(最新のBSプレミアムのオペラから;宮本亜門の二期会の「魔笛」)
15-10-3、デニス・ラッセル・デイヴィス指揮、読売日本交響楽団、二期会合唱団による宮本亜門演出の「魔笛」、
2015年7月、東京文化会館、
(配役)夜の女王;森谷真理、パミーナ;幸田浩子、タミーノ;鈴木準、パパゲーナ;久嶋香奈枝、パパゲーノ;黒田博、ザラストロ;妻屋秀和ほか、

−この映像は、初めて見るモダンな現代風なオペラでありながら、「魔笛」の伝統的な物語の姿はキチンと守られており、それに合わせたラッセル・デイヴィスの音楽も新鮮に聞こえる部分が多く、日本人だから心配であった宮本亜門の演出も、出だしの序曲の平和な家庭の崩壊には驚かされたが、理解が進むにつれて新しいものにしては基本が余りぶれずに、人々の愛の物語として、むしろ親しみやすい暖かで、とても分かり易い演出であると思われた。この「魔笛」の基本構造は、夜の女王の女性の世界と明るいザラストロの叡智の未来の世界との対立の構図であったが、この演出では最初はその対立が明確であったが、大きな愛の力のせいか、叡智の世界が強力すぎたのか、終わりには消滅してしまうように優しく描かれていた。そのせいかフリーメーソン的要素が薄まって、さらに子供たちが喜ぶメルヘン的要素も大きくなって、会場を笑いで沸かせていた。久し振りで日本の手作りのオペラ「魔笛」を、心配しながら見てきたが、正直な感想は日本のオペラも世界の水準に追い付いて、今回のように上廻るものが出てきたと言うことが率直な印象であろうか−

(最新のBSプレミアムのオペラから;宮本亜門の二期会の「魔笛」)
15-10-3、デニス・ラッセル・デイヴィス指揮、読売日本交響楽団、二期会合唱団による宮本亜門演出の「魔笛」、
2015年7月、東京文化会館、
(配役)夜の女王;森谷真理、パミーナ;幸田浩子、タミーノ;鈴木準、パパゲーナ;久嶋香奈枝、パパゲーノ;黒田博、ザラストロ;妻屋秀和ほか、
(2015/09/28、NHKBSプレミアムの放送をHD-2にHV録画、)

        続く10月分の15-10-3は、少しストックが多くなってきたオペラ作品を取り上げ、先の「後宮」の「飛行場からの脱出」劇で少し述べてきた、宮本亜門新演出の二期会による「魔笛」をアップロードしたい。指揮者は宮本亜門と組んでいるデニス・ラッセル・デーヴィスであり、この演出を最初に行なったリンツ歌劇場でも同様のコンビであった。今回はオーケストラは読売日本交響楽団であり、二期会合唱団が参加して新演出のために子供たちが喜びそうな多大な協力をしていた。この映像は、8月31日のNHKのプレミアムシアターで放送された二期会公演のオペラ「魔笛」であり、公演の映像が始まる前に、次のような新しい「魔笛」の考え方の紹介があった。
      「…とある平和な家庭を襲った一つの危機、家族の心配をよそに自暴自棄になった一家の主人公は、ふと気がつくと、異世界に迷い込んでいた。舞台はテレビ画面の向こうに広がるゲームの世界、ここで主人公を待っていたのは新たな恋のときめき、そして冒険と試練の旅路であった...」


       平和な家庭とは、一家のサラリーマンのご主人と優しい奥さん、三人の男の子たちとお爺ちゃんによる明るく楽しい家庭であり、この「魔笛」の序曲が始まると、この一家が曲に合わせて何と家庭劇を始めていた。お爺ちゃんと三人の子供たちが家に帰って、大型のスクリーンに写し出されたテレビゲームに夢中になっていると、失業して酔っ払って家に帰ってきたお父さんが、カバンをぶん投げて大暴れ。そこへ買い物から帰ってきたお母さんにも酷い八つ当たりをしたのでさあ大変。もみ合いになった後に、お母さんがスーツケースを持って家出したところで、スクリーンが大爆発し、真っ暗闇になってみんなはバラバラに。どこにでもありそうな、まさに家庭破壊の寸劇が序曲では演じられていた。


