(古いVHSテープから;1991年モーツアルト・イヤーのオープニング・コン)
15-10-2、ズービン・メータ指揮ウイーンフイルによる1991年モーツァルト・イヤーのオープニング・コンサート、ウイーン楽友協会ホールより生中継、(1)「ドン・ジョヴァンニ」K.527序曲、(2)ヴァイオリンとヴィオラのための協奏交響曲K.364(320d)、ライナー・キュッヘル(V)&ハインリッヒ・コル(Va)、(3)交響曲第41番ハ長調K.551「ジュピター」、
1991年1月13日、オーストリア放送協会より生中継、

−このコンサートは、1991年のモーツァルト・イヤーの開幕を世界に告げるため、聖地のメインオーケストラとしてウイーンフイルが発信した威信を賭けたコンサートであったと思われる。このメータとウイーンフイルによる協奏交響曲は、お互いに呼吸が合った仲間同志の遠慮のない演奏であったので、とても全体のアンサンブルが良く、また,彼らもこれがこの曲の本場の正統的な演奏であると言う確信に満ちた演奏のように聞こえていた。また「ジュピター」交響曲においても、メータの終始変わらぬ落ち着いて安定したオーソドックスなしっかりした指揮振りから、ウイーンフイルらしい重厚な充実した壮大な響きが産まれたものと感じさせていた−

(古いVHSテープから;1991年モーツアルト・イヤーのオープニング・コン)
15-10-2、ズービン・メータ指揮ウイーンフイルによる1991年モーツァルト・イヤーのオープニング・コンサート、ウイーン楽友協会ホールより生中継、(1)「ドン・ジョヴァンニ」K.527序曲、(2)ヴァイオリンとヴィオラのための協奏交響曲K.364(320d)、ライナー・キュッヘル(V)&ハインリッヒ・コル(Va)、(3)交響曲第41番ハ長調K.551「ジュピター」
、1991年1月13日、オーストリア放送協会より生中継、
(1991/01/13、NHKBS-3「Bモード・ステレオ」による生中継をS-VHS35に収録)

      続く15-10-2とした10月号の第二曲目は、ズービン・メータ指揮ウイーンフィルによるものであるが、何と1991年モーツァルト・イヤーのオープニング・コンサートと題されており、1991年1月13日にウイーンの楽友協会ホールで演奏され、オーストリア放送協会を通じてオーストリア・ドイツ・NHKなどにライブ中継された由緒のあるコンサートであった。曲目は、第一曲が「ドン・ジョヴァンニ」序曲、第二曲はヴァイオリンとヴィオラのための協奏交響曲K.364(320d)であり、コンサート・マスターのライナー・キュッヘルがヴァイオリンを、ヴィオラは首席のハインリヒ・コルが担当していた。その後長い休憩があり、冬のザルツブルグ市内の風景が紹介されていたが、後半には、交響曲第41番ハ長調「ジュピター」が壮大に演奏されて開幕コンサートを堂々と終了していた。



       このコンサートは、1991年のモーツァルト・イヤーの開幕を世界に告げる、聖地のオーケストラとしてウイーンフイルが発信した威信を賭けたコンサートであったと思われる。今考えると,1991年の年には、記念行事としていろいろな試みが残されているが、残念ながら、このオーストリア放送協会とウイーンフイルのライブ中継放送は、12月のシュテファン教会におけるショルテイの追悼式を含んだ「レクイエム」(8-9-2)の演奏記録が記憶に残っている程度であり、この開幕コンサートは、余り評判にならず、LDなどにも残されなかったのかもしれない。この記念すべきこの年のウイーンフイルのライブ中継コンサートには、現地放送局による解説とNHKの同時通訳がセットになっているので、他のコンサートとは直ぐ識別できるものと思われる。



       このライブ中継は、現地時間で支配されて中継されるので、受信側の放送時間とはズレが生じ、時間待ちされることが多いが、この放送においてもやや早めに放送準備が始まり、楽友協会大ホールの舞台や満席の客席が写されてからしばらくして、ウイーンフイルの楽員たちが入場してきた。それから、オーストリア放送協会の司会者カール・レーベルの曲目紹介が大貫敦子の同時通訳で始まり、指揮者ズービン・メータが元気よく拍手と共に登場してコンサートの開始となっていた。



第一曲目の「ドン・ジョヴァンニ」序曲は、いきなり二つの大和音に続いて第二幕の石像が大声を上げて登場するアンダンテの重苦しい響きがゆっくりと進行してから、モルト・アレグロの軽快な弦楽合奏の第一主題で始まっていた。続いて力強くて軽快な第二主題も豊かに進行して、展開部、再現部へと勢いよく続き、オペラと違う結ばれ方をして、序曲が終了していた。メータの指揮は力感に溢れ、ウイーンフイルはコンサート・マスターが変わって、全体が若返ったような雰囲気を見せていた。



