(古いVHSテープから;ジャン・フールネとN響との二つの名演奏)
15-9-2、(1)ジャン・フールネ指揮NHK交響楽団と横川晴児のクラリネットによる協奏曲イ長調K.622、1990年6月7日、NHKホール、(2)ジャン・フールネ指揮NHK交響楽団による交響曲第41番ハ長調「ジュピター」K.551、
1993年2月24日、NHKホール、

−横川晴児のクラリネットはさすがに見事な腕前を見せ、瞑目して吹きながら早くて広い音域のパッセージを高音から低音まで自由にこなしており、フールネの指揮する仲間のNHK交響楽団との相性も良く、彼の安定した技巧は安心して見ておれる確かなものであった。一方、フールネのジュピター交響曲は、一切の繰り返しを全て省略した古いタイプの演奏であったが、彼の温厚そうな人柄が滲み出るように、実に穏やかなテンポで丁寧に演奏しており、オーソドックスなスタイルで、終始一貫して正面から堂々と取り組む姿勢を見せており、壮麗なジュピター交響曲の世界を築き上げていた−

(古いVHSテープから;ジャン・フールネとN響との二つの名演奏)
15-9-2、(1)ジャン・フールネ指揮NHK交響楽団と横川晴児のクラリネットによる協奏曲イ長調K.622、1990年6月7日、NHKホール、(2)ジャン・フールネ指揮NHK交響楽団による交響曲第41番ハ長調「ジュピター」K.551、1993年2月24日、NHKホール、
(1993年6月4日および1993年4月17日のN響アワーをS-VHSテープ97に収録)

       続く15-9-2のS-VHSのテープ97には、ジャン・フールネ指揮のNHK交響楽団の演奏がN響アワーから2曲収録されており、第1曲は横川晴児のクラリネットによるクラリネット協奏曲イ長調K.622であり、阿木耀子(作詞家)と横川晴児の対談の形で進められていた。第2曲は交響曲第41番ハ長調K.551「ジュピター」であり、この番組では中村紘子によるN響アワーの司会で、テーマは「偉大なるハ長調」というタイトルで解説されていた。ジャン・フールネ(1913〜2008)は、1993年の演奏時は80歳であり、フルサイズのNHK交響楽団を相手にして 元気な指揮振りを示していた。



       最初の93年6月4日放送の阿木耀子のN響アワーは、彼女の話では「もう一人の花形」というテーマで、最初に横川のソロで「クラリネット協奏曲イ長調K.622」が演奏され、続いてサヴァリッシュ指揮の「スペイン奇想曲」が演奏されていた。初めに阿木と横川による二人の対談があり、横川がこのテーマについてどう思うかと問われ、ソリストとして登場した横川が、いつか自分が花形にと思っているのでと、最初は戸惑ったような感じであったが、次第にクラリネットがオーケストラの中では、いつも影にいる花形のような存在だと気がついて、口が滑らかになったようであった。



        横川は前回も1991年のモーツァルト・イヤーの時期に、海老沢敏先生と森ミドリさんによるN響アワーで登場しており、この時は フイリップ・アントルモン指揮で、1991年2月にサントリー・ホールで収録された映像(15-7-2)であった。今回の映像は、それよりももっと古い1990年6月7日の演奏でNHKホールで収録されていた。
       映像はクラリネット奏者の横川晴児と指揮者のジャン・フールネが登場しており、フールネがメガネをかけて指揮を始めようとしたところから始まっており、小柄なフールネが指揮棒なしの両手を振り上げて、第一楽章がオーケストラで開始されていた。NHKホールの広い舞台にコントラバス4台が右奥に、ホルン2、ファゴット2、フルート2の木管群が横長に広がって、N響としては大きめの協奏曲のオーケストラの布陣であったが、91年の時も同じ規模のオーケストラであった。



