(最新の放送から;二つのピアノ協奏曲、K.491およびK.107-1)
16-2-2、ゲアハルト・オビッツのピアノによるピアノ協奏曲第24番ハ短調K.491、マリナー指揮NHK交響楽団、N響定期第1822回、2015/11/24、サントリH、および大西孝恵のチェンバロとボストンの仲間たちによるチェンバロ協奏曲ニ長調K.107-1、
2006年6月25日、イシハラホール、大阪市、

−ピアノのゲアハルト・オピッツは、ウイルヘルム・ケンプのお弟子さんのドイツ本流の円熟した演奏を聴かせる方で、指揮者のマリナーとの相性も良く、アンサンブルを大事にする弾き方なのでN響との馴染みも良く、この曲のベストに近い立派な演奏を最新のハイビジョンで残してくれた。一方の大西孝恵のチェンバロとボストンの仲間たちによるチェンバロ協奏曲ニ長調K.107-1は、三人のモダンな弦楽器と古楽器のチェンバロによる珍しいバロック・アンサンブルの演奏であり、2台のヴァイオリンとチェロとチェンバロの音とが良く重なり合って、素晴らしい響きが聞こえていた。四人のコンビが一体となって、素晴らしいアンサンブルを聴かせてくれたので、欲を言えば、後の二曲も完成させて欲しいと思った−

(最新の放送から;二つのピアノ協奏曲、K.491およびK.107-1)
16-2-2、ゲアハルト・オビッツのピアノによるピアノ協奏曲第24番ハ短調K.491、マリナー指揮NHK交響楽団、N響定期第1822回、2015/11/24、サントリH、および大西孝恵のチェンバロとボストンの仲間たちによるチェンバロ協奏曲ニ長調K.107-1、
2006年6月25日、イシハラホール、大阪市、
(2016/01/24、NHKクラ館の放送をHD-5に収録、および2008/09/26、NHKクラシック倶楽部の放送をHD-4に収録)

        2月号の第2曲目は、今年の1月24日のNKKクラシック音楽館で収録したばかりのマリナー指揮NHK交響楽団でゲアハルト・オビッツのピアノによるピアノ協奏曲第24番ハ短調K.491である。このドイツの巨匠は、このHPでは初登場であり、この人の深みのあるインタビューの時の言葉から、久し振りで重厚なしっかりしたモーツァルトのハ短調協奏曲が聴けそうである。
      一方の大西孝恵のチェンバロとボストンの仲間たちによるチェンバロ協奏曲ニ長調K.107-1は、5台にもなったHDDのどこに収録していたか不明になっていたものであったが、一番古いBDレコーダーのHDDに2008年9月26日の日付をもって収録されていた。この演奏は、三人のモダンな弦楽器と古楽器のチェンバロによる珍しいバロック・アンサンブルの演奏であった。オーケストラは2台のヴァイオリンとチェロの弦楽合奏であったが、チェンバロの音と良く重なり合って、素晴らしい響きが聞こえていた。




        今年になって初めてのクラシック館では、マリナーのN響定期とブーレーズの追悼記念の映像が予定されていた。始めにドイツの重鎮ピアニストのゲアハルト・オピッツ(1953〜)のインタビューから始まった。永年弾き続けてきたこのピアノ協奏曲第24番ハ短調K.491について、オピッツは「モーツァルトのピアノ協奏曲は全て弾いているが、1番魅力を感じるのがこの曲である。弾くたびに新しい冒険と新たな美を発見する。最初から最後まで一つの物語になっているようだ。この曲は一つの方向性を示しており、ベートーヴェンやロマン派の時代に扉を開いた曲と言えよう」と語っていた。




          マリナーとオピッツが揃ってゆっくりと登場し、コンサートマスターとにこやかに握手してから、マリナーは指揮台に上がっていたが、彼は何と91歳であるが、その姿はその年には見えずしっかりしていた。曲は弦楽合奏で静かに開始されていたが、オーケストラをよく見ると、コントラバスは右奥に4台おり、2本のオーボエ、2本のクラリネットと1本のフルートの他に、この曲ではさらに2本のトランペットにテインパニーも加わって、ピアノ協奏曲としては最大規模の二管編成のものであった。




