( 古いS-VHSより;N響定期の協奏交響曲K.364とレ・プティ・リアンK.299b)
16-7-1、キタエンコ指揮NHK交響楽団の協奏交響曲K.364、Vn.山口浩之とVla.川崎和憲、1994年7月26日、サントリーホール、およびジャン・フールネ指揮NHK交響楽団の「レ・プティ・リアン」K.299b、
1990年6月18日、サントリーホール、

−今回のキタエンコの指揮とNHK交響楽団による仲間たちの協奏交響曲は、お互いに呼吸が合った仲間同志の遠慮のない演奏であったので、とても全体のアンサンブルが良く、ヴァイオリンの山口もヴィオラの川崎も実に息が合っており、お互いの動きを確かめ合って自信を持った演奏のように聞こえていた。第二曲はフールネが得意のフランスもので、久し振りだったので、譜面を確かめつつ丁寧に聴いてみたが、まさに珠玉のような隠された小品集であり、映像で確認できることは有り難いことだと思った−

(古いS-VHSより;N響定期の協奏交響曲K.364とレ・プティ・リアンK.299b)
16-7-1、キタエンコ指揮NHK交響楽団の協奏交響曲K.364、Vn.山口浩之とVla.川崎和憲、1994年7月26日、サントリーホール、およびジャン・フールネ指揮NHK交響楽団の「レ・プティ・リアン」K.299b、
1990年6月18日、サントリーホール、
(940924、N響アワー中村紘子の放送をS-VHSテープ139.1に収録 )

  7月号のソフト紹介は、これまでと同様にオペラ部門は購入済みの新規ソフトの紹介を行ない、それ以外は古いS-VHSテープに保存されたモーツァルトソフトのアップ完結を目指して、分野を問わず紹介していきたいと考えていた。古いS-VHSのテープから中村紘子のN響アワーの番組にあった協奏交響曲K.364をアップしようと考えていたら、その番組に別のN響定期の演奏「レ・プティ・リアン」K.299bが含まれていたので、これら二つの曲を7月分の第一曲としてアップロードすることとした。
  最初のヴァイオリンとヴィオラのための協奏交響曲変ホ長調K.364は、ドミトリ・キタエンコ指揮NHK交響楽団のヴァイオリンが山口浩之とヴィオラが川崎和憲の二人による演奏で、1994年7月26日、サントリーホールでのN響定期の演奏であった。この演奏はN響定期としては、歴代のコンサートマスターたちなどによる演奏であり、充分に期待の持てる演奏と考えられた。同じ放送で演奏されたバレエ組曲「レ・プティ・リアン」K.追補10(299b)は、ジャン・フールネ指揮NHK交響楽団によるもので、1990年6月8日サントリーホールのN響定期の演奏であった。この組曲は、新全集では序曲を別にして20曲から構成されているが、滅多に演奏される機会のないこの曲をN響が取り上げるのは、フランス人のフールネさんの好みによるものと思われる。しかし、どうやらN響のような大規模なオーケストラ向きの曲のみを抜粋して演奏されたように見えた。このHPでは初出の曲なので、新全集を見ながら丁寧に聴いてみたいと考えていた。



     旅に明け暮れたモーツァルトの青少年時代のうち、中村紘子の旅先でのパリに縁のある作品紹介として、第一曲目のヴァイオリンとヴィオラのための協奏交響曲変ホ長調K.364が解説され、このN 響アワーの2ヶ月前に収録された最新のN響定期の様子が写し出され、二人のソリストと指揮者が足早に登場して着席する姿が映し出されていた。
三人が一息ついてから、オーケストラの全合奏でアレグロ・マエストーソの言葉通りに、重量感と威厳に満ちた第一主題が堂々と開始された。厚みのあるオーケストラとヴァイオリンのスタッカートが快く響き、コントラバス四台の伴奏がしっかりとオーケストラを支えていた。やがてホルンに次いでオーボエによる第二主題が弦楽器のピッチカートを伴奏に明るく伸びやかに提示され、次第にクレッシェンドを重ねて頂点に達するが、ドミトリ・キタエンコの指揮ぶりはとても良く歌わせており、このオーケストラによる主題提示部は、この曲の名の通りの豊かな交響曲的な響きで始まっていた。




