(古いS-VHSから;アマデオLDの室内楽演奏よりK.421、370、285、575)
15-11-2、パリ管弦楽団有志による室内楽演奏(1)弦楽四重奏曲第15番ニ短調K.421、(2)オーボエ四重奏曲ヘ長調K.370、(3)フルート四重奏曲第1番ニ長調、(4)ガルネリ弦楽四重奏団による弦楽四重奏曲第21番ニ長調K.575、パリ管弦楽団のソリストたち、
1988年5月、フランス、

−イザイ弦楽四重奏団は初めて聴く団体であったが、ニ短調の四重奏曲K.421は若々しい威勢の良い演奏で、楽しく聴くことができた。続くオーボエ四重奏曲K.370もフルート四重奏曲K.285も、パリ管弦楽団のソリストたちの演奏であったが、実力のあるソリストを迎えて、しっかりしたアンサンブルを作り上げており、この曲を理解するには充分な演奏であると思われた。最後のガルネリ四重奏団の第21番の四重奏曲K.575は、チェロの活躍が目立つほか、第一ヴァイオリンの親しみやすい歌謡的な主題がよく響く演奏であり、親しみを持って聞くことが出来た−

(古いS-VHSから;アマデオLDの室内楽演奏よりK.421、370、285、575)
15-11-2、パリ管弦楽団有志による室内楽演奏(1)弦楽四重奏曲第15番ニ短調K.421、(2)オーボエ四重奏曲ヘ長調K.370、(3)フルート四重奏曲第1番ニ長調、(4)ガルネリ弦楽四重奏団による弦楽四重奏曲第21番ニ長調K.575、
パリ管弦楽団のソリストたち、1988年5月、フランス、

         11月号の第二曲目は、パリ管弦楽団のソリストたちと題された同じホールで収録された珍しい四重奏曲演奏であったが、第一曲の弦楽四重奏曲第15番ニ短調K.421は、よく見るとイザイ弦楽四重奏団とされていた。第二曲がオーボエ四重奏曲ヘ長調K.370、続いて第三曲がフルート四重奏曲第1番ニ長調K.285であり、オーボエ四重奏曲とフルート四重奏曲は、弦楽器の三人は同じメンバーで構成されていた。そして第四曲目がガルネリ弦楽四重奏団による弦楽四重奏曲第21番ニ長調K.575という構成になっていた。調べてみると、このHPではどうやらオーボエ四重奏曲ヘ長調K.370だけが初めて登場する曲のようであった。


最初の曲の弦楽四重奏曲第15番ニ短調K.421(417b)は、ハイドンセット6曲中の第二曲目であり、唯一の短調作品であるが、私自身にとっては第17番の「狩」の四重奏曲と並んで親しみやすい曲となっている。
第一楽章では、冒頭に第一ヴァイオリンがソット・ヴォーチェで1オクターブの下降に始まり、次いで10度の上昇跳躍を行なう第一主題を提示してから、一転してこれを1オクターブ高くフォルテで繰り返して勢いを増し、短調の暗い響きを推移させていた。この四重奏団を牽引する第一ヴァイオリンのジョヴァンニメッテイが確かな技巧を発揮しており、初めて聴くイザイ四重奏団は若いグループであるがしっかりと機能していた。やがて小刻みにせき立てるようなヴィオラの16分音符の刻みの上に、第一ヴァイオリンが優雅に祈るような第二主題を歌い出し、明るさを取り戻して素晴らしい響きを見せていた。ここでこの嘆きの歌とも感じさせる提示部が繰り返されていたが、短調作品らしさに満ちた珍しい楽章と思わせていた。展開部になっても、引き続き暗い表情が続いており、第一主題の冒頭のモチーブが緊迫した姿で繰り返されていた。再現部でも第一主題の第一ヴァイオリンの激しい動きが再現されており、第二主題で明るさを取り戻しつつも、嘆きの歌の基調は変わらずに楽章を終えていた。ハイドンを意識して、変化を持たせたというこの曲らしさが伝わってくるように思えた。


