(最新のクラシカ・ジャパンから;アーノンクールの初の演奏会形式による「ドン」)
15-3-3、ニコラウス・アーノンクール指揮、ウイーン・コンチェントウス・ムジクス、アルノルド・シェーンベルク合唱団よるオペラ「ドン・ジョヴァンニ」K.527、
演奏会形式による上演、2014/3/17、アン・デア・ウイーン劇場、

−このオペラは演奏会形式の演奏で成功していたが、アーノンクールの熱意のこもった意欲的な指揮を始めとするオーケストラの充実振りや、今回の舞台における若い歌手陣の生き生きした表情や見事な歌い振りなどが歓迎されたものと思われる。この演奏には、指揮者と歌手たちやオーケストラとの距離感が非常に近いことを感じさせ、これら三者の熱意と意気込みにより、豊かさと一体感に満ちた演奏になっていた。音楽に重点を置くオペラ演奏のあり方として、今後、注目されるものと思われる−

(最新のクラシカ・ジャパンから;アーノンクールの初の演奏会形式による「ドン」)
15-3-3、ニコラウス・アーノンクール指揮、ウイーン・コンチェントウス・ムジクス、アルノルド・シェーンベルク合唱団よるオペラ「ドン・ジョヴァンニ」K.527、
演奏会形式による上演、2014/3/17、アン・デア・ウイーン劇場、
(配役)ドン・ジョヴァンニ;アンドレ・シューエン、ドンナ・アンナ;クリステイーネ・シェーファー、レポレロ;ルーベン・ドローレ、エルヴィーラ;マイテ・ボーモン、オッターヴィオ;マウロ・ペーター、騎士長およびマゼット;ミカ・カレス、ツエルリーナ;マリ・エリクスメン、
(2015/02/14、クラシカ・ジャパンの放送をHDD2に収録、)

   3月号の第3曲目は、またかと言われそうであるが、オペラ「ドン・ジョヴァンニ」であり、12月号から、今回で連続4回目であるので、真に申し訳ないが、アーノンクールの期待の演奏会形式の最新の話題の「ドン・ジョヴァンニ」であるので、お許し頂きたい。これまで3つ続いた「ドン・ジョヴァンニ」はいずれも最新の映像の新演出によるものであって、ヘンゲルブロックの指揮のものは音楽が実に素晴らしかったので、演出には目をつぶったものであった。しかし、ダルカンジェロのものはかなり際どい演出であり、ラングレ指揮の2010年のエクサン・プロバンス音楽祭のものは、中抜きをして飛ばしてご紹介しており、いずれも目をつぶりたくなる類いの現代風の際どい演出であった。アーノンクールのダ・ポンテ三部作がどうして演奏会形式になったのか理解に苦しむが、恐らくは演出者のマルテイン・クシェイとの対立に根ざすものであろうと考えられており、まさに目をつぶりたくなるような演出に巨匠が、演出に煩わされない純粋な音楽現場の構築を狙ったのではないかと想像される。そのため、この三部作はスコアやリブレットをよく見ながら、このオペラを再確認するように充分にチェックしたいと考えているので、宜しくお願いしたい。


  今回の演奏会形式は、舞台にオーケストラや合唱団が配置される通常の方式と異なり、セミ・オペラ形式と言われており、この小振りなアン・デア・ウイーン劇場のオーケストラ・ピットには、指揮者とウイーン・コンチェントウス・ムジクスが入っていた。合唱団は不在で、舞台には歌手たちの顔写真を写し出した背景画を後ろにして、歌手たちは普通のオペラと同様に、衣裳を着けたり背広姿で出入し、舞台では譜面台を使ったり、椅子と机などの小道具を自由に使って、自由な演技で表情豊かに歌うものであった。舞台が狭いこの劇場ならではの演奏会形式であろうと考えられた。影像では、いきなりオーケストラ・ピットの姿が写されており、拍手の中でアーノンクールが入場してきて握手を交わし、拍手に会釈をしメガネをかけて全体を見渡してから、おもむろに序曲の激しい和音が開始されていたが、この姿は通常のオペラと全く同様であった。