    第一楽章はハ短調の不気味な厳粛さを持った長い第一主題が弦楽器で重々しく開始され、ユニゾンで力強く反復されてゆくが、やがて管楽器が現れ、フルートが美しい音色を響かせて目立っていた。第二主題は現れずに、低弦で第一主題が顔を出してオーケストラによる提示部が終了していたが、マリナーは落ち着いた調子でゆったりと指揮を取っていた。ここでオピッツの独奏ピアノが華やかな澄んだ音色で登場して第一主題を弾き進み、続いてオーケストラとピアノが重い第一主題を仲良く歌って、独奏ピアノが技巧的なパッセージを弾き進んでいた。やがてピアノは単独で呟くように美しい第二主題を提示するが、オーボエが歌うようにこれを反復し、独奏ピアノが速いパッセージで引き継いで、フルートとピアノによる競演が速いテンポで繰り広げられる。その後は木管群の新しい主題提示とピアノがそれを模倣して早いパッセージで繰り返すパターンが賑やかで、オピッツのピアノの粒ぞろいの冴えが随処で見られた。
     独奏ピアノのアインガングの音形で始まる展開部もピアノがパッセージを重ねて大活躍していたが、後半のピアノの技巧的な走句とオーケストラとの掛け合いがうねるように続いて素晴らしく充実した展開部となっていた。再現部でもピアノが縦横の活躍をして素晴らしかったが、各主題が型どおり現れてから、オピッツは長い技巧的なオリジナルのカデンツアを弾き結び、ピアノによる分散和音の美しい走句がピアニッシモで現れて重々しい第一楽章が静かに終結していた。




  第二楽章は独奏ピアノが易しい主題をラルゲットで奏し始め、続いて弦楽器と木管楽器が掛け合い風に穏やかに繰り返していくが、何とこの主題はABACAの構成のロンド主題Aであった。続いてオーボエとファゴットが対話をする第一の副主題が登場し、木管の三重唱を経て、ピアノと弦楽器が主題を引き継いで爽やかに対話を重ねる。そして再び冒頭の優しい主題がピアノに戻ってから、第二のエピソードがクラリネットとファゴットで示されて、ピアノと弦楽器に渡されひとしきり対話が行われていた。この楽章でオピッツのピアノは、絶えず木管や弦楽器を相手にするアンサンブルを意識した丁寧な美しいピアノであったし、この楽章で随所に現れる木管の二重唱・三重唱・四重唱は他の曲では見られない華麗で豊かな響きを見せていた。




           フィナーレは第二楽章がロンドだったので、速目のテンポの変奏曲形式を取り、主題提示の後に8つの変奏曲の構成となっていた。始めにオーケストラで16小節の主題が提示されるが、第一楽章の冒頭の第一主題の部分動機のような関連主題であった。第一変奏はピアノのソロで速いテンポの変奏が行われ、オピッツは軽快にこなしていた。第二変奏は木管群が主題を示しピアノが速いパッセージでフォローしていたが、これが見事に繰り返され、素晴らしいピアノのパッセージで纏められていた。第三変奏はピアノが力強く付点のリズムで変奏し、オーケストラも力強くこれを繋いで、これらが交互に繰り返されていた。第四変奏はクラリネットが新しい主題を提示しピアノがこれを模倣して変奏していた。第五変奏はがらりと変わって独奏ピアノだけのポリフォニックな演奏になっていたが、オピッツのピアノはこういうところが上手いと思った。第六変奏は新しい主題がオーボエで導かれ、フルートが反復してピアノに渡されていた。第七変奏は弦楽器が冒頭の主題を流しピアノがこれを彩り、短いカデンツアが奏され、フィナーレのピアノによる速いテンポの変奏で終結していた。この楽章でもピアノと木管群と弦楽器群とが互いに補い合って持ち味を発揮しており、アンサンブル音楽の妙味を見せていたが、オピッツの独奏ピアノが常に中心になって見事なバランスが図られていた。



        終わると騒然としたもの凄い拍手の嵐の中で、オピッツは指揮者やコンマスと握手を重ね、観衆に応えていたが、最初にステージに呼び出された時には覚悟を決めたか、直ぐにピアノの前に座り、アンコール曲を弾き始めた。これがブラームスの間奏曲ホ長調作品116の4であり、静かな美しい曲で呟くようなピアノの音がお人柄を現すようにさりげなく弾かれ、再びもの凄い拍手の嵐となっていた。オーケストラ団員たちも弦を叩いてオピッツを讃え、とても良い雰囲気の中で休憩となっていた。
           オピッツはケンプのお弟子さんであり、ベートーヴェンやブラームスなどを中心とするドイツ本流のピアニストであり、63歳の円熟した演奏を聴かせる方のようだ。マリナーとの相性も良く、アンサンブルを大事にする方なのでN響との馴染みも良く、この曲のベストに近い立派な演奏を最新のハイビジョンで残してくれたので、感謝したいと思う。



