(最新のDVDより;弦楽五重奏曲全集より三曲K.174、K.614、K.516)
16-10-2、弦楽五重奏曲全集より第1番変ロ長調K.174、第6番変ホ長調K.614、第3番ト短調K.516、
カピュソン・ハーゲン五重奏団(仮称)、2014年1月29日&31日、モーツァルテウム・グロッサー・ザール、

−カピュソン・ハーゲン五重奏団(仮称)は、やはり第一ヴァイオリンとヴィオラにチェロが中心になっており、二人の第二ヴァイオリンとヴィオラの若い女性たちは、全体の中に溶け込んでもっぱら内声部を充実させる役割となっていた。第1番変ロ長調K.174は、実に伸びやかで生き生きしており、若々しい颯爽たる進行で、若いモーツァルトの会心の作を元気良く仕上げていた。第6番変ホ長調K.614は、明るく屈託のないユーモアすら交えた軽妙な作品であるが、スタッカートが織りなす軽快な合奏が全楽章に漲って、晴れ渡ったような快活な五重奏曲であった。最後の第3番ト短調K.516は、今回のように、ト短調だけを独立して聴くと、この五重奏団のせいか、余り陰鬱な感じがせずに、楽しく聴けたような感じがした−

(最新のDVDより;弦楽五重奏曲全集より三曲K.174、K.614、K.516)
16-10-2、弦楽五重奏曲全集より第1番変ロ長調K.174、第6番変ホ長調K.614、第3番ト短調K.516、
カピュソン・ハーゲン五重奏団(仮称)、2014年1月29日&31日、モーツァルテウム・グロッサー・ザール、
(演奏者) 第一ヴァイオリン;Renaud Capucon、第二ヴァイオリン;Alina Ibragimova、第一ビオラ;Gerard Cause、第二ビオラ;Lea Hennino、チェロ;Clemens Hagen、
(2016/7/28、タワーレコードにて購入、DVD BELVEDERE 08004)

  最新のモーツァルト週間(2014)での弦楽五重奏曲全集(2DVD)を入手したので、早速、10月号と11月号の2回に分けてアップロードしたいと考えている。この演奏は、四重奏団プラス第二ビオラの編成ではなく、以下のメンバーによる演奏で、知っているのは第一ヴァイオリンのルノー・カピュソンと、チェロのクレメンス・ハーゲンだけなので、とりあえず、カピュソン・ハーゲン五重奏団とでもしておこうか。第二ヴァイオリンがAlina Ibragimova、第一ビオラがGerard Cause、第二ビオラがLea Hennino、という布陣であった。カピュソンは、アルゲリッチとたびたび来日し、彼のチェロの弟さんとアンサンブルを楽しんでいる姿を記憶しており、またハーゲンはハーゲン四重奏団の重要人物なのにどうして自分の仲間と五重奏曲を演奏しないか不思議に思っていた。従って、今回の五重奏曲は、この曲のための新しい集団のように思われた。




     今回の演奏は、モーツァルテウムのグロッサーザールで演奏されており、DVD1には、第1番変ロ長調K.174、第6番変ホ長調K.614および第3番ト短調K.516、またDVD2には、第4番ハ短調K.406、第5番ニ長調K.593および第2番ハ長調K.515が含まれていた。いずれも軽快なテンポで、見事な弦楽合奏が楽しめるので、是非、アップロードを楽しみにしていただきたい。

弦楽五重奏曲第1番変ロ長調K.174は、この1曲だけザルツブルグ時代の作品であり、同僚であったミハイル・ハイドンの作品に刺激されて作曲されたと言われる。K.136などのイタリアの影響を受けた、彼の初期のデイヴェルテイメントを思わせる明るい若々しい曲である。4楽章で、メヌエット楽章を除いてソナタ形式にコーダが外付けされてがっしりと構成されていた。






   この曲の第一楽章は、アレグロ・モデラートで書かれており、第一ヴァイオリンが歌うイタリア風な軽やかなアレグロではじまり、明るく合奏で進行するが、これが第一ヴィオラに引き継がれて颯爽と進みデイヴェルテイメントのように進んで高揚してから、愛らしい第二主題が二つのヴァイオリンで合奏されて提示され、発展して提示部を終えていた。ここで繰り返しが行なわれて再び冒頭から颯爽と進んでいた。展開部ではいくつかの関連モチーブが組み合わされてフーガ風に展開されており、重厚な盛り上がり見せてから再現部に移行していた。