        続く第二曲目は、ヴァイオリンとヴィオラのための協奏交響曲変ホ長調K.364(320d)であり、映像では、再び、カール・レーベルの簡単な解説が行なわれていたが,その間にオーケストラの人数が少し間引かれており、一息してから、二人のウイーンフイルの独奏者とメータが入場してきた。ヴァイオリンはライナー・キュッヘルであり、ヴィオラは長身のハインリッヒ・コルで、オーケストラの前に二人が並んで立って拍手を浴びていた。メータの一振りによって、全合奏で第一主題が始まったが、これはアレグロ・マエストーソの言葉通りに堂々とした力強い主題であり、シンフォニックに続いてから、ホルンとオーボエによる軽快な第二主題が弦楽器のピッチカートに支えられながら伸びやかに提示されていた。ソリスト二人もこのトウッテイに参加しており、クレッシェンドを重ねて次第に頂点に達するが、このオーケストラの交響曲的な響きは実に雄大に聞こえており、ウイーンフイルとこのホール特有の響きらしさが聞こえていた。


    


続いて独奏ヴァイオリンとヴィオラがオクターブで見事なアインガングを奏して第二提示部が開始されると、オーケストラが第一主題の冒頭部を提示し、独奏ヴァイオリンが、続いて独奏ビオラが主題を模倣するように受け継いでいた。そして改めて独奏ヴァイオリンが第三の主題を提示すると、独奏ヴィオラがこれを引き継ぐように進行し、独奏ヴァイオリンの早いパッセージョを提示すると、ヴィオラが模倣するように弾き進んでいた。そして経過部を経て独奏ヴァイオリンが新しい第四の主題を歌い出すと、初めは独奏ヴィオラが模倣していたが、途中からは二つの楽器はそれぞれ対等で、オクターブ離れて重奏したり、交互に模倣しあったり合奏し合ったりして次第に盛り上がりを見せて堂々と進行し、展開部へと突入していた。





        展開部では独奏ヴァイオリンが新しい主題を提示しヴィオラが繰り返した後、両楽器が速いパッセージで活発に応酬し合って技巧的な展開を行っていた。再現部では冒頭の第一主題で始まり、第三の主題がヴィオラで始まってからヴァイオリンに受けつがれ、第四の主題に次いで第二の主題の順に再現され、この曲独自の再現部の構成になっていたが、いつも堂々と力強くオーケストラが進行していた。最後のカデンツアはスコアに示された自作のものであったが、ヴァイオリンとヴィオラが互いに競い合ったり合奏したり追っかけ合ったりする美しいもので、二人の呼吸がピッタリ合った見事な演奏であった。さすがウイーンフイルと思わせる荘重な第一楽章であった。





   この曲の第二楽章のアンダンテでは、憂いに溢れる表情豊かな美しさに溢れており、二つの楽器が溜息をつくような音形で綿々と進行する姿には格別のものがあり、聴くたびにいつも感動させられる。オーケストラのもの憂げな静かな第一主題のあとに、独奏ヴァイオリンがすすり泣くように変奏しながら主題を提示し、やがて独奏ヴィオラも溜息をつくように変奏を始め、互いに交替して進んでいた。キュッヘルもコルもお互いに交互に弾いていたが、間にトウッテイも入って進行するうちに、やがて短い第二主題になると独奏ヴァイオリンと独奏ヴィオラの両楽器が追い掛け合いとなっていた。二人は顔を見合わせながら競い合っているようにも見え、やがて両楽器の合奏となり対話のような追い掛け合いに続いてから、トウッテイとなって提示部が終わっていた。





展開部はなく再び冒頭の第一主題が今度は独奏ヴァイオリンで再現され、独奏ヴィオラが変奏して続き、交替から合奏になり、第二主題に入ってからはお互いに追い掛け合って対話しながら進んで、提示部の単なる繰り返しではないいろいろな変化があった。終わりのカデンツアでは、スコア通りに弾いていたが、両楽器が重音で重なるように進んでから美しく応答し合うこの曲ならではの美しいものであった。ヴィオラはヴァイオリンに較べてやや力強さに欠け、懸命な様子が窺われていたが、キュッヘルのヴァイオリンがひときわ大胆に弾かれており、ヴィオラを凌駕するように弾いていたのが印象的であった。




