(最新のHD録画より;二台のピアノソナタK.448およびピアノ協奏曲イ長調K.488)
15-5-2、マルタ・アルゲリッチとダニエル・バレンボイムによる二台のピアノソナタニ長調K.448、ベルリン・フィルハーモニー・ホール、2014、およびメナハム・プレスラーのピアノとサイモン・ラトル指揮ベルリンフイルによるピアノ協奏曲イ長調K.488、
2014ベルリンフイル・ジルベスター・コンサートより、2014/12/31、フイルハーモニー・ホール、

−バレンボイムとアルゲリッチのとても珍しい巨匠同士のデュオのソナタは、両端楽章は私にはテンポが少し早すぎたが、この第二楽章では、特に前半の提示部で繰り返してからは、二人の呼吸がピッタリと合っているのが良く分かり、お互いにかなり自由に装飾をつけたり、これぞ名人芸と言うべき素晴らしい息の合ったやり取りを聴くことが出来た。一方の92歳という超高齢のプレスラーも元気な姿を見せており、 特に独奏ピアノで始まる第二・第三楽章はプレスラーのペーストなり、弦や管楽器とも良く調和して、プレスラーらしい味のある淡々とした弾き振りになり、素晴らしいアンサンブルを聴かせてくれた−

(最新のHD録画より;二台のピアノソナタK.448およびピアノ協奏曲イ長調K.488)
15-5-2、マルタ・アルゲリッチとダニエル・バレンボイムによる二台のピアノソナタニ長調K.448、ベルリン・フィルハーモニー・ホール、2014、およびメナハム・プレスラーのピアノとサイモン・ラトル指揮ベルリンフイルによるピアノ協奏曲イ長調K.488、
2014ベルリンフイル・ジルベスター・コンサートより、2014/12/31、フイルハーモニー・ホール、
(2014/11/17、NHKBS103の放送をHD3に収録、および2015/02/23、NHKBS103の放送をHD3に収録)

     チリの共にブレノスアイレス生まれのアルゲリッチとバレンボイムの巨匠同士による夢のような二人のデュオというピアノ好きのファンには願ってもないライブ映像が誕生した。二人は幼いときにはコンサートホールで出逢ったと言うが、その後は別々の道を歩み、ヨーロッパで超多忙な有名人になって活躍してきたが、デュオとして4手のピアノリサイタルを初めて実現したのは1980年代のパリであったと言う。NHKの放送では15年ぶりの夢の顔会わせであると解説されていたが、これまでどうして実現しなかったのか不思議なくらいである。今回の曲目もモーツァルトのソナタK.448、シューベルトの1台4手の変奏曲D813、およびストラヴィンスキーの自作の2台のピアノ版の「春の祭典」という異色なものであり、まさに夢のような期待に溢れる人々で満ちたベルリンのフイルハーニー・ホールであったろうと思う。どれだけ練習に時間を割くことが出来たか全く分からないが、二人の演奏を前にして、細かなことは別として、両巨匠が醸し出す豊かな自発性を持った音楽性に溢れた雰囲気や即興性に富んだ瞬間を楽しみたいと言う思いがしていた。



     モーツァルトの二台のピアノのためのソナタニ長調K.448(375a)は、二台のピアノが全く対等な立場で声部を分け合い、互いに競い合い助け合って進行するほか、16分音符の華麗なパッセージや美しい分散和音、長いトリルなどの華やかな装飾音がふんだんに使われており、コンチェルタントな効果をあげる魅力ある優れた作品とされている。 
        映像では二人が手をつないで入場し、あいさつをしてからバレンボイムがプリモ、アルゲリッチがセコンドの席に着いていたが、先のこの曲の海老彰子とアルゲリッチのデュオ(10-12-1)の時も、アルゲリッチはセコンドを弾いていた。バレンボイムが頭を振ってフォルテのユニゾンで第一主題が力強く始まり、モーツアルトらしい軽快な旋律で第一と第二ピアノが順番に交替しながら追い掛け合うように華々しいパッセージで第一主題が進行していた。晴れやかな経過部が続いた後にドルチェでアルゲリッチの第二ピアノが優しく第二主題を弾き始めると、バレンボイムの第一ピアノがこの主題を軽やかに受け止めて弾きだし、二つのピアノはお互いに模倣しながら華々しくこの主題を歌ってから経過部の新しい華やかな結尾主題へと移行して、アルペッジョで提示部を終えていた。ここで二人はごく自然体で再び冒頭に戻って、元気よく軽快な第一主題を弾き出していたが、二度目になると二人は装飾音などを自由に弾き出して賑やかさを増しながら威勢良く進行させていた。


