(最新のBDオペラから;2014年コヴェント・ガーデンの「ドン・ジョヴァンニ」)
16-3-3、ニコラ・ルイゾッテイ指揮カスパー・ホルテン演出によるオペラ「ドン・ジョヴァンニ」、2014年2月、コヴェント・ガーデン王立歌劇場管弦楽団・合唱団、

−初めて目にするホルテン演出は、ある意味では地獄落ちよりも怖い、生き恥をさらす廃人という生き地獄の道を創出した新しい演出であったが、二階建ての木造の建物を使っての良く考えられた演出であることを方々で感じさせていた。また、随所で現れるプロジェクション・マッピングの活用は、感覚的に舞台全体のエレガンスを高めて、抽象化に成功しており、目を見張る新鮮さが目についた新演出であったと思う−

(最新のBDオペラから;2014年コヴェント・ガーデンの「ドン・ジョヴァンニ」)
16-3-3、ニコラ・ルイゾッテイ指揮カスパー・ホルテン演出によるオペラ「ドン・ジョヴァンニ」、
2014年2月、コヴェント・ガーデン王立歌劇場管弦楽団・合唱団、
(配役)ドン・ジョヴァンニ;マリウシュ・クヴィエチェン、レポレロ;アレックス・エスポジート、騎士長;アレクサンドル・ツィムバリュク、エルヴィーラ;ヴェロニク・ジャンヌ、オッターヴィオ;アントニオ・ポリ、ドンナ・アンナ;マリン・バイストレム、ツエルリーナ;エリザベス・ワッツ、マゼット;ダーウイット・キンバーク、
(2015/11/13、タワーレコード新宿店でBDを購入、OpusArte OA BD7152D)

3月分のソフト紹介の曲目選定は、オペラ部門では購入したばかりの、ルイゾッテイ指揮の2014年コヴェントガーデンの輸入盤BDの「ドン・ジョヴァンニ」であり、日本語字幕付きのものである。ルイゾッテイの「ドン」は2度目であるが、 前回のサントリーホールの日本公演記録(10-2-3)では、自らチェンバロを弾いており、それが重要なところでよく響いて印象の強い指揮者であり、今回も彼の本場での活躍を見るのが楽しみであった。また、この映像の演出家カスパー・ホルテンは、このHP始めてであるが、新しいBDを見てなかなか深みのある演出であると思って調べてみると、何と2015年9月のロイヤル・オペラの日本公演の「ドン・ジョヴァンニ」で評判の良かった演出者であり、今回のBDがイギリスでも評価の高かった彼のこの演出のプレミエのライブ公演(2014)であることが分ってきた。

ロイヤル・オペラのBDは、出演者の顔ぶれを見ると殆どがコヴェント・ガーデンのいわば専属的歌手が中心になっているが、日本公演のロイヤル・オペラでは、演出者は共通であるものの、指揮者がパッパーノ、ドン・ジョヴァンニがダルカンジェロ、オッターヴィオがヴィラソンなどと世界的な指揮者・歌手陣を網羅しており、同じ歌手はレポレロだけであった。その辺の事情を良くわきまえて、このあたらしいBDがこの演出のプレミエであることを考慮しながら、この映像をじっくり見ていきたいと思う。




懐かしいコヴェント・ガーデンの舞台のカーテンなどを見ながら映像が始まっていたが、ルイゾッテイが登場して来て、フォルテピアノを前にした席に着席してから二つの重々しい和音で始まる序曲が堂々と開始されていた。真剣な顔つきのルイゾッテイの指揮する姿が映し出され、序曲は石像の歩みに似せてゆっくりと進行していたが、やがて主部の早いテンポのアレグロに移行し、軽やかに進んでいた。舞台には二階建ての部屋が沢山ある木造の洋館が写し出されていたが、序曲が進み出すと、突然、画面にペン字で文字が書かれ始めており、スザンナともドラベラとも読めるなと考えているうちに、これはドン・ジョヴァンニが征服した女性の名前のカタログであると気がついた。そして序曲の軽快な進行とともに、みるみるうちに文字で画面が一杯になっていた。