          続く第二曲は、大西孝恵のチェンバロとボストンの仲間たちによるチェンバロ協奏曲ニ長調K.107-1であり、原曲はクリスチャン・バッハのクラヴィーア・ソナタ作品5の2に基づいて、2ヴァイオリンとチェロの3声部でオーケストレーションされている。彼らは普段はオーケストラとかソロ活動などバラバラに活動しているが、チェンバロとモダン楽器との組合せで4人が集まると、バロック時代のアンサンブル曲を中心に、互いに研究しながら二つの時代に跨がった楽器により新しい音楽を創造していくことに楽しみを見出しているようであり、普段は聞くことができない埋もれた作品を仲間たちで発掘して演奏しているようである。




         チェンバロ協奏曲の第一楽章はアレグロで始まるソナタ形式の曲であり、いきなり弦楽三重奏の三和音の強奏の形で始まり、軽快に主題が流れていくが、チェンバロも通奏和音の形で演奏に加わっていた。続いて弱奏の第二主題も続いていくが、軽い前奏のような形で進んでから、チェンバロのソロが第一主題を弦楽三重奏の伴奏で華やかに提示していく。そして第二主題も引き続いて提示していき、堂々としたコンチェルトのスタイルで進行していた。二つの主題を持っているが、まだ成熟したソナタ形式にはなっておらず、形ばかりの展開部的なところもチェンバロ中心に進み、再現部では二つの主題が提示された後、全体が反復された形で進行していた。コーダでは短いがカデンツアが弾かれて明るく第一楽章が終了していた。




         第二楽章のアンダンテでは、弦楽による前奏の形で歌謡的な第一主題が始まってから、チェンバロのソロで主題が繰り返されていき、続けて第二主題もチェンバロで提示されて、弦楽三重奏とチェンバロとが合奏しながら繰り返されていた。大西孝恵のチェンバロは繰り返しなどでは必ず装飾をつけながら絶えず変化させて弾いていた。この楽章でも最後のコーダにカデンツアが付けられており、明るく収束していた。




フィナーレは、テンポ・デイ・メヌエットであり、メヌエット主題が弦楽三重奏のオーケストラで始まって、チェンバロで繰り返されるように進行していた。トリオはピッチカートの伴奏の上をチェンバロが煌めくように古典的な響きを美しく奏するもので、極めて魅力的であった。終わりは、初めのメヌエット主題が戻ってくるメヌエット形式であり、この楽章も実に楽しく終了していた。




この演奏は、三人のモダンな弦楽器と古楽器のチェンバロによる珍しいバロック・アンサンブルの演奏であり、2台のヴァイオリンとチェロの弦楽合奏とチェンバロの音と良く重なり合い良く混ざり合って、素晴らしい響きが聞こえていた。このオーケストラは、練習不足のせいか、やや音が不安定なところがあったが、実にクリアによく響き、チェンバロを良く引き立てていた。音を奏でる四人のコンビが一体となって、素晴らしいアンサンブルを聴かせてくれた。欲を言えば、後の二曲も完成させて欲しいと思った。




今回の写真の撮影とアップロードには、購入したばかりのCanon-IXY640SLという最新のデジカメを初めて使用している。これまでのカメラもIXY2000ISという使いよいデジカメであったが、何と2007年以来使い続けてきたもので、最近、ピントが甘くなり分解掃除でもしてもらおうと電話をしたところ、修理期間が過ぎて部品がなく修理不可能と言われてしまった。勿体ないと思ったが、直せないのであれば、約9年間も使ったので、新規に購入せざるを得ない。新型は遥かに性能が良くなっている上に、値段も半分以下の1万5千円で買いやすくなっていた。前のカメラの後継機なので、パソコンとの馴染みも良く、今回初めて使って見たが、従前以上に写りが良く、何とか使いこなせそうである。写真の写りが良くなっていることに、お気付きであろうか。この間の性能のアップ・技術の進歩ぶりは驚くほどであり、特に値段が競争で安くなっていることにはビックリさせられた。


(以上)(2016/02/11)



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