       アレグロの急迫した弦による序奏の開始とともに真っ暗な舞台では、プロジェクション・マッピングによる大蛇の姿が描かれ、背広姿のお父さんが「助けてくれ」と悲鳴を上げて逃げ回り、倒れ込んで気絶してしまっていた。そこへ大きなオッパイの派手な姿の三人の侍女が大蛇を一気に消してしまい、お父さんを介抱し始めて、ここから「魔笛」のタミーノと三人の侍女の物語の世界が開始されていた。三人の侍女が「勝ったわ」と勝利宣言をして、賑やかな三重唱が始まっていたが、何とも想像を絶する不可解な「魔笛」の衝撃的な始まりであった。
        三重唱では、よく見ると大きなオッパイガ目立つ太めの侍女たちが、失神しているタミーノを囲んで「凄い美男子だ」と歌いながら、誰が女王様に報告に行くかと下らない女らしい争いを始めて、元気の良さそうな熟女たちの三重唱が見事に歌われていたが、話がつかず結局は三人で行くことになり、非常になごり惜しそうに姿を消した。
        気がついたタミーノが起き上がると、怪しい人影があり、おかしな服装の目玉が大きいパパゲーノが登場していた。パパゲーノは、若い女の子を追いかけるのに夢中で、パンの笛を実際に吹きながら鳥刺しのアリアを歌い、その面白い歌と演技に会場は大喜びで大成功。タミーノと鉢合わせして二人で話し込んでいるうちに、パパゲーノが力持ちでこの大蛇を殺したと自慢したところに、再び三人の侍女が登場してきた。女たちは嘘をついたとパパゲーノに口かせをはめて追い払い、タミーノにはパミーナの絵姿の写っているスマホを手渡して、タミーノを驚かせていた。


         タミーノはスマホのパミーナの姿を見て「何て美しい姿」とアリアを歌い出すが、この若いタミーノが「これが恋なのか」と歌うアリアは情熱的で、まずまずの出来映え。三人の侍女から悪者に誘拐されたと聞いて、直ぐに「助け出そう」と口にしたところ、雷鳴や地鳴りの響きとともに地下からオッパイの大きい黒いドレスの夜の女王が登場していた。 女王は「怖がらないで」とレチタテイーヴォでタミーノに語りかけ、私の力では助けられなかったと歌い出し、アレグロになって「娘を助けて」とコロラチューラで歌って最高音も見事に決まり、茫然と見送るタミーノを驚かせていた。


        タミーノはスマホを手にして「今のは夢だったのか」と呆然としていると、パパゲーノの「ム、ム、ム」の歌声で我に返った。三人の侍女が、女王様が喜んでいる話をし、五重唱になって、助ける決意を固めたタミーノには「魔法の笛」を、いやがるパパゲーノには「魔法の鈴」が贈られて、二人は勇んでザラストロの国へとパミーナを救いに出発する事になった。「案内は?」と聞くと、影から三人の少年たちの姿が現れて、案内をすると言う。あっという間の出来事で、二人はパミーナ救出に勇んで出かけることになっていた。


         場面がプロジェクション・マッピングのお陰であっという間に早変わりして、どうやら場面は、ザラストロが住む神殿の中か。パミーナがモノスタトス一行にさらわれて、モノスタトスに虐められそうになっているときに、パパゲーノがうまく神殿に潜り込み、倒れているパミーナを見つけるが、そこでモノスタトスと鉢合わせ。お互いの姿にお互いが驚いて逃げ出してしまうが、パパゲーノは上手くパミーナに近づいた。スマホの絵姿で本人を確認しているうちに二人は仲良くなり、パパゲーノがタミーノと二人で助けに来た長い話をした。恋人すらいないことに気がついたパミーナが、「愛を感ずる男たちには、優しい心も備わっている」とあの有名な美しい二重唱を歌い出した。パパゲーノも歌い出して、二人で男と女の愛の大切さを歌っているうちに、いつの間にか時が過ぎ、二人は逃げ出していた。


          フィナーレに入って三人の少年が森の中をタミーノに道案内し、ゴールまで一本道だと言われ、「冷静・沈黙・忍耐」の教えを受けて、タミーノは改めて神殿の広場でパミーナを助けようと覚悟を決めていた。「下がれ!」の脅しにも屈せずに叡智の門とされた最後の入り口で老僧の弁者に出会い、二人のへんてこな押し問答が始まった。僧侶はこの聖なる神殿には悪人はいないと断言し、不幸に打ちひしがれた女性が証人だというと、お前は女の涙に騙されているといって立ち去った。途方に暮れたタミーノ。せめてパミーナが生きているかどうか教えてくれと尋ねると、暗闇の中から「パミーナは生きている」と遠い声が聞こえてきた。


