(最新のDVDと古いVHSテープから;二つのクラリネット協奏曲K.622)
15-7-2、(1)ヴィンチェンツオ・パーチのバセット・クラリネットによる協奏曲イ長調K.622、デイエゴ・マテユーズ指揮ヴェネツイア歌劇場管弦楽団、2011年4月、同歌劇場ライブ収録、(2)フイリップ・アントルモン指揮NHK交響楽団と横川晴児によるクラリネット協奏曲K.622、1991年9月2日、サントリー・ホール、(3)サヴァリッシュ指揮NHK交響楽団による弦楽合奏のためのアダージョとフーガハ短調K.546、1991年10月8日、サントリー・ホール、

−二つのクラリネット協奏曲K.622を聴いて、初めてのバセット・クラリネット版および通常の版を聴き比べることになって、確かに前者の方が音域が広いことは理解できたが、珍しさだけが気になりすぎて、音楽的には通常の版の方がスピードのある自由奔放なクラリネットの持ち味が出ていたような気がしている。しかし、パーチも横川晴児も立派な演奏をしていた。また、サヴァリッシュとN響の演奏による「弦楽合奏のためのアダージョとフーガ」ハ短調K.546の大規模な弦楽合奏による演奏を収録できたことは実に喜ばしい−

(最新のDVDと古いVHSテープから;二つのクラリネット協奏曲K.622)
15-7-2、(1)ヴィンチェンツオ・パーチのバセット・クラリネットによる協奏曲イ長調K.622、デイエゴ・マテユーズ指揮ヴェネツイア歌劇場管弦楽団、2011年4月、同歌劇場ライブ収録、(2)フイリップ・アントルモン指揮NHK交響楽団と横川晴児によるクラリネット協奏曲K.622、1991年9月2日、サントリー・ホール、(3)サヴァリッシュ指揮NHK交響楽団による弦楽合奏のためのアダージョとフーガハ短調K.546、
1991年10月8日、サントリー・ホール、
(2015年1月10日タワーレコードにて輸入DVD購入、Dynamic DVD 33762、および1991/12/03、NHKBS放送をS-VHSテープ56.3に収録、)

       続く協奏曲部門では、ピアノ協奏曲やヴァイオリン協奏曲の各曲の古いコレクションが、最近、かなり集中的にアップされて来たため、調べていくとクラリネット協奏曲イ長調K.622が、5演奏も未アップ映像が残されていたため、意識的にアップを早めようと考えた。その際に、折角、急いでやるなら、同じ曲を、バセット・クラリネットを使った演奏と、通常のクラリネットによる演奏とを比較しようと、二演奏を比較しながらアップすることにした。第一曲目は、バセット・クラリネット使用と明記された新しいDVDによるものであり、第二曲目は2曲ある横川晴児とN響との演奏のうち、アントルモンの指揮による古い演奏(1991)である。



       最初の新しいDVDは、イタリアのヴェネツイアのフェニーチェ劇場管弦楽団の映像であり、デイエゴ・マチューズが指揮するマーラーの第一交響曲のコンサートの第一曲目として、このバセット・クラリネットのための協奏曲が含まれていた。バセット・クラリネットによる演奏と言うことをDVDの裏表で確かめて購入しているが、このバセット・クラリネットは、写真で見ると朝顔は普通の姿で、通常のクラリネットよりも少し長そうであり、解説には“Buffet Crampon”Basset Clarinet in Aと1825年に設立された著名な製造社の名前が記されていた。演奏者のヴィンチェンツオ・パーチは、勿論、初めての演奏者であったが、このDVDの裏には、英語でザビネ・マイヤーが「ヴィンチェンツオは素晴らしいクラリネット奏者だ。彼のモーツァルトの協奏曲は、私を虜にした」という推薦の言葉が記されていた。



       オペラしか見たことのない美しいフェニーチェ劇場の舞台上に、今回はオーケストラが主役とばかりに陣取っており、映像は指揮者と独奏者が拍手の中で入場して音合わせをしてから、いきなり第1曲目のクラリネット協奏曲イ長調K.622の第一楽章がオーケストラで始まった。舞台をよく見るとコントラバスが2台の中規模なオーケストラであり、ひなびた感じの美しい第一主題が速いテンポの弦楽器で現れて、繰り返すように軽快なテンポで進行していた。やがて長い穏やかな第一主題から派生するモチーブが軽快に明るく進み出し、第二主題が現れないままにオーケストラが高まりを見せてオーケストラによる第一提示部が終了していた。



