( 最新のBDと古いS-VHSより;ピアノ協奏曲K.37&K.41、K.414)
16-6-2、マーク・アンドレ指揮スイス・イタリア語放送管弦楽団とハイドラン・ホルトマンのピアノによるピアノ協奏曲第第1番ヘ長調K.37&第4番ト長調K.41、およびウーヴェ・ムント指揮NHK交響楽団とシプリアン・カツアリスのピアノによるピアノ協奏曲第12番イ長調K.414、

−指揮者アンドレとピアニストのホルトマンの二組の最初期のピアノ協奏曲は、いろいろな作曲家のごちゃ混ぜ作品のせいか、何となく音楽がスムーズに流れない感じを受けていたが、それはどうやら作品のせいで、彼らの演奏はまずまずのしっかりした出来映えと思われた。一方の名ピアニストのカツアリスとN響との顔合わせによるピアノ協奏曲第14番は、名人芸的な協奏曲のがっしりした側面とアンサンブルの優れた室内楽的なサロン的側面とを併せ持ったしたたかな演奏であり、カツアリスのソリストとしてカデンツアやアインガングを重視する姿勢が面白く、第二楽章ではオリジナルな即興的な長いカデンツアを初めて聴くことができた−

(最新のBDと古いS-VHSより;ピアノ協奏曲K.37&K.41、K.414)
16-6-2、マーク・アンドレ指揮スイス・イタリア語放送管弦楽団とハイドラン・ホルトマンのピアノによるピアノ協奏曲第第1番ヘ長調K.37&第4番ト長調K.41、およびウーヴェ・ムント指揮NHK交響楽団とシプリアン・カツアリスのピアノによるピアノ協奏曲第12番イ長調K.414、
NHKホール、来日公演、
(2016、BDのMozart on tourより、および950114のN響アワーをS-VHS-145.3に収録)

   第二曲目は、かねて予定していたモーツァルトの初期のピアノ協奏曲から、未アップの2曲が新しいBD(オン・ツアー)に含まれていたので最初にアップしたい。若いモーツァルトが編曲した勉強中のピアノ協奏曲4曲中の第1番ヘ長調K.37と第4番ト長調K.41であり、マーク・アンドレ指揮スイス・イタリア語放送管弦楽団とハイドラン・ホルトマンのピアノによる演奏であった。これだけでは、役不足と考えて、ピアノ協奏曲第12番にシプリアン・カツアリスが来日中にN響定期で演奏したものが残されていたので、この曲のアップ完了の「総括」を行なうつもりで、アップロードする予定としている。



     この初期のピアノ協奏曲第1番ヘ長調K.37〜第4番ト長調K.41は、1767年4月から7月までの間に、当時11歳のモーツァルトによってザルツブルグで完成されたが、楽譜の大半はレオポルドの手によって書かれているとされる。サン・フォアとヴィゼワの研究により、パリで活躍していたドイツ系作曲家のクラヴィーア・ソナタを協奏曲に編曲したものと判明している。今回の第1番ヘ長調K.37については、第一楽章はH.F.ラウバッハの作品1-5の第一楽章アレグロ、第二楽章アンダンテは不明とされており、第三楽章アレグロはL.ホーナウアーの作品2-3の第一楽章であるとされる。楽器編成は、弦4部のほかにオーボエ2、ホルン2の初期のシンフォニーとほぼ同一の最も標準的な編成となっている。



     演奏はピアニストのホルトマンが拍手とともに着席するところから始まり、素晴らしいギリシャ風の彫刻が正面にある美しいホールで演奏が開始されていた。第一楽章はオーケストラの総奏でアレグロの第一主題が威勢良く始まっていたが、指揮者マーク・アンドレは、このHP初めての登場か?。演奏のスイス・イタリア語放送管弦楽団は久し振りであるが、よく見るとコントラバスが3台もおり、この曲の規模にしては大きすぎる編成のように思われた。曲はやがて独奏ピアノによって力強く第一主題がゆっくりと反復されてから、そのまま明るい第二主題らしきものがピアノで提示されていたが、この若い女流ピアニストは、威勢良くしっかりと弾いており、ピアノの一音一音が明確に弾かれていた。やがてオーケストラが総奏で冒頭主題を繰り返して行くが、独奏ピアノも明確な和音でしっかりと主題を展開し、続いて第二主題も力強く提示されていた。曲の構成は譜面がないので分らないがソナタ形式であろうか、もう一度オーケストラが冒頭主題を提示し、ピアノが第一・第二主題を再現してから最後は再びオーケストラで収束していた。モーツァルトはオーケストラ部分を協奏曲風に編曲したのであろうが、力強いピアノが目立ったしっかりした曲であった。



