(最新と最古の影像でN響による2つのピアノ協奏曲ハ長調K.467)
15-3-2、ユリアンナ・アヴェデーエワのピアノとマルテイン・ジークハールト指揮NHK交響楽団、2014NHK音楽祭、2014/10/02、NHKホール、およびモーラ・リンパニーのピアノと北原幸男指揮、N響定期第1168回、1992/04/05ライブ中継、による2つのピアノ協奏曲第21番ハ長調K.467、

−アヴェデーエワのピアノの技巧は、まだ若いのに本物で実にしっかりした弾き方をしており、指揮者のジークハールトとN響の安定した響きに安心して委ねるようにして、自分の輝かしいピアノの世界を築き上げていた。センスのある感性に富んだ推奨もののハ長調協奏曲であった。一方の北原の指揮もリンパニーのピアノも、最初のアヴェデーエワの現代風なきびきびした演奏と異なって、まろやかにまとまった演奏になっており、私には全体的にロマンテイックな暖かな演奏のように思われた。それは指揮者とソリストの性格や演奏スタイルが反映されたものであり、時代の違いにもよると思われた−


(最新と最古の影像でN響による2つのピアノ協奏曲ハ長調K.467)
15-3-2、ユリアンナ・アヴェデーエワのピアノとマルテイン・ジークハールト指揮NHK交響楽団、2014NHK音楽祭、2014/10/02、NHKホール、およびモーラ・リンパニーのピアノと北原幸男指揮、N響定期第1168回、1992/04/05ライブ中継、による2つのピアノ協奏曲第21番ハ長調K.467、

(2014/11/02、NHKBS103の放送をHDD3に収録、および1992/04/05、NHKのN響Bモードライブの放送をS-VHSテープ65に収録)

    第二曲目の協奏曲部門では、ピアノ協奏曲第21番ハ長調K.467を最新のN響の定期公演から、ショパン・コンクールの優勝者、ユリアンナ・アヴェデーエワのピアノでお送りする。そして続いて、LP時代から名声の高かったが、映像ではまさに幻のピアニストだったモーラ・リンパニーのピアノと北原幸男指揮、N響定期第1168回のライブ中継(1992/04/05)でお送りするものである。同じ曲が、約20年以上離れたN響の皆さんによる演奏で聞くことは、このHPでなければ出来ないことで、顔ぶれがいろいろなので楽しみであるが、このHPにおけるこのピアノ協奏曲K.467の全14演奏のアップロード完成という狙いもあったので、ご期待頂きたいと思う。



    始めに最新のユリアンナ・アヴェデーエワのピアノによるピアノ協奏曲第21番ハ長調K.467であるが、影像では冒頭に音楽評論家の舩木篤也による彼女へのインタビューがあり、彼女が自分の言葉で丁寧に答えていたので、少し長くなるがここに引用しておこう。始めにモーツァルトについて聞かれて、「一曲の中でさまざまな表情を見せてくれるのが特徴」と答えて、「この曲は、特にそれが顕著であり、大変に明るくて喜びに満ちた曲である反面に、第一楽章の展開部などでは、モーツァルトらしい憂いがあり、過ぎ去った日や失ったことをふと思い出したような感じがする。また、第二楽章では、ピアノが歌っているかのようだ。人間の声をピアノで表現できる、ピアノで歌わせることが出来ると言うモーツァルトのビジョンが具現化されている。」と、英語で考えながら的確に答えており、モーツァルトを良く理解している凄い感性に富むピアニストであると思った。



    理想の演奏とはと聞かれて、「作曲家の残したスコアを勉強し、理解することが大切だ。作曲家の意図をつかみ、それに近づけなければならない。協奏曲は、ソリストとオーケストラとが共に築き上げていくプロセス。オーケストラと対話するために何を演奏しているかを把握し、同時に自分の解釈も大切にしなければならない。さもなければ代わり映えのしない演奏になってしまう。音楽・作曲家そして自分と真摯に向き合うことが、作品を理解し解釈する上で、この3つが一番重要なことだ」と語っていた。    彼女にとって音楽とは?と聞かれて「一言で言うと、私にとって音楽とは人生そのものです。いつも音楽のことを考えています。練習よりもスコアを勉強することの方が重要かもしれません。ピアノの演奏には、私の心の耳や、想像力、作品への理解が表れます。だから音楽は、私の人生そのものなんです。」と素晴らしい答えが跳ね返って来ていた。