      ソリスト、パーチの独奏クラリネットがいきなり第一主題を厳かに奏で始め、オーケストラの伴奏でクラリネットが新しいパッセージを披露しながら軽快に進行してが、画面をよく見ると、パーチは普通よりも明らかに長いクラリネットを用いていた。やがてトウッテイのあとにクラリネットが短いエピソード的な主題を提示しており、続いて荘重な第一主題とは対照的な息の長い華やかな第二主題が初めて独奏クラリネットで登場してくるが、そこでのクラリネットの高音から低音にいたる変化の激しい音色と、くすんだ響きが印象的であり、バセット・クラリネット的な重々しい響きとパーチの確かな技巧が発揮されて、クラリネット特有の滑らかな美しい音色が連続して、フェルマータで一段落していた。そして第一主題をもとにして独奏クラリネットとオーケストラとがお互いに対話を重ねるようにして盛り上がりながら曲が進み、素晴らしい勢いで提示部を終了していた。



       展開部では、常にクラリネットが主導しながらまるで変奏曲のように主題が展開される長大なものであり、ここでバセット・クラリネットによる早い走句の上昇音階と下降音階や、低音から高音への飛躍、短調主題の挿入と転調の頻繁な繰り返しなどが見事にミックスされていた。バセット・クラリネットの低い音形が目立ったのは、この展開部の後半の194〜198小節あたりであろうか。素晴らしいクラリネットの技巧とこの楽器の魅力が充分に発揮されていた。再現部では第一・第二主題と簡潔に終始していたが、フェルマータ以降にもクラリネットの変化の激しい技巧が明示されおり、カデンツアのないコンチェルトであるが、その必要性を感じさせなかった。この曲の流れるようなしみじみとした味わいや楽想の豊かさは、最晩年の澄みきった特有の響きを感じさせており、バセット・クラリネットの新たに加わった魅力のせいか、この演奏は一段と輝きを増したように見え、冒頭のマイヤーの言葉も、このことを暗示しているように思われた。



       第二楽章は、アダージョで三部のリート形式か。バセット・クラリネットが弦の三拍子の伴奏に乗ってゆっくりと美しいメロデイを歌い出すが、このクラリネットのくすんだ寂しげな音色としみじみとした低音の深い響きは、実に味わい深いものがあった。合奏で繰り返してから、再び、美しい旋律でバセット・クラリネットのソロが始まり、オーケストラが続いていたが、若い指揮者デイエゴ・マチューズは表情を豊かに無心に指揮をしており、この第一部はクラリネットの美しい音色が心に滲みるように響いていた。
続いて中間部に入ると、新しい明るい主題が独奏クラリネットで現れ、ここでは技巧的なパッセージが続き、バセット・クラリネット特有の低音から高音に繋がる自在な音色をパーチは巧みに演奏しており、変化に富む音色が終始安定してとても魅力的であった。終わりのフェルマータのあとにカデンツア風の短いソロが一息あってから、再び冒頭の寂しげな主題が、非常に静かに再現されていたが、この後半のアダージョは、パーチは巧みに装飾をつけながら吹いており、実に味わい深い心に浸みる静寂の歌のように聞こえていた。この澄み切った透明な感じの第二楽章は、よく晩年のモーツァルトの心境を現したものとたとえられることが多いが、マチューズの祈るような表情といい、バセット・クラリネットのしみじみとした深い響きといい、演奏者たちが無心で弾いている姿といい、全てが一体となって、この澄み切った世界を描いているような気がした。

       フィナーレはロンド形式で、A-B-A-C-A-B-Aの形で早いテンポで進む颯爽としたアレグロであった。早いスタッカートが目立つロンド主題がバセット・クラリネットのソロで飛び出して軽快に開始され、オーケストラに渡されるが直ぐにパーチのバセット・クラリネットが早いパッセージを繰り返し、オーケストラとの変化に富んだ掛け合いが美しい。第一のエピソードは独奏クラリネットにより華やかに提示され、ここでも独奏楽器が縦横に音階を駆け巡ってからロンド主題に戻っていた。続く第二のエピソードも、独奏クラリネットにより提示され、早いパッセージが繰り返され、ここではバセット・クラリネットとオーケストラが親密な呼びかけをして、クラリネットが技巧を示しながら自由奔放に駆け巡っていた。再度ロンド主題が顔を出してから、第一のエピソードが姿を見せ、続いて第三のエピソードか、クラリネットが勢いのある分散和音形で上昇したり下降したりして新鮮味を加えて、ロンド主題で締めくくられていた。パーチの技巧は、バセット・クラリネットの特長を生かした高音から低音まで広い音域を自由にこなしており、どんなパッセージであっても、安心して見ておれる確かなもののように思われた。