  第二楽章のアンダンテでも第一ヴァイオリンが休符を上手く取り入れた微妙できめ細かい音を散りばめる繊細な美しい主題を弾きだし、それが何回か繰り返されて、いわば束の間の休息をもたらしているようであった。A-B-Aの三部分形式で書かれており、中間部ではリズムだけが引き継がれて微妙な姿を映し出していた。この楽章は、休符が重要な要素になっており、続くモチーブの強弱が微妙な影を落しているので、ここでも第一ヴァイオリンの繊細さが要求され、これを支える3声のアンサンブルの良さが求められるが、この四重奏団は軽やかに進めており、まずまずの印象であった。


  第三楽章は、堂々たるメヌエット楽章で、第一ヴァイオリンとチェロ、第二ヴァイオリンとヴィオラが対になって掛け合う素晴らしい重厚なメヌエットとなっており、この旋律は何回か聴くと直ぐ諳んじることができる。またトリオでは一転してピッチカート伴奏の上に第一ヴァイオリンが付点音符のついた優雅な旋律を奏で、ここでも束の間の至福の姿を描き出す素晴らしい作品であった。この楽章は、コンスタンツエの語りであるが、83年6月17日の出産当日に作曲されたことが明らかになっているが、勢いよく元気な子が生まれたことが暗示されるようなメヌエット主題のように思われた。この楽章でも第一ヴァイオリンが、腕の見せ所となっていた。


          フィナーレは、意表をつく珍しい変奏曲であり、主題と5つの変奏部から出来ていたが、やはりハイドンのロシア四重奏曲作品33の5にヒントを得たとされる。ハイドンの曲と同様にシチリアーノのリズムを持つ親しみやすい変奏主題が提示されホットさせる。第一変奏では第一ヴァイオリンの16分音符による早いテンポの変奏。第二変奏では第二ヴァイオリンが刻む細かなリズムの上で、第一ヴァイオリンのフォルテとピアノを多用したシンコペーション旋律を奏でる。第三変奏ではヴィオラが活躍し単純化された主題を奏する。第四変奏では二つのヴァイオリンがオクターブのユニゾンでテーマを奏していき、最後は変奏曲と言うより終結部となっており、テンポを速めてもう一度最初のテーマを奏し、繰り返しを止めてあっさりと終結していた。

        初めて聴くイザイ弦楽四重奏団(Ysaye Quatuor)であったが、末尾に演奏者名が紹介されていたので、参考のため以下に収録させていただく。若々しい威勢の良い演奏で、楽しく聴くことができた。仏語なので、アクセントが省略されている。
(出演者)Christophe Giovanimettei(V)、Luc-Marie Aguera(V)、Miguel Da Silva(Va)、Michel Poulet(C)、

  このハイドンセットの二番目に当たる四重奏曲は、短調作品とか4つの楽章構成、フィナーレの変奏曲とか外見的なものをハイドンから借りているようであるが、作風はモーツアルト本来の旋律美に満ちた作品であり、三楽章までニ短調で、ハイドン以上に短調らしさが滲み出ているように思われた。各楽章とも、第一ヴァイオリンが常にリードしており、ジョヴァンニメッテイの緻密で勢いのあるヴァイオリンが聞きものであった。  (2015/11/10、記)



            続く第二曲目は、オーボエ四重奏曲ヘ長調K.370(368b)であり、イドメネオ作曲のため滞在中のミュンヘンで1781年の初めに宮廷楽団のオーボエ奏者フリードリヒ・ラムのために作曲された。オーボエをソロ楽器としてヴァイオリン、ヴィオラ、チェロのために書かれているが、オーボエの協奏曲的な側面と弦楽の室内楽的な側面とが結合された芸術的な作品とされている。映像の冒頭に、ソリストたち演奏者の名前の紹介があったので、以下に記載しておこう。オーボエは、Jacques Chambon、ヴァイオリンがAlain Moglia、ビオラがTosso Adamopoulos、チェロがPaul Boufilであった。

第一楽章はソナタ形式で書かれているが、冒頭からオーボエのソロで伸びやかなアレグロの第一主題が始まって、オーボエによりコンチェルタントに進行し、後続する種々の楽想による推移部も、オーボエによってリードされていた。第二主題はヴァイオリンの奏する第一主題の冒頭部からオーボエが対旋律の形で新しい主題を提示しており、これが繰り返されて明るく進行し、華やかな結尾部に入って主題提示部を終えていた。オーボエのソリストは、年配の弦楽器奏者を従えるように朗々とメロデイラインを吹き進み、協奏曲的な印象を与えていた。しかし、提示部の繰り返しは省略されて、展開部に入るとヴァイオリンに始まる新しい主題がヴィオラ、チェロと全声部のフガート的進行により趣を変え、これにオーボエが加わって進行し、続いてオーボエによる16分音符の早い走句が走り出して新味を加えて、再現部に突入していた。再現部では型どおりに第一主題がオーボエで登場していたが、第二主題は省略されて、歯切れの良い終結部でこの楽章を終えていた。