    黒のスーツで小柄な体を包んだ若いユリアンナ・アヴェデーエワが指揮者と連れだって登場し着席すると、舞台が明るくなったような感じがしていたが、弦楽器のみの行進曲風のリズムで第一楽章のアレグロ・マエストーソが始まった。1985年生まれのアヴェデーエワが25歳でショパン国際コンクールを制覇し、29歳の若さでN響定期に出演するという機会を持ち、どんな演奏をするかがとても楽しみであった。三台のコントラバスとテインパニーとトランペットによる豊かなリズムが続いてフルオーケストラで第一主題が力強く進行し、ホルンの合図でオーボエとフルートとの明るい響きの副主題も加わって、トウッテイによる主題提示部が盛り上がりを見せて堂々と終了していた。



     続いてオーボエとファゴットとフルートの美しい音色に導かれるようにアヴェデーエワの独奏ピアノによる彼女らしいアクセントのついたアインガングが明るく始まり、トリルを4小節も続けているうちに、弦五部による第一主題が始まって、独奏ピアノがこれを力強く引き継いで、直ちに華やかなパッセージで威勢よく進行していた。アヴェデーエワのこのピアノのパッセージは、肌理が細かく、透明感のある繊細で明るい音が際立つように明快に弾かれていた。やがて独奏ピアノがト短調交響曲の冒頭を思わせるような副主題を明るく弾き出しておやと思わせてから、軽快に流れるような第二主題が独奏ピアノで歌うように現れた。そしてこれからは独奏ピアノがオーケストラと競い合うように素晴らしいパッセージを見せながら急速に進行し、次第に高揚しながらオーケストラとともに提示部を締めくくる盛大なエピローグとなって、展開部へと突入して行った。


     展開部ではアヴェデーエワがインタビューで語っていたとおり、やや陰のある憂いを含んだ音色のピアノで始まり、次第に独奏ピアノの一人舞台になり、やがて新しい主題でリズミックに絢爛たるピアノの技巧が示されていたが、独奏ピアノは続くオーケストラとの競演でも対等に競い合い、大胆で力強いピアノが響いていた。再現部では提示部とは主題の順序が巧みの入れ替わっており、いささか変則的な様子。オーケストラで第一主題が呈示された後、独奏ピアノがこれを引き継いでから、直ぐに第二主題が独奏ピアノで再現されており、その後に提示部で第一主題の後半に置かれていたオーボエやフルートが明るい響きを見せる印象深い副主題が現れたりしていた。最後のカデンツアでは、彼女のオリジナルで第一主題の動機を断片的に取り上げた初めて聴く響きであり、女性らしい感性に富むものに聞こえていた。アヴェデーエワは若いながらもオーケストラにも負けずに堂々としており、第二主題の歌うような美しい場面などで、愛らしい笑顔を見せながらゆとりを持って弾いており、さすがショパンコンクールの優勝者だったという風格を見せていた。





    第二楽章は弦楽合奏で始まる美しい静かな素晴らしいアンダンテ楽章で、三部のリート形式であろうか。初めにベースのピッチカートと第二ヴァイオリンとヴィオラの三連符による豊かな伴奏に乗って、第一ヴァイオリンがこの上もなく美しいテーマをゆったりと静かに歌い出し、映画のテーマ音楽にもなったこの甘い調べには、つい引き込まれてしまうモーツァルト独自の美しさがある。やがてオーボエやフルートも加わって、リンツ出身のジークハールトは、実に落ち着いた心地よいテンポで静かな美しいオーケストラの世界を丁寧に築き上げていた。アヴェデーエワは、この美しいオーケストラに聞き惚れるようにしていたが、やがて独奏ピアノが自ら左手で三連符を弾きながら登場し、ゆっくりしたピッチカートの豊かな伴奏に乗って右手でこの主題を明快に弾きだした。アヴェデーエワの独奏ピアノは、一音一音、克明に丁寧に弾かれ、彼女がインタビューで語っていたように、ひとしきり美しくピアノで歌ってから華やかなトリルにより第一部を終結していた。彼女のピアノの粒立ちの良さは実に快く響き、オーケストラとピッタリ合ったこのピアニストのテンポの良さと丁寧な弾き振りに、しばしうっとりとして画面に釘付けになっていた。