  このオペラのクライマックスの石像の登場のシーンから取られたこのアンダンテの序奏は、重々しい2つの激しい和音の後にゆっくりと、しかしややクセのある響きで進行していたが、やがてモルト・アレグロの第一主題が軽やかに進み出して、アーノンクールの指揮が滑らかに流れ出していた。序曲はソナタ形式で作られており、終わりは途切れることなく、第一曲へと続いていた。



  第一曲の序奏が始まると、ここでもこの指揮者特有のドモルようなクセがあり、それがレポレロの歌い方にも反映して、舞台では右端でレポレロが個性的な見張り番の歌を歌っていた。そこへ左端からドンナ・アンナとドン・ジョヴァンニが登場して互いに口争いの二重唱になっていたが、レポレロも加わって三重唱となり、次第に悪党呼ばわりの激しさとなっていた。その騒ぎを聞きつけて騎士長が登場し、「娘を離せ」からしまいには「決闘だ」となって、オーケストラがその動きを写実的に現していたが、曲は一転してアンダンテとなり、もの静かな三重唱になって騎士長が虫の息になっていく様子が字幕と歌で示されていた。この場面は動きが激しく、本来なら演出の見せ場の場面であるが、ここでは歌手たちは譜面を見ながら表情豊かに伸び伸びと歌っており、この映像ではそれに字幕の言葉とオーケストラの奏でる音楽が加わって、その場面を思い浮かべる方式となっていた。



    第二曲目は、父親の死を発見したドンナ・アンナの驚きと激しく嘆き悲しむ長い伴奏付きレチタティーヴォで始まり、オッターヴィオとのアレグロの二重唱となってドンナ・アンナの気性の激しさを物語っていた。そして再びレチタティーヴォになってオッターヴィオに復讐を依頼した後に、共に復讐を誓い合う激しい二重唱となっていた。ドンナ・アンナは06年ザルツブルグ音楽祭でもドンナ・アンナを演じていたシェーファーが歌っていた(7-5-4)が、後半の二重唱は極めて劇的であり、甘い声のオッターヴィオに対しシェーファーの鋭い声がよく目だって聞こえて、大きな拍手を浴びていた。



  第三曲目は、「女の匂いがする」と言って身を隠したドン・ジョヴァンニとレポレロの前で歌うドンナ・エルヴィーラのアリアであり、軽快な前奏に乗って登場して「逃げた男が自分の所に戻ってこなければ、復讐してやろう」と歌うのであるが、言葉は激しいが今なお彼に強く心惹かれている心情を力強く歌っていた。「お嬢さん」と声を掛けられ、それがドン・ジョヴァンニであると気がつくと、エルヴィーラは待っていたとばかり鉄砲玉のように恨み・辛みの言葉をまくし立てたので、ドン・ジョヴァンニはレポレロに任せて、逃げ出してしまっていた。





  第四曲目の「カタログの歌」は、レポレロがエルヴィーラを椅子に座らせて、ゆっくりと語りかけるように、旦那の女性遍歴を聞かせる歌であり、名調子で早口に歌い聞かせていたが、途中からアンダンテ・コンモートになり、内容も具体的になってドスを聞かせるようになって、熱心にエルヴィーラに言い聞かせていた。このアリアは調子が良く大拍手で終わっていたが、彼女は復讐を誓って退場していた。





   第五曲に入って、オーケストラの賑やかな伴奏でツエルリーナが歌いながら制服の合唱団と共に登場し、片やマゼットも歌いながら男声合唱団と現れて二人の二重唱になって、ラララの明るい合唱となっていた。そこへドン・ジョヴァンニとレポレロが登場し、早速、花嫁のツエルリーナに目をつけ、花婿のマゼットを引き離そうとする。渋るマゼットに対しこちらは騎士だと言って脅すと、「はい、分かりました」というマゼットの第六曲の不承不承の反発のアリアが歌われていたが、大勢が舞台に上がると演奏会形式との差がなくなり、オペラ並みの賑やかさであった。




