(古いS-VHSより;ヴェーグとカメラータ・アカデミカ(1)K.334&K.191)
16-3-1、シャンドル・ヴェーグ指揮カメラータ・アカデミカ・ザルツブルグによるデイヴェルテイメントニ長調K.334およびファゴット協奏曲変ロ長調K.191(186e)、
ファゴット;ミラン・トルコヴィッチ、ザルツブルグ旧大学大講堂、1987、ソース;ORFアマデオMY1991室内楽シリーズLD、

−このヴェーグの演奏は、CDでセレナーデ・デイヴェルテイメント全集(全10枚)を残している老大家のザルツブルグのコンサートの映像であり、このCDの素晴らしさを裏付ける映像の記録である。映像では、オーケストラの規模や曲によって変わる木管楽器などを確認することができ、ヴェーグが曲によってメガネをかけたり外したり、大きなスコアを用いたり、ハンデイなものを使ったりしている様子が捉えられている。このデイヴェルテイメントK.334の演奏は、小規模なオーケストラによる優れたアンサンブルの代表的な演奏と考えることができよう。また、トルコヴィッチのファゴット協奏曲K.191では、ファゴットの低音から高音への変化や早いパッセージなどでも終始安定しており、曲を楽しみながら安心して聞くことが出来た−

(古いS-VHSより;ヴェーグとカメラータ・アカデミカ(1)K.334&K.191)
16-3-1、シャンドル・ヴェーグ指揮カメラータ・アカデミカ・ザルツブルグによるデイヴェルテイメントニ長調K.334およびファゴット協奏曲変ロ長調K.191(186e)、
ファゴット;ミラン・トルコヴィッチ、ザルツブルグ旧大学大講堂、1987、ソース;ORFアマデオMY1991室内楽シリーズLD、
(940331、CS736CHの放送をS-VHSテープ137.4に収録、)

3月号の第一曲は、予定していたハイテインク・ベルリンフイルのジュピター交響曲(1999)が、残念ながら消去されてしまったことが判明して、交響曲部門は数曲を残すばかりとなっていたので、3月号ではセレナード・デイヴェルテイメントの部門から選ばせてもらった。ヴェーグとカメラータ・アカデミカのLDシリーズのものが数曲残されていたので、3月、4月、5月などと、これから連続してお送りしたいと考えている。3月分は、デイヴェルテイメントニ長調K.334とトルコヴィッチのファゴット協奏曲K.191の2曲を選定した。続いて来月以降に、デイヴェルテイメントニ長調K.136およびデイヴェルテイメントヘ長調K.247、さらにカッサシオント長調K.063およびピアノ協奏曲第12番イ長調K.414、続いてセレナーデニ長調K.185などとこのLDシリーズが継続する予定としているので、ご期待いただきたい。




最初の演奏は、CDでセレナーデ・デイヴェルテイメント全集(全10枚)を残している老大家シャンドル・ヴェーグ指揮カメラータ・アカデミカ・ザルツブルグによるデイヴェルテイメントニ長調K.334である。新全集ではホルン2、ヴァイオリン2、ヴィオラ、バスの楽器編成になっているので、最近の演奏は殆どがこの編成による室内楽的な演奏であるが、今回の演奏はホルン2台、コントラバスが1台、チェロが3台など総勢20人弱のオーケストラで構成されていた。正面に大きな宗教画で飾られた旧大学大講堂で演奏されており、ヴェーグはメガネをかけて、小型版のスコアを腰を曲げて見ながら、両手と首で頷くように指揮を取っていた。




新全集は行進曲から始まっていたが、この演奏では第一楽章のアレグロで軽やかに始まり、4小節の序奏風の始まりから、ソナタ型式の第一主題が第一ヴァイオリンの合奏で続いていた。このような軽快感溢れるフレッシュな弦の合奏は生き生きとしており、ヴェーグは、終始、腰をかがめて腕だけで流れるように指揮をしていた。やがてホルンが加わり第一ヴァイオリンによる経過部が過ぎてから、第二ヴァイオリンが弾むように第二主題を弾き出して、途中からピッチカートの伴奏で第一ヴァイオリンがこの主題を明るく変奏していた。続いて第二ヴァイオリンからヴィオラ、第一ヴァイオリンへと第一主題を順番に重なり合いながら合奏し盛上がりを見せて提示部を終えていたが、ヴェーグはここで丁寧に繰り返し、再び颯爽とした弦の流れが続いていた。展開部では新しい主題が転調しながら繰り返され、執拗に展開されていたが、一気に再現部へと進んでいた。ヴェーグは実に気持ちよさそうに、若いカメラータの皆さんのフレッシュな弦楽器の合奏を楽しんでいるように見え、時々顔を出す低弦のピッチカートもホルンの二重唱も、それぞれ重みを感じさせていた。