序曲が急速な勢いで堂々と収束し、直ぐに速いテンポで第一曲の序奏が開始されていたが、レポレロ風の男がハシゴを登りながら二階建ての建物に上がり、ブツブツと歌いながらドアにANNAと書いて、これから一仕事の様子であった。しかし、不意に物音がして、慌てて頭を隠して物陰から様子を見ていると、大きな物音がして建物の二階の窓口で二人の男女が言い争いをしており、女に追われた男が一階に下りて逃げようとしていた。二人は明らかに顔見知りであったが、これに見ていたレポレロも加わった三重唱となって激しく争っていた。



その騒ぎを聞きつけて大男が「娘を離せ」と大声で駆けつけて、ナイフを手にして「決闘だ」とドン・ジョヴァンニに向かってきた。二人は睨み合いながら掴み合いになり、ドン・ジョヴァンニの動きが素早く、老人の持つナイフを取り上げて、組み合ってから反対に相手に突き刺して、勝負はあっという間についてしまっていた。この瞬間に画面は赤く染色され始め、プロジェクション・マッピングの技術により死を象徴する画面となっていた。
    大変なことになったと二人が逃げ出すと、そこへ声がしてドンナ・アンナとドン・オッターヴィオとが駆けつけて倒れている父親を発見した。そして嘆きの二重唱が始まっていたが、オッターヴィオの姿に勇気づけられたか、気丈な彼女は二重唱で父の死の復讐をとオッターヴィオに迫り、復讐を誓わせていた。この様子を、建物の影からドン・ジョヴァンニが見下ろしていたのが印象的であった。



場面が変わって、レポレロがドン・ジョヴァンニにこの仕事を止めたいと言いながら口争いをしていると、ドン・ジョヴァンニが「静かに、女の匂いがする」と立ち止まった。すると建物の陰から黒の派手なドレス姿のドンナ・エルヴィーラと召使いが現れ、「あの酷い男はどこかしら」と歌い出していた。「見つけたら酷い目に遭わせてやる」と物騒なことを歌いながら、自分を捨てた男への怨みの歌を激しい口調で歌っていた。そこで、男二人に「お嬢さん」と陰から声を掛けられ振り向くと、何と探していたドン・ジョヴァンニ。エルヴィーラは、喜んで確かめるようにキスをして、探していた男であることを確かめてから、早速、もの凄く早い口調で待ってましたとばかりに責め立てるので、ドン・ジョヴァンニは閉口し、レポレロに事情を話してやれと言い残して退散していた。
   レポレロは「あなただけでない」と懐から手帳を取り出しながら、伴奏に続いて「カタログの歌」を速いテンポで歌い出した。レポレロが手帳を見せながら、イタリアでは640人、スペインでは1003人と歌い出すと生真面目そうなエルヴィーラはビックリして、怒りの余り復讐を誓っていたが、この「カタログの歌」はヤクザっぽいレポレロの歌が表情が豊かで素晴らしい出来であったのでお客さんは喜んで大拍手であった。

 

   ここまで舞台は一気に進んでいたが、ここでこれまでのホルテン演出の目立った特徴を挙げておこう。第一にドンナ・アンナについては顔も隠さずに通じ合った女性として描いており、オッターヴィオはそれに気づかない甘い男とされていること、第二にこの物語はこの二階建ての建物を中心に描かれており、一階からも二階からも出入り自由で、建物内部も移動により鳥瞰できること、第三に登場人物たちの動きの辻褄合わせには余り拘泥せずに、自由に演技させていること、第四にエルヴィーラに召使いがおり、男二人はこの段階から彼女に目をつけていたこと、第五に、騎士長家の召使いや合唱団の出入りが殆どない演出であること、終わりに女性名のカタログのフィルムを入れたり、死のイメージの赤色のマッピングなどの技術の駆使が挙げられ、特徴ある面白い舞台になりそうであった。