   続いて中間部に入ると、新しい主題が独奏ピアノによって示されるが、この中間部のピアノの一音一音が同じピッチカートの伴奏に乗って何と美しく心に響くことか。アヴェデーエワは、ここでも実に丁寧にゆっくりと確かめるように弾いており、ここでピアノとオーケストラが交わす対話は何とも夢見るような美しさがあった。続いて独奏ピアノによる経過的なパッセージが続いてから三連符のリズムに戻って、再び冒頭の静かな主題に戻るが、ここでは始めから独奏ピアノとオーケストラで始められ、幾分変奏されて進行するが、独奏ピアノの方も装飾を交えたり、多少自由に弾かれており、ピアノが充分に歌ってからごく短いコーダの後にひっそりと静かに終息していた。カデンツアはなく、一貫してピッチカートの三連符が楽章を通じて響いており、落ち着いた爽やかな感じのする夢を見ているような美しい楽章で、アヴェデーエワのピアノが輝いて聞こえていた。







   続くフィナーレ楽章は、アレグロ・ヴィヴァーチェ・アッサイの華やかな主題で始まる展開部を欠いた変則のソナタ形式か。ロンド主題に似たな明るく軽やかな第一主題がオーケストラのトウッテイで始まり繰り返されてから、弦と木管の交換があって、フェルマータの後に独奏ピアノがトリルによる短いアインガングで登場してきた。そしてこのロンド風な軽快な主題を颯爽と弾きだすと、直ぐにオーケストラに主題を渡してから、改めて独奏ピアノによる流れるような16分音符の副主題が走り出し、アヴェデーエワは勢いよく軽快にパッセージを弾き進めていた。続いて第二主題がオーボエに続いてフルートも加わった木管合奏で提示されると、直ぐにピアノに引き継がれ、再び16分音符のピアノの走句が続いて、快調な独奏ピアノのペースとなり、オーケストラと対話したり、伴奏させたりして、勢いよく華麗に進行していた。再びフェルマータの後に、再現部に突入して、独奏ピアノが軽快にロンド風な冒頭主題を弾き出すが、今度は順序を変えてソロ、トウッテイの順で第一主題が再現されていた。再び独奏ピアノが走り出し、第一主題・第二主題と独奏ピアノが鍵盤上を走り回るように駆けめぐって頂点に達し一気にカデンツアとなっていた。アヴェデーエワのカデンツアは、冒頭主題の勢いの良い回想風のもので、短くあっさりとテンポ良く弾かれ、最後は輝くようなピアノの音階の上昇で華やかにこのフィナーレを終結していた。


   演奏が終わると大変な拍手が湧き起こり、これはアヴェデーエワの初陣を歓迎するかのような大拍手であり、オーケストラ席からも揃って弦が叩かれて、舞台は歓声に満ちていた。アヴェデーエワのピアノの技巧は、まだ若いのに本物で実にしっかりした弾き方をしており、指揮者のジークハールトとNHK交響楽団の安定した響きに安心して委ねるようにして、自分の輝かしいピアノの世界を築き上げているように感じさせていた。彼女は大歓声に応える形で、満面の笑みを持ってアンコールの席に着き、ショパンのマズルカ、ニ長調作品33-2を楽しげに弾き出した。この確かレ・シルフィードにも含まれていた楽しい曲を、彼女は踊るようなリズムで弾き始め、舞曲の楽しさを味わっているかのようにやや大袈裟に弾いて、再び大歓声を浴びていた。何と魅力のある可愛らしいピアニストであろうか。このアンコールを聞いて彼女の得意とするショパンをじっくり味わってみたいと追っかけをしたくなる方々の気持ちが分かるような気がしてきた。今回のN響定期の目的は、指揮者ジークハールトの得意とするブルックナーの交響曲第5番が予定されていたが、この日のN響の出来の良さから、恐らくは、素晴らしいコンサートになったものと思われる。