このクラリネット協奏曲K.622は、名手アントン・シュタードラーのために書かれた作品であるが、当初はバセット・ホルンのための協奏曲として書き始められ、第一楽章の独奏パーツが199小節まで書かれた自筆譜K.621bが断片として残されている。この曲はト長調で普通のクラリネットよりも5度低い音域を持っているとされる。1791年10月、モーツァルトはこのK.621bにファゴットを加えて編曲したものを第一楽章とし、それにアダージョとロンドの二つの楽章を新たに書き加えて、現在のイ長調のクラリネット協奏曲K.622が完成されたものとされている。新全集には、バセット・クラリネット用の版と、通常のクラリネット用の版とが編集されて、二つの版が掲載されている。パーチは、当然のことながら、新全集のバセット・クラリネット用の版を用いていると思われ、非常に珍しいDVDになっていると思われる。



続く第二曲目の横川晴児のクラリネットによるクラリネット協奏曲イ長調K.622は、1991年2月にサントリー・ホールで収録されたものであるが、この映像はN響アワーでこの曲だけ取り出された映像であった。この1時間番組のN響アワーは、1991年のモーツァルトイヤーの時期は、4月から海老沢敏先生と森ミドリさんのお二人のトークで進められており、先生は取り上げた曲の解説と「モーツァルト、ちょっと耳寄りの話」と題して、モーツァルトの新しいイメージを曲と曲の間でお話しする方式になっていた。今回のN響アワーは「モーツァルトへの手紙(2)」と題され、91年12月7日にこの年の最終回として放送されており、この1時間の番組のトークの間に、フイリップ・アントルモン指揮「魔笛」序曲および今回のクラリネット協奏曲が放送され、最後にサヴァリッシュ指揮で、弦楽のためのアダージョとフーガ ハ短調K.546が放送されていた。
     この最後の曲は、このテープに同時に収録されていたが、極めて演奏機会に乏しい曲なので、今回、予告していなかったが、折角の機会なので、同時にアップロードしておきたいと思う。



       映像はクラリネット奏者の横川晴児と指揮者のフイリップ・アントルモンが二人で入場したところから始まっており、大柄のアントルモンの一振りで、第一楽章がオーケストラで開始されていた。サントリー・ホールの大きな舞台にコントラバス4台が右奥に、ホルン2、ファゴット2、フルート2の木管群が横長に広がって、N響としては大きめの協奏曲のオーケストラの布陣であった。鄙びた感じの美しい第一主題が速いテンポの弦楽器で現れて、指揮者というよりピアニストで名高いアントルモンが、大きな体を動かすぎこちない仕草が目立つ独特な指揮振りを披露しながら曲が進行していた。続いて長い穏やかな第一主題と派生するモチーブが軽快に明るく進み、第二主題が現れないまま第一提示部が終了していた。



      横川晴児の独奏クラリネットが落ち着いて厳かに第一主題を奏で始め、続いて明るく新しいエピソードを披露して軽快に進んでから、第二主題が初めてクラリネットソロで登場してくるが、横川晴児のクラリネットの暗いくすんだ響きが印象的であり、高音から低音まで滑らかに美しい音色を重ねていく。続いてフェルマータで一呼吸してからも、クラリネットとオーケストラがお互いに対話を重ねるようにして盛り上がりながら曲が進み、素晴らしい勢いで提示部を終了していた。
展開部では、常にクラリネットが主導しながら第一主題がまるで変奏のように主題が展開されており、横川晴児の上昇音階と下降音階とが見事にミックスして快く流れ出すクラリネットの響きは、確かな技巧とこの楽器の魅力を伝えていた。再現部は 型通りに終始しカデンツアのないコンチェルトであったが、その必要性を感じさせないほど、多彩な音が響いていた。この曲の流れ出るような楽想の豊かさは、死の2ヶ月前という最晩年の澄みきった響きを感じさせていた。



         第二楽章は、アダージョの三部形式か。独奏クラリネットが弦の三拍子の伴奏に乗ってゆっくりと美しいメロデイを歌い出すが、目をつぶって瞑目しながら演奏する横川晴児のクラリネットのくすんだ寂しげな音色が響きわたり、しみじみと伝わる低音の響きは実に味わいがあった。トゥッテイで繰り返してから再びお返しの旋律でクラリネットのソロが始まり、オーケストラへと進んでいたが、この第一部はクラリネットの美しい音色が心に滲みるように響いていた。中間部に入ると、新しい明るい主題が独奏クラリネットで現れ、横川晴児の技巧的なパッセージが続き、低音から高音に繋がるクラリネットの自在な音色がよく響き、終始安定した変化に富む音色がとても魅力的であった。終わりのフェルマータのあとにカデンツア風の短いソロが一息あってから、再び、冒頭の寂しげなアダージョが再現されていたが、この後半においても実に味わい深いクラリネットの心に浸みる響きが聞こえており、モーツァルトの最後の歌であると感じさせていた。