        賑やかな音楽と共に建物の一階では若者たちが集まって来て、ツエルリーナとマゼットの二重唱が始まり、賑やかな合唱が続いていたが、二階ではドン・ジョヴァンニとレポレロがその様子を見ており、早くもツエルリーナに目をつけていた。一行に声を掛けて、ドン・ジョヴァンニが「マゼットたち一行を私の屋敷に連れて行ってご馳走しろ」とレポレロに命じて、花嫁は騎士が守ると言い、マゼットには後悔するぞと脅しつけていた。フォルテピアノが鳴り響き、マゼットは口を尖らせてツエルリーナに文句たらたらのアリアを歌って、嫌々ながら従っていた。



    「やっと二人きりになれた」とドン・ジョヴァンニは、美しいフォルテピアノの伴奏で、早速、ツエルリーナを口説きだし、「手に手を取り合って」の二重唱を歌い始めた。そしてツエルリーナを次第にその気にさせ、最後の「アンデイアーノ」になって二人はすっかりその気になってしまっていた。そこへエルヴィーラが現れて、ツエルリーナを驚かせ「この裏切者からお逃げなさい」と歌い出したが、そのアリアが真剣味を帯びており、様子の分からぬツエルリーナは驚いて、逃げ出してしまっていた。


      今日はついていない日だとドン・ジョヴァンニがぼやいていると、ドンナ・アンナとオッターヴィオの二人が現れて、ドンナ・アンナが「手を貸して欲しい」とドン・ジョヴァンニに声を掛けて来た。「どうしたのか?」とドン・ジョヴァンニがドンナ・アンナの手を取って尋ねていると、そこにまたしても、エルヴィーラが遠くの二階から顔を出し「この人を信じてはいけません」と声を掛けて、一階と二階に分かれた四重唱が始まった。黒の喪服のドンナ・アンナと礼服のオッターヴィオの二人は、しっかりしているエルヴィーラを気違い扱いするドン・ジョヴァンニに不審を感じながら歌っていた。形勢が悪いドン・ジョヴァンニが彼女を諫めてくると、二人に「アミーチ、アデイーオ」と声を掛けて立ち去った。
     その時、オーケストラが激しく鳴り出しドンナ・アンナが「死にそうよ」と大声をあげていた。ドンナ・アンナはアッコンパニアートで激しくドン・ジョヴァンニに襲われた経緯をオッターヴィオに告白し始めたが、この二人は通じていたはずなので、それを見抜けぬオッターヴィオのもどかしさが気になった。




そしてドンナ・アンナは「これで分かったでしょう」と続いて激しくアリアを歌い出し、父の仇を打ってくれとオッターヴィオに復讐のアリアを歌って、オッターヴィオに復讐を誓わせていた。オッターヴィオは、あの騎士が信じられないという面持ちであったが、ドンナ・アンナを前にして「彼女が安らげば、私の心も安らぐ」と美しいアリア第10a番を歌っていた。このアリアは良い声で素晴らしいアリアになって、なかなか印象的であったが、このアリアを二階でドン・ジョヴァンニが聴いており、ドンナ・アンナと連れだって立ち去っていたのに気がついた。




        ここでドン・ジョヴァンニがレポレロの報告を聞いて、盛んにブラボー!ブラボー!を連発して上機嫌であったが、「さあ、パーテイだ」とレポレロを相手に喜んで歌う「シャンペンの歌」が本日一番の歌となっていた。この場面の映像も素晴らしく、この姿がこの新しいBDのカバー写真になっていた。一方、ドン・ジョヴァンニに気を許したツェルリーナが詫びのつもりかマゼットの機嫌を取ろうとして子羊のように甘えて歌う「ぶってよ、マゼット」の有名な甘いアリアが続き、大きな拍手の連続のうちに舞台はフィナーレへと進んでいった。




