(最新のBDソフト;ミンコフスキーのカンタータ「悔悟するダヴィデ」K.469)
16-1-1、マルク・ミンコフスキー指揮グルノーブル・ルーブル宮音楽隊とザルツブルグ・バッハ合唱団によるカンタータ「悔悟するダヴィデ」K.469ほか、バルタバス演出のヴェルサイユ馬術アカデミーによる馬技競演、
2015年1月、ザルツブルグ・モーツァルト週間ライブ、フェルゼンライトシューレ、ザルツブルグ、

−ミンコフスキーとバルタバスの狙いは、馬・人間・音楽・動き・照明・衣裳などを全て統合した総合芸術作品を目指すもののようであり、今回は音楽としてオラトリオ「悔悟するダヴィデ」が選定され、この音楽の内容や響きから得られたイメージや感動を舞台で絵にしようと努力しているように見えた。現地でこの公演を見たときは、残念ながら、砂を蹴る馬の蹄の音が意外に大きく音楽を阻害していたが、BDではノイズが削除されて音楽が生き生きしており、指揮者やソリストや騎馬も、遠くからだけでなく、クローズアップで表情を楽しむことも出来、全体が理解できるよう上手に構成されていた−

(最新のBDソフト;ミンコフスキーのカンタータ「悔悟するダヴィデ」K.469)
16-1-1、マルク・ミンコフスキー指揮グルノーブル・ルーブル宮音楽隊とザルツブルグ・バッハ合唱団によるカンタータ「悔悟するダヴィデ」K.469ほか、バルタバス演出のヴェルサイユ馬術アカデミーによる馬技競演、
2015年1月、ザルツブルグ・モーツァルト週間ライブ、フェルゼンライトシューレ、ザルツブルグ、
(出演) S;クリスティアーネ・カルク、S;マリアンヌ・クレバッサ、T;スタニスラス・ド・バルベイラク、
(2015/11/30、新宿タワーレコード、キングInt.BD、 KKC-9127)

      新年の1月号は、景気よく最新の新譜で飾ろうと考え、全てがごく最近に入手したHV規格、5.1CHの美しい映像の作品ばかりである。第一曲は購入したばかりの最新のミンコフスキーの「悔悟するダヴィデ」K.469のBDを紹介する。この映像は何と2015年1月のモーツァルト週間で、私が現地で見てきたばかりのものであり、ザルツブルグの由緒あるフェルゼンライトシューレの会場を良く生かした初めて目にしたいわば乗馬が主役の「総合芸術」であり、この時の様子はこのHPの旅行記で驚いて記録に残してあるものであった。今、考えると、写真は取ってきたものの、座席の位置はまずまずとしても、視点が固定されて全体が良く見えていなかった。今回の映像を良く見ると、画像もそれから音楽もライブで見聞きしたものよりも遥かに変化が多くて全体の様子が良く分り、クローズアップにより詳細もよく見えて、BDのほうが遙かに良く理解できたので、その模様をアップしてご報告したいと思う。



      会場のフェルゼンライトシューレの舞台部分は砂で覆われており、左手前の舞台上に、全体を見渡しながら指揮をとる指揮者席があり、正面に見える土留擁壁の一・二階にはミンコフスキーが率いるルーブル音楽隊のオーケストラが配置され、ニ階の中央に3人のソリストが、また三階にはザルツブルグ・バッハ合唱団の面々が配置されていた。映像は大型バスで運ばれてきた騎馬隊の様子が写されながら出演者の紹介がなされていた。続いて会場の様子が写されて、直ちにミンコフスキーの指揮で、第一曲目の「魔笛」から僧侶の行進が始まって、会場が写されていたが、荘厳な宗教的な響きの音楽に合わせて、馬術団の団長のバルタバスが騎手となって一匹の茶色の馬が足並み良く踊りを披露していた。訓練された足並みであることが分かり、音楽と一体であるところが面白いと思った。



     続いて第二曲目の「フリーメイスンのための葬送音楽」K.477が始まり、厳粛な響きの中で、薄暗くて定かではないのであるが、先の一頭の栗毛の馬が騎手と一体になって、音楽に合わせて躍っている姿が見えた。何とも見たことのない不思議な光景であり、超越した厳粛な響きの中に人馬が一体となって芸術的に躍動する姿があった。これら10分ほどの二曲の演技は、これから始まる大勢の馬術団の演技の前に披露された、団長によるいわば前奏的な試技のように思われた。