        フィナーレは早いテンポのアレグロのロンド形式で、軽快なロンド主題に続いて二つのソロ・クラリネットによるエピソードが続く標準的な形式であった。早いスタッカートの特徴のあるロンド主題がクラリネットのソロで飛び出して軽快に開始され、オーケストラに渡されるが直ぐにクラリネットが早いパッセージを繰り返し、オーケストラとの変化に富んだ掛け合いが美しい。第一のエピソードはクラリネットにより華やかに提示され、ここでも独奏楽器が縦横に音階を駆け巡ってからロンド主題に戻っていた。続く第二のエピソードも、独奏クラリネットにより提示され、自由奔放に進行していた。横川晴児はさすがに腕達者であり、瞑目しながら高音から低音まで広い音域を自由にこなしており、どんなパッセージであっても音色が安定し、彼の技巧は安心して見ておれる確かなもののように思われた。終わると凄い歓声と拍手が続き、NHK交響楽団との相性も良く、サントリー・ホールでの暖かな声援を感ずることが出来た。

二つのクラリネット協奏曲K.622を聴いて、初めてのバセット・クラリネット版および通常の版を聴き比べることになって、確かに前者の方が音域が広いことは理解できたが、珍しさだけが気になりすぎて、音楽的には通常の版の方がスピードのある自由奔放なクラリネットの持ち味が出ていたような気がしている。しかし、パーチも横川晴児も立派な演奏をしていた。



また、サヴァリッシュとN響の演奏による「弦楽合奏のためのアダージョとフーガ」ハ短調K.546の大規模な弦楽合奏による演奏を収録できたことは実に喜ばしい。この曲は自筆作品目録に、1788年6月、二つのヴァイオリン、ヴィオラ、バスのための短いアダージョとフーガと書かれており、ここでフーガとは、1783年12月にウイーンで書かれた二台のクラヴィーアのためのフーガハ短調K.426であることが書かれている。そのため、この曲はこれまで、二台のピアノ、オルガン、弦楽四重奏、弦5部の弦楽合奏など、 いろいろな形で演奏され、レコードが残されてきた。しかし最近の学説では、フーガにチェロとコントラバスの声部が分かれている箇所があるため、オーケストラ用に書かれた作品とされている。この曲はどういう動機で何のために書かれた作品かは分かっておらず、この時期に書かれた、小セレナードK.525、音楽の冗談K.522、などと同様に、私的な演奏会用に書かれたのであろうとされているが、詳細は不明である。



           サヴァリッシュの演奏は、6台のコントラバスを右奥に配置したN響ならではの大規模な弦楽合奏となっており、冒頭のアダージョから、ハ短調の付点音符のついた引き摺るような重苦しい感じの厚みのある荘重な曲となっており、一方のフーガでは、馴染み易いフーガ主題がバス・チェロの低音で提示されてから、ヴィオラ・第二・第一ヴァイオリンの順で4声のフーガとして展開されていくものであり、厚みのある大規模な弦楽合奏の威力を発揮した重厚な演奏となっていた。



       アダージョでは、荘重なバロック的付点の付いた主題で鋭く開始されるが、全体は大きく二部に大別され、冒頭の主題が何回か繰り返されるような感じで進んでから、改めて短調で再現する箇所が第二部の始まりであり、終始、重苦しく悲痛な暗い感覚が最後まで続いていた。サヴァリッシュは、ゆったりとしたテンポで進めており、厚みのある弦楽器がぶつかり合うように重々しく演奏していた。 一方のフーガでは、主題が完全な形で全声部に渡って何回も鳴らされ、反行形、部分動機、対位声部の動機などが多種多様な形で組み合わされて現れ、複雑さを増すとともに、まるで繰り返し訪れる波のように力強くうねりながら押し寄せていた。この部分のチェロやコントラバスの迫力は他には聴かれない激しさと厚みとを持っており、サヴァリッシュが力強く、体全体でオーケストラを揺するようにぐいぐいと動かしているように思われ、この演奏独自の力に溢れた弦楽合奏を聴かせてくれていた。

(以上)(2015/07/14)


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