  やっと二人になったとドン・ジョヴァンニがレチタティーヴォでツエルリーナを甘い言葉で口説きだし、あの美しい第七曲の二重唱が始まっていたが、執拗に「行こう」と誘う甘い言葉にツエルリーナはついに「行きましょう」と答えてしまっていた。この美しい場面は、映像では二人の顔の表情がクローズアップされるので、演出は不要であった。

  そこへ突然に現れたエルヴィーラが、ドン・ジョヴァンニの言い訳のレチタティーヴォには耳も貸さずに「お逃げなさい」と歌う第8番の短いアリアを歌って、ツエルリーナを連れて退場していた。「何と今日はついていない日だ」とドン・ジョヴァンニが独り言を言っていると、そこへドンナ・アンナがオッターヴィオと連れだって登場し、何と「あなたの友情におすがりしたい」と話しかけてきた。



そこでドン・ジョヴァンニは、安心して話を聞こうとしたところへ、エルヴィーラが突然現れて、「信じてはなりません」と第9番の四重唱が始まった。余りにも生真面目にドン・ジョヴァンニを悪者扱いにするエルヴィーラに二人は驚いて、次第に疑問を抱き始めて、どうやらエルヴィーラの方が正しそうに判断した四重唱であったが、ドン・ジョヴァンニが別れ際に囁いた「アミーチ・アディーオ」でドンナ・アンナは愕然とした。



激しいアレグロ・アッサイのオーケストラと共にドンナ・アンナは「死にそうよ」とオッターヴィオに話しかけ、ドン・ジョヴァンニがあの夜に自分を襲い、父を殺した犯人であることを伴奏付きのレチタティーヴォで説明し、「これで分かったでしょう」とアンダンテで歌い出した。そして「犯人への復讐を」とオッターヴィオに歌いかけていた。シェーファーの素晴らしい歌声に凄い拍手で終わっていたが、ここでオッターヴィオが一人舞台に残り、真相は分からないが真実なら復讐しようと第10番aのウイーン追加版のアリアを歌い出した。この甘い声で歌うオッターヴィオのマウロ・ペーターは、しっかりした歌唱力があり、モーツァルト向きのテノールであると思われ、素晴らしい拍手があった。




続いてレポレロの報告にドン・ジョヴァンニがブラーボを連発するレチタティーヴォが続いて、上機嫌になったドン・ジョヴァンニが勢いよく歌う第11番の「シャンペンのアリア」が歌われ、若いシェーエンが格好良く堂々と早い口調で歌って大拍手となり、このアリアで新しく生きのいいドン・ジョヴァンニが誕生したかのように思われた。続いてツエルリーナが恋人のマゼットの機嫌を取る第12番の「ぶってよマゼット」を歌っていたが、このアリアもチェロのオブリガートでなよなよと歌われ、マゼット相手のツエルリーナの表情がクローズアップでとても良く、演出は無用の大拍手で歓迎されたアリアであった。





  第一幕のフィナーレに入って、マゼットが「早く、早く、どこかへ隠れよう」とツエルリーナとの二重唱が始まり、ドン・ジョヴァンニが村人たちに元気を出せと声を掛けると、その声につられて元気よく村人たちの合唱になっていた。続いてアンダンテになって弦の美しい前奏でツエルリーナがドン・ジョヴァンニに見つかって二重唱になっていたが、監視していたマゼットと顔を合わせてしまい、三重唱になっていた。しかし、折からアレグレットの踊りの音楽が聞こえて来て、三人は揃って踊りの方に向かっていた。 そこへアンア、エルヴィラ、オッターヴィオの三人が、目隠しをして登場し、ドン・ジョヴァンニの正体を見極めようとしていた。そこへメヌエットの音楽が始まって、レポレロが三人に気がついてドン・ジョヴァンニと相談し、三人は入場を許されていた。そこで、音楽はアダージョに変わり、三人は「正義の神よ」と三重唱で歌い上げ、復讐に力を貸して欲しいと願っていたが、この三重唱は場違いなほどに美しく聞こえていた。