      続いてカンタータ「悔悟するダヴィデ」K.469の第一曲の大合唱が始まった。舞台では8頭の馬が走り出て、どうやら4頭対4頭の二組に分かれて整列してから、厳かな合唱に合わせて、直進したり、停止したり、疾走しながら円を描いたりと芸を披露していた。騎手は何と全員が乗馬姿の若き女性団であった。音楽が第1ソプラノのカルクのゆっくりしたテンポのソロが始まると、1頭の白馬に跨がった女性のリーダーが現れて、このリーダーのもとに8頭の駿馬が整然といろいろな形を描きながら疾走していた。現地で見ていたときは、馬の蹄の音がうるさくて音楽が良く聞こえなかったが、この映像では堂々とハ短調ミサ曲の第一曲が鳴り響いていた。ここでも音楽に合わせた人馬の動きが見事であった。





      続いて第二曲目のアレグロ・ヴィヴァーチェの勢いの良い大合唱が始まると、音楽に合わせて走る6頭の駿馬が登場して、輪になって舞台を揃って駆け巡り、騎手は両手を上に上げたりして、人馬ともに動的な姿を披露していた。





      第三曲はアレグロ・アベルトにより歌われるメゾ・ソプラノによるアリアで、ここでは一頭の白馬が女性騎手のもとに登場し、コンチェルタントなオーケストラの伴奏とともにコロラチュアで歌われるアリアに合わせて、人馬一体となって躍ったり、疾走したりする姿を披露していた。特に、ソプラノの声に合わせて躍る姿が印象的であった。
      第四曲はアダージョで始まるソプラノを二部に分けた五声の荘厳な大合唱であり、ここでは第一曲で登場した4頭が二組をなす人馬が登場して、ゆっくりと歩調を合わせながら整然として舞台上を巡っていた。






第五曲はアレグロ・モデラートのソプラノの二重唱であり、美しい弦楽の序奏とともに先の1頭の白馬に跨がった女性のリーダーともう1頭の白馬に乗った女性騎手が登場し、音楽の美しい二重唱に合わせて、ペアの人馬が揃って躍ったり、足を高く上げて行進したりしていた。音楽に合わせた一体的な動きを示しているように見えた。



第六曲はこのカンタータのために追加作曲されたテノールのアリアであり、クラリネットやフルートが伴奏に参加しており、美しい曲。曲がアンダンテで始まると、白馬に跨がった男性騎手がリーダーとなって、先に登場していた女性騎手による4頭の人馬と一体になってさまざまな動きを見せていた。後半のアレグロになると動きも加速されて複雑さを増し、1対4頭の人馬の整然とした動きには見るべきものがあった。



第七曲はグロリアのクイトリスに相当する合唱曲。ラルゴで始まる荘重な二重合唱であり、ここでは先に登場していた8騎の人馬による静止の状況が続き、騎手の皆さんもクローズアップでよく見ると合唱に参加しているように見えた。途中から4頭づつ対になって整然と音楽に合わせて行進していた。



続く曲は、ミンコフスキーがこの演奏のためにこのカンタータに追加した弦楽合奏のためのアンダンテであり、交響曲ハ長調K.96(111b)の第二楽章から取られていた。強拍部と弱拍部とが交互に現れる荘重なハ短調のアンダンテであった。第七曲の8頭の人馬が引き続き舞台に登場して、強・弱の重々しいリズムに乗って4頭二組になったり2頭4組になったりして、整然と行進をしたり後退をしたりして変化のある動きを見せていた。他の追加曲同様に、フリーメーソン調の荘重で重々しい曲であった。





第八曲目は、このカンタータのために追加作曲されたソプラノのアリアであり、アンダンテで開始されるハ短調の暗い感じのアリアで、ソプラノの歌に合わせて1頭の白馬に跨がった女性のリーダーが登場して、アリアに合わせて人馬一体の踊りを披露していた。途中からアレグロに変わって明るさを取り戻し、輝かしいコロラチュアが続き、カデンツアまであるアリアに合わせてリーダーの一頭の人馬による優雅な踊りが最後まで続いていた。