   第一楽章は、アレグロのソナタ形式で、鄙びた感じの美しいお馴染みの第一主題が速めのテンポの弦楽器で現れて、小柄なフールネが余り体を動かさずに両腕だけで軽く指揮をしており、軽快に曲が進行していた。続いて第一主題から派生した長い穏やかなモチーブが軽快に明るく進み、どうやら第二主題が現れないままオーケストラによる第一提示部が終了していた。
      横川晴児の独奏クラリネットが落ち着いて厳かに第一主題を奏で始め、直ぐに変奏を行ってから、続いて明るく新しい繋ぎのエピソードをソロが披露して軽快に進んでいた。横川のクラリネットは澄んだ音色で、彼は瞑目しながら吹くのが特徴か。次いで息の長い第二主題が初めてクラリネットソロで登場してくるが、この主題は下降したり上昇したりクラリネットの特性を利用しており、横川は高音から低音まで滑らかに美しい音色を重ねて素晴らしい勢いで進行していた。続いてフェルマータで一呼吸してからも、クラリネットとオーケストラがお互いに第一主題冒頭部でしきりに対話を重ねるようにして盛り上がりながら曲が進み、颯爽とした勢いで素晴らしい提示部を終了していた。



       長大な展開部では、クラリネットのソロが繋ぎのエピソードを主体にして展開されており、まるで変奏曲のように転調を繰り返しながら次から次へと進行し、クラリネットの豊富な緩急自在の音色や、上昇音階と下降音階とが見事にミックスして快く流れるクラリネットの響きが、確かな技巧に支えられて鮮やかに示されていた。再現部は 型通りに第二提示部に沿って進行していたが、気がついてみるとカデンツアのないコンチェルトであったが、その必要性を感じさせないほど、多彩なクラリネットの音色が響き渡っていた。横川は親しい仲間内とのコンチェルトだけに、ソロとオーケストラとのやり取りは実にスムーズであり、フールネとの意気込みもピタリと合って、実に落ち着いてクラリネットの響きの美しさを歌い上げていた。譜面上では360小節の長大な第一楽章であったが、この曲の流れ出るような楽想の豊かさは、聴くたびに死の2ヶ月前という最晩年の澄みきった響きを感じさせていた。



         第二楽章は、アダージョのA-B-A’の三部形式であり、独奏クラリネットが弦の三拍子の伴奏に乗ってゆっくりと美しいメロデイを歌い出すが、この主題の透明感の溢れる透き通るような美しさとクラリネットのくすんだ寂しげな音色とが良く合って、しみじみと響いてくる音色は、いつ聴いても素晴らしいものがある。横川は瞑目しながらゆっくりと味わうように進めていたが、クラリネットの高音から低音にわたる暖かな音色の響きは、実に味わいがあった。トゥッテイで主題を繰り返してから再びお返しの旋律でクラリネットのソロが始まり、オーケストラへと進んでいたが、フールネとの相性も良くこの第一部はクラリネットの美しい音色が心に滲みるように響いていた。

          中間部に入ると、新しい明るい主題が独奏クラリネットで現れ、技巧的なパッセージが続いて、低音から高音に繋がるクラリネットの自在な音色がよく響きわたっていた。ここでも横川の終始安定した変化に富む音色がとても魅力的であり、さすがN響の第一人者を思わせる落ち着いた演奏であった。繋ぎのフェルマータのあとにカデンツア風の短いソロが一息あってから、再び、冒頭の瞑目する寂しげなアダージョが再現されていたが、この後半においても実に味わい深いクラリネットの心に浸みる響きが聞こえており、モーツァルトの最後の「白鳥の歌」を思わせる味わいのあるアダージョであると感じさせていた。





