(古いS-VHSより;ヴェーグとカメラータ・アカデミカ(3)K.063&414)
16-5-1、シャンドル・ヴェーグ指揮カメラータ・アカデミカ・ザルツブルグによるカッサシオン第1番ト長調K.063およびピアノ協奏曲第12番イ長調K.414、
ピアノ;アイクホルン、モーツァルテウム大ホール、1989、ソース;ORFアマデオMY1991室内楽シリーズLD、

−ヴェーグは、この様な軽やかな機会音楽に対しても、正面から真剣に取り組んでおり、繊細な響きをもつ各楽章の一音一音を大事にして丁寧に指揮をしていたし、カメラータ・アカデミカもこれに応えるように、若いモーツァルトの意気込みが伝わってくるような颯爽とした演奏をしていた。一方のピアノ協奏曲第12番では、新人に近い若いピアニストにも拘わらず、ヴェーグの心温まる明るいオーケストラに乗って実に軽快に、あるときは瞑想的にピアノが駆け巡り、素晴らしいアンサンブルの良いいかにも爽やかな響きの演奏をみせていた−

(古いS-VHSより;ヴェーグとカメラータ・アカデミカ(3)K.063&414)
16-5-1、シャンドル・ヴェーグ指揮カメラータ・アカデミカ・ザルツブルグによるカッサシオン第1番ト長調K.063およびピアノ協奏曲第12番イ長調K.414、
ピアノ;アイクホルン、モーツァルテウム大ホール、1989、ソース;ORFアマデオMY1991室内楽シリーズLD、
(940731、CS736CHの放送をS-VHSテープ133.3に収録、)

        この5月号の第1曲目は、三月号、四月号に引き続きヴェーグとカメラータ・アカデミカのLDシリーズのものとして、カッサシオン第1番ト長調K.063およびピアノ協奏曲第12番イ長調K.414の2曲を取り上げる予定としている。このコンサートは、1989年にザルツブルグのモーツァルテウムの大ホールで演奏されていたが、残念ながら、第三曲は収録されていなかった。音源はクラシカ・ジャパンからの収録であるが、アマデオがモーツァルトイヤーに発売したLDの室内楽シリーズに含まれたものである。
        今回のこの2曲のコンサートは、画像は余り良くないのであるが、ヴェーグとカメラータの演奏が生き生きとして素晴らしく、また音響もとてもよく響いて、実に楽しく聴けたコンサートであった。モーツァルトの室内楽は、有名なヴァイオリニストやピアニストが参加していなくとも、良い指揮者に恵まれてオーケストラとソリストのアンサンブルが良く、皆が一体となってバランス良く演奏すれば、もの凄く楽しめる見本のようなコンサートであると思った。



     始めのカッサシオン第1番ト長調K.63は、ザルツブルグ時代の初期の1769年の13歳の作品で、現在のコンサート・プログラムに載ることは滅多にない。2オーボエ、2ホルンに弦5部の編成で、第一楽章の行進曲を含めて、二つのメヌエットを加えた全7楽章の構成となっている。大学の祝典用の曲として作られたフィナールムジークの第一曲とされており、カッサシオンの名称で3曲が残されている。
    ヴェーグが、4月号のモーツァルテウム大ホールでのコンサートと同様の白の背広で登場し、いきなり演奏が始まっていた。第一楽章は行進曲で、序曲に代わる入場のための音楽である。全曲を通じ弦の三連符による行進曲リズムが支配しており、短い形ばかりの展開部を持ったソナタ形式で軽快に始まっていた。ヴェーグは弾みをつけるように提示部の繰り返しを行なって、一気に再現部へと進んでいた。コントラバス1台の小規模なオーケストラの編成であった。
   第二楽章は、始まりの曲に相応しい快調な明るさ一杯のアレグロ楽章で、ソナタ形式で書かれていた。ヴァイオリンと低弦とが掛け合う第一主題で始まり、躍動する低音のリズムに支えられた明るく疾走するアレグロ楽章で、モーツァルト好きには応えられない響きがあった。ヴェーグは前半の繰り返しを丁寧に行ない、展開部も滑らかに流れて重苦しさがなく、再現部では明るい主題が躍動するように再現されていた。