第二楽章はA-B-Aのスタイルの37小節の短いアダージョの緩徐楽章。ヴァイオリンで先導される冒頭主題に続いて哀調を帯びたオーボエのソロが始まり、ゆっくりと進行するが、オーボエのリードで短い中間部を経てから、再び、冒頭主題が再現されていた。そして末尾には協奏曲並みに、オーボエのカデンツアが用意されて静かにこの楽章が閉じられていた。




フィナーレは、Rondeauと書かれたロンド形式のアレグロ楽章で、8分の6拍子のシチリアーノのノリズムを持った明るいロンド主題がオーボエによってアレグロで勢いよく提示されると、ヴァイオリンによりこの主題が颯爽と引き継がれ、やがてオーボエの走句により勢いよく進行していた。第一のエピソードではオーボエの華やかなパッセージが顔を出し、弦とオーボエの掛け合いとなり,ロンド主題が戻っていた。第二のエピソードでも、弦の伴奏に乗ってオーボエの装飾的な旋律が駆け巡っていた。これら譜多雨のエピソードでのオーボエの華やかなパッセージは、協奏曲のような輝きを与えてフィナーレを飾っていた。

この曲は三楽章の小曲であるが、オーボエの特徴を十分に発揮しながら洗練された書法により穏やかで和やかな楽しいアンサンブルとなっている。今回のパリ管弦楽団のソリストたちは、オーボエが各楽章で表情豊かに見事にリードしており、弦の各声部もこれを暖かく支えて、和気あいあいのアンサンブルを作り上げていた。続くフルート四重奏曲は、この弦の各声部に新しいフルートのソリストを加えたもので、暖かなアンサンブルが期待されていた。



続く第三曲はフルート四重奏曲第一番ニ長調K.285 であり、フランス風のギャラントな趣味が満ちた親しみやすい曲であって、フルートの演奏効果が良く発揮できる素晴らしい曲である。素人の愛好家の依頼に応えて、4人の社交的な楽しみのために軽く書かれた作品で、彼の四曲中の最高の作品と思われている。映像の初めに、ソリストたちの名前があったので記載して置くと、フルートがMichel Debostで、ヴァイオリン以下は、オーボエ四重奏曲と同じメンバーであった。


    第一楽章は、ソナタ形式で書かれており、冒頭からフルートにより輝かしい第一主題が提示されていたが、この主題はNHKのクラシック倶楽部のテーマ・ミュージックとしてお馴染みの曲であった。ヴァイオリンとヴィオラによる推移主題を経て、チェロの力強い導入を受けて、フルートが明るく第二主題を提示していくが、これはまもなくフルートの技巧的なパッセージに発展し素晴らしい勢いで推移して提示部を終えていた。展開部では第一主題の動機が変化し展開されていくが、フルートの高音がいつも印象的に響いていた。再現部は型どおりであったが、しっかりと演奏されていた。ソリストのフルートは、いつも明るく温かみのある音で、弦楽器と実に良く溶け合っており、安心して聴ける実力を持っていた。


  第二楽章はA-B-Aの単純なスタイルで、ロ短調の弦のピッチカートの伴奏によるフルートソロの穏やかな美しいアダージョであり、哀愁のただよう独自の美しさにはグルックの「精霊の踊り」と並んでフルートのために書かれた最も美しい曲と言われることもある。弦楽器が全てピッチカートだけに専念するスタイルも珍しいし、ニ長調の短い中間部を経て美しい主題が繰り返されると、いろいろな装飾音に変化があって実に楽しく進行していた。この第二楽章は終わっても休まずにすぐ、フィナーレに突入していた。