          タミーノは勇気百倍になって、感謝の気持ちで「魔法の笛」を吹くと、笛の音が美しく宮殿の中に響きわたり、姿を見せた猿たちも大喜び。元気を出して歌いながら笛を吹き続けているうちに、パパゲーノの笛も聞こえてきた。そこで探しに出かけると、入れ違いにパミーナとパパゲーノが現れたが、残念ながら直ぐに二人はモノスタトス一行に見つけられ、捕われそうになった。そこで、パパゲーノが「魔法の鈴」を鳴らしてみると、グロッケンシュピールの美しい音が聞こえ、一行は「何て素敵な音だ」と笑ったり、踊ったりしながら立ち去ってしまって二人は救われた。ここで二人が歌う二重唱は、シューベルトのリート「野ばら」のソックリさんで、二人が気持ちよく歌っていると、テインパニーの音が響き出し、遠くから「ザラストロ万歳!」の歌声が聞こえてきた。


         「ザラストロだ」さあ大変。パミーナは王女らしく「正直に話そう」と覚悟をして、皆の前で堂々とザラストロに正直に説明をしたが、ザラストロから直ぐに自由にするわけに行かないと諭された。そこへタミーノがモノスタトスと一緒に現れたので、若い二人は直ぐに気がついて抱き合ってしまっていた。モノスタトスが得意げに事情を話すが、ザラストロは彼の腹黒さに対し厳しい処分をして、全員の前で、新しい二人の男性に試練の殿堂に導くように指示をしていた。その姿は実に堂々としており、立ち会った全員から「賢明なザラストロ」と親愛なる合唱が開始されていた。タミーノとパパゲーノは、黒いメガネで目隠しをされ、二人の僧侶に導かれて、第一幕が終了していた。





         休憩後に第二幕が始まろうとしていたが、ここで演出者宮本亜門が画面に現れ、ザラストロ王国のイメージを語っていたので、一言、触れておきたい。超高層の高い神殿にある未来の国、ザラストロ集団は、世界中の叡智を集めた各国語を話す集団であり、脳がはみ出るほどの知能を持つ僧侶や博士たちと、一般の市民たちで構成されているが、この叡智の集団でも感情に支配される女性への偏見や争いごとが絶えず生じ、ザラストロを悩ましているようだった。第二幕は厳かなオーケストラの行進曲の序奏で重々しく始まって、ガウンのような制服の僧侶や博士たちが集まって来て、ザラストロを中心に、ハの字型に向き合って、会合が開かれようとしていた。ザラストロが演壇に立って宣言をし、タミーノが友情を求めて試練を受けに来ていることや、神々がパミーナを伴侶に決めたことなどを語って、いくつかの応答の後、賛成のものは私に従ってくれと語っていた。




         三つの和音が響いてから、ザラストロによってイシスとオシリスの神々への祈りの聖唱が始まり、ザラストロが朗々と歌い、その後は全員の合唱で「若い二人へ叡智を授けたまえ」と祈っていた。 そこへタミーノとパパゲーノが二人の僧侶に連れられて来て、皆の前でタミーノの試練への決意のほどを確かめていた。厭がるパパゲーノにはお前にソックリな若いパパゲーナに会わせてやると言い聞かせ、試練に同意させていた。




     そして、二人の僧侶は「沈黙を守り、女の企みに気をつけろ」と二重唱で忠告し、二人の試練は始まった。早速、三人の侍女が現れて、女王のところに行こうと二人を誘い出そうとしたが、タミーノが、口が軽くて危ないパパゲーノを何とか忠告し引き留めて、三人の侍女の誘惑を撃退していた。それを大勢の僧侶たちが影で様子を見ており、二人は次の試練に向かっていた。




        場面が変わって、モノスタトスがビッコをひきながら登場し、パミーナが好きなので、キスぐらいは良いだろうと早口のアリアを歌いながら、パミーナに近づこうとしていた。しかし、突然、夜の女王が現れたので、モノスタトスは様子を探っていた。パミーナが喜んでお母さんと抱きつくと、冷たく「私の使いの者は?」と尋ねていたが、聖者の味方になったと告げると、感情を荒げて怒りだし、ナイフを娘に手渡して、これでザラストロを殺せと、激しくアリアを歌い出した。この母親の剣幕の激しさとコロラチューラの素晴らしさに皆が驚いているうちに、女王は立ち去ってしまった。もの凄い拍手で現実に戻り、一人残されたパミーナがナイフを手に呆然としていると、またモノスタトスが現れて脅し始めたが、ザラストロがそこに現れたので事なきを得た。


