のようなリズムの中で第二主題を中心に繰り返し各声部で展開されていくが、不安定な雰囲気のまま緊張感を持って再現部へと移行していた。ここでも第一主題のアレグロのリズムが再現され、型どおりに進んでいたが、フーガ風の主題展開が行われたり、短調の第二主題による厳粛さが持ち込まれたり、難しさの中で第三の主題が登場し、勢いを増しながら一気にこの楽章が終焉していた。




         第二楽章は、第一ヴァイオリンが先導するアレグレットのメヌエット楽章で、前の楽章を引き継ぐような不安な陰りを持つ主題が合奏で進んでからトウッテイで弦七の和音が一撃、二撃とフォルテで鳴り響いていた。中間部でも第一ヴァイオリンを中心に合奏で進んでから、今度は一撃、二撃、三撃とフォルテの和音の全奏が続いて、厳粛な感じがするメヌエットを終えていた。トリオでも暗さは第一ヴァイオリンを中心にその延長線上にあったが、後半に第一ヴァイオリンを中心とするカノン風に仕上げられた優美な世界があり、ホッと息抜きができた。たび重なる重々しいフォルテの弦七の和音が異様に響く力強いが珍しいメヌエット楽章と思われた。




     第三楽章はゆっくりしたアダージョ楽章で、展開部を欠いたソナタ形式か。第一ヴァイオリンによりむかし懐かしい「今日の良き日は大君の」のメロデイが厳かに奏されて、「ああ、この曲か」と思い出す。ヴァイオリンとチェロとの静かな対話が続いて、先行する二つの楽章による深淵からの救済のように落ち着いて響いていた。続いて現れる第二主題の刻むような16分音符のリズムにより、再び暗さが元に戻ってしまっていた。しかし再現部に入って、再び落ち着いた静かな主題が立ち戻り、第二主題も顔を出していたが、さらに後半現れる第一ヴァイオリンと第二ヴィオラとの繊細な対話が、救いの道を開くように響いていた。




    フィナーレは意表をつくアダージョの序奏で始まるが、八分音符の和音の内声部の上にチェロのピッチカートで始まり、第一ヴァイオリンが悲痛なエレジーを歌い出す素晴らしい楽想で覆われ再び憂愁な陰りをもたらしていたが、一転してアレグロで始まる明るいロンド主題が登場して、全体がやっと明るさを取り戻す。ロンド主題は繰り返され、明るく彩りを添えながら軽快に進行していたが、続く第一ヴァイオリンが先導する第一エピソードも、改めてロンド主題の後に登場する第二エピソードも、それぞれ晴れやかな主題であり、対位法的な楽句が優美な姿で現れ、スピード感ある弦楽合奏が続いていた。最後にもう一度、第一ヴァイオリンによるロンド主題が現れて、フィナーレ楽章は内声部が豊かなコーダで結ばれていたが、この大きな五重奏曲を明るく締めくくるフィナーレとしては、豊かで発展性のあるロンド構造のスタイルのように思われた。

     もの凄い拍手により、コンサートが終了し、何回か顔を出しながら観衆の拍手に応えていたが、最後に価客席から大きな花束が持ち込まれ、それをゲストの第二ヴィオラの大先生が受け取るシーンが紹介されて、アンコールの開始となった。第一ヴィオラの磯村和英が代表して、弦楽五重奏曲(第1番)変ロ長調の第4楽章のフィナーレを演奏すると告げていた。この曲はソナタ形式で書かれており、第一ヴァイオリンにより提示される急速なアレグロ主題が飛び出すように始まり、続いてヴィオラの奏する第二主題が明るく進行する軽快な主題構成になっていた。長い展開部を経て再現部では二つの主題が型どおりに進行し、フィナーレとして第一主題によるコーダで力強く結ばれた軽快な曲であった。

        このト短調K.516は、前作のハ長調K.515の約1ヶ月後に続けて完成されており、両作品とも4つの楽章の持つ緊張から解決への内面的なドラマが全体の統一感を作り出しているように思われる。このト短調の作品では、それが楽章構成上でも明らかであり、悲劇的なアレグロと重々しいメヌエット楽章に続き、瞑想的なアダージョが続き、悲痛感の漂うアダージョの序奏に続いて突然に始まる明るいロンド・フィナーレが登場して、一連のドラマが構築されていた。モーツァルトはこの輝かしいフィナーレのために、二つの草稿を残すなど苦労を重ねていたという。
   二つの晩年の五重奏曲を続けて東京カルテットの演奏で聴いて、彼らは前作のハ長調K.515において新全集と異なりメヌエットを第二楽章で演奏していたが、二つの曲を連続して注意深く聴いてみると、全体のバランスがとても良く、連作されたト短調K.516と同様に、作品の全楽章の性格を捉えた好演奏のように聞えていた。彼らは二つの曲の演奏はかくあるべきだと確信に満ちた演奏をしており、どうやら新全集違反の確信犯的な演奏であった。恐らく、彼らの先生であるゲストのヒリヤー教授の指導の下に行なった演奏であろうが、面白い試みであることをご報告して、今後、他の演奏を聴くときの参考としたいと考えている。


       (以上)(2016/08/11)



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