   3月号の第二曲目は、1992年4月5日、N響定期第1168回の北原幸男指揮とモーラ・リンパニー(1915〜2005)のピアノによるピアノ協奏曲第21番ハ長調K.467のライブ中継であった。イギリス生まれのリンパニーは、ロンドンの王立音楽院に学び、22歳の時にイザイ国際コンクールで第2位を獲得して以来、世界的に名を知られるようになった。LP時代には録音も登場して、リリー・クラウスやモニーク・アースなどに次ぐ新進の女流ピアニストとして見なされていた。この来日演奏会で彼女の録音があることはかねてデータベースで知っていたが、今回取り上げることとなったのは、今だ未アップのこの曲の最後の録音であったからであり、図らずもこの曲の最新録音と残された最後の録音とが、同じN響定期で同時にアップされて、しかもこのK.467全14曲のアップロード完成ということになっていた。このホームページとしては、長年の努力がやっと報いられた記念となるソフト紹介になっている。


    一方の指揮者北原幸男(1957〜)は、N響で活躍後、ドイツのアーヘンの市立劇場の音楽総監督をなさっており、二期会や新国立でも名を見かけていたが、最近は武蔵野音楽大学教授として落ち着いておられるようだ。今回の演奏では当時のN響の慣習か、コントラバス5台の大規模なオーケストラとなっており、35歳の若々しい感じの指揮者が76歳の元気なお母さんを支えるような立場で舞台に登場していた。この曲の第一楽章は、協奏的ソナタ形式で書かれており、初めの主題提示はオーケストラだけで行われるが、リンパニーが着席して互いに顔を見合わせてから、弦のユニゾンで始まる行進曲風の第一主題が明るくリズミックに始まった。北原は弦五部とトランペットやテインパニーが刻むリズムに注意を払いながらゆったりとしたテンポで進めており、やがて弦と管の応答が続いてからトウッテイによる経過部がダイナミックに進行していた。途中からオーボエやフルートが明るい響きを見せる副主題が登場して、終始明るい響きの中でフルオーケストラによる行進曲が堂々と進行して、第一主題のみで提示部を短く終了していた。


    続いてオーボエ、ファゴット、フルートに順次導かれるように独奏ピアノのアインガングが始まり、ピアノが高らかにトリルを響かせているうちに弦楽器による第一主題が始まった。リンパニーの独奏ピアノは力強くこれを引き継いで、華やかなパッセージで威勢よく進行していた。リンパニーの鍵盤に向かう姿はしっかりしており、やや遅めのテンポで弾かれるパッセージは丁寧に軽快に弾かれていた。やがて独奏ピアノが弾き出す新しい副主題が登場して繰り返し、明るく印象づけてから軽快な第二主題が独奏ピアノで歌うように現れた。リンパニーはこの主題を木管の合奏に応えるようピアノで繰り返してから、独奏ピアノが素晴らしいパッセージを見せながら急速に進行し、次第にオーケストラと競い合うように高揚しながら盛り上がりを見せて提示部を締めくり、展開部へと突入して行った。



   展開部ではリンパニーは静かにもの悲しいトーンで独奏ピアノが進んでいたが、次第に早いパッセージに変わっていき、後半では独奏ピアノが激しさを増し、まさに絢爛たるピアノの技巧が示されていた。ここでは、リンパニーはオーケストラとも対等に向き合い、力強くピアノを弾きこなしていた。再現部では提示部とは主題の順序が異なっており、第一主題が呈示された後、直ぐに第二主題がピアノで再現されたり、後半で第一主題のトウッテイによる提示の後オーボエやフルートが明るい響きを見せる印象深い副主題が現れたりして、多彩な変化を見せた再現部となっていた。最後のカデンツアでは、リンパニーはいきなりオリジナルの早いパッセージから入り、第二主題を中心にしたお気に入りのパッセージを繰り返して技巧の冴えを示していた。
   イギリスの貴婦人風の姿で登場したリンパニーは、気品ある態度でN響と対等以上に堂々と渡り合って、無難にこの第一楽章をこなしていたが、終始落ち着いたテンポで進行しており、ロマンテイックな香りのする暖かな演奏という感じを抱かせていた。