         パミーナはザラストロに母を助けてと頼むが、ザラストロは「この聖なる神殿には、復讐を思う人はいない」と優しく歌い聞かせてパミーナにナイフを渡して、彼女を慰めていた。このザラストロのアリアは朗々と優しく歌われて、素晴らしい劇的な効果を上げていたが、パミーナは不安そうに眺めていた。
         再び、タミーノとパパゲーノの二人が登場し、パパゲーノが無駄口を言って護衛の猿たちに脅されているうちに、「ここは一滴の水もない」とこぼしていると、車椅子で点滴中の婆さんが現れて水を差しだしてくれた。パパゲーノが退屈しのぎに婆さんをからかって、年齢を聞くと18歳と2分だという。恋人はと聞くと、慣れ慣れしくパパゲーノだという。驚いたパパゲーノがお前の名前はと聞こうとしたら、雷鳴が響いて何処かへ行ってしまった。パパゲーノは「もう口は開かない」と改心したようだった。そこへ天井から三人の童子たちが「ザラストロの国へようこそ」と歌い出し、魔法の笛と鈴を二人に返してくれ、二人には食べ物の差し入れがあった。お腹が減っていたパパゲーノは、早速、食べ物にかじりついていたが、タミーノはさりげなく笛を吹こうと構えていると、そこにパミーナが姿を現した。




         パミーナは口がきけない冷やかなタミーノを見て仰天し、タミーノが去ってくれと目で合図するのを見て驚き、一方のパパゲーノも口が一杯で一言もしゃべれず、パミーナはとりつく島もなくがっかりして絶望していた。そして「ああ、愛の幸せは永遠に消え去った」とアリアを歌っていたが、このパミーナの絶望的なアリアは、悲しげに地下室全体に響きわたり、タミーノもパパゲーノも必死の思いで耐えていた。




           三つの和音が響きわたり、僧侶たちの合唱が折から始まっていたが、彼らは神々への喜びの気持ちばかりでなく、良く聞くとタミーノへの試練に耐えた賞賛の声も歌われており、「われわれと同じ仲間になるだろう」と歌っていた。そこへザラストロが目隠しされたパミーナを連れてきて、タミーノに「まだ二つの重要な試練が残されている」と告げて、二人はやっと再会した。パミーナは、目隠しを外され、やっとタミーノに再会したが、大勢の前で話をすることも出来ない。そしてタミーノは試練のために直ぐに出発しなければならず、ここで有名な別れの三重唱が始まった。試練に立ち向かうため別れを告げるタミーノ、別れを嘆き成功を祈るパミーナ、別れの時間が来たことを告げて二人を激励するザラストロと、三人が思い思いを語る三重唱は、素晴らしい効果を挙げていた。そしてタミーノは,次の試練に出発していた。




         一方のパパゲーノは、暗闇の中で出口を塞がれて途方に暮れていたが、お付きの僧侶に頼んで、ワインにありついてご機嫌になっていた。俺の本当の望みは何だろうと自問していると、彼は本気で「俺は娘っ子が欲しい」と言うことになった。そして魔法の鈴を取り出すと、グロッケンシュピールが威勢良く鳴り出して、「俺は嫁さんが欲しい」と景気良く歌い出した。歌は三番まであり、元気よく歌っていた。




       すると、どこからかあの18歳2ヶ月の婆さんが現れて、私と握手しないと、ここにパンと水だけで閉じ込められてしまうと脅していた。慎重なパパゲーノが「婆さんでもいいや」と手を出して握手すると、あの可愛いパパゲーナが一瞬現れたが、アッという間に僧侶と猿たちに阻まれていなくなってしまった。直ぐ追いかけようとしたが間に合わず、それ以来、パパゲーノは必死になって広い神殿の中を、隅々までパパゲーナを探し求めていた。









        フィナーレとなって、三人の子供たちがお爺ちゃんと一緒に明るい三重唱で朝の訪れと太陽が輝くことを予言していたが、パミーナを遠くに見つけ出していた。彼女が登場すると、どうも様子がおかしく、ナイフを手にした半狂乱の姿であった。三人とお爺ちゃんは作戦を練り、タミーノはあなたを愛していると三人は告げ、会わせてやろうとご機嫌を取り、パミーナからナイフを取り上げて案内を始めていた。