展開部では第二ピアノがソロで新しい主題を提示してから第一ピアノに移されて、二つの楽器による激しいユニゾンの部分が続いていたが、直ぐに二つのピアノが互いに答え合うような部分が続き、やがて強奏になって勢いを増しながら、再現部へと突入していた。再現部では第一主題、第二主題、結尾主題とほぼ同じように再現されていたが、最後に珍しく展開部の主題も第一ピアノで再現されており、それが両ピアノに渡されており、それが素晴らしい効果をあげていたように思われた。二人のピアノは調子に乗ってややテンポが速くなりすぎそうになり、細かなアンサンブルが気になるような部分もあったが、二人の巨匠の息の合った名人芸なら許されるものと、むしろ二人の真剣な表情を楽しみながら映像を見ていた。



     第二楽章のアンダンテでは、バレンボイムの第一ピアノが美しいメロデイラインを受け持って始まり、途中からオクターブで輝くようなメロデイを聴かせていたが、続いて第二主題に移行すると、ここではバレンボイムのピアノにアルゲリッチが一小節遅れで追従するようにゆったりと主題が流れていた。結尾主題が第一ピアノに現れ、第二ピアノが続いて二台の長いトリルで提示部を終えていたが、ここでバレンボイムの第一ピアノはごく自然体に冒頭に戻り、再び美しい第一主題に戻って提示部を繰り返していたが、この繰り返しでは二人の息が実にピッタリと合い、自然につけられる装飾も美しく馴染んで、実に最高のこれぞ名人芸とも言うべき二重奏が繰り返されていた。
展開部では第二ピアノが単独で新しい主題を提示する変化を見せながら第一ピアノに主題が渡されて、二台で展開部を仕上げた後、第一ピアノで再現部に入っていたが、ここでもキラキラと輝くような旋律が綿々と続いていた。しかし、第一と第二のピアノの役割が変わったり、右手と左手の動きが逆になったり、絶えず変化を見せながら美しいコーダで結ばれていた。この再現部でも二人の呼吸がピッタリと合い、実に美しい名人芸の二重奏が続いており、最後の二人が続ける分散和音の美しさなどは息を飲むほどで、さすがと思わせていた。



    フィナーレのモルト・アレグロは、典型的なロンド形式。いきなりバレンボイムの第一ピアノによって、あの「トルコ行進曲」に感じに似た輝かしいロンド主題が飛び出し、華やかに繰り返された後、賑やかに二台のピアノで華やかなパッセージが続いていたが、突然、バレンボイムの第一ピアノで短調の第一のエピソードが現れた。この主題は第一ピアノで弾かれて賑やかに発展していくが、突然、フェルマータで止まり二台のピアノで奏する和音の主題に変わり、これがさらに発展して大和音でフェルマータで休息後、冒頭の明るいロンド主題が復活していた。 続いて第二のエピソードが第一ピアノで始まり第二ピアノが引き継いだ後に、二つのピアノが掛け合いながら進んでいたが、途中から第一のエピソードも姿を表して軽快に進んでいた。そして最後にロンド主題が静かに復活し、次第に勢いを増しながら長いコーダに入り元気よくフィナーレが結ばれていた。


    このトルコ行進曲に似た元気の良いフィナーレが大方のフアンを惹き付けているのであろうが、聴くと次第に元気になってくる癒しの効果を多分に持っている曲なのであろう。バレンボイムとアルゲリッチも弾き終えてニッコリしながらお互いに肩を寄せ合いながらご挨拶を繰り返していた。この曲で元気をつけて、お二人はこの後、一台4手のシューベルトの変奏曲を、肩を寄せ合い、手を重ね合わせるようにして仲良く弾いており、これが実に仲睦まじい絵になっていた。最後の2葉の写真は、この1台4手の時の写真である。そして最後にストラヴィンスキーの「春の祭典」を弾いていたが、これは大変な難曲に思えたので、お二人の準備が大変であったろうと思われる。
    バレンボイムとアルゲリッチのとても珍しい巨匠同士のデュオの第一曲目のソナタは、両端楽章は私にはテンポが早すぎて、落ち着いて聞くことができず、もう少しゆっくりとしたテンポでじっくり弾いて欲しかったが、この第二楽章では実にゆっくりとしたアンダンテであり、特に前半の提示部で繰り返してからは、二人の呼吸がピッタリと合っているのが分かり、お互いにかなり自由に装飾をつけたり、お互いのやり取りの息が合っており、素晴らしいこれぞ名人芸と言うべきアンサンブルを聴くことが出来た。






