(クラシカJの放送から;ラン・ランの最新のソナタ集、K.283、K.282、K.310)
16-1-2、ラン・ランの最新のコンサート・ライブによるソナタ集、ピアノ・ソナタ第5番ト長調K.283、第4番変ロ長調K.282、および第8番イ短調K.310、
2013/11/15、ロイアル・アルバート・ホール、ロンドン、

−始めの一曲・二曲を聴いただけで、彼の確かなピアノの技巧と並外れた音作りの巧さや独自の構成力の凄さがうかがえたが、実に伸び伸びと弾かれたマイペースの演奏であると思った。音が美しく、分かりやすいゆとりのある演奏は、誰にでも好かれるようにと考えたものであろうが、やはりライブで力を発揮する特別な人だという感じがした。第三曲目では、構成的にも内容的にも深みを感じさせる弾き方をしていたが、アンコールで弾いた「トルコ行進曲」が、早く弾けることを誇示するような子供のような弾き方をしており、あの得意げな姿は芸人そのもので、芸術家へと成長するには、まだまだ時間がかかるものであろうと思われた−

(クラシカJの放送から;ラン・ランの最新のソナタ集、K.283、K.282、K.310)
16-1-2、ラン・ランの最新のコンサート・ライブによるソナタ集、ピアノ・ソナタ第5番ト長調K.283、第4番変ロ長調K.282、および第8番イ短調K.310、
2013/11/15、ロイアル・アルバート・ホール、ロンドン、
(2015/02/09、クラシカJの放送をレコーダー内部HDD のHD-3に収録、)

2016年1月のソフト紹介の第二曲目は、クラシカ・ジャパンの放送から、ピアニストのラン・ランによるモーツァルトのピアノソナタを三曲、第5番ト長調K.283、第4番変ロ長調K.282、および第9番イ短調K.310の3曲をお届けする。この映像は、ロンドンのロイヤル・アルバートホールという大ホールでのラン・ラン独演のピアノ・コンサート・ライブであり、満席のすり鉢型の大きなホールで、ピアニストというよりショウマンとしてのピアノ独演会のようでもあった。この日は3曲のソナタと、ショパンの4曲のバラードがメインであったが、8曲もあった最後の解説付きのアンコール曲が圧巻きで、もの凄い拍手を浴びており、ショウマンぶりを遺憾なく発揮していた。
この人は実力のある人なので、観客を意識せずに真面目にスタジオでモーツァルトと向き合ったら、例えばヘブラーの新しいCD(1986〜91)のように演奏したら、どんなモーツァルトになったろうかと考えて見た。彼は現在32歳の若さであり、利口な人だから、これからどのように変貌していくか、楽しみにしていきたいと思う。



大ホールに紺の背広にノーネクタイのラン・ランがにこにこしながら入場して360度の方向に頭を下げて着席し、第一曲のピアノソナタ第5番ト長調K.283が始まった。この曲は、始めの第1〜3番と同様にアレグロ−アンダンテ−プレストのスタイルに戻り、全ての楽章がソナタ形式で書かれている。第一楽章は3拍子の問いと答えを繰り返すような親しみやすい対話的な第一主題で始まるが、ラン・ランは実にゆっくりと開始しており、歯切れの良い美しい音で丁寧に踊るように弾いていた。やがて華麗な16分音符のパッセージの後に、リズミックな軽やかな変化を持つ第二主題が現れて、軽快に進んでいたが、ラン・ランはリズム的な変化を意識して楽しんでいるかのように弾いていた。繰り返しではやや体をゆするようにして得意そうな表情を見せながら繰り返して余裕のあるところを見せていた。さりげなく始まる展開部では新しい主題が出ていろいろ展開されていたが、自然に第一主題が再現されていたが、直ぐに主題が変化して第一・第二主題とも提示部とは異なった形で再現されていた。この楽章を聴いただけで、彼の確かなピアノの技巧と並外れた音作りの巧さがうかがえたが、実に伸び伸びと弾かれた滑らかな感じの第一楽章であった。