            プロジェクト・マッピングのお陰で、場面はいきなり険しい岩山の前となり、試練の場の恐怖の門を守っている衛兵たちが「苦悩を負ってこの道を行けば」とコラール旋律をそのまま歌っていたが、「死の恐怖に打ち勝ったものが、地上から天へと引き上げられる」と歌っていた。そこでタミーノが勇気を出して男らしくこれに応えようとしていると、遠くからパミーナの声が聞こえてきた。衛兵たちにパミーナとの会話が許され、二人で試練に挑戦することが許されることを知ったタミーノは、ここで勇気百倍となり、パミーナと劇的な再会をし、聞こえてきたピッチカートの旋律に乗って、二人は愛と魔法の笛の力によって、恐怖の門をくぐって試練の道を克服しようと決意した。



        初めに火炎の燃える試練の道から、タミーノとパミーナが笛を高く持ち上げると笛が鳴り始め、テインパニーが弱く伴奏して、二人はゆっくりと笛の音に合わせて進み始めた。二人は原爆の炎の中を想定したという火が燃え盛る危険な火炎の道を通り抜け、無事に戻ってきて一息ついてから、続いて今度は、流水の試練の道へと向かった。
二人は魔法の笛の音とともに大地震による津波を想定したとされる高波の中を歩み始め、危険な水流の道を何とか苦しみながら通り抜けて、無事、試練に耐えて戻ってきた。








      プロジェクト・マッピングのお陰で、背景が自由に変えられる技術が上手く利用され、説得力ある舞台が登場していた。危険な試練を心配そうに見守っていた合唱団たちに「危険に打ち勝った」と祝福されて、二人はイシスの神々に感謝しながら大喜びで、神殿の奥へと群衆に囲まれながら凱旋した。


        一方、パパゲーノは、折角、一目会えたパパゲーナを探し求めていたが、どうしても見つからない。くたびれ果てて、森の中で諦めて首でも吊ろうかと考えていると、隠れて悪さをしているモノスタトスのお陰で、上からロープが垂れてきた。誰も声をかけてくれないので、三つ数えたら首を吊ろうとゆっくり数えたが声がない。パパゲーノは、すっかり諦めて、時間を稼ぎながらロープを首に巻いていたら、三人の少年たちが突然に現れて「魔法の鈴」を鳴らしてご覧と声をかけてきた。


       「すっかり忘れていた」とばかりに鈴を鳴らすと、可愛いパゲーナが離れたところでこちらの様子を伺っていた。ここでパパゲーノとパパゲーナの劇的な再会と二重唱が始まり、二人の「ぱ、ぱ、ぱ」の歌声に観衆は大喜び。何度見ても素晴らしい劇的な二重唱のシーンを、この映像でも味あわせてくれて、ここでも「魔笛」を見た喜びを素直に感じていた。お猿の軍団も駆けつけて来て、皆で大喜びであった。


           舞台が変わって、モノスタトスと夜の女王の一行4人が神殿の地下に現れて、神殿を破壊しようと潜んできた。しかし、その前に不気味な物音が聞こえ始め、 モノスタトスが神殿に追っ手が迫っていることを確認し、女王に爆薬を投げつけよと手渡したところに、ザラストロを守っていた猿の一軍が駆けつけて来て、女王から爆薬を取り上げてしまい、事なきを得た。


      舞台は急に明るくなり、全員が集まっている中で、ザラストロが堂々と勝利宣言を行い、イシスとオシリスの神々に感謝を捧げていた。続いて、よく見るとタミーノとパミーナが、ザラストロの未来の国の王子と王女の形で祝福されていた。パミーナがステージに残っていた夜の女王に手を差し出すと、母親の表情となって、退場するザラストロのあとについて夜の女王が、そしてタミーノとパミーナも続いて退場して、夜の女王の国とザラストロ王国との対立の物語は終わりとなっていた。


