(最新の古楽器演奏より;シュタイアーのFPと佐藤俊介とのヴァイオリンソナタ)
15-4-2、アンドレアス・シュタイアーのフォルテピアノと佐藤俊介のヴァイオリンによるヴァイオリン・ソナタホ短調K.304(300c)、「ああ、私は恋人を亡くした」(泉のほとりで)による6つの変奏曲ト短調K.360(374b)およびヴァイオリン・ソナタニ長調K.306(300l)、
2013/12/16、大阪市いずみホール、

(2014/11/17、NHKBS103クラシック倶楽部の放送をHDD2に収録)

− シュタイアーのフォルテピアノは、ホ短調のソナタK.304も、ニ長調のソナタK.306も、終始、ヴァイオリンをリードする形で主題を提示していたが、これら両曲には、異様なほど緊張感と暗さを漂わせた部分があり、二人のピリオド奏法による演奏が、絶妙な美しいバランスを保ちながら細やかにその雰囲気を高めていたように思われた。変ホ長調のソナタK.380の第二楽章がアンコールで弾かれていたが、深夜であったためヘッドフォンで聴き始めたが、力強いシュタイアーのピアノのもとで、しみじみと歌い上げるヴァイオリンの古楽器のノン・ビブラートの音が実に鮮明に哀愁を帯びて聞こえ、改めてピリオド演奏の妙に触れた思いがした−

(最新の古楽器演奏より;シュタイアーのFPと佐藤俊介とのヴァイオリンソナタ)
15-4-2、アンドレアス・シュタイアーのフォルテピアノと佐藤俊介のヴァイオリンによるヴァイオリン・ソナタホ短調K.304(300c)、「ああ、私は恋人を亡くした」(泉のほとりで)による6つの変奏曲ト短調K.360(374b)およびヴァイオリン・ソナタニ長調K.306(300l)、
2013/12/16、大阪市いずみホール、
(2014/11/17、NHKBS103クラシック倶楽部の放送をHDD2に収録)

   4月号の第2曲目は、ドイツのフォルテピアノの名手として知られるアンドレアス・シュタイアーのフォルテピアノと、ドイツの古楽器集団として名高いコンチェルト・ケルンのコンサート・マスターとして知られる佐藤俊介のヴァイオリンによるヴァイオリン・ソナタホ短調K.304、「ああ、私は恋人を亡くした」による6つの変奏曲K.360およびヴァイオリン・ソナタニ長調K.306の演奏であり、2013年12月16日に大阪市のいずみホールで収録されたものである。シュタイヤーは一度紹介済み(8-10-1)であるが、佐藤は初めての登場であるので、演奏の前に行われたそれぞれのインタビューを、始めに紹介しておこう。


    シュタイアーは、1955年ドイツのゲッテインゲン生まれで、フォルテピアノ(以下FPと略称する)の世界的な第一人者と言われ、バロック・古典派からシューマンまで幅広く演奏しているとされる。本日のヴァイオリン・ソナタでは、ヴァイオリンは単なる伴奏ではないが、原則的にはまだピアノが主役であり、最初のテーマはピアノが提示するのが普通であるが、その逆は余りない。モーツァルトがもっと幼い頃、オランダや英国で書いたヴァイオリン・ソナタではヴァイオリンパートを省略しても、ピアノパートだけで音楽は完結していた。今回演奏するソナタでは、そんなことはないが、まだ少しヴァイオリンよりピアノの方に重きが置かれている。とは言え、面白いことに両者のバランスは楽章ごとに少し異なっている。例えば、ニ長調K.306のソナタの第二楽章では、ピアノ伴奏の上でヴァイオリンがオペラのようなソロを奏でる。一方で第一主題はFPがソロを提示している。どちらがどちらを伴奏するのか、流動的な興味深い時代の作品だと思いますと語っていた。



   一方の佐藤俊介は1984年東京生まれ。コンチェルトケルンとオランダ・バッハ協会のコンサート・マスターをしており、シュタイアーとの協演は初めてとされる。しかし、彼はシュタイアーについて、存在感がある人であるが、相談するととても良いアドヴァイスがあり、こちらからも発信できるのでとても良いパートナーだとし、一緒に弾いていて反応があってとても楽しいと語っていた。