       終楽章は一変して明るく快活なフィナーレであり、オーケストラで始めにプレストのロンド主題が早いテンポで飛び出して繰り返され、オーボエとホルンが引き継いでからホルンが先行してオーボエが繰り返すファンファーレが印象的であった。続いて独奏ヴァイオリンが第二の主題を提示して独奏ヴィオラに引き継ぎ、それからはヴァイオリンとヴィオラが新しい主題をお互いに追いかけるようにして交互に目まぐるしく進行し、素晴らしい効果をあげていた。再びロンド主題がオーケストラで登場してから、直ぐに第二の主題が順序を変えて独奏ヴィオラで提示され、それを独奏ヴァイオリンが引き継いでから、ヴィオラが第一の主題に次いで新しい主題を提示し、独奏ヴァイオリンと交互に追い掛け合いながら素晴らしい展開を見せていた。再びロンド主題が両楽器で登場してから新たな展開を見せているうちにあのホルンとオーボエによるファンファーレが聞こえてきて独奏ヴィオラが、続いて独奏ヴァイオリンがそれぞれクレッシエンドしてそれぞれの頂点に達してからコーダで結ばれ終結していた。素晴らしく軽快なプレストであり、一気呵成に頂点にまで登りつめた厚みのある終楽章であった。

        この演奏は,素晴らしい拍手で迎えられ、指揮者とソリスト二人の三人は互いに握手を交わしながら挨拶をし、さらに周囲の仲間たちと握手を交わしていた。今回のこのメータとウイーンフイルによる仲間たちの協奏交響曲は、互いに呼吸が合った仲間同志の遠慮のない演奏であったので、とても全体のアンサンブルが良く、また,彼らもこれがこの曲の本場の正統的な演奏であると言いたげな、自信を持った演奏のように聞こえていた。しかし、映像は残念ながら余り余韻を残さずに、直ぐにザルツブルグでの噴水の画面に切り替わり、字幕で「会場はここで約20分の休憩に入ります」と伝えていた。






このザルツブルグの風景の映像は、幻想曲ハ短調K.475のピアノソロが伴奏音楽として使われていた。映像はモーツァルト広場の噴水から始まって、ザルツアッハ河やザルツブルグ城を空撮し、ドームを遠望し、ミラベル庭園からお城を写して,市内を馬車からの視線で街中を散策していたが、快晴のザルツブルグの風景は、25年前の筈であるが,現在と変わらぬ美しさを保っていた。



 

               30分くらいの長い休憩が終わって、指揮者メータが勢いよく登場して、このコンサートのフィナーレである交響曲第41番ハ長調K.551「ジュピター」が開始された。オーケストラの配置は、前曲と少し変わり、右奥にコントラバス五台を配置し、中央にトランペットやテインパニーを置くスタイルであった。
        この交響曲の第一楽章は、フルオーケストラによって堂々たる三つの和音で開始されるが、指揮者のズービン・メータは、穏やかな表情で両手を挙げてリズムを取りながら指揮をしていた。重厚な第一主題が現れて、メータはしっかりとリズムを刻むように堂々と主題を進めていたが、フェルマータのあと、フルートとオーボエが二重唱で主題を装飾しながら軽快に繰り返され、躍動するように進行し、「ジュピター」らしさを感じさせるリズミックな堂々たる経過部が続いていた。続いて第二主題が第一ヴァイオリンにより優雅に提示されて趣を変えながら進行していたが、一呼吸を置いてからフォルテの大音響とともにファンファーレの素晴らしい盛り上がりを見せていた。再びわずかな停止の後、ピッチカートに導かれて軽快に進行する副主題が流れ出し、提示部の最後をまとめるように進行して明るく終息していた。メータは、ここで再び、冒頭からの繰り返しを行っていたが、ここでもオーケストラの響きは重厚な響きを持ったオーソドックスなものであり、ウイーンフイルらしい壮大な威厳に満ちた響きを持っていた。


          展開部では前半が先の軽快な副主題が様々な形で展開され、後半では冒頭の主題が弦と木管とで交互に主題を変形しながら展開されていたが、ここでもメータは落ち着いて堂々と指揮をしており、激しい音の響きが繰り返されていても、終始、穏やかに進んでいた。再現部ではほぼ型通りに第一主題・第二主題と再現されていたが、一呼吸をおいた小休止の後の大ファンファーレでは、提示部よりも一段と豊かに再現されており、後半が盛り上がる「ジュピター」らしさを現していた。メータの終始変わらぬ手慣れたオーソドックスなしっかりした指揮振りから、ウイーンフイルらしい重厚な充実した響きが産まれてくるものと言う感じがした。