    第三楽章はアンダンテで、静かな弦楽合奏と低音三声部によるピッチカートの伴奏によるセレナーデであり、若きモーツアルトのお得意の美しさが溢れていた。ソナタ形式で書かれ、形ばかりの8小節の展開部に続いて、再現部でも美しいセレナーデが再現されていた。ヴェーグは体を余り動かさずに、両手と指だけで合図をするように指揮をしていたのが面白かった。ヴェーグは興に乗ったのか後半の繰り返しも丁寧に行なって、この楽章の美しさを印象づけていた。

    第四楽章は、珍しくカノンによるメヌエット楽章であり、ヴァイオリン2部とヴィオラとチェロがペアーになってカノンを形成し、力強く見事に仕上がっていた。短調の弦楽器だけの暗いトリオが対照的で何とも美しく、メヌエットに再び戻ると、全体は華やかに明るく進行していた。



      第五楽章のアダージョは独奏ヴァイオリンによる協奏曲楽章で、コンサートマスターのゲラルド・コルステンがソロを担当していた。弦四部の和声的な伴奏の上にのって独奏ヴァイオリンが輝くように演奏する。初演時には若きモーツアルトが独奏したのであろう。コルステンのヴァイオリンは、伸び伸びと明るく全体を牽引しており、ヴェーグはこの楽章でも後半の繰り返しを行なって、協奏曲楽章の美しさを印象づけていた。
     第六楽章は速いテンポのメヌエット。付点音符のリズムを持ったメヌエットが総奏で威勢良く進行しており、対照的に弦だけのスタッカートのトリオが歯切れ良く進行するのが珍しい。
    フィナーレはアレグロ・アッサイで、テンポの速い晴れやかなフィナーレ。ロンド主題が明るくヴァイオリンで飛び出して来るが、ホルンの明るい響きが印象的で、狩りの音楽を思わせる。変化のあるエピソードを交えて、ロンド主題が何回か登場し、最後は明るく結ばれていた。



  わずか13歳の時の作品であるが、大学の祝祭的な行事の実用音楽としては十分な内容を備えていると思われる。ヴェーグは、この様な軽やかな機会音楽に対しても、正面から真剣に取り組んでおり、繊細な響きをもつ各楽章の一音一音を大事にして丁寧に指揮をしていたし、特に緩徐楽章の両手と指先だけで指揮を取る姿は印象的であった。カメラータ・アカデミカは、若い学生たちを含んだオーケストラであり、良き指導者を得てモーツァルトのザルツブルグ時代の若い時の作品を自分たちの曲のように思って取り組んでいるのであろう。このヴェーグとの演奏は、実に生き生きとして明るく響き、疾走するアレグロやウットリするセレナーデ風のアンダンテもあって、若いモーツァルトの意気込みが伝わってくるかのように聞こえていた。




   続くコンサートの第二曲目は、ピアノ協奏曲第12番イ長調K.414(385p)であるが、ソリストは、コンスタンツェ・アイクホルストという若い女性であった。ヴェーグとピアニストが連れ立って登場してそれぞれ着席してから一息おいて、早速、第一楽章のオーケストラ提示部が開始された。ベーゼンドルファーを中央にして、先のオーケストラの総勢20人位であろうか、コントラバスは1台で小規模なオーケストラの編成であった。ヴェーグが腰を曲げて両腕を振り上げてから、親しみやすい穏やかな第一主題が弦五部で始まり、第一ヴァイオリンが軽快に歌い、弦の繊細なリズムが快い。やがてピッチカートの伴奏で第二主題が第一ヴァイオリンにより優雅に提示され、続いて二部のヴァイオリンにより明るくカノン風に進行して盛り上がりを見せ、歯切れ良い和音で管弦楽の提示部が終了した。