    第二楽章はアンダンテの主題と六つの変奏曲であった。スコアを見ると、主題は反復される8小節の二つの部分からなり、全ての変奏において第一ヴァイオリンが中心となる装飾的な叙情的な変奏が続いていた。親しみやすい穏やかな主題に続いて、第一変奏は第一ヴァイオリンの三連符が早いテンポで踊り出すように変奏するもので後半も同様であり、初めから哀愁を帯びた感じの変奏であった。第二変奏は第一ヴァイオリンがリズミックな主題変奏を行うもので、これも気のせいか寂しげに聞えていた。第三変奏は合奏にホルンが加わった力強い変奏であった。第四変奏は二つのホルンの和音に導かれて弦楽合奏が続くもので、全体は寂しげに響いていた。第五変奏はテンポが変わり暗い音調の変奏に変わっていた。第六変奏はピッチカートの伴奏により第一ヴァイオリンが32分音符の素速い音形で明るさを取り戻した変奏で、最後はコーダで寂しげにゆっくりと丁寧に纏め上げていた。




     第三楽章はあの有名な優美なメヌエット。ヴェーグは優しげにゆっくりとメヌエットを進めていたが、ピッチカートのリズムが実に快く響いていた。トリオでは16分音符の早めの弦が快く、流れるように美しく弾かれる小人数の弦楽合奏が素晴らしかった。ホルンと弦とピッチカートの響きが重なる終わりのメヌエットはことのほか美しかった。ヴェーグは、終始、優しい表情を見せながら指揮をしていたが、この曲を指揮すると、どなたでもこんような表情になるものと思わせた。




     第四楽章はアダージオの弦楽合奏だけでのソナタ形式。出だしの静寂な第一主題は実に美しく、続く第二ヴァイオリンにより先導される簡素な第二主題も、ヴェーグは静かに丁寧に演奏させていた。直ぐに展開部に入り短調で第一主題が展開されていたが、展開部の終わりでフェルマータを挟んで一息ついてから、再現部へと静かに移行していた。終わってみれば、一瞬のようなヴァイオリンを中心とした協奏曲であり、ロマンスのように美しく聞えていた。






       二つのトリオがある重厚な第五楽章のメヌエットが威勢良く開始され、堂々たる重みを持って弦の明るい響きの中にホルンがこだまするように聞えていた。第一トリオは、一貫してピアノの弦で奏される緊張感の高いもので、メヌエットと実に対照的に響いていた。第二トリオはニ長調の主題の前後に短調の前奏と後奏を置いた独特のかたちを持っており、メヌエットの明るい響きと対照的に暗い翳りを持っていた。堂々と響きわたる第二のメヌエット楽章であった。






     フィナーレは第六楽章のロンド・アレグロであり、お馴染みの軽快なロンド主題が飛び出してきた。この曲はABACAのロンドの後半に、更にDBAと三つ目のクープレを挟んだ大きなロンド形式のようであり、晴れやかなお気に入りのロンド主題が何回も駆け巡り、ヴェーグは手の運動を楽しむかのように演奏していた。この楽章においても第一ヴァイオリンは協奏曲のように多彩で華やかであり、華麗なロンド・フィナーレとなっていた。演奏終了後に見せたヴェーグの穏やかな微笑みがとても印象的であった。






     この演奏は、CDでセレナーデ・デイヴェルテイメント全集(全10枚)を残している老大家のお楽しみ的演奏であり、このCDの素晴らしさを裏付ける映像として評価できそうである。映像では、オーケストラの規模や曲によって変わる木管楽器などを確認するために非常に重要であり、ヴェーグが曲によってメガネをかけたり外したり、大きなスコアを用いたり、ハンデイなものを使ったりと、絶えず変化して指揮しているのを、発見する面白さもあるようだ。この演奏は、小規模なオーケストラによる優れたアンサンブルの代表的な演奏と考えることができよ う。