      第二楽章はアンダンテのオーケストラで始まる下降旋律の第一主題が奏されてから、独奏ピアノがこれを反復していき、経過部を経てさらにピアノのソロで装飾音の多い第二主題へと進んでいた。一呼吸したあと独奏ピアノが自由に軽やかに動き回ってから、独奏ピアノが再び第一・第二主題を反復して、ゆっくりと主題を回想するカデンツアを経て終結していた。さりげなくサラリと終始した第二楽章に対し、フィナーレ楽章はとてもリズミックで活気がある華やかな終曲で、これは明らかにソナタ形式の曲が登場していた。オーケストラで威勢よく第一主題が始まり一頻り輝きを見せてから、ホルトマンの独奏ピアノが明るくこの主題を繰り返していくが、この主題はなかなか楽しく軽快に進行していた。やがてこの主題の変奏が第二主題のように美しく聞こえて発展しオーケストラにより力強く主題提示部が終了するが、ここで提示部全体が丁寧に反復されていた。長い展開部では冒頭の第一主題がオーケストラと独奏ピアノによって繰り返し展開されてから、再現部へと突入していた。ここでは型通り再現され、この楽章の最後には、短いカデンツアが用意されており、この楽章全体を回想するように弾かれていた。

     最近では誰も取り上げようとしないこの作品に対し、改めて記録するために丁寧に聴き直してみたが、独奏ピアノもオーケストラもしっかりとしており、とても他人の作からバラバラに取り上げたとは思えぬほど、キチンと仕上げられた曲のように思われ、ピアノ協奏曲第1番の形をなしていたように思われた。



      続いて第4番ト長調K.41であるが、この曲の原曲は、第一楽章がロレンツイ・ホナウアーのクラヴサンのためのソナタ作品1の1の第一楽章アレグロ、第二楽章はラウバッハのクラヴサンとヴァイオリンのためのソナタ作品1の1の第二楽章アンダンテイーノ、第三楽章は前記のホナウアーの第三楽章アレグロ・アッサイから編曲されているとされる。オーケストラの編成が2フルート、2ホルンであるところが他の3曲と異なっていた。
     第一楽章はアレグロ・マエストーソで、颯爽と総奏で開始されるオーケストラに乗って勢いよく第一主題が始まり、フルートが姿を現していたが、続いて第二主題も提示されて、アンドレは軽快にオーケストラによる提示部を仕上げていた。続いて独奏ピアノがこれらの主題を次々に提示していき、ピアニスティックな様相を示しながら軽快に進行していた。展開部らしきものはなく、第二部的にオーケストラで冒頭部が再現されていたが後半のピアノの活躍は本格的な協奏曲らしさを見せており、最後にはカデンツアで結ばれていた。



      第二楽章はアンダンテの煌めくような第一ヴァイオリンによる装飾音で始まる感傷的な主題が提示さ独奏ピアノがこれを受け継いで、綿々と進行していた。第二部では独奏ピアノが新しい主題を提示して同じようなテンポで進んでいた。第三部では最初の主題が今度はピアノで提示されて、装飾的なテーマが繰り返されていたが、最後まで哀愁感は変わらずに、最後には短いカデンツアで結ばれていた。フィナーレはモルト・アレグロであり、三拍子の一二三で勢いよく始まる軽快な楽章。単純で透明で単声的な主題が元気よくオーケストラに始まってピアノに引き継がれコロコロとピアノが鍵盤を駆け巡るように軽快に進行していた。後半もオーケストラで開始され、同じようなテンポで明るく進行し楽しげに曲が結ばれていた。



       これらの4曲は、古くから少年モーツァルトの自作と考えられて、ピアノ協奏曲の第1番から第4番までの旧番号を占めているが、こうして古い他人の作を利用して、ソナタ作品を協奏曲に編曲させて勉強させるレオポルドの手法は、非常に効果的であったと思われ、同じオーケストレーションで初期の交響曲などが、沢山、残されている。同じ趣向で、クリステイアン・バッハのソナタによる協奏曲K.107が3曲残されているが、五線紙のすかしの研究からこちらの3曲は1771年頃の作品と考えられている。そのせいか、あるいは同じ人の原作によるせいか、こちらの方は、音楽がぎくしゃくせずにスムーズにに流れるような気がしていた。アンドレとホルトマンのこの二組の協奏曲は、いろいろな作曲家のごちゃ混ぜ作品のせいか、何となく音楽がスムーズに流れない感じを受けていたが、それはどうやら作品のせいで、彼らの演奏はまずまずのしっかりした出来映えと思われた。最新のBDのお陰で、古い映像がハイビジョン並みに画像も音声も甦ったので、この曲ばかりでなく、収録されている全14曲が甦ったような印象を受けた。
(以上)(2016/06/08)