        フィナーレは軽快なテンポのロンド主題が飛び出すアレグロのロンド形式で、明るく屈託のないロンド主題に続いて二つのソロ・クラリネットによるエピソードが続くフォーマルなロンド形式であった。早いスタッカートの特徴のあるロンド主題がクラリネットのソロで走り出し、トウッテイで繰り返されてから、直ぐにクラリネットが早いパッセージを繰り返し、オーケストラとの変化に富んだ掛け合いが美しい。このテンポ感は、フールネと横川がピタリと合って実に爽快であり、続く第一のエピソードはクラリネットにより華やかに提示され、ここでも独奏楽器が縦横に音階を駆け巡ってからロンド主題に戻っていた。続く第二のエピソードも、独奏クラリネットにより提示され、自由奔放に進行していた。しかし良く聴いていくと、続いてクラリネットの特性を生かした第三のエピソードとも言える上昇・下降を主体にした分散和音形の技巧を巡らした主題が現れてオーケストラと対峙しており、華やかさを高めていた。横川晴児はさすがに見事な腕前を見せ、瞠目しながら早いパッセージを高音から低音まで広い音域を自由にこなしており、NHK交響楽団との相性も良く、彼の安定した技巧は安心して見ておれる確かなもののように思われた。終わると凄い歓声と拍手が続き、横川とフールネは一度だけ顔を 出して挨拶を交わしていたが、NHKホールでの暖かな声援ぶりを感ずることが出来た。





           演奏の余韻を余り映像では残さずに、直ぐに二人の対談に戻っていたが、阿木耀子は初めて聴いたような素人くささを感じさせながら、可愛い声でクラリネットのハッとする表情の変化の多さについて尋ねていたが、横川はTVで自分の演奏を見るのが苦手であると苦笑しながら答えていた。また、オーケストラの中でのクラリネットの役割について尋ねていたが、横川はクラリネットはフルート・オーボエに次いで三番目の高さなので、両者を持ち上げるように演奏することが多いと語っていた。歌うと言うより語りかけているような楽器ですねと尋ねられ、横川は考えながら、それはクラリネットの持つ多様な表現のひとつであると答え、さらに一番肉声に近い楽器だからそう聞こえるのかなと答えていた。最後に、クラリネットの名曲は、ブラームスにしても亡くなる前に書いていると述べ、二ヶ月前に作曲されたと聞いて彼女は驚いていた。

            このクラリネット協奏曲K.622を聴いて、アレグロ−アダージョ−ロンド・アレグロの三楽章とも、良く揃って晩年の特徴である簡潔さの中での透明感に溢れた美しい曲であるといつも思うのであるが、私はこの第二楽章のアダージョが、アヴェ・ヴェルム・コルプスなどと共通したあの世に近づいた人だけが書ける、彼岸の涅槃の境地を描いたもののように思っている。今回のこの演奏もそのような雰囲気を感じさせる素晴らしい演奏であったと思われる。
                      (以上)(2015/09/11)









        続く15-9-2の第二曲目は、ジャン・フールネ指揮のNHK交響楽団による交響曲第41番ハ長調K.551「ジュピター」であり、1993年4月17日放送のN響アワーで再放送されたものである。この番組は、先の協奏曲とは異なり、中村紘子さんが進行役と曲の解説を行なうものであり、この日は彼女の担当の第一回目のようであって、そのテーマは「偉大なるハ長調」ということであった。一時間番組で2曲のようであり、いずれも1993年2月24日のNHKホールにおけるフールネ指揮のコンサートから、ジュピター交響曲と、デユカスの「ポリュークト」序曲とが取り上げられていた。この番組には、評論家青柳大蔵の音楽エッセーと中村紘子の小品演奏が含まれていた。



       この演奏はもう20年も前の演奏であるが、私はこの演奏を聴いてジャン・フールネという指揮者は、軽いフランスものを得意としている人という思い込みから、しっかりした正統派の堂々たる腰の据わった指揮をする方であるとイメージを変えた記憶がある。中村紘子さんも、ジュピターをハ長調の数少ない偉大な曲と捉えておられ、齢80歳のフールネさんを、この曲を指揮するに相応しい方と捉えておられたようであり、映像のNHKホールの舞台のオーケストラも右奥にコントラバスが二列に4/2台並んでおり、N響のフルスケールの規模であった。今日ではこの規模のオーケストラは珍しいが、 先に聴いたカールベームの三大交響曲(15-7-1)でも、コントラバスは6台であり、当時の演奏ではこの規模がどのオーケストラでも標準であったと思われる。