       第二楽章では、スタッカートで始まる淡々としたさり気ない第一主題と直ぐ続いて親しみやすい第二主題で構築されたアンダンテであり、ラン・ランは音の粒立ちを意識しながら丁寧に、単調さを避けるように弾いており、提示部の最後のフェルマータで独特のアクセントを付けて弾いていた。丁寧に繰り返しを行なっていたが、テンポを落とし表情をつけて弾いており、一瞬のうちに終わるような短い展開部を経て、再現部では装飾的な音形変換を加えながら二つの主題が巧みに再現されていた。ラン・ランはやや大袈裟に自分のピアノの音に酔ったようなウットリした表情を見せながら、実にゆっくりと曲を終えていた。



フィナーレは一転して軽快なテンポで進行する3拍子の舞曲調のプレストとなっており、ラン・ランは喜び溢れる早いキビキビした第一主題を弾き飛ばし、軽やかな表情を見せる第二主題も明るく進行させていた。繰り返しでもそのスピード感は一層高められてラン・ランのペースになっていたが、まだゆとりが見受けられた。減7の分散和音が激しく響く展開部では、ラン・ランはここぞとばかりにこの曲一番の勢いを持って弾き進んでいたが、再び冒頭の第一主題が明るく躍動的に再現されていた。この楽章は、隅々にリズム的な工夫が凝らされており、ラン・ランは明るくリズミックに見事に弾き進み、大きな高まりを持ってゆとりある表情で最後のコーダの2和音は崩すようにしてこの楽章を終えていた。
もの凄い拍手に応えて、ラン・ランは両手を挙げたり、胸に手を当てたりして頭を下げて拍手に応えていたが、想像以上の人気者のように見えていた。全楽章を通じて、これはラン・ランのマイペースのト長調ソナタであり、緩・緩・急と進む三楽章の構成も穏やかな豊かなバランスであり、ここにも並外れた独自の構成力が覗えた。音が美しく、分かりやすいゆとりのある演奏は、誰にでも好かれるようにと考えたものであろうし、やはりライブで力を発揮する特別な人だという感じがした。次のアダージョで始まるソナタはどうなるか楽しみであった。



続く本日の2曲目は、ピアノソナタ第4番変ホ長調K.282であり、ミュンヘンで作曲された6曲の連作ソナタの第4番目に当たり、この曲だけアダージョで始まり、メヌエットが続き、アレグロで終わるという変化があり、連作の中でこの曲だけが趣向を変えた曲となっていた。このピアニストが選んだ二曲目は、馴染み易い温和しい曲であり、第三曲目に力強く早い曲が選ばれているのは、こうした三曲の曲の性格をそれぞれ配慮して選定したものであろうか。

       第一楽章の第一主題は、実にゆっくりしたテンポの可憐なアダージョで始まり、直ぐに「ため息」音形が甘く続く印象的な主題で、続いてリズミックな第二主題になり、装飾的な美しい旋律が続いていた。ラン・ランのピアノは実にクリアな音で快く響きしっかりと弾かれていたが、ラン・ランは繰り返しに入ると、アクセントを付けたり、テンポを動かしたりと自在に変化を加えていた。短い展開部は新しい主題が弾かれていたが、再現部は第二主題から始まり、あの印象的な第一主題がコーダとして暗示されるだけでキチンと再現されることなく終わっていた。少し遅すぎるテンポであったが、これだけ充実した音で丁寧に弾かれると、沈黙せざるを得ないものを感じた。



第二楽章はメヌエットであり、明るく軽快なメヌエット主題で始まり、ラン・ランは快いテンポで進めていたが、続いて始まるアルペジオ和音の連続が面白く響き、ラン・ランは繰り返しでは実に楽しく弾いていた。スコアではトリオの代わりにメヌエット兇筏載されており、がらりとテンポが早くなって、強弱の変化や雰囲気が変わっていたが、ラン・ランは、ここでは二つの繰り返しを省略して、冒頭のメヌエット主題に戻っていた。悠々とした心温まるメヌエット楽章であった。



フィナーレはこの曲初めてのアレグロで、102小節しかない短い楽章で、オクターブ飛躍で始まる活発で明るい気分の軽快な第一主題が走り抜けるような楽章である。ラン・ランは、この即興的な楽章を淡々と速いテンポで進め、途中の二つのアルペジオが全体に変化を与えていた。展開部でも第一主題で始まっており、再現部でも同様で、ラン・ランは、この楽章を突き抜けるように一気に弾き飛ばしていた。そして、拍手を嫌ったのか、続く第八番のイ短調K.310の第一楽章をいきなり弾き始めた。