     マゼットが「早く奴が来る前に隠れていよう」と歌い出してフィナーレが始まった。ドン・ジョヴァンニの楽しく踊ろうという挨拶で皆が集まっている隙に、ツエルリーナが身を隠そうとしていたが、直ぐにドン・ジョヴァンニに見つかってしまい口説かれそうになっていた。しかし、今度はマゼットが見張っており、諦めて三人で踊りに行こうとしていた。そこへエルヴィーラ、ドンナ・アンナ、オッターヴィオの三人が共通の敵ドン・ジョヴァンニを懲らしめようと目隠しを手にして、仮面舞踏会に登場してきた。メヌエットが始まり、目隠ししたオッターヴィオが入場を乞うと、宜しければどうぞと許された。そこで三人は「神よ、お守り下さい」と美しい見事な祈りの三重唱を歌い、神への祈りを捧げて、怖い敵を相手に勇気を出そうと誓い合っていた。




     二階建てのジョバンニ邸を広く使って、仮面舞踏会が賑やかに始まろうとしており、広い舞台ではコーヒーだ、チョコレートだ、と大勢が騒いでいるうちに音楽が変わり、仮面の三人が登場し、どうぞご自由にと歓迎された。ドン・ジョヴァンニが改めて「自由万歳」と歌い上げ、全員に号令すると乾杯がなされ、宴席は次第に佳境に入っていった。「さあ音楽だ」の声に再びメヌエットが始まり、仮面の三人の人が優雅に踊り出していたが、役目はどうやら見張り役。やがてドン・ジョヴァンニとツエルリーナ、マゼットとレポレロなどのペアが見え隠れしており、音楽はメヌエットから二拍子のコントルダンスと早い三拍子のドイツ舞曲が加わって最高潮の場面になっていた。しかし、いつの間にか姿が見えなくなっていたツエルリーナの悲鳴が遠くから聞こえてきて、場面は大騒ぎとなっていた。




そこへドアが開いてドン・ジョヴァンニがレポレロを犯人だとしてナイフを首に突きつけて演技していると、三人の仮面の人が順番に仮面を取って、オッターヴィオがドン・ジョヴァンニにピストルを手にして詰め寄り、他の二人も口々に「もう騙されないぞ」と騒ぎ出した。ドン・ジョヴァンニは全員に囲まれ詰め寄られて、遂には身動きが取れなくなりブツブツ言って降参していた。しかし、折からの雷鳴とともに音楽が変わり、最後には動きが取れずに、レポレロと一緒に屋敷の外へと逃げ出して第一幕のフィナーレは終了していた。




  第二幕が始まると、レポレロとドン・ジョヴァンニが言い争いをしながら二重唱になって、今度ばかりはレポレロも殺されそうになったと本気で怒っていた。しかし、ドン・ジョヴァンニに甘声で呼ばれて、金貨の入った財布を渡されて、仲直りをするばかりか、エルヴィーラの侍女を口説くため、洋服まで交換させられてしまっていた。ドン・ジョヴァンニの甘い改心の声を聞いて、エルヴィーラが二階の窓辺で怨みの歌を歌い始めると、二人が慌てて洋服を交換し、ドン・ジョヴァンニはしきりに甘い声を出し、衣裳を替えたレポレロに演技をさせて、おかしな三重唱が続いていた。階段を下りてきたエルヴィーラは、レポレロを改心したドン・ジョヴァンニだと暗闇の中で素直に思い込み、見事に騙されてしまい、二人は抱き合っていた。頃合いを見てドン・ジョヴァンニが大声を出したので、二人は暗闇の中を手を繋いで逃げ出してしまった。




そこでドン・ジョヴァンニは、二階にいるエルヴィーラの召使いのために、マンドリンの伴奏が美しく響く中でゆっくりと「愛しい人よ」とカンツオネッタを歌い出した。エルヴィーラの召使いは、月明かりの中でそれを聞いて、憑かれるように階段を下り始め、ドン・ジョヴァンニの前に姿を現し、着物を脱いで抱き合ってしまっていた。しかし、運悪くマゼット一行が駆けつけて来たので、残念ながら召使いは逃げてしまっていた。