        五月分の第二曲目は、メナハム・プレスラーのピアノによるピアノ協奏曲第23番イ長調K.488であり、この映像は最新のサイモン・ラトル指揮のベルリンフイルのジルベスター・コンサート(2014/12/31)の第二曲目として演奏されたものであった。この前後の曲は、ラモーの組曲「華やかなインド」からとされており、第三曲目はコダーイ作曲の組曲「ハリー・ヤーノシュ」からであり、演奏の最後には指揮者ラトルによる新年のご挨拶が含まれていた。第二曲のソリスト・プレスラーは、LPとCDでモーツァルトのピアノ三重奏曲の全曲演奏を行っているボザール・トリオの創立以来のイスラエル生まれのピアニストと知られていたが、最近になってソロ・ピアニストとしての活躍が映像で知られるようになった。このHPでは二度目の登場であり、前回はピアノ協奏曲第27番変ロ長調(14-12-2)で、パーヴォ・ヤルヴィ指揮パリ管弦楽団となかなかの名演奏を行っていたので、この演奏も期待を持って見守っていた。





続く第二曲目のピアノ協奏曲イ長調K.488は、前回の第27番変ロ調と同様に、テインパニーやトランペットを含まずに、オーボエの代わりにクラリネットが加わった編成となっているので、オーケスオラとピアノとのバランスが重要な作品となっている。ピアノのプレスラーを先頭に指揮者のラトルが連れ立って入場していたが、プレスラーが仏教徒のように両手を合わせて合掌のスタイルで挨拶しているのが珍しかった。
この曲の第一楽章は長い堂々たるオーケストラの提示部を持つので、ラトルの両腕の一振りでオーケストラが弦で美しい第一主題を開始していたが、直ぐにフルートとクラリネットがその美しい響きを確かめるように主題を繰り返しながら進行し、特徴のあるリズミックな弦と管が応酬する軽快な経過部に移行していた。続く第二主題も弦楽器で静かに美しく始まり、管楽器が加わりながらひとしきり歌って元気よく発展して第一提示部を終えていたが、ここまでは指揮者ラトルの明るい穏やかなペースで進んでいた。











やがてプレスラーの独奏ピアノが静かに登場し、丁寧に第一主題をゆっくりと弾きだし、続いて変奏するように繰り返してから、ピアノがオーケストラを従えて転がるように進んでいた。続いて、静かに独奏ピアノが第二主題を呟くように提示し始めたが、良く響くピアノとファゴットや木管との対話が美しく、これに弦が加わってピアノの心地よいパッセージを中心にヴァイオリンとピアノの掛け合いの部分が調子よく進んでいた。プレスラーは譜面を見ながら丁寧に弾くピアニストであり、一息間を置いてパッセージを始める癖も自然体で、オーケストラに合わせるタイプの地味な弾き方であったが、この曲の最初の出だしはピアノの音がキラキラと美しくスムーズに進んでいた。

    展開部は新しい気持ちの良い新しい主題で弦で始まるが、直ぐにピアノが変奏するように主題を取り上げて進んでから、ピアノと木管が交互に登場して競り合いが続いた後に、目まぐるしく早いピアノのパッセージが現れてピアノが目覚ましく活躍し始めた。ここではクラリネットやフルートが響いたり、弦楽器がしっかりピアノをサポートしたりして、素晴らしいアンサンブルで軽快に進行していた。 再現部もオーケストラで始まっていたが、直ぐにピアノを中心に軽やかなテンポで心地よく第一主題・第二主題とやや型通りに進行していたが、後半には展開部での新しい主題もピアノで再現されて上手く組み合わされていた。カデンツアは譜面にあるものが丁寧に弾かれていたが、ヴェテランのピアニストとしての存在感を示しながら、緩急自在にイメージ良く弾かれていた。