第二楽章はアダージョで静かな伴奏に乗って歌謡的な主題が第一ヴァイオリンから第二ヴァイオリン、そして第一ヴィオラへと続いて第一ヴァイオリンに戻り、あたかもセレナードのように美しく展開されていたが、主題提示部は繰り返され、短い展開部を挟んで、静かに再現部に移行していた。
第三楽章のメヌエットは、第一ヴァイオリンが伴奏音形と一緒になって揺れ動く明るく楽しい気分に満ちており、新たに改作されたというトリオでは、第一ヴァイオリンがフォルテで先行したフレーズを、第二ヴァイオリンが遅れてピアニッシモで反復してこだまのようなエコー効果をもたらしていた。これによって、この楽章はデイヴェルテイメント風のリラックスした味わいとなっていた。




   第四楽章はアレグロで、ミハイル・ハイドンのアレグロの早いパッセージを真似して始まったとされるが、軽快な第一主題に始まり、第二主題も明るく疾走し、一気に提示部を完結するもので、演奏では提示部を繰り返して進行していた。展開部では二つのモチーブが展開されており、再現部では型どおりに再現されて、かなり長いコーダでこの楽章を終了していた。このフィナーレは、第一楽章と同様に実に伸びやかで生き生きしており、若いモーツァルトの会心の作だったように思われる。
     カピュソン・ハーゲン五重奏団は、やはり第一ヴァイオリンとヴィオラにチェロが中心になっており、二人の第二ヴァイオリンとヴィオラの若い女性たちは、全体の中に溶け込んでもっぱら内声部を充実させる役割となっていた。しかし、テンポも早く若々しい颯爽たる進行で、元気の良い五重奏団であり、これからの充実した5曲が楽しみであった。

      続く第2曲目は第6番変ホ長調K.614であり、この曲はこのHP初出である。この曲の日付けは1791年4月12日となっており、最後の五重奏曲で、亡くなる約半年前の作品である。この曲は、作曲当時に困窮と絶望の淵にありながら、それを伺わせない明るく屈託のないユーモアすら交えた軽妙な作品とされて、他の五重奏曲と比較されている。

 


それは第一楽章の冒頭主題で表わされているとされ、二つのヴィオラによってアレグロ・デイ・モルトで始まり、二つのヴァイオリンが答える明るい楽天的な楽想にあり、この小鳥のさえずりのようなヴィオラの響きは、繰り返されながら、変奏されながら続いていき、この楽章ばかりか、全曲を通じて、絶えずこのモチーブが模倣を繰り返しながら、全体を支配しているように聞えていた。この主題から派生した生きのいい第二主題も軽快な楽想であり、チェロが独奏的に現れて主題を反復していき、第一ヴァイオリンが高みにまで飛翔して提示部を終えていた。再び冒頭に戻って、小鳥のさえずりが始まって軽快に進行していたが、この自然なモチーブを強く印象付けながら進んでいた。
       展開部では、第一ヴァイオリンが高音域から一気に駆け下りる鋭いモチーブの前半と、全声部でトリルを繰り返すようにさえずる後半に分かれ、一気に進行して再現部では、再び小鳥のさえずりが始まっていた。




      続く第二楽章は、アンダンテであるが、全体として主題提示と三つの変奏曲になっているようであり、始めにセレナーデ風の休止を挟んだゆっくりした主題が合奏で提示され、丁寧に繰り返されていたが、アイネ・クライネのロマンスに似た主題であった。 第一変奏部は第一ヴァイオリンが早い音形で駆け巡るように変奏し、他の声部は伴奏になっていた。第二変奏はチェロを除く四声が主題を合奏しながら進行するが、途中から第一ヴァイオリンがここでも早い音形で動き回っていた。第三変奏は二つのヴィオラが主題を受け持って始まるが、後半では各声部がそれぞれ活躍していた。最後に主題が回帰されて穏やかに収束していたが、実にセレナーデ風の穏やかなアンダンテであった。
      第三楽章のメヌエット主題は、生き生きとした駆け下りるような主題であり、活気に満ちて堂々と進行していた。一方のトリオでは、第一ヴァイオリンと第一ヴィオラが旋回する旋律線を描いており、まるでバグパイプのような特徴ある響きがしていた。




     フィナーレは極めてハイドン的なロンド主題が飛び出してきて繰り返され、調子よく進行するが、この主題は第一楽章の第一主題やメヌエット主題と楽想が良く似ており、軽快に進んでいた。第一のエピソードは第一ヴァイオリンが協奏曲風の楽句を披露し転調を重ねてから、ロンド主題が回帰していた。続く第二のエピソードは、冒頭主題が相手をその都度変えて四つの小楽句を作り上げて行くもので、主題展開をユーモア溢れる形で続けていた。スタッカートが織りなす軽快な合奏がこのフィナーレを形作り、この勢いが全楽章を漲っているように聞え、晴れ渡ったような快活な五重奏曲であると感じさせた。