ドン・ジョヴァンニに復讐をするために、マゼット一行は大勢で探していたのに、レポレロの格好のドン・ジョヴァンニにすっかり騙されて、ドン・ジョヴァンニの言いなりになり、「半分はこちら」とアリアの指示通りに百姓どもが追い払われて、マゼットと二人きりになった。そしてドン・ジョヴァンニはマゼットの銃とピストルを取り上げて「静かに」と油断させ、思い切りマゼットを殴る蹴ると痛めつけ、立ち去ってしまった。マゼットの悲鳴を聞きつけて、ツエルリーナが一人で駆けつけてきたが、マゼットの様子を見て「たいしたことないわ」と言いながら有名な「薬屋の歌」を歌って介抱していた。ツエルリーナは、色気たっぷりに、高い声を張り上げて、膝枕をしてドキドキしている場所を教えながら、美しい伴奏に乗って優しく歌って、会場からの拍手を浴びていた。





暗闇の建物の中をレポレロとエルヴィーラがうろついており、エルヴィーラが「ただ一人暗いところで」と歌い出して続く六重唱が始まった。レポレロがエルヴィーラから逃げだそうとしていると、そこへ喪服姿のドンナ・アンナとオッターヴィオが現れ、さらに怪しい男を捕まえたとツエルリーナとマゼットが加わり、怪しい男を囲んで六つの部屋に分かれた六重唱に発展していた。エルヴィーラがそれは私の夫ですと謝るが、四人は駄目だと許さない。平謝りの怪しい男を取り囲んで追求し、帽子を外すと何とそれはレポレロであった。驚く皆に顔を良く見せて、旦那の命令でこうなったと告白すると、一同はただ呆然として呆れるばかり。音楽が変わりテンポが速くなって、平謝りのレポレロを責める六重唱となっていた。ここでエルヴィーラもツエルリーナも一斉にレポレロを責め出すと、レポレロは一人一人に言い訳をしながら、平謝りのアリアを歌っていたが、皆の隙を見て脱兎のごとく逃げ去っていた。





ここで様子を見ていたオッターヴィオが騎士長を殺したのはドン・ジョヴァンニであることが分かったと告げ、私が探しに行くのでその留守の間、私の恋人を慰めてやってくれと皆に語ってから、高らかにアリアを歌って出発した。
   一人残されたエルヴイーラがオーケストラの伴奏で、アッコンパニアートで「ドン・ジョヴァンニに天罰が下される」と心配する気持ちを歌い出したが、彼女は続いてアリアに入り「復讐したいが心配だ」と優しい矛盾する心を歌っていた。





        場面が変わって、明るい月夜の中でドン・ジョヴァンニは上機嫌で墓場のような雰囲気の場所でレポレロを探していると、命からがら逃げてきたレポレロと再会した。殺されるところだったと怒るレポレロをからかいながら、洋服を取り替えて、ドン・ジョヴァンニが体験したレポレロの女のことで高笑いしていると、「その大声も今夜限りだ」と言う大きな声が響いて二人は仰天した。この時のドン・ジョヴァンニの驚きようには、尋常でないものがあった。
レポレロが騎士長の小さな石像を見つけて碑文を読み上げると、「悪者への復讐をここで待つ」と書かれてあった。驚いた二人はこわごわと二重唱で騎士長を夕食に招待するがどうかと尋ねると、レポレロが石像が頷いたと驚いて腰を抜かしてしまった。そのためドン・ジョヴァンニが自ら像に向かって尋ねると、「良かろう」という大きな声が聞こえてきた。映像ではいつの間にか幽霊のような騎士長の姿がドン・ジョヴァンニに迫っていた。二人は驚くばかりか、恐怖を覚えて恐ろしくなり、夕食の支度だと言い訳をしながら逃げ出してしまっていた。




  一方、オッターヴィオがドンナ・アンナと一緒に登場して、どうして私を苦しめるのかと責めだしたので、彼女は「この悲しいときに」と断ったので、オッターヴィオは「何てつれないんだ」と声を荒げていた。「つれないなんて言わないで」とドンナ・アンナが激しくレチタテイーボ・アッコンパニアートで「私だって辛いのよ」と歌い出し、「私の気持ちを揺るがせないで」と歌うアリアになっていた。そして後半にはアレグレットのコロラチューラが連続する技巧的なロンドになって、ここではドンナ・アンナの優しい一面を示すアリアのように見え大きな拍手を浴びていた。