   オーケストラが激しいアレグロになって、「コーヒーだ、シャーベットだ」と大騒ぎしているうちにマスクの三人が登場し、ドン・ジョヴァンニやレポレロと挨拶を取り交わしているうちに五重唱になって、歓迎の自由万歳が何回か繰り返されていた。そしてドン・ジョヴァンニの「音楽を始めよ」の命令で、再びメヌエットが開始された。この踊りは第一のオーケストラが演奏しており、続いて第二のオーケストラが準備を始め、ドン・ジョヴァンニとツエルリーナがコントルダンスを踊り始めた。続いて第三のオーケストラが準備を始め、レポレロと厭がるマゼットがドイツ舞曲を踊り出していた。そのうちにツエルリーナが姿を消し、3つの舞曲が進んでいるうちに、アレグロ・アッサイになり、ツエルリーナの「助けて!」と言う悲鳴が聞こえてきた。さあ大変。



   アンナと、エルヴィーラ、オッターヴィオ、マゼットが駆けつけて、逃げてきたツエルリーナを助けていると、音楽はアンダンテ・マエストーソになり、ドン・ジョヴァンニが「悪いのはこの男だ」とレポレロに剣を突きつけていた。しかし、それを見ていたマスクの三人はマスクを外しながら「もう騙されないぞ。全てがわかってしまった。」とドン・ジョヴァンニに立ち向かっていた。音楽がアレグロに変わると、マゼットとツエルリーナも加わった五重唱で「裏切り者、天罰が下るぞ!」とドン・ジョヴァンニとレポレロを責めつけると、彼らは頭に血が上り、這うぼうの体で二人は逃げ出して、大混乱の中で第一幕が終了していた。



              第二幕はドン・ジョヴァンニの「いい加減にしろ、この道化者」と歌うアレグロ・アッサイの第14番の二重唱で始まり、レポレロが「殺されるところだった」と立ち去ろうとして言い合いになっていたが、続くレチタティーヴォでドン・ジョヴァンニが金貨四枚を弾むとレポレロが金を受け取ってしまい、挙げ句の果てにはエルヴィーラの従女を口説くため、衣装を取り替えることにまで同意させられていた。エルヴィーラが二階の窓からドン・ジョヴァンニを非難するアリアを歌い出すと、ドン・ジョヴァンニは彼女を利用することを考えて、レポレロにエルヴィーラの相手をさせようと二人の変装姿の第15番の三重唱が始まった。甘い言葉に弱いエルヴィーラが彼を信じて二階から降りてきて、変装姿のレポレロと意気投合していたが、ドン・ジョヴァンニの大声で、二人は逃げ出してしまった。この変装の三重唱は演出が難しいので、むしろ演奏会形式の方が良いと思った。





  一人になったドン・ジョヴァンニは、二階を見上げてマンドリンの美しい伴奏で、第16番のカンツォネッタを歌い出したが、オーケストラのプロが実に見事にマンドリンを奏でていたので、ドン・ジョヴァンニは気持ちよく歌っており、演出がないので、残念ながらエルヴィーラの侍女の顔は見えなかったが、盛んに拍手を浴びていた。そこへ薄暗い闇の中からドン・ジョヴァンニを探して、マゼット一行が現れて騒ぎ出していた。



    レポレロに変装していないドン・ジョヴァンニは、第17番のアリアを歌いながら、ドン・ジョヴァンニが逃げた方向を示して、大勢の追い手を二手に分けて追い払っていた。そして残った間抜けなマゼットを一人にして、懲らしめのため足蹴にして叩きのめしてしまった。マゼットの悲鳴を聞いて駆け付けて来たツエルリーナが、痛がるマゼットを慰め、第18番の「薬屋のアリア」を歌って、簡単にマゼットの機嫌を直してしまっていたが、このアリアが実に上手く歌われたので、観衆から大拍手を浴びていた。ここでも音楽が素晴らしいので、変な演出は不要であった。



