(BDCHのアーカイブから内田光子とテイル・フルナーの二つのピアノ協奏曲)
16-9-4、サイモン・ラトル指揮ベルリンフイルと内田光子のピアノによるピアノ協奏曲第22番変ホ長調K.482、2016年3月21日、およびハイテインク指揮ベルリンフイルとテイル・フェルナーによるピアノ協奏曲第25番ハ長調K.503、
2015年12月6日、いずれもフイルハーモニア・ホール、ベルリン、

−久し振りに、ベルリンフイル・デジタル・コンサート・ホールのアーカイブをチェックすると、今年3月のラトルと内田光子によるピアノ協奏曲第22番変ホ長調K.482の快演奏を聴くことが出来、内田光子の颯爽とした弾き振りと玉を転がすような冴え渡ったパッセージを耳にして、実に印象の良い協奏曲であると感じた。続く第二のピアノ協奏曲は、テイル・フェルナーによるピアノ協奏曲第25番ハ長調K.503であり、昨年12月に、いずれもフイルハーモニア・ホールで収録されたものであった。この演奏も、シンフォニックなオーケストラと力強い独奏ピアノとの協奏と対話が聴かれ、フェルナーの素晴らしいピアノの響きに魅了された−

(BDCHのアーカイブから内田光子とテイル・フルナーの二つのピアノ協奏曲)
16-9-4、サイモン・ラトル指揮ベルリンフイルと内田光子のピアノによるピアノ協奏曲第22番変ホ長調K.482、2016年3月21日、およびハイテインク指揮ベルリンフイルとテイル・フェルナーによるピアノ協奏曲第25番ハ長調K.503、
2015年12月6日、いずれもフイルハーモニア・ホール、ベルリン、
(2016/09/19、BDCHのアーカイブより直接聴取)

       内田光子の最新のベルリンフイルとの協演が記録されたので、早速、ご報告したい。恐らくサイモン・ラトルとのベルリンでの演奏は、これが最後の録音となるであろう。曲目はピアノ協奏曲第22番変ホ長調K.482であり、その溌剌とした曲想が期待通り再現されるか気になるところである。内田光子はラトルと一緒に舞台に登場し、ラトルが全体を見渡してから、威勢の良い行進曲風の出だしで第一楽章がユニゾンで堂々と開始された。直ちにホルンやファゴットに引き継がれ、フルートやクラリネットなどが次々に顔を出し、賑やかに進行していた。ラトルにコンマスの樫本大進やフルートのパユなどのお馴染みの顔が見え、実に軽快にオーケストラの提示部が終了していた。




        そこで内田光子の独奏ピアノが長いアインガングで優美に登場し、ひとしきりピアノのソロが輝くように活躍してから、第一主題がオーケストラとともに現れる。久し振りの内田光子は顔が少し痩せたか、しかし彼女らしいきめ細かで、粒ぞろいのパッセージが次から次へと目まぐるしく変化して弾かれ、調子は良いと見えていた。続いてピアノによる新しい第二主題が弾かれ、オーケストラが颯爽と進んで高らかに主題提示部を終えていた。展開部も華やかなに動き回るピアノで終始しており、再現部に移行していた。再現部では、本来の第二主題が始めてピアノで奏されていたが、堂々とした行進曲風の威勢のいい曲風は堅持され、素晴らしく華やかで流暢なカデンツアを経て、この楽章は終了していた。久し振りで内田光子の威勢の良い姿を見て、彼女の頑張っている姿を確認し、彼女のピアノの切れ味が、ますます冴えてきたように感じられうれしく思った。




  第二楽章は、変奏曲形式であり、弦でハ短調のもの憂い感じの主題と五つの変奏曲から成っている。このテーマが弦のみでゆっくりと静かに呈示されてから、第一変奏は内田の独奏ピアノだけによる変奏が行われたが、内田のピアノは玉を転がすように美しく進行していた。続く第二変奏は管楽器のみの合奏による変奏で、フルートやクラリネットが賑やかであった。続く第三の変奏は力強く現れるピアノとオーケストラ伴奏による激しい変奏であった。第四の変奏はフルート、ファゴットの二重奏とオーケストラの対話と、それにピアノが加わった協奏的変奏、第五の変奏はフルオーケストラとクラリネット、フルート、ファゴットの共演にピアノが加わった変奏であり、実に多様な変奏が力強く展開されていた。木管と弦とピアノが見事に組み合わされた美しいアンダンテ楽章であり、内田光子のピアノは実に滑らかで、常に中心にいて冴え渡っていた。この楽章はブルグ劇場で上演の際にアンコールが求められたようであるが、ロマン派を先取りするような情感を帯びた作風であり、このピアニストにピッタリのような気がしていた。



        フィナーレでは、いかにも軽やかで戯れるような独奏ピアノによるロンド主題で始まり、この主題は実に颯爽としてオーケストラに引き継がれ、快く軽快に響いていた。そのあともピアノが新しい主題を呈示してオーケストラと対話しながら駆けめぐっていたが、最初の中間部では独奏ピアノによる愛らしい主題が提示されて木管と弦に渡されてひとしきり進んだ後にあのロンド主題が顔を出していた。
         続いて第二の中間部では、テンポが変わってゆっくりしたメヌエット風のアンダンテイーノ・カンタービレとなり、クラリネットやピアノにより美しいエピソードが呈示されて、曲風が一転し、三拍子の和やかな雰囲気となっていた。やがて冒頭の 軽快なロンド主題が顔を出し、その都度ピアノの活発な動きが現れて、カデンツアとなっていたが、内田光子のカデンツアは、短かったが爽やかな印象であった。