   第二楽章は弦楽合奏で始まる美しい静かなアンダンテ楽章であるが、北原はソリストと打ち合わせの上か、非常にゆったりとしたテンポで弦楽合奏が開始された。コントラバスの厚いピッチカートと第二ヴァイオリンとヴィオラの三連符による豊かな伴奏に乗って、第一ヴァイオリンが美しいテーマをゆったりと歌い出し、やがて木管も加わって、静かな美しいオーケストラの世界を築き上げていた。やがて独奏ピアノが同じゆったりとしたテンポで左手で三連符を弾きながら登場し、弦楽合奏のゆっくりしたピッチカートによる豊かな伴奏に乗って右手でこの主題をゆったりと弾きだした。リンパニーは一音一音を明確に弾き、ひとしきり美しく歌っていたが、彼女の振る舞いからはひときわロマンテイックな甘い調べのように聞こえていた。中間部に入って新しい主題がピアノによって示されるが、ロマンテイックなピアノの味わいは変わらず、リンパニーはここでも一音一音ゆっくりと確かめるように丁寧に弾いており、ピアノとオーケストラで交わす対話は甘いささやきのように聞こえていた。再び冒頭の静かな主題に戻るが、ここでは始めから独奏ピアノとオーケストラで始められ、幾分変奏されて進行するが、独奏ピアノの方も幾分装飾を交えて弾かれており、ごく短いコーダの後にひっそりと静かに終息していた。リンパニーのゆったりとしたテンポによる甘い調べが印象に残る美しい楽章であった。



    第三楽章は、弦のスタッカートで軽やかに飛び出す第一主題がいきなり繰り返され、続いて弦と木管の応答が繰り返されて、フェルマータで一服する変則的楽章。この楽章は、どうやらアレグロ・ヴィヴァーチェ・アッサイとされたこのロンド風の主題で始まる展開部を欠いたソナタ形式であり、続いて独奏ピアノが短いアインガングで登場し、改めてこのロンド風の第一主題を軽快に弾きだした。そして再びオーケストラに主題を渡してから、独奏ピアノによる流れるような16分音符の副主題が走り出していた。リンパニーは勢いよく軽快にこの主題によるパッセージを弾き進めているうちに、オーボエに続いてフルートも加わった木管合奏で第二主題が始まった。リンパニーは、直ぐにピアノでこの主題を受けて、再び16分音符のピアノのパッセージが続いて、軽快なピアノのペースとなり、オーケストラと対話を重ねて提示部が終了していた。
      再びフェルマータで一服すると、独奏ピアノがロンド風な冒頭主題を弾き出して再現部に突入していた。今度は順序を変えてソロピアノ、トウッテイの順で第一主題が再現されていたが、それ以降は再び独奏ピアノが走り出し、第一主題・第二主題の順に再現され、独奏ピアノが鍵盤上を走り回るように駆けめぐって頂点に達し一気にカデンツアとなっていた。リンパニーのカデンツアは、これまで疾走してきたパッセージを改めて回想する短いものであり、最後は独奏ピアノによる音階の輝くような上昇で華やかにこのフィナーレを終結していた。

   1992年の20数年前の演奏を目にして、北原の指揮もリンパニーのピアノも、最初のアヴェデーエワの現代風なきびきびした演奏と異なって、まろやかにまとまった演奏になっており、私には全体的にロマンテイックな暖かな演奏のように思われた。それは指揮者とソリストの性格や演奏スタイルが反映されたものと思われ、時代の違いにもよると思われた。第一楽章ではゆったりしたテンポでピアノが良く歌っており、第二楽章でも遅めのテンポで実に優雅に進み、フィナーレでは早いパッセージをまろやかに弾きまくり、女流ピアニストらしい優しさと優美さを見せながら曲を盛り上げていたように思う。リンパニーは、2005年に90歳のお年で亡くなっているが、今回の演奏は来日した最後の公開演奏のようである。

(以上)(2015/03/11)


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