    第二楽章のアダージョは、三部分形式で書かれており、プレスラーの独奏ピアノがシチリアーノのリズムに乗って、ゆっくりと美しい主題をメランコリックに弾き始めた。そして、この主題に答えるかのように第二ヴァイオリンの分散和音をベースに、第一ヴァイオリンとクラリネットがそしてフルートが新しい旋律を歌い出していた。プレスラーは、これらの主題を実に丁寧にゆっくりと噛みしめるように弾いており、その演奏スタイルは彼が、長年、携わって来たピアノ三重奏のアンサンブルの世界で培われたものと思われた。再び独奏ピアノが始めの主題を丁寧に変奏しながら酔ったように進み出し、メランコリックなシチリアーノの美しい世界が繰り広げられ、綿々と続けられていた。
    中間部では突然にファゴットの分散和音に乗ってフルートとクラリネットがテンポを変えて合奏しながら新しい主題提示をするが、ピアノと木管との掛け合いが美しく始まり、暫くの間、ゆったりと酔ったように進んでいたが、なんと素晴らしい部分なのだろうか。再びピアノが冒頭のシチリアーノの主題を再現し変奏しながら進行するうちに、もう一度、ピアノと弦と木管の見事なアンサンブルが登場し、最終部でのピッチカートの伴奏でピアノがゆっくりと歌い上げて、プレスラーのピアノとオーケストラとの一体感や優れたアンサンブルの巧みさをまざまざと感じさせる弾き振りの妙を味わうことが出来た。



    このフィナーレは、楽想が思いのままに進行したようなやや変則的なロンド形式で書かれており、プレスラーは何と楽しげで軽やかに弾いているのだろうか。明るく輝くようなアレグロでお馴染みのロンド主題が独奏ピアノで軽快に飛び出してから、オーケストラに引き継がれていくが、続く第一のエピソードは、進むに連れて新しい楽想が独奏ピアノ、フルート、独奏ピアノの形で次から次へと飛び出してきて、その都度、独奏ピアノが華麗なパッセージを繰り広げて木管との対話を繰り返しながら疾走していた。このプレスラーのピアノは、オーケストラとの対話を楽しむように滑らかに弾かれており、それが聴衆にも良く分かるように快く伝わってくる。
やがて思い出したように冒頭のロンド主題が独奏ピアノで再現されオーケストラで繰り返されていたが、続く第二のエピソードでは、独奏ピアノの一撃とともに直ちに新しい主題がピアノで現れて木管と相づちを打ちながらピアノが転げ回り、続いてクラリネットが新しい主題を提示して独奏ピアノが引き継いで軽快なパッセージが続いていた。そして続けて第一のエピソードの三つの主題が続いて、その後半には独奏ピアノによるコーダ風の主題が現れピッチカートの伴奏の上をピアノが軽快に走り回り、最後には再びロンド主題が登場してから華やかにこの楽章が閉じられていた。プレスラーのいつも呟くように無心に弾いている独特の演奏スタイルと彼の軽やかなパッセージとが目立った素晴らしい楽章であった。

   大変な拍手でプレスラーは観客から迎えられ、挨拶を繰り返すうちに女性職員から花束の贈呈を受けて、プレスラーは満面の笑顔でこれらに応えていた。楽団員からも拍手や弓で弦を叩く歓迎の仕草が伝えられていたが、プレスラーは手にした花束を指揮者のラトルにお返しして、舞台全体がこの演奏の満足感を表しているように見えた。
     1923年生まれの巨匠プレスラーは、1955年、ボザール・トリオを結成し、世界でもっともすぐれた室内楽ピアニストとして世界で活躍を続けていたが、2007-08のシーズンのトリオ解散後は、室内楽、ソロの両方でさらなる活動を展開している。このHPでも最近になってこれが2度目の登場であるが、92歳という超高齢にも拘わらず、元気な姿を見せていた。第一楽章は、ラトルのペースで始まって、早いテンポのパッセージで、若干、音が乱れるところがあったが、独奏ピアノで始まった第二・第三楽章はプレスラーのペーストなり、プレスラーらしい味のある淡々とした弾き振りになり、弦や管楽器とも良く調和して、素晴らしいアンサンブルを聴かせてくれた。調べてみると、ベルリンフイルとのピアノ協奏曲第17番K.453(2014)や庄司沙也香との日本公演の記録も残されているようであり、今後の楽しみとしておきたい。


(以上)(2015/05/16)


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