         映像では拍手とともに指揮者のフールネが舞台に登場してきて、眼鏡をかけてあたりを見渡して呼吸を整えてから、おもむろにフルオーケストラによる堂々たる三つの和音で、第一楽章の第一主題が開始されていた。オーケストラの配置は、右手奥に6台のコントラバスを並べ中央にテインパニーと管楽器を置く大規模な演奏スタイルであった。三つの和音による重厚な響きの後に、続く主題が落ち着いたテンポで、しっかりとリズムをきざむように堂々と進行していた。フェルマータで一呼吸してから、フルートとオーボエが二重奏で主題を変形しながら軽快に繰り返していたが、続いて躍動するように進行してリズミックな堂々たる経過部が続いていた。そして第一ヴァイオリンによる歌うような優雅な第二主題が弦楽器だけで提示されて趣を変えながら進行していたが、休止の後に、突然、フォルテの大音響とともにファンファーレのような大爆発が起こって素晴らしい盛り上がりを見せて、堂々たる「ジュピター」らしさを見せながら進行していた。ここまでは冒頭から一気呵成にしっかりと進行しており、フールネも、伝統的な力強い指揮法でしっかりと進めているなという印象を持った。続いて軽快なピッチカートに導かれてブッフォ風の軽やかな副主題が流れ出し、最後をまとめるように収めて提示部を明るく終息していた。この提示部ではリズム感の良い厚いオーケストラが、堂々たるオーソドックスなスタイルでじっくりと威厳に満ちた壮大な演奏がなされていると感じさせていた。



         続いて直ちに展開部に突入し、先のブッファ風の軽快な副主題が様々な形で展開されてから、後半では冒頭の主題が弦と木管とが交互に主題を変形しながら展開されていたが、フールネはここでもしっかりしたテンポで、オーケストラの分厚い音を響かせて、堂々と力強い展開を見せていた。再現部では、ほぼ型通りに第一主題・第二主題と再現されていたが、一呼吸をおいた小休止の後の大爆発では、提示部よりも一段と激しく明快に再現されており、後半が盛り上がる「ジュピター」らしさを十分に発揮させていた。フールネは、終始一貫して冷静に、正面から堂々と取り組む姿勢を示しており、良く旋律を歌わせる指揮振りや各声部のアンサンブルの良さがよく目立ち、全体としてオーソドックスなしっかりした進め方や、優雅で落ち着きのある立派な指揮ぶりで第一楽章を見事に仕上げていたように思われた。



            第二楽章は弦楽器だけで始まる川の流れのようなゆったりしたアンダンテ・カンタービレの第一主題が静かに提示されていたが、フールネは厳かな感じで淡々と進めており、続いて低弦でこの主題が始まると、第一・第二ヴァイオリンもこれに細かく答えるようになり、フールネはこれらの弦の流れを実にゆったりと進めていた。続いて木管群が歌い出す副主題では弦楽器と対話するように明るく音を響かせており、続く第二主題も明るく弦がこだましてうねるように進行していた。ここで木管もこれに参加し、フルートもファゴットも存在感を示すように歌いながら盛大に盛り上がりながら提示部を終えていた。しかしフールネはこの短い提示部を繰り返さずに、ベームなどと同様に、直ぐに続いて展開部に突入していた。ここでは、第一主題の後半の副主題が展開の対象となり、弦と管がこだまするように繰り返し展開されていた。再現部では第一主題の冒頭が第一ヴァイオリンで呈示されていたが、提示部とは趣を変えて低弦が32分音符のうねるような流れで応答し始め、このうねりが第一ヴァイオリンに移行されてから、第一・第二ヴァイオリンが、続いてヴィオラと低弦に渡されて、交互にうねり合いながら変奏するように進行していた。続く第二主題も第一ヴァイオリンから木管も加わって、提示部とは異なる力強い変化を見せており、異様な力強い新たな再現部となっていた。フールネはこのうねるような弦の豊麗な32分音符の流れや、フルート・オーボエなどとの対話の部分などを楽しむように指揮しながら、アンサンブルの良さを明快に示しつつ流れるように悠然と指揮をして、静かにこの楽章を終えていた。