     続く第二曲目は、このHPで何回も登場しているトルコヴィッチのファゴットで、ファゴット協奏曲変ロ長調K.191の演奏であり、大講堂にヴェーグとともに登場し、にこやかに挨拶をしていた。ミラン・トルコヴィッチは1939年ザグレブ生まれであるが、幼い頃よりウイーンに移住してウイーン音楽院で学び、モーツァルテウム管弦楽団にも在籍していた。1984年からモーツァルテウム音楽院教授を務めており、アンサンブル・ウイーン=ベルリンでレヴァインなどとともに活躍していたヴェテラン・ファゴット奏者であった。




ヴェーグの指揮で第一楽章が華やかに開始され、オーケストラにより明るく伸びやかな第一主題が第一ヴァイオリンで提示されていた。続いて第二主題も第一ヴァイオリンで現れ華やかなコーダになり、オーケストラによる第一提示部が終了していた。トルコヴィッチの独奏ファゴットが、直ちに伸びやかに第一主題を歌い出していたが、トウッテイの後、直ぐに独奏ファゴットによるパッセージが始まり、最低音から最高音に推移したり、レガートからスタッカートへと変化したり、ファゴットらしい技巧を見せながら進行していた。続いて、独奏ファゴットによりおもむろに第二主題が提示されて充分に歌ってから、再びオーケストラを従えながら早いパッセージに入り、ソリストとして充分な安定した技巧を見せて提示部を終了していた。




非常に短い展開部では、新しい主題でファゴットのソロが活躍しながら弦楽器と応酬し合って進行していた。フェルマータの後に始まる再現部では、トウッテイと独奏ファゴットとが交互に現れながら再現されていた。終わりのカデンツアでは、ソリストのトルコヴィッチの自作と思われる第一主題を中心に変奏した形のカデンツアで、いろいろな技巧を示すものが演奏されていた。この曲は、数少ないファゴットの技巧を示す協奏曲として知られているが、ソリストのトルコヴィッチはしっかりとした技巧を身につけており、低音から高音への変化や早いパッセージなどでも終始安定しており、曲を楽しみながら安心して聞くことが出来た。




第二楽章は、冒頭がオペラのアリアを思わせる優雅なアンダンテ・マ・アダージョであり、オーケストラの美しい前奏に始まって、弦の軽やかな伴奏にのったファゴットのほのぼのとした音色が実に楽しく聞こえていた。続く第二主題では、軽やかなパッセージを奏する独奏ファゴットに美しい二本のオーボエの助奏が彩りを添えており、後半のファゴットとオーケストラが対話する瞑想的な響きが素晴らしく、これもとても印象的であった。展開部のないソナタ形式のせいか、全体がゆったりと自然に再現されていき、ソロとトウッテイとが交互に繰り返されて、あの美しい第二主題も現れてしっとりとした雰囲気の楽章であった。ここでもカデンツアがあり、ソリストのトルコヴィッチは、この楽章の雰囲気を壊さないように優しく仕上げていた。




   フィナーレでは軽やかにオーケストラで始まる舞曲的なメヌエット主題による「ロンド」テンポ・デイ・メヌエットとされており、このメヌエットのロンドテーマがA-B-A-C-A-B-A-B-Aと5回も繰り返し顔を出し、その都度ファゴットのソロが変奏曲のように次から次ぎに変化して登場する。最初にオーケストラがロンド主題を奏でると、ファゴットのソロBが現れ、トルコヴィッチは軽快にソロをこなしていた。再びロンド主題がトウッテイで現れると引き続きファゴットのソロが第二のエピソードCを提示していた。続いてトウッテイのロンド主題のあと、ソロBが変奏して顔を出していたが終わりにごく短いカデンツアの後、自らソロで初めてロンド主題を弾きだし、この楽章をひときわ華やかなものに仕上げ、最後はトウッテイで堂々と豊かに結ばれていた。

このコンサートは、最後にシューベルトの交響曲ニ長調D.82が演奏されていたが、調べてみるとこの曲が交響曲第1番であり、私としては初めて聴く曲であり、いかにもヴェーグらしいコンサートの選曲になっていた。このカメラータ・アカデミカのオーケストラは若い学生たちが多く、女性が多いので色とりどりであるが、ヴェーグの指揮に素直に従って真面目に演奏しており、とても好感が持てた。


(以上)(2016/03/10)



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