  フィナーレに入って、建物の二階がドン・ジョヴァバンニの邸内か。しかし豪華な雰囲気はなく、階段に幽霊のような男が腰をかけている中で、食卓もないままにドン・ジョヴァンニの立ったままの食事が始まっていた。一階には楽士たちが集まって「コーサ・ラーラ」の音楽が始まり、レポレロがお皿一つの食事を運んでいた。しかし、ドン・ジョヴァンニの様子が正常でなくふらついており、「イ・リテイガンテイ」の音楽が奏され、持ってきたマルツイミーノ酒をビンごとラッパ飲みする始末。幽霊男を前にしてか、ふらふらしながら食事をしており、続いてフィガロの「もう飛ぶまいぞ」が始まると、ドン・ジョヴァンニはますます様子がおかしくなり、音楽に合わせて「レポレロ」と呼び掛けて「口笛を吹け」と無理難題でレポレロを盛んにからかっていた。そこへエルヴィーラが、突然、一階に飛び込んできて、降りてきたドン・ジョヴァンニの前に立ちふさがり、最後のお願いに来たという。ドン・ジョヴァンニはどうしたかと驚くが、エルヴィーラの必死の「生活を変えろ」という願いなのに相手にせず、「女性万歳」「ワイン万歳」と無視してからかっていた。勝手にせよと逃げ出したエルヴィーラが、大きな悲鳴を上げて立ち去ると、それを見に行ったレポレロも大声を上げて、震え声でこわごわとあの石像が来たと言う。




そこでダンダンダンと音が聞こえてきたので、ドン・ジョヴァンニが「自分で行く」と立ち上がると、突然、ニ短調の大きなオーケストラの大音響とともに騎士長の姿が二階の階段前に現れ、あの序曲の音楽が鳴り響き、「来たぞ」と大きな声で叫んでいた。そして驚くドン・ジョヴァンニと怖がるレポレッロと二階の騎士長との三重唱となって、騎士長は重大な話があると言い、「今度は私の晩餐に来るか」と呼び掛けて、二階と一階との声のやり取りが始まった。




臆病だと思われたくないドン・ジョヴァンニは、必死となって勇気を振り絞って「行こう」と返事をし、約束の印にと握手をしようと上を向いた途端に、「何と冷たい手だ」と震え上がり、突然に苦しみだした。騎士長は「悔い改めよ」と叫び、ドン・ジョヴァンニは「いやだ」と叫ぶ。何回か拒絶を繰り返すうちに、騎士長は時間がないと叫ぶと、ドン・ジョヴァンニは、苦しみもがき始め大暴れしているうちに「ああー」という絶叫と共に、ドン・ジョヴァンニはふらついて倒れ込んでいた。しかし、大合唱とフルオーケストラの響きが続く中で、ドン・ジョヴァンニはふらふらして放心したような表情をしており、建物の前にもたれて憐れにも気が抜けて廃人のようになった姿が写し出されていた。




どうやらこの舞台では、罰を受けて地獄に落ち込むのではなく、廃人で生永らえる姿を写しているように見え、そのせいか、続く最後の場のドン・ジョヴァンニはどこへ行ったと詮索する六重唱は省略されて、いきなり一番最後に歌われる「これが悪人の最後だ」と歌われる合唱が早いテンポで歌われて、ドン・ジョヴァンニは建物壁の前に小さくうずくまってしまっていた。神の罰を受けて腑抜けの廃人になったとする一風変わった地獄落ちのないドン・ジョヴァンニの最後であったが、ある意味で死よりも怖い廃人になったドン・ジョヴァンニの描き方が、映像で見る限りはっきりしない面があって、必ずしも皆が納得できた幕尻であったか疑問の面も残されていたが、画面では大変な拍手で迎えられており、舞台は成功であったことを裏付けていた。