    力強い提示部のコーダのあとに独奏ヴァイオリンとヴィオラがオクターブの合奏で見事なアインガングを奏しながら印象的に登場すると、早速、独奏ヴァイオリンがまず第三の主題を提示しヴィオラが引き継ぐように模倣して進行していた。山口のヴァイオリンも川崎のヴィオラも落ち着いてしっかり弾かれており、安心して肌理の細かな音像に浸ることが出来ていた。続いて独奏ヴァイオリンが16分音符の長いパッセージを引き出すと、独奏ヴィオラが見事にそれを模倣して進んでいた。やがて独奏ヴァイオリンが明るく第四の主題を弾き出すと、ヴィオラもそっくり模倣し始め、ひとしきり模倣が続いてから、いつの間にか二つの楽器はそれぞれ対等に合奏したり、1フレーズづつ追いかけ合ったり、お互いに模倣をし合ったりして、互いに存在を主張しつつきらめくような音色で競い合いながら、シンコペーションとトリルのコーダに入っていた。二人のソリストは実に息が合っており、お互いの動きを確かめ合い、助け合うような様子で進行していた。





    展開部に入って独奏ヴァイオリンが新しい主題を提示してから、そのまま同じようにヴィオラが繰り返した後、両楽器が速いパッセージで活発に追いかけあって技巧的な展開を行っていた。再現部では冒頭の第一主題がオーケストラで開始され、続いて第三の主題がヴィオラで提示されてからヴァイオリンに受け継がれていた。ここではヴィオラが先行し、ヴァイオリンが模倣する順序に替わり、やがて第四の主題に次いで第二の主題の順に再現されて、提示部とは異なる独自の構成で主題が再現されていた。最後のカデンツアは新全集のスコアに示された通りであったが、ヴァイオリンとヴィオラが互いに競い合ったり合奏したりする美しいもので、最後のアダージョの部分で二人は、改めて呼吸をピッタリ合わせて見事な合奏を行っていた。ヴァイオリンの山口とヴィオラの川崎は、さすが手慣れた演奏で、それぞれ対等で弾き合ったり、オクターブ離れて弾いたり、重奏したり、模倣し合ったりして賑やかに進行し、この曲の持ち味を充分に示しながら、豊かな楽想でこの曲を締めくくっていた。この曲はモーツァルトのごく自然に湧き出るような楽想の連続という感じであり、地味ではあるが実直で息のあった二人の演奏には好感が持て、さすがN響のヴェテランと思わせるものがあった。






第二楽章のアンダンテでは、オーケストラのもの憂げな静かな第一主題のあとに、独奏ヴァイオリンがすすり泣くように変奏しながら主題を提示し、やがて独奏ヴィオラも溜息をつくように変奏を始め、互いに交替して進んでいた。二つの楽器が溜息をつくような音形で綿々と進行する姿には格別のものがあり、山口も川崎もお互いに顔を見合わせながら交互に弾いていた。その間にオーケストラのトウッテイが入って進行するうちに、短い第二主題に入り独奏ヴァイオリンと独奏ヴィオラの両楽器が追い掛け合いとなっていた。二人は顔を見合わせながら競い合っているようにも見え、やがて両楽器の合奏となり対話のような追い掛け合いに続いてから、トウッテイとなって提示部が終わっていた。
展開部はなく再び冒頭の第一主題が今度は独奏ヴァイオリンで再現され、独奏ヴィオラが変奏して続き、交替から合奏になり、第二主題に入ってからはお互いに追い掛け合って対話しながら進んで、提示部の単なる繰り返しではないいろいろな変化を見せていた。終わりのカデンツアでは、スコア通りに弾いていたが、両楽器が重音で重なるように進んでから美しく応答し合うこの曲ならではの美しいものであり、最後のフェルマータでの両楽器の音の重なりが美しかった。ソリストとしてのお二人は、初めてのお付き合いであったが、派手に動き回ることはなく相手を意識しながら淡々と生真面目に弾いており、全体のアンサンブルを重視する実直さが窺われた。