         ここで、イシスとオシリスの神を讃える大合唱が始まり、合唱団の皆さんが,舞台の両袖で、それぞれの衣裳を着て「美と叡智には栄冠を」と素晴らしい大合唱が始まっていた。そして正面の舞台では、良く見ると舞台は初めのあの家庭の居間に戻っており、お父さんが帰宅し、三人の子供たちもお爺ちゃんも家に帰って来て,抱き合って再会を喜んでおり,そこに家出したお母さんが戻ってきて、全員再会の素晴らしい和気あいあいの姿が映し出されて、一家の平和が戻ってきたことを示して大団円となっていた。序曲で始まった一家の家庭崩壊には驚かされたが、この素晴らしいオペラ「魔笛」の物語によって、この家庭の平和が戻ってきたという劇的なストーリイとなっていた。この場面は、何度見ても感動させられる見事な家族愛に溢れており、これまで見た多くの「魔笛」の中でも、最も印象的な幕切れであった。



         この映像は、初めて見るモダンな現代風なオペラでありながら、「魔笛」の伝統的な物語の姿はキチンと守られており、それに合わせたデニス・ラッセル・デイヴィスの音楽も新鮮に聞こえる部分が多く、日本人だから心配であった宮本亜門の演出も、出だしの序曲の平和な家庭の崩壊には驚かされたが、理解が進むにつれて新しいものにしては基本が余りぶれずに、人々の愛の物語として、むしろ親しみやすい暖かで、とても分かり易い演出であると思われた。この「魔笛」の基本構造は、夜の女王の女性の世界と明るいザラストロの叡智の未来の世界との対立の構図であったが、この演出では最初はその対立が明確であったが、大きな愛の力のせいか、叡智の世界が強力すぎたのか、終わりには消滅してしまうように優しく描かれていた。そのせいかフリーメーソン的要素が薄まって、さらに子供たちが喜ぶパパゲーノや三人の子供たちの活躍や猿の軍団の面白い動きなどメルヘン的要素も大きくなり、会場を笑いで沸かせていた。


      「魔笛」の舞台で重要なのは舞台設定であるが、プロジェクション・マッピングの背景を変化させる映像技術のお陰で、冒頭に出てくる巨大な蛇や、超高層の豪華なザラストロの神殿などが見事に描かれ、随所で巧みな背景画により舞台を変えていく映像写真には驚かされた。これは宮本亜門がリンツ歌劇場でリンツの皆さんと取り組んだ成果をそっくり活用したようであり、そのほか衣裳や照明などでもいろいろな新しい工夫や仕掛けが見受けられた。現代に軸足を置いて、音楽や演出をぶれずに描く新しい「魔笛」の登場は、とても分かり易く、この映像は多くのがっかりさせられてきた新演出の「魔笛」の中では、群を抜いて大成功であったと思われる。

         私はもっぱらDVDなどの映像を中心にしてオペラを見ているので、残念ながら今回出演している日本の歌手たちは、幸田浩子のパミーナしか知らない。彼女は今回はお母さん役とパミーナ役を実に無難にこなし、このオペラの中心人物として最高の役割を果たしていた。彼女の歌がアリアでも重唱でも安心して聞くことができた。タミーノの鈴木準はお父さん役として背広を着ていたときにはいささか心配であったが、第三曲の絵姿のアリアの当たりから立派なタミーノに変身してきて、それから安心して見られるようになってきた。火焔や水流の試練の場などでは熱演であったと思う。ザラストロの妻屋秀和はやや声量に乏しく、夜の女王の森谷真理は精一杯の出来のように思われたが、まずまずの役のこなしと思われた。パパゲーノの黒田博は演技が下手な日本人歌手としては立派なものであったろうが,パパゲーナの久嶋香奈恵の捨て身の演技が光っており、二人はお客さんを喜ばせてくれたと思う。面白かったのは弁者の役を兼ねたお爺さん役であり、また、モノスタトスも悪役の他にも出番があり、二人ともセリフはなく、リブレットとは異なっているが、いろいろなところに顔を出してそれなりに目立っていたのが面白かった。

        久し振りで日本の手作りのオペラ「魔笛」を、心配しながら見てきたが、正直な感想は日本のオペラも世界の水準に追い付いて、今回のように上廻るものが出てきたと言うことが率直な印象であろうか。確かに、オペラとして全体として声量不足は免れないものの、それ以外に発想の良さ、肌理の細かさ、集団の演技の巧さなど、外国のオペラを凌駕するものがあろう。ヴェルデイやワグナーでは叶わないが,モーツァルトなどのアンサンブルを楽しんだり、肌理の細かさが必要なオペラでは、もう負けていない水準にまで到達してきたことを感じさせ、日本もやっと文化国家になって来たなと嬉しく思った。


(以上)(2015/10/21)



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