  一方、エルヴィーラとレポレロが暗闇の中を手をつないでウロウロして第19番の六重唱が二人の二重唱で始まっていたが、そこへオッターヴィオとドンナ・アンナとが現れて二人で二重唱を始めていた。レポレロが逃げだそうとして、そこに現れたツエルリーナとマゼットに捕まってしまい、怪しいドン・ジョヴァンニの格好のレポレロが責められ、一同が許せないとなったので、暗闇の中でエルヴィーラが私の夫だと告白してしまった。しかし、捕まえてみれば、平謝りに謝るばかりのレポレロだったので、驚くのはエルヴィーラだけでなく、一同皆、呆れ果てたおかしな六重唱が続いていた。マゼットが殺してしまおうと責めるので、レポレロは服を脱いで旦那の所為なのですと第20番のアリアで、一人一人にすっかり白状して謝る早口のアリアを歌い、皆の隙を見て脱兎のごとく逃げ出していた。





  ここでオッターヴィオがアンナの父親殺しの犯人は、ドン・ジョヴァンニに間違いがないので、当局に告訴してから復讐したいと述べて、残されたツエルリーナやエルヴィーラに対し、私の留守の間に彼女を慰めてくれと、第21番のアリアを歌い出した。このアリアはアンダンテ・グラツイオーソで、堂々と歌われて素晴らしいアリアになり、終わるともの凄い拍手を浴びていた。続いてエルヴィーラの追加曲第21番bの伴奏付きレチタテイーヴォとアリアが歌われており、アレグロ・アッサイの弦楽合奏で始まり、エルヴィーラが「あの人は何と恐ろしいことをしてしまったのだろう」と天罰が下りそうなことを心配していた。しかし、一転してアレグレットのアリアになると「私は彼に裏切られたが、彼の身が危ないので、胸騒ぎがする」と優しい心を歌って、万雷の拍手を浴びていた。



    続いて墓場の場面となって、ドン・ジョヴァンニが「良い月夜だ」と独り言でご機嫌であったが、レポレロが駆けつけて来て、二人がここまで来た顛末を話し合って、レポレロの女のことで、ドン・ジョヴァンニが高笑いをしていると、トロンボーンの伴奏で「お前の笑いも今夜限りだ」と言うアダージョの厳粛な声が聞こえ、二人は幽霊かと驚いた。そこで第22番の二重唱が始まり、レポレロが恐る恐る招きの言葉を掛けると、騎士長は頷いたという。驚いたドン・ジョヴァンニは、自分でデイナーに来るかと声を掛けると「行こう」という返事が戻ってきた。仰天した二人は怖くなって、食事の準備のため逃げ出すように退場していた。





  続いてこの墓場の場面に、オッタ−ヴィオとドンナ・アンナが現れ、亡くなった父の姿を思い出していると、このような場所でもオッターヴィオは、彼女に結婚を迫り、ドンナ・アンナに「つれない人だ」と責めたてていた。彼女は「それどころではないのです」とオッターヴィオに対し第23番のアリアを真剣に必死で歌っており、後半にはコロラチューラの歌声が連続して、シェーファーの本日最高のアリアになっていたので大変な拍手であった。





  フィナーレになって音楽が勇ましく始まって、レポレロが食事の準備を始め、ドン・ジョヴァンニが正面に立って豪勢にやろうと歌い出していた。アーノンクールは、この音楽を一音一音区切ってゆっくりと進行させ、独特の味を出していた。ドン・ジョヴァンニの命令で木管の楽師たちが集まっており、音楽が変わって6/8拍子の「コサ・ラーラ」の木管アンサンブルが響きだした。レポレロが「ブラボー!」と喜び、ドン・ジョヴァンニに食事を手渡して、本来なら豪勢な食事が始まっていた。
    やがてサルテイの「イ・リティガンテイ」に音楽が変わり、ドン・ジョヴァンニは、「素晴らしいマルツィミーノ酒だ!」と歌いながらワインを飲んでいたが、舞台ではどうやら口だけの食事であった。続いて「フィガロ」の音楽がクラリネットで始まり、ドン・ジョヴァンニが大声で「レポレロ!」と叫んで、レポレロに口笛を吹けと困らせているうちに、突然、音楽がアレグロ・アッサイの管弦楽に変わり、いきなりエルヴィーラが「最後のお願いだ」と言いながら駆け付けて来た。