この最後の場面の建物を背景に、カーテンコールが行われており、騎士長、マゼットとツエルリーナ、エルヴィーラ、オッターヴィオとドンナ・アンナ、レポレロ、ドン・ジョヴァンニの順に出てきたが、最も拍手が多かったのは女性歌手陣ではドンナ・アンナであり、続いてレポレロの人気が凄く、当然ながらドン・ジョヴァンニが拍手を一身に受けていた。指揮者のルイゾッテイも非常に観客に馴染んでいると思われ、暖かい拍手が休みなく送られていた。

この映像の特徴については、冒頭に見所として触れているが、この同じ演出による成功した日本公演との比較が重要であり、ライブの舞台を見ていないので明確ではないが、大方の批評では、ドン・ジョヴァンニの最後の場面は、どうやら助けを呼んでも誰も助けてくれぬ「孤独死」として、建物にもたれるように丸くなって死んだとされていたようだ。今回の映像ではどう見ても死ではなく、廃人として生き恥をさらす罰を受けたと思われ、かなり印象が異なるものと思われる。

現代に近い衣裳で読み替えを行ったカスパー・ホルテン演出は、ある意味では地獄落ちよりも怖い、生き恥をさらす廃人という生き地獄の道を考え出した新しい演出であったが、二階建ての木造の建物を使っての良く考えられた演出であることを方々で感じさせていた。出入りの多い舞台で、三重唱、四重唱、六重唱などの場面で、この二階建ての建物の部屋構造が実に良くそれぞれを描き出し、効果が抜群であったように感じたが、反面、細部での矛盾には目をつぶらざるを得なかった。随所で現れるプロジェクション・マッピングの活用は、感覚的に舞台全体のエレガンスを高めて、抽象化に成功していたように思う。女性名のカタログ、騎士長の死のマッピングによる描写、エルヴィーラの召使いの裸像の美しさなど他の映像にない目を見張る新鮮が目についたこれからが楽しみな新演出であったと思う。

また、ニコラ・ルイゾッテイの音楽造りは、序曲から緊張感に満ちており、緩・急のテンポ感が実に良く、お得意のフォルテピアノも随所でよく響き、特に第一幕と第二幕のフィナーレには迫力があった。新しいBDのせいか、映像も音響もとても優れており、演奏の素晴らしさを後押ししていた。
歌手陣では主役のマリウシュ・クヴィエチェンのドン・ジョヴァンニであるが、この舞台では堂々たるドン・ジョヴァンニを演じていたように思われるが、この演出では単に豪放な面ばかりでなく、特に第二幕では苦悩して何かに怯えて孤独な面を演出者が要求していたが、それにどこまで応えたか気になるところである。

配役では主題役を含めて全員が初めての歌手ばかりであったが、全体として水準が高く、さすがロイヤル・オペラであると感じさせた。女性歌手では、三人のうちドンナ・アンナのマリン・バイストレムに拍手が多かったようであるが、ドン・ジョヴァンニと通じていて、父を死に追いやった心の罪を深く感じていたのかどのアリアも熱演であり、容姿も優れており素晴らしいと思った。反面、恋人役のオッターヴィオは、彼女について行けない真面目な駄目男を上手く演じ、アリアも甘さたっぷりに聞えていた。レポレロのアレックス・エスポジートは、日本公演にもただ一人参加したようであるが、ドン・ジョヴァンニを良く支え、歌でも演技でもどこでも通用する存在感を身につけていると思った。

このオペラの最近のモダンな新演出を見るとき、最近のイギリスのマッケラス・ザンベロ演出(2008)(10-6-3)などやユロウスキー・ケント演出のグラインドボーン歌劇場(12-2-2)などの演出がいずれも上品で格調の高さを感じ、ドイツ系の演出と比較して、新鮮味を感じて気に入っているが、今回のルイゾッテイ・ホルテンス演出にも、期待を裏切らず同様の良さを感じている。イギリスでは、過去の伝統的な代表的演出に対抗できるモダンな新演出が次第に育って来ているように思うのは、私だけであろうか。


(以上)(2016/03/23)



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