      続く第二曲目は、ウーヴェ・ムント指揮NHK交響楽団とシプリアン・カツアリスのピアノによるピアノ協奏曲第12番イ長調K.414であり、この曲の第6番目にアップロードする映像で、いわばアップを楽しみにしていた「取って置き」の演奏でもあった。この映像は中村紘子の解説によるN響アワーの映像で、1995年1月14日の収録となっており、この日はこの曲とリストの前奏曲の2曲が放送されていた。演奏に入る前に中村紘子のカツアリスに関する解説があり、彼とはショパン・コンクールの審査でご一緒したと語っておられ、編曲をしたり即興演奏したりする特技のほか、音楽を楽しむ心得のある人で、茶目っ気がある楽しい人柄であると解説し、今回の演奏でもアンコールで良く人柄が現れていると話していた。



      編集された映像が始まると、ウーヴェ・ムント指揮のNHK交響楽団は既に着席しており、ムントの一振りで、早速、第一楽章のオーケストラ提示部が開始されていた。スタインウエイのピアノを中央にして、オーケストラの総勢40〜50人位であろうか、コントラバスは4台で、これまでの中では1番大規模なオーケストラの編成であった。親しみやすい穏やかな第一主題が弦五部で始まり、第一ヴァイオリンが軽快に歌い、弦の軽やかな繊細なリズムで快く進行していた。やがてピッチカートの伴奏で第二主題が第一ヴァイオリンにより優雅に提示され、続いて二部のヴァイオリンにより明るくカノン風に進行して盛り上がりを見せ、歯切れ良い和音でオーケストラによる提示部が終了した。
     カツアリスの独奏ピアノは早めのテンポで第一主題を優雅に弾きだし繰り返して進んでから、この主題を模倣する新しい副主題が独奏ピアノで登場して美しいパッセージが連続し、カツアリスのお得意のペーストなり、これが実に優雅なサロン風の見事な世界が続いていた。やがてピッチカートによる弦五部の導入で可愛げな第二主題が導かれ、独奏ピアノが元気よく引き継いで颯爽と進みだした。この主題が実に良く美しく響き出しウットリしているうちに、変奏が加えられ、華やかなパッセージが繰り広げられて、技巧を提示しながら進行して、提示部の素晴らしい盛り上がりを見せていた。





     展開部では独奏ピアノが新しい主題を力強く提示し、独奏ピアノの独壇場になって技巧的にも盛り上がりを見せ、オーケストラとピアノとの対話により展開が続いて、短いながら変化のある展開部となっていた。その終わりにフェルマータがあって、独奏ピアノが装飾音をサラリと弾いてから、オーケストラの再現部になっていたが、カツアリスはこのようなピアノの出番を大切にしているように見えた。再現部ではピアノの第二提示部とほぼ同様の経過をたどっていたが、第二主題が前半より拡大展開されて大きな盛り上がりを見せていた。最後のカデンツアでは新全集にあるBの長い方のカデンツアで結んでいたが、カツアリスらしい技巧的な味付けが見事であった。カツアリスとN響との顔合わせは初めてのように見えたが、カツアリスは表情豊かに時には笑みを見せ、指揮者やコンサートマスターと顔を見合わせながら、ゆとりを持ってピアノに向かっており、見ている方も安心して没入することが出来た。サロン的な典雅な響きの多いこのピアノ協奏曲にしては、カツアリスはしっかりと弾いており、いつ聴いても美しいピアノとオーケストラのアンサンブルの良さが、この演奏にも良く反映されていた。