      最後の第三曲目は、第3番ト短調K.516であり、第2番ハ長調K.516と並んで交響曲の「ジュピター」とト短調交響曲のペアーに匹敵する高みにある五重奏曲と讃えられてきており、かねて名演奏も多く、とても親しまれている。




      第一楽章の第一主題は、早いテンポのアレグロであり、この冒頭の時計の秒針を刻むような二声の伴奏音形の上で、第一ヴァイオリンによる忙しないお馴染みの暗い第一主題が始まって、この曲のもの哀しさを作り上げ、続いて第一ヴィオラがこれを引き継いで全体の暗いイメージを作り上げていた。カピュソン・ハーゲン五重奏団は、第一ヴァイオリンを中心にしっかりしたアンサンブルを築いており、続いて同じリズムの中でチェロの前奏に続いて第一ヴァイオリンによって第二主題が明るく提示され発展していたが、やがていつの間にか始めのもの悲しい暗さに戻っており、提示部が繰り返されていた。
       展開部でも秒針のようなリズムの中で第二主題を中心に各声部がこれを受け持って展開されていくが、不安定な雰囲気のまま再現部へと移行していた。再現部ではほぼ提示部と同様に開始されていたが、形式は型通りでも変化を付けてより複雑に再現されていた。譜面では再現部の末尾に繰り返し記号があり、再び展開部に戻るようになっていたが、ここでは繰り返しは省略され、二つのフェルマータによる区切れの後、第一主題による長いコーダで静かに結ばれていた。この楽章は後期のやるせない気持ちを表したような曲であるが、暗い秒針を打つような音形のリズムが最後まで耳に残っていた。




   第二楽章はアレグレットのメヌエット楽章。気分を変えようとして持ってきたメヌエット楽章なのであろうが、ここでも第一ヴァイオリンが前の楽章を引き継ぐような不安な陰りを持つ主題で始まり、フォルテの一度、二度、あるいは三度と続く合奏で勢いづくメヌエットとなっていた。途中で繰り返されても余り威勢は上がらずに、やはり暗い厳粛な感じがするメヌエットであった。トリオでも暗さはその延長線上にあったが、穏やかさが加えられて、なだらかに推移しており、後半の第一ヴァイオリンを中心とするカノン風に仕上げられた優美な世界が息抜きのように感じさせた。再びメヌエットに戻って、暗さがさらに増したような気分であった。




           第三楽章はアダージョ・マ・ノン・トロッポの表示のアダージョ楽章で、冒頭のむかし懐かしい「今日の良き日は大君の」のメロデイの合奏で始まる第一主題で明るさを取り戻したように始まっていた。構成はどうやら展開部を省略したソナタ形式か。先行する二つの楽章による憂いの世界からの解放のように響いていたが、続いて現れる第二主題の哀しげな刻むようなリズムにより、再び暗さが元に戻ってしまっていた。それでも後半になって現れる第一ヴァイオリンと第一ヴィオラとの繊細な対話のような語りが救いの道を開くような気がした。再び「今日の良き日は」のメロデイが繰り返されて曲は再現部に移行していたが、この五重奏団は第一ヴァイオリンを中心にここでも合奏の妙を楽しむように進行していた。




       フィナーレは意表をつくアダージョの序奏で始まるが、チェロのピッチカートで始まり八分音符の和音の内声部の上に、第一ヴァイオリンが悲痛なエレジーを歌い出す素晴らしい楽想で覆われ再び憂愁な陰りをもたらしていた。しかし、一転してアレグロで始まる明るいロンド主題が第一ヴァイオリンで登場して、全体がやっと明るさを取り戻していた。全体は基本的にはA-B-A-C-A-B-Aの形を取るロンド形式であった。第一ヴァイオリンが先導する第一エピソードも、ロンド主題の後に登場する第二エピソードもそれぞれ晴れやかな主題であり、対位法的な楽句が優美な姿で現れていた。この楽章では第一ヴァイオリンに引っ張られて軽快に進めており、このロンド楽章のお陰でこの大きな五重奏曲は、最後になってやっと明るく締めくくられたような気がしていた。

    この弦楽五重奏曲ト短調K.516は、前作のハ長調K.515の約1ヶ月後に完成されており、両作品とも晩年の作品らしく4つの楽章の持つ緊張から解決への内面的なドラマが全体の統一感を作り出していた。この二つの曲は、従来、二つ続けて聞くことが多く、いつも改めて難しい曲を書いたなと言う印象を持っていたが、今回のように、ト短調だけを独立して聴くと最後のフィナーレの印象が強く残ったせいか、あるいは、今回の五重奏団の演奏のせいか、余り陰鬱な感じがせずに、楽しく聴けたような感じがした。


(2016/10/10)



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