     若いアイクホルストの独奏ピアノは第一主題を優雅に弾きだし繰り返して進んでから、この主題を模倣する新しい副主題が独奏ピアノで登場して美しいパッセージが連続し、これが実に優雅なサロン風の見事な世界が続いていた。やがてピッチカートによる弦五部の導入で可愛げな第二主題が導かれ、独奏ピアノが元気よく引き継いで颯爽と進みだした。この主題が実に良くウットリしているうちに、変奏が加えられ、華やかなパッセージが繰り広げられて、技巧を提示しながら進行して、提示部の盛り上がりを見せていた。
     展開部では独奏ピアノが新しい主題を力強く提示し、独奏ピアノの独壇場になって技巧的にも盛り上がりを見せ、短いが変化のある展開部であった。再現部ではピアノの第二提示部とほぼ同様の経過をたどっていたが、第二主題が前半より拡大展開されて大きな盛り上がりを見せていた。最後のカデンツアでは新全集にあるBの長い方のカデンツアで結んでいた。アイクホルストは表情豊かに時には笑みを見せ、コンサートマスターと顔を見合わせながらピアノに向かっており、見ている方も安心して没入することが出来た。いかにもサロン的な典雅な響きのこのピアノ協奏曲は、いつ聴いてもほのぼのとした気分にさせてくれ、ピアノとオーケストラのアンサンブルの良さが実に重要であることを感じさせていた。






     続く第二楽章では、モーツアルトが敬愛したクリスチアン・バッハの死に寄せて、彼のシンフォニーから引用されたとされるアンダンテの宗教的な8小節の主題が、ヴェーグの指揮で静かにソット・ヴォーチェでゆっくりと提示され、ヴェーグの心憎いばかりの思いを込めた瞑想的な序奏で始まっていた。続いて第一楽章の第一主題が形を変えてオーケストラで美しく示され、簡素な結尾フレーズで序奏部が結ばれていた。続いてアイクホルストによる独奏ピアノがことさらに思いを込めてつぶやくようにバッハの主題を回想してから、新しい珠玉のような美しいフレーズが独奏ピアノで現れて、淡々と呟くように語りかけていくさまは実に美しく、ヴェーグとアイクホルストのピアノによる思い入れの世界を思わせた。続いて主題をオーケストラに渡してから、短いアインガングが弾かれた後に、今度は独奏ピアノによりバッハの主題で靜かに第二部が始まった。続く主題も独奏ピアノで綿々と提示され、一頻り独奏ピアノの瞑想の世界が続けられてから、これらを回想するようなカデンツアが丁寧に弾かれて、バッハの死を悼むような敬虔な楽章を静かに終えていた。カデンツアは新全集に示された少し長い方のBを弾いていた。








    フィナーレはフランス風のRONDEAUとされ、アレグレットの軽快に踊るような弦五部のロンド主題で開始されるが、続けて二つ目の主題も明るくオーケストラで提示されていた。続いてアイクホルストの独奏ピアノが第一のエピソードで明るく登場するが、付点リズムを持った動機が実に軽快そのものであり、ピアノとオーケストラが交互に楽しく飛び出して転げ回る楽しい楽章になっていた。再びロンド主題が今度は独奏ピアノで現れてから、第二のエピソードが独奏ピアノで登場して軽快さを増しながら素晴らしい効果を上げつつカデンツアに入っていた。ここでは新全集のカデンツアAの短いものが弾かれていた。しかしコーダに入ってからも、付点リズムの主題が顔を出し、独奏ピアノがカデンツア風にアダージョになってファンタステイックな表情を見せるなどモーツァルトらしい気まぐれ的な変化を見せてから簡潔に終息していた。




       この曲には、エッシェンバッハ、ペライア、古くはオン・ツアーのアシュケナージなどの名ピアニストたちによる弾き振りの素晴らしい演奏が続いていた。しかし、今回のコンスタンツェ・アイクホルストというピアニストは新人に近い方にも拘わらず、ヴェーグの心温まる明るいオーケストラに乗って実に軽快に、あるときは瞑想的にピアノが響き、素晴らしいアンサンブルの良いいかにも爽やかな演奏ぶりをみせていた。何度も触れているかもしれないが、ヴェーグとこの若いカメラータ・アカデミカ・ザルツブルグの面々は、モーツァルトの初期の頃の作品を実に好ましいテンポで、あたかも自分たちの曲のように溌剌と演奏しており、仲間であるソリストも興に乗ってか、素晴らしい演奏振りを示していた。今回で3度目のシリーズのLDからの収録であるが、今回も期待に応えた、モーツァルト好きにとっては、曲と言い、演奏と言い、心地よい楽しめるものであったことをご報告したい。


(以上)(2016/05/09)



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