      彼女は懸命に膝をついて「生活を改めて」と懇請するが、ドン・ジョヴァンニはワインを片手にして聞こうとしても、彼女の語っている意味が分からず、笑って取り合わない。しかし、彼女が余りにもしつこいので、彼女にワインを懸けたりして馬鹿にし始めた。やがてオーケストラが早いテンポで劇的になり、エルヴィーラが逃げ出して大きな悲鳴を上げて逃げ去った。「見てこい」の一声で、レポレロも後を追って確かめてから、大声で悲鳴をあげて戻ってきて、「タ、タ、タ、」と言うばかり。



    ドン・ジョヴァンニが、見に行こうとすると、大音響とともに辺りは真っ暗になり、騎士長の声が大きく響きわたり「ドン・ジョヴァンニ」と呼び掛けて、序曲のあの冒頭の音楽が激しく始まっていた。しかし、騎士長の姿は見えず、声だけが響いていたが、画面では呆然としているドン・ジョヴァンニとレポレロの姿が左側に、また騎士長の大写しの顔が右側に写っており、騎士長は「招かれたから、やって来たぞ」と大声で叫んでいた。ドン・ジョヴァンニは、レポレロと突っ立ったまま、上から響きわたる騎士長の声に答えていた。騎士長の声が「今度は私の所に来るか」と響きわたると、レポレロが止めるのも聞かずに「行こう」と返事をし、約束の印に手を出せと言われて、手を彼方に差し伸べると、ドン・ジョヴァンニは急に震え上がり苦痛で苦しみだした。



    騎士長の声が、改心せよと迫ると、ドン・ジョヴァンニは苦しみながらもイヤだと答えていた。騎士長は最後まで改心を迫っていたが、やがて時間がないと言って画面から消えてしまっていたが、ドン・ジョヴァンニは、最後まで強情にいやだと言い張り、そのうちに「この震えは何だ」と苦しそうに藻掻き続けていた。合唱団がオーケストラに負けずに「お前の罪は重い。地獄へ行け」と叫びながら歌っていたが、やがて大音響と共にドン・ジョヴァンニは大声を上げながらワイシャツを鮮血に染めて、舞台から立ち去り、テインパニーが不気味な大きな音を響かせていた。演奏会形式の地獄落ちにしては、登場人物が歌ばかりでなく、それなりの表情と動作を加えており、音楽に集中できるので、アーノンクールのしっかりした激しい音楽のお陰で、充分に物語の類推がつく新しい舞台のように思われた。



舞台には、レポレロが一人、残されていたが、直ぐに六重唱が勢いよく始まって、六人が勢揃いして歌っていたが、レポレロが何も良く分からないままに、旦那が遠いところへ行ってしまったと説明をしていた。一息ついてオッターヴィオとドンナ・アンナが二重唱で一年間喪に服してからと歌っており、エルヴィーラも修道院に行って再出発しようと明るく歌い、レポレロは改まって良い旦那を見つけようと歌っていた。そして終わりに早いテンポの六重唱が軽快に続いて「悪人の末路はこの通り」と歌って元気よく幕となっていた。

凄い拍手が続いて、舞台では大変なカーテンコールが繰り返されていた。恐らくアーノンクールの熱意のこもった意欲的な指揮を始めとするオーケストラの充実振りや、今回の舞台における若い歌手陣の見事な歌唱力や自由な生き生きした表情や身振りなどのサービス振りにも、親しみや楽しさを覚え、豊かな音楽に基づく満足できる良い舞台を見たことに対する歓迎の声と拍手であったと思われる。見慣れない演奏会形式のオペラであったが、この観客の熱狂振りから見ると、良い演出の優れた舞台と同様の歓迎振りを頂戴したことは、演出家のいないオペラであっても、演奏が充実してさえおれば、観客に充分な満足感を与えることが出来ることが、立証されたようであった。