          第二楽章のアンダンテ・カンタービレでは、厳かな感じの美しい主題が第一ヴァイオリンで静かに提示され淡々と開始されるが、メータは,ここでも落ち着いた表情で、ゆっくりと穏やかにオーケストラを進めており、ぶ厚い重厚な響きの弦の流れを引き出しながら悠然とじっくり進め、続く副主題では木管群も良くこれに応えるように音を響かせていた。続いて第二主題も重々しく弦がこだましてうねるように進行するが、フルートもオーボエもファゴットも競い合うように参加して、力強く歌って提示部全体を盛り上げていた。メータは、ここで繰り返しを行わず、直ぐに展開部へと移行していたが、ここでは第一主題の後半の副主題が展開の対象となり、弦がこだまするように繰り返し展開されていた。
再現部では第一主題の冒頭が第一ヴァイオリンで呈示された後、突然に低弦が32分音符のうねるような流れを示し、これが第一ヴァイオリンに移行してから、第二ヴァイオリンに、続いてヴィオラと低弦が唸りだし、交互にうねるように変奏されていた。このぶ厚い低弦のうねるような響きがウイーンフイルの特徴か。続いて第二主題も第一ヴァイオリンから木管も加わって提示部と異なる変奏を見せていたが、メータはこの再現部の弦の豊麗な32分音符の流れとフルート・オーボエ・ファゴットなどとの対話の部分と明確にして、うねるように力強く指揮をしていた。この最後のコーダにおける弦と管の対話などは非常に印象に残り、この楽章の豊かさを特徴づけていた。


          続く第三楽章では、実に壮大な響きを持ったメヌエットの極地とも言える素晴らしい楽章で、メータはしっかりしたテンポで堂々とメヌエット主題をリズミックに進めていた。続いて木管が一頻り歌い出し、ホルン・トランペットやテインパニーが鳴り響いて、壮麗なメヌエットの世界が繰り広げられていた。トリオでも同じようなテンポで、フルートの出だしのあとにオーボエと弦が合奏する面白い場面が繰り返され、そのあとに第一ヴァイオリンと木管や金管全体が和音を合奏しながら流して趣を変えてから、再びリズミックなメヌエット主題に戻っていた。この楽章を聴いていると、初めから最後まで、まるで自分たちの音楽のようにウイーンフイルが仲間と楽しみながら演奏しているように思われ、実に充実したメヌエットであると感じさせた。


          フィナーレはド・レ・ファ・ミの四つの音から作られるモルト・アレグロの堂々たるフーガ主題に始まるが、この主題を追って威勢の良いフレーズがいくつか提示され繰り返されていき、次第に元気良く高められて壮大なフーガのドラマを造り上げていくように思われる。メータは、このフィナーレを悠然としてゆったりと丁寧にリズムを取りながらオーケストラを盛り上げるように力を込めて指揮をしていたが、オーケストラの方もこれに応えるように一体となって堂々たる響きを見せていた。メータは提示部の繰り返しを行なっていたが、実に充実した響きを感じさせていた。
展開部では冒頭主題によるフーガ的展開が、繰り返し繰り返し丁寧に行われ、その都度、壮大さを増しており、再現部に入っても、この壮大なフィナーレ主題が展開部の続きのように対位法による展開がなされていた。メータは珍しく、コーダの前の繰り返しを丁寧に行なっており、展開部・再現部が改めて再現されて盛り上がりを見せてから、最後のコーダに突入していた。ここでは、多声対位法によりオーケストラ全体が多面的な響きを見せて力強く盛り上がり、高揚しながら高らかに終結していた。


もの凄い拍手が沸き上がり,メータは両手を挙げて万歳をするようにして歓声に応えており、続いて団員全員を起立させてこの大歓声に応えていた。拍手に応えてメータが二度目に登場したときには、木管・金管グループと握手しながら起立させて拍手に応えており、メータは起立しているウイーンフイルのメンバーを讃えて欲しいと言うような仕草を見せて、拍手に答えていた。この雄大な「ジュピター」の幕切れに相応しい会場の雰囲気であったが、不慣れなライブ中継で、早口の同時通訳が始まって、オーストリアとドイツと日本に同時中継をしていることがアナウンスされて、余韻を楽しむことなく、映像は一方的に終了となっていた。

      この没後200年のモーツァルト・イヤーの本拠地ウイーンの楽友協会大ホールにおいて、1991年1月13日のウイーンフイル定期のオープニング・コンサートに登場したズービン・メータ(1936〜)は、ウイーンフイルにとって、元同僚でもあり、年齢的にも 最も身近で親しい指揮者の一人であった。このオール・モーツァルト・コンサートにおいて、メータは自身の持つ温厚でロマンテックな持ち味を生かして、意のままに世界のウイーンフイルを操り、ウイーンフイルの持つ伝統的なモーツァルト演奏と融合させて、素晴らしいコンサートを実現したように思う。 この年の1991年のザルツブルグ音楽祭のオープニング・コンサートは、リッカルド・ムーテイが指揮を取ったLD(13-4-1)が残されており、この年にはまだアップロードされていない本場の優れたコンサートが残されているかもしれないと思われた。


(以上)(2015/10/15)



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