       終楽章は一変して明るく快活なフィナーレであり、大きく見ればA-B-A-B-Aのロンド形式であるが、Aの細部では変化があった。始めにオーケストラでプレストのロンド主題が早いテンポで飛び出して繰り返され、オーボエとホルンが引き継いでからホルンが先行してオーボエが繰り返すファンファーレが印象的であった。続いて独奏ヴァイオリンが第二の主題を提示して独奏ヴィオラに引き継ぎ、それからはヴァイオリンとヴィオラが新しい主題をお互いに追いかけるようにして交互に目まぐるしく進行し、素晴らしい効果をあげていた。再びロンド主題がオーケストラで登場してから、直ぐに第二の主題が順序を変えて独奏ヴィオラで提示され、それを独奏ヴァイオリンが引き継いでから、ヴィオラが第一の主題に次いで新しい主題を提示し、独奏ヴァイオリンと交互に追い掛け合いながら素晴らしい展開を見せていた。再びロンド主題が両楽器で登場してから新たな展開を見せているうちに、あのホルンとオーボエによるファンファーレが聞こえてきて、独奏ヴィオラが続いて独奏ヴァイオリンがお互いにクレッシエンドしてそれぞれの頂点に達してからコーダで結ばれ終結していた。素晴らしく軽快なプレストであり、一気呵成に頂点にまで登りつめた厚みのある終楽章であった。
        この演奏は,素晴らしい拍手で迎えられ、指揮者とソリスト二人の三人は互いに握手を交わしながら挨拶をし、さらに周囲の仲間たちと握手を交わしていた。今回のこのキタエンコとNHK交響楽団による仲間たちの協奏交響曲は、互いに呼吸が合った仲間同志の遠慮のない演奏であったので、とても全体のアンサンブルが良く、また,彼らもこれがこの曲の正統的な演奏であると言いたげな、自信を持った演奏のように聞こえていた。全く破綻がなく伸びやかに心から安心してこの素晴らしい曲に浸ることが出来たのは、この演奏者達のお陰であり、舞台をよく見るとN響の皆さんも二人の熱演を讃えて、自分たちの先輩の独奏者にエールを送っており、実に和やかな感動的な風景であった。(以上)(2016/07/07)



    第二曲目のバレエ組曲「レ・プティ・リアン」K.追補10(299b)は、1778年5月〜6月にパリで舞踊家ノヴェールのために作曲されたバレエ音楽である。父親宛の手紙(1778年7月9日)によると、その音楽はいろいろな種類の混成曲からなるもので、そのうち6曲は既にフランス風のアリアのメロデイを使ったものであり、モーツァルトはシンフォニー(序曲)、コントルダンスなど合わせて12曲を書き足したとされている。1778年6月11日にパリのグランドオペラで初演されて、好評のうちに4回の続演を続けたが、楽譜は行方不明のままであった。ところが、1872年にパリ・オペラ座の書庫から筆写譜が発見されたとされている。新全集では、序曲に加えてNo1からNo20まで譜面が残されており、そのうち序曲は、2フルート、2オーボエ、2クラリネット、2ファゴット、2ホルン、2トランペット、ティンパニーに弦4部の構成で、105小節からなる堂々たる曲となっている。それ以外の20曲の舞曲の小品は、モーツァルトの作とそうでないものとを区別して、記載している。



    フールネは序曲に続いて7曲の舞曲を抜粋して演奏しており、どういう基準で選んだのか定かではないが、コントラバス3台の二管編成と思われるフルオーケストラで演奏していたので、それに見合う演奏効果の高い曲を抜粋して演奏したに相違ない。この曲はこのホームページでは初出であり、この曲はモーツァルトの小さな珠玉の曲集とも言えるものであるので、1曲づつ丁寧に聴いて、あとで参考になるように記述することにした。

初めの「序曲」は、アレグロで明るい精力的な第一主題がトゥッティで始まり、これが繰り返されてからこの主題を借りた経過的な音形が続いていた。やがて第二主題が弦とフルートで始まり、これがオーボエに渡されて軽快に進行して、ソナタ形式の提示部のような姿を示していた。しかし、途中から第二部に移行して第一主題が再現されて先の経過的な音形に移行していたが、美しい第二主題は顔を出さぬまま静かに収束していた。変則的な二部分形式か、作曲する途中で考えを変えたのかもしれない。終わってみれば、前半の勢いに対し、後半はやや尻つぼみ的名な印象であったが、序曲にふさわしいフルオーケストラの堂々たる響きを見せた序曲であると思われた。