            続く第三楽章のメヌエットでは、フールネはここでもゆったりした堂々たるテンポでメヌエット主題をリズミックに壮大に進め、後半では木管が一頻り歌い出して、ホルンやトランペットも勢いよく鳴り響いて、華やかなメヌエットの世界が繰り広げられていた。トリオでも落ち着いたテンポで、フルートの出だしのあとにオーボエと弦が合奏する場面が繰り返され、そのあとに第一ヴァイオリンと木管や金管全体が和音を合奏していた。そして再びリズミックなメヌエット主題に戻っていたが、フールネは、ゆっくりしたテンポで厚みのあるフルオーケストラで、この壮大などっしりと響くメヌエット楽章を堂々と仕上げていた。



           フィナーレはモルト・アレグロのド・レ・ファ・ミの四つの全音符から作られる堂々たるフーガ主題に始まり、この主題を追って威勢の良い主題が軽快に提示され繰り返されていき、次第に勢いよく壮大に高められて、ギリシャ建築や彫刻のような構成と内容に溢れた大きなドラマを築き上げるように構築されている。フールネはこのフィナーレを、幾分、速度を速めて、両手を広げ落ち着いた表情で明確にリズムを刻みながら、オーケストラを盛り上げるように力を込めて指揮をしていた。オーケストラの方もこれに応えるように颯爽として堂々たる勢いのある響きを見せて提示部を作り上げていた。続く展開部においては冒頭主題によるフーガ的展開が、繰り返し繰り返し丁寧に行われその都度壮大さを増していた。再現部に入っても、この壮大なフィナーレ主題が展開部の続きのように対位法による展開がなされ、自由な再現部となって劇的に進行していた。最後のコーダでは、フールネは改まったように姿勢を正して明確にリズムを刻んでおり、そのせいかオーケストラ全体が多声的対位法によるフーガ的な展開により力強く盛り上がりを見せて、高揚しながら高らかに終結していた。フールネはにわかに始まった大きな拍手に応えて、にっこりした穏やかな表情で拍手に答えていたが、その余韻には実に力のこもった壮大なフィナーレを持った「ジュピター」交響曲への思いが描かれていたように思われた。指揮者フールネの人徳が滲み出るような指揮振りにN響の皆さんも一体になって、結果的にもの凄く熱のこもった演奏に仕上がっており、気がついてみたら大変に会場を沸かせていたような雰囲気であった。



           フールネは、この曲では一切の繰り返しを全て省略して演奏しており、当時でも古いタイプの世代に属する指揮者であるが、その温厚そうな人柄が滲み出るように、実に穏やかなテンポで丁寧に演奏していた。その一端が第一楽章の堂々たる構成美に溢れたオーソドックスなスタイルを初めとして、第二楽章の力強く壮麗な弦の動き、躍動する壮大なメヌエットなどに良く現れており、とても落ち着いたしっかりした取り組みを見せていた。そして最後のフィナーレ楽章においても、終始一貫して正面から堂々と取り組む姿勢を見せ、最後に見事な盛り上がりを見せて壮麗なジュピターの世界を築き上げていた。
           このような演奏ぶりは、普段からのN響との信頼溢れるお付き合いから生じたものであり、フールネの持つオーソドックスな伝統的な進め方や、各声部のアンサンブルの良さ、良く旋律を歌わせる指揮振りなどの点で、充分に意思疎通された賜であると思われる。このようなどっしりした伝統的な演奏は、今ではなかなか見られなくなっており、大きな画面でこの映像を見ると、ぼけ気味の画面となり残念であるが、その迫力に溢れる大型の演奏として、何とか印象に耐える映像となっていた。この映像のご紹介で、ジュピター交響曲のアップロードは、あと2曲を残すだけで全て完了した。これからどのようなスタンスで全映像の総括を行なうか考えて行く時期になっているが、好きな交響曲なので、これから楽しみながら考えたいと思っている。

(以上)(2015/09/13)



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