         素晴らしいピアノ独奏に拍手が鳴りやまず、二度ほど舞台に顔を出していたが、残念ながらアンコールとは行かず、舞台は次の曲の準備になっていた。この日はのメインは、どうやら第九交響曲が次の演目とされており、この演奏はその前座を務める演奏であった。内田光子の颯爽とした弾き振りと玉を転がすような冴え渡ったパッセージを耳にして、実に印象の良い協奏曲であった。オーケストラの全員も彼女を讃えていたので、彼らにとっても、気持ちの良い演奏だったのであろうと思われた。

         続いてBDCHの映像の第二曲目は、同じピアノ協奏曲の演奏から、ハイテインク指揮ベルリンフイルとテイル・フェルナーによるピアノ協奏曲第25番ハ長調K.503であり、2015年12月6日、いずれもフイルハーモニア・ホールで収録されたものであった。テイル・フェルナーはウイーン生まれの若いピアニストであるが、つい最近において、ネヴィル・マリナー指揮NHK交響楽団のオール・モーツァルトの定期公演にピアニストとして登場し、ピアノ協奏曲第22番変ホ長調K.482(14-6-1)を弾いていた。




         映像はオーケストラがチューニングしているところへ、ハイテインクとフェルナーが登場して来たところから始まっており、二人が席に着き、ハイテインクが全体を見渡してから第25番ハ長調K503の第一楽章が始まった。シンフォニーのような勢いで堂々と開始されるこの曲は、トランペットとテインパニーが加わり、ファンファーレ風に始まる第一主題は、幾つかの副主題を伴いながら朗々と進行して、フルートやオーボエがこれに加勢して頂点を築きながら、オーケストラによる主題提示部が威勢良く終了していた。続いて即興風の長いパッセージによりフェルナーの独奏ピアノが登場し、オーケストラと共に冒頭の第一主題をピアノが力強く提示していた。この深いピアノとオケの力強い響きは、他の協奏曲にない素晴らしい場面であり、これを見事に弾き終えたフェルナーの独奏ピアノは、華麗なパッセージを見事に繰り広げながら新しい副主題を提示していた。そして続いて独奏ピアノは、歌謡性に富んだ愛らしい第二主題を提示し、オーボエとファゴット、続いてフルートとオーボエなどとピアノが互いに歌い交わして行き、オーケストラと共同して堂々たる主題提示部を終えていた。



展開部では第一提示部で示された単純な副主題が展開の対象となり、独ソピアノが繰り返し繰り返しこの主題を奏でていたが、フェルナーはこれを楽しみながら弾いているように見えていた。再現部では独奏ピアノが最初から第一主題を力強くトレースして迫力があり、フェルナーの独奏ピアノは、名人芸的な早い動きが冴えを見せて、鍵盤を駆け回るような動きを見せて再現されていた。最後のカデンツアは、フェルナーのオリジナルか、主題を上手く取り込んだ短めの技巧的なものであった。このシンフォニックな第一楽章は、ベルリンフイルの充実した響きとフェルナーのしっかりした輝くようなピアノの響きとが良くマッチして、堂々たる響きが印象に残った。



       第二楽章では、管弦楽で優雅な第一主題がアンダンテで開始されるが、いきなりフルートとファゴットが、そしてオーボエとフルートが華やかに繰り返すようにゆっくり進行し。続いて踊るような感じの面白い第二主題が奏されてから、独奏ピアノが始めからゆっくりと主題を繰り返していた。ここでオーケストラとの対話が交わされて実に美しいが、この聴きどころは、フルートとオーボエが活躍しピアノと絡みあう場面であろうか。そしてピアノが第二主題も提示していくが続く独奏ピアノの即興風の自由なパッセージが華麗であり、再現部の直前に呟くように現れるオーボエとフルートとピアノの三重奏が実に美しかった。展開部のないソナタ形式か、再現部では直ぐに独奏ピアノが第一主題を始めから変奏しながら提示して、定式通りに第二主題へと構成されていたが、先の美しい三重唱で終結していた。フェルナーのピアノは、弱音であっても良く響き、実に美しかった。




  フィナーレでは、軽快なロンド主題が弦楽合奏で始まるが、これに応えるように管楽器が応答し、繰り返されると今度は低弦楽器が応答する形で明るく進行する。経過部を経て独奏ピアノがロンド主題とは対照的な装飾的な旋律を繰り返していき、引き続き第一エピソードがピアノで軽快に現れる。そしてピアノが主体で始めのロンド主題が登場するが、続いて現れる美しい第二エピソードが独奏ピアノで悲しげなメロデイが現れた後に、突然、伸びやかな旋律が表れ、次いでオーボエやフルートで歌われていき、明るいのどかな雰囲気となっていた。このフィナーレの聴きどころは、この和やかなエピソードにあり、もう一度後半が繰り返されて穏やかな雰囲気の後に再び、冒頭の軽快なロンド主題に戻っていった。フェルナーもベルリンフイルもこうした聴かせ所を十分に承知しており、その後の目まぐるしいピアノの活躍が続いて、カデンツアの見せ場が不要なほど元気なピアノが疾走し、急速にエンデイングとなっていた。

         ここでも聴衆の素晴らしい拍手があり、独奏ピアノとベルリンフイルと聴衆とがこのフィルハーモニア・ホールで見事に息が合って一体になった感じがして、暖かい温もりを感じさせたピアノ協奏曲であった。独奏者へのカメラの向きが二方向だけに限定され、折角の内田光子やフェルナーの熱演も、他のホールのように自由に写せなかったことが心残りであった。


(以上)(2016/09/21)



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