第一曲は、ラルゴであり、ピッチカートの伴奏に乗って、弦とフルートとオーボエが軽やかにゆっくりと合奏するセレナーデ風の穏やかな曲で、途中でオーボエが鳥のようにさえずりながら進行していたが、突然にプレストに変わってフォルテの弦楽合奏が激しく入って、一瞬、状況を一変させてから、再び美しいラルゴが繰り返されていた。A-B-Aの単純であるがモーツァルトらしく聞こえる美しいラルゴであったが、新全集ではNo.7の曲で、モーツァルトの曲ではないものとされていた。

第二曲は、アンダンテイーノ(No.9)であり、第二フルートが美しい優雅な旋律を奏で出すと、第一フルートがエコーのように繰り返し弦二部がしっかりと伴奏をしながらゆっくりと進む歌謡的な楽章。フールネは繰り返しを行なわず、ゆっくりと進めていたが、続いて突然に、第三曲のアレグロ(No.10)が弦楽合奏で始まり、あっという間に収束していた。これは、まるで第二曲のコーダのようになっており、第二曲と一体に聞こえるわずか6小節の元気の良いアレグロ楽章であった。






第4曲は、ガヴォット(No.12)で、オーボエがクラリネットや弦5部などを従えて、アレグロで優雅な旋律を奏でるもので、常にオーボエが先導を行なう豊かな変奏形式でA-B-C-Aと言う風に進み、最後に回帰するA楽句が全体をまとまりあるものにしていた。こういうさりげない味わいのある小さな曲が、実に楽しく優雅に聞こえ、それを丁寧に指揮しているフールネの姿が、楽しげに見えていた。

第5曲はパントマイム(No.16)であり、弦楽合奏による二小節単位の親しみやすい曲で、ダ・カーポ形式で書かれている。何とも美しい愛される曲の秘密は、巧みなスタッカートとスラーの組合せと、付点音符と休符の巧みな心得た使い方にあるのであろうか。フールネは、身体で調子を取りながら実に楽しげに指揮しており、自らパントマイムを演じているかのように嬉しげな表情を見せていた。









第6曲はガヴォット(No.18)であり、弦楽合奏の三部形式か、第一ヴァイオリンのうねるような八分音符で書かれた優しい旋律Aが全曲を支配しており、続くBやCでは変装するように変化を付けているが、自然にAに回帰するように、A-B-A-C-Aと和やかに進んでいた。いかにもモーツァルトらしい優雅な旋律に溢れており、素敵な小品であった。

終曲は、早いテンポの弦楽合奏にホルンが加わるアレグロの狩の曲か。A-B-Aのダ・カーポ形式で書かれており、中間部は弦とホルンの合奏で伸びやかに聞こえてから、再び早いテンポのアレグロに戻っていた。この曲は新全集に記載されているNo.1〜20には含まれておらず、どうしてか不思議な感じがした。

以上聞き終わって、新全集のNo.1〜20のうち、モーツァルトが作曲したとされる7曲で演奏されていなかったのは、残念ながら2曲もあった。別のCDでその2曲を確かめると、初めにラルゲット(No.11)は、オーボエとホルンと弦の三重奏に低弦のピッチカートが入った美しい曲であった。また、もう一曲はガヴォット・グラシウス(No.15)とされ、第一ヴァイオリンが美しい軽快な短いガヴォットで、いずれも省略されるには惜しい可憐な美しい小品であった。
フールネが、わざわざ新全集にモーツァルトの作品と明記された曲を、どうして入れ替えたのか、恐らく、独自の版を持っていたものと思われるが、滅多に演奏される曲ではないので、これら2曲も追加して演奏して欲しかった。久し振りで、譜面を確かめつつ丁寧に聴いたまさに珠玉のような小品集であり、隠されたさりげない知る人ぞ知る名作集でると思った。


(以上)(2016/07/08)



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