「魔笛」を上演したことで知られるアウフ・デア・ウイーン劇場の直ぐ近くに建設され、1801年に開場し、シカーネーダ−が「魔笛」を上演したことで有名なこのアン・デア・ウイーン劇場は、1962年に改築(客席数約1050)された小ぶりの劇場であり、アーノンクールの意図した古楽器演奏には、向いた舞台であったと言える。この劇場でのオーケストラ・ピットを活用したセミ・オペラ形式を採用したことも、舞台を出演者が利用してオペラ的なイメージを導くために有効であったと思われる。個人的には、余り好ましくない演出のオペラが増加してきて、一度は、音楽に集中できる演奏会形式でモーツァルト・オペラを見てみたいと思っていたことが図らずも実現し、その映像を見てこのような充実した演奏なら、演出がなくても受け入れることが可能であるとの実感を得た。しかし、私自身では知り尽くしたオペラであったから可能であったと思われるので、演奏会形式の方が良いと誰にでもお薦め出来る訳ではないことは充分に承知している。

また、演奏会形式で成功を収めたことは、大指揮者アーノンクールだからこそ出来たと言うことも出来よう。彼が今回演出者の提案を退けたときには、その提案以上に演出なしでもやれるという確信があったからであり、変な演出で非難を浴びるよりも、過去の実績から演出なしでも充分に観客を惹き付けることができると考えたに相違ない。

今回のドン・ジョヴァンニの演奏は、指揮者と歌手たちやオーケストラとの距離が、非常に近いと感じた。そしてこれら三者の意気込みに熱意が溢れ、演奏に一体感が満ちていたと感じさせた。もし、演出者による指揮者や歌手への演出上の注文があったとすれば、それはこの密接感やアンサンブルを阻害したに違いないと思われ、歌手たちの伸び伸びした歌い方を抑制したと思われる。その意味ではオペラは、音楽的には、演奏会形式の方が望ましいのであるが、その代わり演出なしでは観客のオペラへの理解を妨げる心配があろう。今回のオペラの成功は、或いは演奏会形式でも良しとした観客のレベルの高さにあったのかもしれない。

演奏会形式の映像を見て、舞台の動きを追う必要がなくなった分だけゆとりが生じ、今までスコアを見ることが出来なかったオペラ鑑賞でもスコアを見ることが可能になり、演奏の細部を理解することが出来る様になったほか、音声による情報量が大幅に増加したような気がする。例えば、伴奏つきレチタティーヴォの重要性、アリアの中でのオブリガートなどオーケストラと声との関わりの意味、長いフィナーレなどでの場面の変化など、これまで気づかなかった点への理解が増したような気がしているので、普段からCDをスコアで追う習慣をつけておくべきであると思った。

今回の歌手陣では、総じて強制される演技から解放されて、全員が実に伸び伸びと歌っており、演奏会方式の良さを物語っていた。ドンナ・アンナのシェーファー以外は、初めての方々であったが、さすがアーノンクールの目に叶った歌手たちは優れていると感じさせた。ドン・ジョヴァンニは堂々として主役の役割を充分に果たしていたし、レポレロも個性的でドスのきいた歌い方が地に着いていた。三人の女性陣も歌も表情も役ピッタリでドレスの配色も良く、楽しんで見られた。オッタ−ヴィオもマゼットもまずまずであり、歌だけに専念できることは、歌手を生かせるものと感じさせた。
   このアーノンクールのダ・ポンテ三部作が、全て演奏会形式で収録されていると聞いているが、今回の映像を見て、演奏会形式の映像の良さを知ったので、今後に期待したいと考えている。

(以上)(2015/03/21)


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