第九曲目は、再びグロリアに戻りクオニアムの三重唱のお馴染みの音楽となり、2人のソプラノとテノールの追いつ追われつのフーガの三重唱となっていたが、舞台では、二人の女性と一人の男性騎手による三頭の白馬が、三重唱に合わせて追いつ追われつの輪舞を駆け足で行なっており、芸が達者でなかなか見応えがあった。





第十曲目は、グロリアの最後のフーガがフィナーレとなっており、大合唱のフーガが開始され、8頭の人馬による輪舞となっていたが、中間部ではソリストが三人で歌っており、舞台でもヴァリエーションがあり、最後には壮絶なフーガで盛り上がりを見せてから、この大舞台は収束していた。








      フィナーレが荘厳な合唱で閉じられると、大変な拍手が湧き起こっていたが、舞台では正面を向いて総勢11頭の騎馬隊が整列して挨拶をしているうちに、騎馬隊長のバルタバスと指揮者のミンコフスキが騎馬隊の前で互いに抱き合い、固く握手を交わして、観衆の大拍手に応えていた。続いて3人のソリストたちが登場して、二人の中央に立ち、全員で手を繋ぎながら観衆に何度も頭を下げて、さらには後ろを向いてオーケストラや合唱団に対してもご挨拶していた。フェルゼンライトシューレの特別な舞台でしか得られない素晴らしい賑やかなカーテンコールの場であった。



         ミンコフスキーとバルタバスの狙いは、馬・人間・音楽・動き・照明・衣裳などを全て統合した総合芸術作品を目指すものであって、その狙いは、騎手と馬と音楽(オーケストラ・合唱・アリア)との共生を目指すような「振り付け」を創り上げることにあった。そして音楽の表象から引き出されたイメージによる感動を絵にしようと努力していた。大合唱には8頭以上の大集団で、ソロのアリアには一頭で、二重唱・三重唱には二・三頭でそのイメージを現わそうとしており、これまでの経験から音楽は心が安らぐ宗教曲が合うことから、今回はミンコフスキーの提案によりオラトリオ「悔悟するダヴィデ」とフリーメースン調の曲が選定され、今回の公演に至ったようである。

        現地でこの公演を見たときは、残念ながら、フランスのルイ王朝以来の芸術の存在を知らず、以上のような予備知識は皆無であって、第一曲が始まって馬の踊りが始まったときはどうなるかと思っていた。大合唱が始まって大勢の騎馬が走り回ったときは砂を蹴る馬の蹄の音が意外に大きく、音楽を阻害しており、自分には音楽を楽しむ環境ではないと感じていた。しかし、BDではノイズが削除されて音楽が生き生きしており、指揮者やソリストや騎馬も、遠くからだけでなく、クローズアップで表情を楽しむことも出来、さすがに全体が理解できるよう上手に構成されていた。現地のライブでは遠目で馬の踊りも余り楽しめなかったが、今回の映像で、音楽に合わせた馬技のヴァリエーションが良く理解でき、初めて全体の構成と楽しみ方が分ったように思う。こう感ずるのは、私ばかりではないと思うが、改めて今回のミンコフスキーの努力とバルタバス一行の取り組みには敬意を表したいと思う。


         私はミンコフスキーのハ短調ミサ曲K.427は、 ザルツブルグのモーツァルテウムの大ホールで聴いたことがあり感動した覚えがあったが、その時は合唱団の規模は10人くらいで、ソリストも合唱に参加する鈴木雅明のJCBによるバッハのカンタータのような構成であり、今回と同じルーブル宮音楽隊の演奏であった。このような小規模な合唱団によるハ短調ミサ曲は初めてであったが、私はその透明感に溢れたオーケストラと合唱の澄んだ響きに驚かされた。今回のフェルゼンライトシューレの演奏は、この時とは180度異なる大規模なオケと合唱のフリーメースン調のオラトリオの荘厳な響きであり、改めてミンコフスキーの思うがままの多彩な音楽作りに驚かされた次第である。


(以上)(2016/01/04)



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