フィナーレでは、フランス風の明るい軽快なロンド主題が登場し、フルートが最初は弱奏で提示してから続いて強奏で反復しており、これに対応してヴァイオリンも弱奏に次いで強奏と続いていた。続く第一クープレはフルートが新たな主題を提示し、ヴァオリンがこれを引き継ぐ形で進行して、あまり特徴がないままにロンド主題となっていたが、続く第二クープレは、フルートが大きな跳躍をもったエピソードを提示し、ヴィオラがこれをカノン風に応答する形で繰り返して進行する長大なものとなっており、印象的であった。この楽章は最後にもう一度ロンド主題を登場させて明るく繰り返されて華やかにユーモラスに終結していた。

       この曲は、他の三曲のフルート四重奏曲に対し,三楽章の構成であるがフルートの特徴を一番生かした洗練された書法により充実した形で作曲されている。今回のパリ管弦楽団のソリストたちは、実力のあるフル-テイストを迎えて、しっかりしたアンサンブルを作り上げており、この曲を理解するには充分な演奏であると思われた。 (2015/11/13、記)







11月号の第4曲目は、ガルネリ四重奏団の弦楽四重奏曲第21番ニ長調K.575であり、1789年6月にウイーンで作曲されたもので、チェロを愛好するプロイセン国王のために書かれたとされており、チェロの動きが目覚ましい四重奏曲となっている。これまでのパリ管弦楽団のソリストたちの映像では、非公開のスタジオ録音風であったが、このガルネリ四重奏団の映像は公開演奏であり、場所が変わってどこかのホールの舞台上での演奏であった。

               この曲の第一楽章は、ソット・ヴォーチェの指示通りに第一ヴァイオリンによって密やかに始まり、颯爽と進行してからヴィオラに美しく引き継がれていく親しみ易い第一主題に始まる。トリルを伴うリズミックな音形の経過主題を経てから、チェロがドルチェで弾きだし、第一・第二ヴァイオリンがスタッカートで応えていく第二主題が耳に優しく印象的であった。チェロが高い音域でこのように活躍するのは珍しく、また提示部の終結もチェロによる主題提示で行なわれていた。ガルネリ四重奏団はここで提示部を繰り返して、颯爽と冒頭から勢いよく開始しており、チェロの存在感が改めて確認できた。短い展開部も第一ヴァイオリンの新しい旋律的主題で歌われたあと、再現部に突入するが、再びあの二つの主題が現れて、親しみを持って楽しめた楽章であった。




         第二楽章はアンダンテ楽章であるが、A-B-Aの三部形式であり、これもチェロの伴奏でソット・ヴォーチェで弾かれる三弦による主題が美しい。そして変化が加えられながら繰り返されてから、中間部では、第一ヴァイオリンが流れるような調べを弾き出すと、チェロ、第二ヴァイオリン、ヴィオラが順番に歌い出して印象的だった。終わりのドルチェによる主題の再現はここでもチェロが中心となり、ヴァイオリンとヴィオラが変奏して繰り返していた。




  第三楽章はメヌエットであり、明るく活発なメヌエット主題が踊り出し、第一ヴァイオリンが中心であるが、各楽器間で激しく競う合うように揃って躍動していた。トリオでは、第一ヴァイオリンが導入しチェロが応えるように旋律を奏で、続いて第二部ではチェロが朗々と各楽器を従えてメロデイラインを担当して、再び明るいメヌエットに戻って終結していた。




           フィナーレはアレグレットのロンド形式であり、チェロがヴィオラを伴奏に堂々と弾むようなロンド主題を提示しているのが珍しかった。この主題が各楽器や二声で現れたり、さまざまな伴奏型を持って変化して現れたりしてから、スピーデイな目まぐるしい変化を見せる主題が第一ヴァイオリンで現れて、盛り上がりながら終結して再びロンド主題に戻っていた。

  曲全体を通じて、ガルネリ四重奏団では、チェロの活躍が目立つほか、第一ヴァイオリンの親しみやすい歌謡的な主題がよく響く演奏であり、前作の第20番ニ長調K.499よりも馴染みやすい四重奏曲であった。この演奏では、聴衆による拍手が長々と続き、公開演奏の良さを改めて感じさせていた。
         アマデオの1991年のモーツァルト・イヤーを記念して纏められたオール・モーツァルトのLDシリーズであったが、友人からお借りして自分でS-VHSに録画したものであったが、これで全シリーズのアップロードが完了した。


(以上)(2015/11/14)



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