         この曲の第一楽章は、良く母の死の悲しみを全てピアノにぶつけるように激しくイ短調で壮大に始るが、ラン・ランはまさにアレグロ・マエストーソの指示通りに、緊張感を持って烈しく弾き出した。続いて16分音符が続く第二主題が軽やかに続くが、終わりには激しい和音が連続し、曲のただならぬ様子を伝えていた。ラン・ランは、この主題提示部をどうしてか繰り返えさずに、そのまま緊張感を高めながら展開部に烈しく突入していた。ここでは第一主題の冒頭のリズムが展開の対象で、転調とダイナミックな強弱の変化が激しく、ラン・ランはこの映像では初めてのように力強く弾いていた。
長い烈しい展開部を経て、ラン・ランは再現部に突入していたが、ここでは終始感情を抑えながら弾いて、ほぼ型どおりに第一主題・第二主題と続いていた。ラン・ランがこの楽章で見せた内にこもった感情を強く外に吐き出すような高まりとそれを抑制するような動きはスケール感に溢れ、素晴らしいと思っていたが、ラン・ランは再び展開部からの繰り返しを再現していた。そしてラン・ランがやや大袈裟な素振りでこの楽章を閉じた直後に大きな拍手が湧き起こり、緊張感がここで途絶えてしまうというハップニングが生じてしまった。ラン・ランは静かに立ち上がって、会釈しながら拍手に応えていたが、これは観衆のレベルの低さを指摘するよりも、プログラムと異なって二曲を連続して弾こうとした演奏者にも責任があると思われた。



   ラン・ランは一息入れて落ち着きを取り戻してからピアノに向かい、第二 楽章が静かに始まった。第一主題は、美しい穏やかなアンダンテ・カンタービレで、主題の 冒頭から飾りが多く歌うような第一主題で始まるが、そのムードを引き摺るように推移す る美しい経過部を経て、スタッカートで単調に細かく呟くように始まる第二主題が登場 していた。この主題は細かな同音反復やトリルなどで繰り返されながら進行し32分音符で カデンツアのように美しく仕上げられていた。ラン・ランは、ここで提示部の繰り返しを 止めて、そのまま展開部に進んでいたが、ここでは第一主題が展開の対象となり、異常な 激しい高まりを見せリズミックに進み、後半ではファンタジックな趣を見せていた。再現 部では再び穏やかなアンダンテ・カンタービレに戻り、ここでは反復されることなく静か に中間楽章を終えていた。



フィナーレはロンド形式で、再びプレストの緊張した速いテンポのロンド主題が登場するが、続いて目まぐるしい早いパッセージが連続し、この楽章を盛り上げていた。ラン・ランは、感情に溺れがちなこの曲を終始冷静な弾き方を保ち、乱れなく締まったものにしていた。中間部には16小節の繰り返し記号のついたエピソードが二つも用意されており、鮮やかな変化を見せていたが、再びロンド主題が登場して一気に収束へと向かっていた。譜面では、変則的なロンド楽章のように見えたが、聴感上は第一楽章の緊張感がここでも溢れているような印象を強くした。

   モーツァルトのピアノソナタを初期の作品から聴いていると、このイ短調のソナタは、これまでの作風とは異なった激情的な心を暗示するように思われ、それがパリでの母の死と結びついて解釈され、構成的にも内容的にも深みを感じさせる曲となっている。ラン・ランは、第一楽章が終わると拍手により中断されるというハップニングがあったが、それは彼が、前半の提示部の繰り返しを止め、後半の繰り返しを敢えて行なうという演奏をしたことにもよりそうである。彼は他の2曲以上に、この曲を意欲的に弾いていたが、この曲にはいろいろな演奏法があることを知らされたような気がした。

          ラン・ランはこのHPに初登場であるが、1982年生まれで33歳にもなり、これから大曲と取り組んで成長していく有能なピアニストと思っていたが、今回のコンサートで、彼はどんな曲でも、彼らしく聴かせる力量を持った人であることが分った。今回の3曲のピアノソナタは、彼らしくマイペースで弾き、聴かせるところは聴かせるという心得を持って演奏していたように思う。彼はアンコールで、トルコ行進曲を弾いていたが、この弾き方は、早く弾けることを誇示するような子供のような演奏で不愉快になって、ここでは敢えて取り上げなかった。芸人が、芸術家へと成長するには、時間がかかるものと、こちらも気ままに様子を見ていたいと思う。


(以上)(2016/01/13)



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