   本日の演奏の最初のヴァイオリン・ソナタホ短調K.304(300c)は、最近の自筆譜の研究から、マンハイムで作曲された前三曲と異なり、マンハイムで作曲がなされパリで完成されたと考えられている。第一楽章のヴァイオリンとFPのユニゾンでゆっくりと始められるお馴染みの悲しげな第一主題で始まり、前半は美しいアレグロでの悲しい歌であるが、後半はフォルテのスタッカートで刻まれる激しいヴァイオリンの歌に変わり、変化が加えられながら繰り返されていた。そこでFPで提示される弾むような力強い第二主題が激しく提示され、この主題は次第に勢いを増して高められていくが、ここではFPとヴァイオリンが交互に細かく動いており、その旋律的な美しさと構成的な美しさに満ち溢れて、非常に力強く提示部を終えていた。FPのシュタイアーはいつもリードしながら強弱を使い分けて快いテンポで弾いており、佐藤のヴァイオリンはそれに合わせるように注意深くテンポや音色を少し違えて丁寧に弾いていた。繰り返された提示部では、二人は互いに独立したように勢いを見せながら、第一主題、第二主題と互いに変化を見せ装飾を加えながら軽快に進めていた。
    第一主題の変奏風の短い短調による激しい展開部のあと、再現部ではヴァイオリンの第一主題とピアノの和音伴奏で趣を変えて始まり、それ以降はピアノとヴァイオリンの調和した響きが絶妙のバランスで進んでいたが、再現部では繰り返しは止めてそのまま最後に加えられた独立したコーダに進み、陰りを帯びた暗い表情のこの曲を回想するように終了していた。実に味わいの深い第一楽章であった。



   第二楽章もホ短調で、形式は前曲同様テンポ・デイ・メヌエットで始まる3拍子であるが、良く聞くと前曲とは異なって、中間部に美しいトリオを持つメヌエット楽章であった。FPによりソット・ヴォーチェで始まる感銘深い美しい主題が提示されてから、ここでもヴァイオリにメロデイが移されて繰り返されていくが、続くシュタイアーの変形された主題によるピアノとピリオド奏法のヴァイオリンとの対話が憂いを湛えていて感動的であり、最後にはFPによるカデンツアも用意されていた。トリオのドルチェで始まるピアノに続いてヴァイオリンで現れるさり気ない新しい主題が静かに輝くばかりに美しく、ニュアンスを変えた反復も実に美しかった。再び始めの軽やかなメヌエット主題が再現されていたが、後半の途中から独奏ヴァイオリンによる小さな主題が提示され、FPとともに幻想的な味わいを示しながら収束していた。この楽章も前楽章と並んでとりわけ内容のある感動的なものであった。
    シュタイアーのFPは、このソナタでは、終始、ヴァイオリンをリードする形で主題を提示していたが、この短調のソナタは、異様なほど緊張感と暗さを漂わせた曲であり、二人のピリオド奏法による演奏が、絶妙な美しいバランスを保ちながら細やかにその雰囲気を高めていたように思われた。



    続く第二曲は、「ああ、私は恋人を亡くした」(泉のほとりで)による6つの変奏曲ト短調K.360(374b)であり、前作同様に短調作品であることが珍しい。曲の主題は、アンダンテイーノで8分の6拍子の二部形式でシチリアーノ風のリズムを持つト短調の感傷的なアリエットであり、ヴァイオリンとピアノが、合奏したり対話しながら主題を提示していた。シュタイアーと佐藤は、この主題提示部において、反復記号を加えて丁寧に繰り返し演奏を行っていたが、第一変奏から第六変奏まで、繰り返しを省略して演奏していた。
    第一変奏はシチリアーノのリズムでFPが主体で変奏され、ヴァイオリンは控えめであるが効果的に序奏をつけるものであった。第二変奏はヴァイオリンが主体で明るくメロデイラインを弾きFPが分散和音を弾く変奏であり、2つの楽器が勢いよく軽快にぶつかり合っていた。第三変奏はFPの右手が力強い和音で変奏し、ヴァイオリンとピアノの左手はもっぱら伴奏役を果たす重々しい響きの変奏であった。
    第四変奏は細やかな三連音符のよる変奏で始めにFPで弾かれてからヴァイオリンが三連音符を引き継ぎ、それを交互に対話するように繰り返し変奏されていく面白い変奏であった。第五変奏はFPの右手が和音で静かに主題を変奏し、ヴァイオリンと左手のピアノが軽やかに伴奏する第三変奏に似た味わい深い変奏であった。最後の第六変奏はヴァイオリンが丁寧に主題を確認するかのように弾かれ、FPは専ら分散和音で華やかに彩りを添える華やかな変奏で、最後を2つの楽器が競い合うように明るく結ばれていた。
   シュタイアーのFPは、この曲でも常に主導権を握って明るく弾むように弾かれていたが、ヴァイオリンの佐藤は冷静そのもので丁寧にノン・ビブラートな透明感溢れる音を几帳面に弾いており、二人の呼吸が 見事に合った変奏曲であった。