     続く第二楽章では、モーツァルトが大好きであったクリスチアン・バッハの死に寄せて、彼のシンフォニーから引用されたとされるアンダンテの宗教的な8小節の主題が、オーケストラのソット・ヴォーチェでゆっくりと静かに提示され、N響の面々の心憎いばかりの思いを込めた瞑想的な序奏で始まっていた。続いて第一楽章の第一主題が形を変えてオーケストラで美しく示され、簡素な結尾フレーズで序奏部が結ばれていた。続いてカツアリスによる独奏ピアノがことさらに思いを込めてつぶやくようにバッハの主題を回想してから、新しい珠玉のような美しいフレーズが独奏ピアノで現れて、淡々と呟くように語りかけていくさまは実に美しく、カツアリスのピアノとN響の面々との相性の良さによる新たな世界が開けたような気がした。続いて主題をオーケストラに渡してから、長いピアノのトリルのあとに、独奏ピアノの短いアインガングが弾かれた後に、今度は独奏ピアノによりバッハの主題で靜かに第二部が始まった。続く主題も独奏ピアノで綿々と提示され、一頻り独奏ピアノの瞑想の世界が続けられてから、これらを回想するようなカデンツアが始まった。新全集には二つもカデンツアがあるのに、カツアリスは初めから譜面にない新しいものを弾いており、ひとしきり技巧を示してから、あの新しい珠玉のような美しいフレーズが独奏ピアノで現れて、独自の世界を築いてから、オーケストラで静かにこの楽章が結ばれていた。








    フィナーレはフランス風のRONDEAUとされ、アレグレットの軽快に踊るような弦五部のロンド主題で開始されるが、続けて第二の主題も明るくオーケストラで提示されていた。続いてカツアリスの独奏ピアノが第一のエピソードで明るく登場するが、付点リズムを持った動機が実に軽快そのものであり、ピアノとオーケストラが交互に楽しく飛び出して転げ回る楽しい楽章になっていた。フェルマータの後に、再びロンド主題が今度は独奏ピアノで現れてから、第二のエピソードが独奏ピアノで登場して軽快さを増しながら素晴らしい効果を上げつつカデンツアに入っていた。ここでは新全集のカデンツアAの短いものが弾かれていた。しかしコーダに入ってからも、付点リズムの主題が顔を出し、フェルマータがたびたび現れ、独奏ピアノがカデンツア風にアダージョになってファンタステイックな表情を見せるなどモーツァルトらしい気まぐれ的な変化を見せてから簡潔に終息していた。大変な拍手でカツアリスは歓迎されていたが、勿論、彼のアンコールへの期待が込められていることが想像された。



     この演奏の後に演奏されたアンコール曲は、はっきりとは聞こえないのであるが、カツアリスが小声で、モーツァルトの「タンツエ・パタン」と言っていたように聞こえた。中村紘子によるとピアノでは、指の爪で鍵盤を滑らせて早く音階を弾く奏法のグリッサンドを行ったり来たりと多用した曲で、ウイットに富んだ面白い初めて聴く曲であった。彼女は、モーツァルトの作であることは、彼の性格からして疑わしいと語っていたし、第二楽章のカデンツアは彼のオリジナルであるとも語っていた。兎に角、アンコールは、恐らくは彼の自作であり、ピアノのお上品なお遊びのような楽しいグリッサンドの曲であった。



       この曲には、エッシェンバッハ、ペライア、古くはオン・ツアーのアシュケナージなどの名ピアニストたちによる弾き振りのアンサンブルの優れた素晴らしい演奏が続いていた。しかし、今回の名ピアニストのカツアリスとN響との顔合わせは、名人芸的な協奏曲のがっしりした側面とアンサンブルの優れた室内楽的な側面とを併せ持ったしたたかな演奏であり、カツアリスのソリストとしてカデンツアやアインガングを重視する姿勢が面白く、第二楽章ではオリジナルな即興的な長いカデンツアを聴くことができた。
       さらに、この曲には、オリジナル楽器による高田泰司によるフォルテピアノ演奏があったり、ヴェーグとカメラータ・アカデミカおよびコンスタンツェ・アイクホルストという女流の新人ピアニストによる素晴らしくアンサンブルの良いいかにも爽やかな演奏もあって、それぞれ特徴のある良い演奏の映像を見ることが出来た。後期のピアノ協奏曲と異なって、演奏される機会の少ないウイーン時代初期の作品であるが、6種類も映像が集まったことは上出来であると思われる。今回もこのカツアリスの演奏は、期待に応えた、モーツァルト好きにとっては、曲と言い、演奏と言い、心地よい楽しめるものであったことをご報告したい。そして、さらに映像の全演奏のアップロードの完成をご報告できることは、このHPの作成者として、この上ない喜びであることをお伝えして結びとする。


(以上)(2016/06/08)



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