   続く第3曲目は、ヴァイオリン・ソナタニ長調K.306(300l)であるが、この曲は「作品1」の第6曲目であるが、この曲集中、唯一の三楽章ソナタであり、クラヴィーアとヴァイオリンの協奏曲風の扱いの華麗なソナタである。
  第一楽章は3つの主題を持つ雄大な楽章であり、華麗なFPの和音で第一主題が軽快に始まり、独奏ヴァイオリンはオブリガートのように控えめであるが、続く第二主題ではヴァイオリンがFPの伴奏で協奏曲のように生き生きと美しい旋律を重ね、結尾の主題ではヴァイオリンとピアノが交互に受け持っていた。シュタイアーと佐藤は早いテンポで火花を散らすように互いに交錯し合って軽快に飛ばしており、提示部の繰り返し後は、華やかに装飾をつけながら一気に進行していた。展開部ではFPとヴァイオリンがトリルの音形を掛け合いながら始まり、続いてヴァイオリンによる第一主題のモチーブとFPによる分散和音が重なって実に幻想的な味わいを見せコンチェルタントな展開部となっていた。そのせいか再現部では第二主題から始まり独奏ヴァイオリンが充分に歌ってから、印象的な第一主題はコーダとして最後に再現されていた。最後の繰り返しは省略されていたが、展開部の延々とした2つの楽器の掛け合いが印象的な楽章であった。




 
    第二楽章はアンダンテイーノ・カンタービレで始まる短いソナタ形式であり、メッザ・ヴォーチェと音量抑制の指示のついたFPが静かに独奏する美しい主題に導かれて、独奏ヴァイオリンが静かにそして伸びやかに美しく歌い始め、続く次の主題もピアノの前奏の後にヴァイオリンが協奏曲風に味わい深くさらりと歌っていた。シュタイアーも佐藤も提示部を繰り返し、揃って巧みに装飾を加えながら協奏曲風に再現していた。しかし展開部でFPが劇的に和音を刻み、ヴァイオリンもこれに追従して全体が繰り返されて、その変化の大きさに一瞬戸惑いを与えるが、やがて再現部に入って再び静かに最初の主題から協奏曲風の展開が続けられていた。最後の再現部の繰り返しはここでは省略されていた。






     第三楽章はロンド形式なのであろうが、形式的には気まぐれで即興的な味わいのある楽章。2/4拍子の軽快なフランス風なアレグレットのロンド主題で始まり、FPとヴァイオリンの二重奏が続いてから、6/8拍子のイタリア風のおどけたようなアレグロとなり、FPとヴァイオリンが追いかけ合うように進んでいた。最後のアレグロの後にフェルマータが入り、2つの楽器の微妙な掛け合いが珍しかった。このアレグレットとアレグロが変化しながら互いに繰り返されていき、最後にはかなり大掛かりなヴァイオリンとFPの二つの楽器のための珍しいアンサンブル・カデンツアが用意されていた。カデンツアの後も、アレグレットとアレグロが短く再現され、コーダで盛り上がりを見せて終息していた。非常に軽快で風変わりなしかしスマートな楽章であった。

    アインシュタインが言う「ひとつの偉大なソナタ」が終了し、いずみホールは大変な拍手で割れんばかりであった。彼らは丁寧に拍手に応えつつ、二度ほど挨拶をしていたが、三度目に出てきて、ついにアンコールの席に着いた。曲は、変ホ長調K.380(374f)の第二楽章であったが、ト短調のアンダンテ・コン・モートであった。丁度、夜遅い時間となっていたので、ヘッドフォンで聴き始めたが、力強いシュタイアーのFPの出だしに始まり、しみじみと歌い上げるヴァイオリンの古楽器の音が実に鮮明に哀愁を帯びてノン・ビブラートに聞こえ、素晴らしいバランスのアンダンテに聞こえていた。この音のバランスが余りに素晴らしいので、始めから通して聴き直す始末であった。この二人は、恐らく超多忙で世界中を駆け回っているのであろうが、是非、ケン・ヒロサキのような魅力あるヴァイオリン・ソナタ全集に仕上げて欲しいと思った。


(以上)(2015/04/08)



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